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[一言]
戦前には綴り方というものを学校でわざわざ教えた。
戦後、日本人の高い道徳意識に恐怖を覚えた侵略勢力が意図的に日本語破壊を目論んだ結果、教育制度の度重なる改悪がなされ、その中で綴り方も失われた。
それでもゆとり教育まではまだ、最下層はともかくとして大多数の中堅層まではまともな文章が綴れていた。ゆとり教育の弊害は非常に大きかった。古くからの教育関係者なら誰もが酒の席でぼやいていたものである。
  • 投稿者: 退会済み
  • 2018年 05月05日 22時44分
管理
感想ありがとうございます。

国の教育関係者が私人で開催した勉強会に参加した折、今の学習科目で不要な科目はあるか?というワークショップがありました。

これの狙いは今の時勢で言う所の「英語を小学校から導入」や「道徳の教科化」などのように何かを増やすと減らさないといけない授業がある。

この時に減らすものは何にするかを考えるという思考実験でした。


一概に昔は良かったとは言わないですが、教育関係で「ゆとり教育」のように大きな変更・改革を行うのは問題点が多いと私も感じます。
  • 辻屋
  • 2018年 05月06日 17時05分
[一言]
少し、本文の趣旨から外れてしまうのですが、読んでいてふと思い出したことがあります。

以前、カギ括弧の中の最後の読点は慣用的に省略するものである、という指摘をされました。

作文の書き方などで習うように、本来はカギ括弧内の最後にも読点をいれます。
実際、古い作品などを読むと、読点がついてることは珍しくありません。
しかし、最近ではカギ括弧内の最後の読点は省略されることがほとんどです。
その事はもちろんよく知っています。
知っていますが、敢えて私は読点をいれていました。
なぜならそれが好きだったからです。

ですが、相手もしつこかった。
「本来はそこに読点があっても良いが、現代に於いては省略するのが主流であるのだから、あなたも省略すべきである。好みは関係ない。」と強要してきたのです。
正直な話、文句あるならブラバしてくれって感じだったのですが、最終的に私が作品を書く気力を失いました。
10年以上前の話ですが、そんなことを思い出しました。

過去の名文を書き写すのも良いですが、そういった時代によって変わってきた細かいルールは頭にいれておいた方が良いのかもしれません。
私のように難癖をつけられる前に。

まあ、そんな人滅多にいないでしょうがw
  • 投稿者: 安積
  • 2018年 04月27日 01時14分
感想ありがとうございます。

最近、よく思うのですが文章作法にかぎらずルールやマナーは何のために有るかを考えず、ルール違反やマナー違反を指摘する人もいるように感じます。

たとえば文頭1字あけるのは手書きのものしかなかった頃には必須といえるくらい読みやすさに必要であったと思います。海外の文化では1文字目を他より大きくするとかありましたが、どこが文章の先頭かの目印が必要でそういうルールができたと推測できます。
(どこの地域でも初期は巻物になっている紙類が多いので、文章の頭が分からない)
現代では電子メールでのやり取りが増えて逆に1字下げはマナー違反になりつつあります。
これにも当然理由はあり、書くための時間短縮と1字下げはメリットがないからになります。
こういったルールは読む人への配慮から生まれたはずだったんです。


周りの友人に勧めやすい、もしくは人気作になってほしいという願いをこめての指摘でしたら理解できます。
相手にも「人気はそこまで欲しくないから好きに書かせて」などの理屈も通じるでしょうし。

ところが「まず先にルールがあってルールのためにルールを守れ」という人もいますし、とりあえず人のやる気をそぐためにいる上司などもおります。
とりあえずなんでも良いから批判したいという人に絡まれると大変ですよね。
自分も話が通じないと思った人に粘着されたことがあります。

また10年前というとブロック機能など発達してないサイトもあったでしょうから大変だったと思います。

究極的には趣味のウェブ小説なのだから好きに書いて良いでしょう。ただ1から自己流を開発するより、先人の手法を知り文体をきちんと確立しようというのが自分の主張です。
  • 辻屋
  • 2018年 04月27日 21時06分
[一言]
音読すればいいよ。

句読点がついている所は一拍あけて、ついていない時は一気に声に出して読む。
句読点がついていない所で一拍あけたなら、句読点を挿入する。

朗読がものすごく下手な人が句読点つけすぎる印象があります。
句点つけまくりで、声に出して読んだときぶつ切り状態なの理解できないのかな?
それともそんな風に朗読しているから句点いれまくっているのかな?
どっちだろうか
  • 投稿者: 陽良
  • 30歳~39歳
  • 2018年 03月26日 07時20分
[一言]
守破離、懐かしい言葉です。20年以上前に受けた、会社の教育を思い出しました。
仕事で書く文章と娯楽小説では求められるものが違うでしょうが、根っこは同じだと思います。

面白い文章や、味の有る文章は、破の段階に至る必要があると思いますが、"なろう"の多くは守を知らずに破から始めている印象があります。
正しい形を知ってこそ効果的に崩せるのではないでしょうか。
ただ、商業出版されている書籍も破の段階止まりで、離の段階に至ってないものが多く、良い手本に恵まれない現状も原因かと思います。
  • 投稿者: tanno
  • 40歳~49歳 男性
  • 2018年 03月25日 10時06分
感想ありがとうございます。

自分も守破離は会社で習いました。
今回のためにウィキペディア等で元は武道・茶道の言葉と知って、基本を大切にすることを昔の武士階級は尊んでいたんだなと1人で納得してました。

素人の作品特有の実験的、独自の表現だと思えば楽しめる作品もあります。
が、やっぱり読みづらいことも多く、基本を学ぶこと、基礎に立ち帰るのも大事かなと思って書いた次第です。



また仰るように手本が少ないのも問題だと思います。

お手本として書き写すことに向いてる教材・課題となるものが、(教養のない自分には)思いつきませんでした。
日本の場合、小学校で漢字を学習する必要もあるので難しいとは思いますが、書き写すことをもっと早くにやってればと思いましたし、学校でももっと取り上げてくれればと思いました。

まあ、社会人になるともっと勉強しておけば良かったとみんなが思うのかもしれませんが。
  • 辻屋
  • 2018年 03月25日 23時40分
[一言]
句読点は私も苦手です。
正しいセオリーがあるようで、強調など表現するためなら自由がきくという変幻自在の怪物です。
でも、訓練するしかないんですよね。

ちなみに句読点を正しく使えるようになると作品にどんな良い変化が出るのでしょうか?
伝わりやすくなるとか、文章がすっきりするとかそのへんは分かるのですが、作品の表現といった部分にはいったいどんないいことが表れるのか、訓練の先にあるものが知りたいです。
訓練の先にあるもの

このエッセイでは自分でも練習している範囲のことしか書いてないです。
そのさきの理想論になります。(自分でも出来たら良いなという話です)

一言で言えば独自の文体です。
言い換えると文章のリズムが変わることでしょうか?

キャラの書き分けという話を別のところでもありましたが、似たような問題に場面の描き分けってありますよね。
いくつか例をあげますね。
日常シーン、平和な場面と戦闘パート、盛り上げる展開の時には文章を変えたほうが読者に与えるイメージが異なります。

意図的に長文で句読点も少なくする。「、」は使うけど「。」は使わないなどでしょうか。
たとえば女の子が楽しく買い物している、一人称の地の文だったら、接続詞で文章をつなげていき、とりとめのない思考や色々な物に目移りするしている様子を文章で表すとかでしょうか。

たとえば高速で思考する天才戦略家みたいなキャラがいるとします。
その場合は普通の人より文字数を多い。でも「。」でできるだけ細かくする。文章を切る。メリハリのある思考をしているキャラクターにするとかですね。

他にも演説シーンだとゆっくり喋るトーンと一気に喋るトーンなど同じ人・同じ場面でも細かく文章の切り方を変えています。

WEB小説だとじっくり読む読者はすくないので、大げさで分かりやすい変化をつけられると良いんでしょうが。

こういった文章のセオリー、わかり易さではなく雰囲気や情緒、その人らしい文章の第一歩が句読点なのかなと思います。

分かりやすさといえば、なのつく魔物様の文章は「5W1H」や主語と述語を意識して書かれていて、分かりやすいなといつも思います。
ぎゃくにそういったことがいい加減、適当な小説家もいます。悪文なのに読みやすい小説家、野坂昭如、火垂るの墓の原作者ですが、おかしな関西弁と相乗効果で変な文章なのにリズムがあり読みやすい小説をかいてました。

リズムとか、テンポが悪いって批判が詩句だけでなく小説にも言われます。でも具体的に何のことか分からないと思っていましたが、最近、ちょっと文章のテンポについて気づきました。

何かというとですね、このエッセイのタイトルです。
「たったひとつの冴えたやりかた」が14音、7・7で出来ていることに気づいてタイトルの付け方間違ったと大後悔しました。
5・7・5にしていれば! リズム感がないばっかりに気づかなかった!
  • 辻屋
  • 2018年 03月24日 23時02分
[良い点]
主張も明確で一貫性があり、概ね賛同します。
[気になる点]
本文中に使われている「母国語」ですが、「母語」もしくは「第一言語」だと思います。

母語:初めて覚えた言語
母国語:その人の国籍の公用語
第一言語:日常的に使っている最も得意な言語。

つまり、例えば……

日本人の両親がアメリカで子供を産んで、五歳からフランスで成人まで現地の学校で教育を受けた場合。
(両親がアメリカだからと、英語しか話さなかった場合)

母語:英語
母国語:日本語
第一言語:フランス語

なんてこともあります(笑)

まあ、生まれも育ちも日本で両親も日本人なら、全て「日本語」ですので、大差ありませんけどね。

少し気になったので、失礼致しました。
[一言]
初めまして。

エッセイのランキングから来ました。
興味深く読ませていただきました。

「学ぶ」は「真似ぶ」が語源らしいですね。まずは「真似」から入るのは、とても大事だと思います。

私の場合、読点(、)を付けるひとつの基準として、声に出して読んだ時に「息切れ」を起こさないかが、目安ですね。
息継ぎのところに、読点を入れるようにしています。
  • 投稿者: Jun
  • 男性
  • 2018年 03月15日 07時46分
Jun様

感想ありがとうございます。
母国語・母語・第一言語の事は知らなかったので、勉強になりました。
定義としては第一言語が良いかもしれません。
ただ、これらのことを知らない方もおおくいると思います。通じやすいのは「母語」だろうと思い、母語の方に変更しました。

また声に出して読むのも大事ですよね。
音読すると長すぎて分かりにくい文章とか、脱字にも気づきます。

仰るように「まねる」ことから多くの事を学びます。また守破離という言葉の好きな所は真似から入っても、自分らしさや個性を発揮できる点です。
色々なお手本がある時代ですので、参考になることなど教えていただければ幸いです。
  • 辻屋
  • 2018年 03月15日 15時07分