ログ・ホライズン

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投稿者: 夜の狼  [2018年 01月 14日 21時 38分] ---- ----
一言
私は、てとらのアバター(キャラクター)は女性だと思います。

なぜなら、ゲーム時代のエルダー・テイルでは、女装が不可能だと思うからです。
それに、男性用装備は男性のみ、女性用装備は女性しか装備出来ないはずです。
だから、ゲームのアバターがそのまま冒険者(プレイヤー)になったのなら、女性キャラでしょう。
ただし、大災害後に何らかの理由で女装したのなら解りません。

しかし、その場合は以前の友人や知人から不審がられるでしょう。
ただ、全てのフレンドリスト登録者を絶縁してしまえば、それも解りません。
けれど、もしそれをやっていれば、(おそらくですが)すでにてとらは、冒険者としてはやって行けていないはずです(ただし、サブ職で生活する事は可能でしょう)。

なお、もし外観再設定ポーションを使ったのなら、てとらのプレイヤ-は、逆に女性(しかも低年齢未成年)という事になってしまいます。
投稿者: ちあき  [2018年 01月 14日 15時 09分] ---- ----
一言
てとらは、男の娘のアバター。
中の人など知らん。

が、ある程度、容姿も反映してるらしいので、
リアルでも、美少女に見える容姿で、男女のどちらかは不明が正しいかと。
投稿者: 兎川 浪  [2018年 01月 12日 00時 47分] ---- 男性
一言
>葦原さん
今のところ可能性としては
・現実(精神)は男、アバターが女
→シロエ「(中身が)男だってのはいつ言うのさ」
・現実(精神)は女、アバターが男
→「てとら……にぃ?(笑怒)」

どっちとも取れる、どっちとも言い切れない。
ただ、声などの性差がアバターに引っ張られだしたことを考えると、前者の可能性が高いのではというのが、私の個人的予想
投稿者: 夜の狼  [2018年 01月 06日 15時 36分] ---- ----
一言
>葦原 さん
いやいやいやいや、ちょっと待って、ちょっと待って、お兄さん(お姉さんかも知れないが)。

中身=プレイヤーが男性(未成年?)で、使用キャラが女性(ロリ気味少女)なら、何の問題も無いではないですか。
つまり、そういう事では?
投稿者: 葦原  [2017年 12月 21日 19時 34分] ---- ----
一言
ふと思いついたどうでもいい考察
ネット版で4ページ目に該当するアカツキとシロエたちとの合流時、外観再決定ポーションを使う前の状態では、アカツキに珍珍が生えていたことが会話の流れから推測できる。そのため、ログホラ世界の性別は中の人の性別ではなく、アバターの性別になるはず。
また、テトラが男の子なのは本人も証言済み。
つまり、総合すると、テトラは男アバターで女装プレイをしていたど変態であることが分かる。
投稿者: Kー3  [2017年 12月 20日 09時 24分] ---- 男性
良い点
なろうには、投稿期間が時として半年空く人や下手したら1年近く空く人がいる
そういうとき読者の感覚は個人差があるにしても
「エタったな」
「ありゃまだか、まあ待っときゃそのうち来るだろ」
で分けられると思う
ログホラは、自分は後者だ
一言
お待ちしています
投稿者: 白灰  [2017年 12月 17日 19時 47分] ---- ----
一言
そうか、もう前の書籍版から二年半にもなるのですね。
まあ、我々はのんびり待ってますので、じっくり執筆に集中していってください!

ともあれ、ままれさんがお忙しいようなので、私は今のうちにこの場をお借りして、ログホラについての気になることをまとめさせていただきます!
ちょっとだけハードな内容ですが、『ログホラ』に必要なことだと思うので、どうしても書いておきたいのです。
前回は、ちょっと飛ばし過ぎだった気がするので、今回はなるべく段階を踏んでいくつもりです。
それでも、また詰め込み過ぎになってしまったら、ごめんなさい。
あと、あまり読みやすい文章を書けなくて、すみません。
今のうちに、謝っておきます。
それから、この雑感へのご苦情は、いつでも受け付けておりますので、気軽におっしゃってくださいね!
では、以下長文失礼します。


○インティクスと「向き合う」ことと、ログホラが「避けてきた」もの

と、いうわけで今回のテーマはこれです。
まあ、おそらく今のままれさんは「キョウの都をファンタジー世界として再構築することの難しさ」あたりの問題に取り組まれていらっしゃると思いますが、そちらは私の手に余るので置いておきますね。
というか、たぶん都市計画や都市文化の専門家でも手に余るような大問題ですし。

ともかく、話を続けます。
131話では
>「もうしばらくお待ち下さいませ。開戦の鐘はキョウで鳴ります。〈元老院〉を掌握し、〈Plant hwyaden〉のすべてを挙げて、シロエ様との交渉ましょう。ラスト・ワルツを――わたしは待ち焦がれています」

と、濡羽さんは、自分が〈Plant hwyaden〉を完全支配する、つまりインティクスの相手は濡羽さんがすべて引き受ける、という宣言をしました。
しかし、私は思うのですよ、これでは良くないのではないか、と。
もちろん、濡羽さんとしては、それまで自分を束縛してきた相手に立ち向かうことは、自立のために必須なことは分かります。
けれど、『ログ・ホライズン』としては、そしてシロエとしては、もっと積極的にインティクスと対決して向き合った方が良い気がするのですよ。
もっと言うと、彼女ときちんと向き合わないと、作品として重要な「根っこ」を逃してしまう気がするのです。

結論から言います。
私は、インティクスこそ『ログホラ』が当初から避けてきた問題の「歪み」を背負った人物だと思います。
そして、彼女の問題を解きほぐさなければ、たとえラスボス的な〈典災〉を倒してもハッピーエンドは来ないし、二つの世界を繋げることも出来ないと思うのです。
その問題とは「〈冒険者〉がみんな潜在的な敗北者」であり、そこから目をそらし続けてきたということです。
『ログホラ』では、自律的で、挑戦心に溢れた理想的な〈冒険者〉の姿が良く描かれます。
しかし、その理想の陰には、潜在的な逃亡者であり、敗北者であり、加害者でさえあるかもしれない、そんな〈冒険者〉のネガティブな部分が隠れている。
そんなふうに思えて、仕方がないのです。

・シロエとインティクスの相似
シロエとインティクスには、似たところがあります。
どちらも「茶会」の頭脳担当であり、カナミの元信奉者だというのはもちろんですが、現在最も重要な類似点はそこではありません。
まず重要な点は、シロエもインティクスも、どちらもこの異世界で「自分の場所」を作ろうとしている人間だということです。
それだけなら、他のどのキャラにも当てはまります。
ですが、この二人はその中でも格別な存在だと言って良いでしょう。
なぜならば、どちらも一つの地域の政治に影響を及ぼせる権力者でもあるからです。
つまり、二人は自分たちの居場所を直接デザインできる、そうした力を持っていますし、そうする責任があるのです。
この先ヤマトが、シロエたち〈冒険者〉の居場所がどんな世界になるのか、それを決定するのがこの二人の役割なのです。

そして、そもそも『ログホラ』は、いわば通常の逆側、「異世界での苦労や困難」という面から、異世界での楽しい生活や成功を描いてきました。
それはそれで、アリな選択だったと思います。
しかし、同時にそのアプローチは、本来描かれて当然だったものを省くことにも繋がってしまいました。
シロエは、いや『ログ・ホライズン』という作品は、解決するべき幾つもの問題を看過してきてしまったのです。

シロエは「傍観者」としてスタートしました。
後に多くの人に関わることもありましたが、その問題解決の仕方はいつも「外部」の立場からのものだったように思います。
救いを求められて、初めて人と深く関わることが出来たススキノ救出戦、搾取構造の外側に居たから、しがらみなく「新しいクエスト」を提案出来た〈円卓会議〉、あくまでウィリアムの客将だった供贄の黄金。
「呼び声の砦」の決戦でこそ主体的に行動することは出来ましたが、政治の面ではヤマトの事情があってイニシアティブを握ることは出来ませんした。

これまでの彼は、基本的に「マレビト」でした。
遠くからやって来て、問題を鮮やかに解決し、それが終われば去っていく。
それは、その「地域」にある問題やしがらみとは無関係、自由であるからこそ出来る『水戸黄門』のような問題解決です。
しかし・・・・もし、最初から黄門様がその土地を治めていたら、果たしてそうした問題は最初から起きなかったりしたものなのでしょうか?
生きていれば、そして人と関わっていれば、必然的にしがらみは生まれます。
能力が高い人物であれば、自然と目の上のたんこぶ的な存在にもなるでしょう。
そうなったとき、果たして黄門様はそれでもヒーローであり続けることは出来たのでしょうか?
インティクスの問題に立ち向かうということは、彼女と向き合うというのは、たぶんそういったタイプの問題です。

彼は、これまでのように既にある道の上で「うまくやる」程度で終わらせるのではなく、「新しい道」を切り開かねばならないのです。
いうほど簡単なことではなりませんが。

まず、異世界セルデシアが、〈冒険者〉の手によって「近代化」の道のりをたどるなら、それはつまり現代に、シロエたちに追いつくということです。
いつの日か、いやもう既に〈冒険者〉よりお金を稼ぎ、活躍する〈大地人〉は登場しています。
今でこそ、〈冒険者〉としての補正により、その差をつけることは出来ますが・・・・この先はどうなることやら。

また、アキバには、田舎から出て来て成功を夢みる〈大地人〉がたくさんいます。
ですが、これから時間が経ち、彼らが子どもを持つようになったら、どういうことになるでしょうか?
アキバがいま繁栄しているのは、〈冒険者〉のもたらした技術と文化、現代日本の影響があるからです。
必然的に、アキバは現代日本を模倣した都市になっていくでしょう。
そして当然、そこで働く〈大地人〉たちも、現代日本を模倣した働き方をすることになります。
おそらく、彼らは共働きになり、子どもを家に置いて夜遅くまで働くことになるでしょう。
そう、シロエの両親と同じように。

シロエは、自分自身を「再生産」する手助けをしてしまったのです。
遠からず、彼はその問題に答えを出さなければなりません。

そしてそれも、おそらくインティクスとの対決が一番最適な場に思われます。
濡羽さんは、理想的な「居場所」像を持っていない・・・・というより、持つことが出来なかった人でしょうからね。
そういった面で、シロエと切磋琢磨とか対決とか出来るのは、たぶんインティクスかクラスティぐらいのものでしょう。
そう、シロエは、インティクスとの対決により、「帰る場所」をきちんと形作らねばならないでしょう。
「行きたい所へ行く」ために、「帰るべき場所」を作らねばならないのです。

カズ彦についても、シロエはきちんと向き合い、その痛みに深く共感し、そして贖罪について考えるべきだと思います。
なぜなら、彼はアカツキだったかもしれないのですから。
あるいはまた、シロエ自身が、その立場に立っていたかもしれないのです。
カズ彦が〈大地人〉を、人間を殺し、インティクスの悪事に加担する形になったのは、どうしようもなく本人の責任です。
それは仕方ありません。
ですが、彼がおそらく唯一のインティクスの味方であり、東の円卓と対になる〈冒険者〉の居場所を作って来た人物であるということも、また確かなのです。
彼の「悪事」が、〈冒険者〉の居場所を作り、友の味方をするためであったこと、それを理解し、その上で「正当な裁き」を下してあげることが出来るのは、たぶんシロエだけです。

まず、敗北から。
みじめで弱く、格好悪い自分の「本当の姿」に向き合うところから、始めねばなりません。
そうしなければ「帰るべき場所」は、きっと作れない。
シロエは、既に幾度も「みじめな自分」と向き合ってきましたが、さらに深く向き合わねばならないのです。
自分の「影」といえるインティクスを通して、醜い欲望と執着心、そして確かな過去の敗北を見つめる。
それこそが、彼が今やるべきことなのだと思います。


・どう戦うかというのも問題
それにしても、濡羽さんにしろ、インティクスにしろ、姫様とクラスティさんの両方がいても、それほど容易い相手ではないでしょうに、二人ともいないとはひどいピンチですね。
こうなると、難易度は超難関(ナイトメア)より酷いかもしれません。
まあ、今やシロエの上司のレイネシア姫に助けを求めるのが、順当なところでしょう。
『ログホラ』は、やたらと孤立無援での戦う場面が多いですが、そもそも付与術師のシロエが一人で戦っても意味とかありませんからね。
オーケストラに、楽団のいない指揮者一人だけで立ち向かうようなものです。
いや、指揮者というより、シンバルとかトライアングルあたりでしょうか?

ともかく、もはや、「レイネシア姫が斎宮家の顔に泥を塗った」あたりを配慮している場合ではありません。
「〈大地人〉と〈冒険者〉が融和した組織」としての優劣の競い合いとなれば、どうしても〈大地人〉の、それもキョウの貴族たちも認めるほどの貴種である人物の協力が必要です。
歴史の重みとかしがらみを美しさ(パワー)で押し切るような、濡羽さんに対抗出来る存在が必要なのです。
というか、濡羽さんは男であればたぶん〈大地人〉〈冒険者〉問わず人気を獲得出来ますからね。
もうスタートラインの時点で、ひきこもり事務担当の策師は大差つけられてますよ!
たとえ町中で大金をばら撒いても、支持率及ばない気がしてなりませんよ!
ここは、もっと危機感持たないと!


・やはり、シロエの決意が気になります。
>二つの世界の接触は、互いの世界に大きな影響を及ぼすだろう。
>もしかしたらそれは破滅的な規模になるかもしれない。
>だが、それでもいいとシロエは思った。
>そういった危険を無視する気もテロに加担する気もないが、かといってもし二つの世界が接触する流れにあるのならばシロエ個人が押しとどめようとするのは傲慢だろう。
>二つの世界が接触しない流れにあるのであればシロエ個人が努力しても出会うことはないだろう。
>行き先を決める段階では怯懦も傲慢も不要な感情だった。はっきりとはわからない可能性におびえる必要はないのだ。(94話)
このあたり、ちょっと逃げ腰というか、問題を先送りしているだけに思えます。
カナミであれば、あるいは問題を解決する能力がなくても、誰かに丸投げしておけばそれで済むかもしれません。
しかし、シロエはカナミではありません。
確かに、カナミには考えすぎで動けなくなるシロエを引っ張っていく力はありました。
彼に、夢や希望を見せることだって出来たでしょう。
ですが彼女には、少数の変人を引っ張っていく力はあれど、国をまとめ上げて導けるほどの力はありません。

目的地までのロードマップを作り、反対派を説得し、想定出来る危険への対処をきちんと説明する。
今必要とされているのはそういったことでしょうし、それはカナミには絶対に出来ないことでしょう。
そう、シロエがやるべきですし、たぶん、シロエにしか出来ないことなのです。

そして、シロエが真にやりたいことが
>どちらかを選ばないで、両方を選んで、そしてさらにその未来も望む。
なのであれば、当然選択の先にある危険を予測して対処しなければなりません。
行き先を決めたら、その道を歩かねばならないのですから。


最後に、やはりインティクスといえばカナミとの関係も見逃せないところです。
シロエは、カナミに憧れ、彼女に引っ張ってもらうことで停滞から解放されました。
しかし、そんなカナミの性質も必ずしも善とは言い難い部分、悪に転化しかねないところがある気がしてならないのです。
〈典災〉は「混乱や失望を通じて被害者に偽りの同意を強要する」存在だと予想されていますが、カナミもカナミでわりと無理矢理に引っ張っていくタイプだということが気になるのです。
もっとも、悪に転化しないものなど、この世には存在しないのかもしれませんが。

ユートピアを目指した国は数多く、地上の楽園を語って人々をまとめ上げた国もあります。
しかし、その先に何が待っていたか・・・・・・・・。
厳しい見方ですし、牽強付会かもしれません。
しかし、進歩や運動と、無批判や無思考が組み合わさることを、どうしても悲観せざるを得ないほど、二十世紀は悲劇を産んだ時代でした。
『ログ・ホライズン』のテーマである「再誕」にしても、宗教的な「回心」や政治的な「転向」との違いをまだはっきりとは打ち出せていないように思えます。

「悪から善を作るしかない。それ以外に道はないのだから」という言葉が、ストーカーという映画(原作は小説『路傍のピクニック』)にあるらしいですが、それを思い起こさずにはいられません。
インティクスは、カナミにどんな期待や夢を託し、どのように「裏切られた」のでしょうか?
そして、シロエとインティクス、同じ元カナミの信奉者だった二人は、これからどんな選択をするのでしょうか?
彼らは、どんな国を、「居場所」を作ろうとするのでしょうか?

この先が、すごく気になります。

それでは、また
まだまだ、次の更新を楽しみにしてますね。
投稿者: 上を向く雛鳥  [2017年 12月 17日 02時 35分] ---- ----
一言
まあいつも三、四ヶ月の空白期間はザラだし普通に待つべ
投稿者: シーケンス  [2017年 12月 16日 04時 19分] ---- ----
良い点
ログホラは本物です。また、ログホラを描けるのはままれ先生だけです。これからもがんがん描いていってください、楽しみにしています。
投稿者: たけちゃん  [2017年 12月 15日 00時 14分] ---- ----
一言
書籍は2年半以上、更新も3カ月以上も音沙汰なしでエタるのかな?
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