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[良い点]
勉強になりました!
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荒神神楽様
感想ありがとうございます。
読んでいただけて嬉しいです。
頑張って調べていますが、私は素人なので間違った解釈があるかもしれません…あったらごめんなさい。
読者の方がファクトチェックできるように引用元は書くようにしていますので、参考にしていただければ幸いです。
感想ありがとうございます。
読んでいただけて嬉しいです。
頑張って調べていますが、私は素人なので間違った解釈があるかもしれません…あったらごめんなさい。
読者の方がファクトチェックできるように引用元は書くようにしていますので、参考にしていただければ幸いです。
- 完結しました
- 2019年 01月15日 16時21分
[良い点]
前回の感想を拾っていただき、ありがとうございました。
とことん調べる探求心と真摯な姿勢に、いつも勉強させていただいております。
[一言]
今後本編で触れられるような内容でしたら、サラッと流してください。
江戸時代の「民草」用例のところの、『「民草」は特定の身分(被支配層)を指す言葉ではなく「多くの人々」「様々な人々」というニュアンスが強かったのではないかな、と私は思います。』という部分について。
現代日本語では「民草」と言えば普通は、為政者や支配者層を含まない、被支配者層のことを指すかと思います。
そういった変化があるとして、やっぱりあらすじに書かれているような、戦後のウヨクとかサヨクの人たちの言説が影響しているのでしょうか。
私は歴史的、通時的研究には疎いのでそちらはおまかせするとして、現代日本語における「民草」について、ウェブコーパスなどを使って色々な用例を見てみました。(政治的思想を語ったものが多くてうへぇ、となりましたけど)
ほとんどの用例が、「民草」を「民衆」や「人々」といった意味で使っているようでした。
しかし、中には少し違った使い方をしている例もありました。
以下の用例は全て、国立国語研究所のウェブコーパス『梵天』からの引用です。
1)『なんせ詠み人知らずだから、貴族じゃなく民草が詠んだ歌かもしれない』
2)『何度も言って恐縮ですが、私は只の民草、鄙の婆に過ぎません』
3)『ああ、ワタクシごとき民草が神に感想を送るなどというおこがましいことをしてもいいのだろうか』
どれも前後文脈が分からないので正確なことは言えませんが、どれも「民草」が「民衆」や「人々」には置き換えられない文になっています。不特定多数の人々ではなく、ひとりの人を表しているのです。1)はもしかしたら複数かもしれませんけれど。
これらの用例の「民草」は、「一般人」や「庶民」に変えても違和感は無いかと思います。
侮蔑的かどうかと言ったら、そこまで強い意味は無いと思いますが、身分差を強調するような印象はあります。
従来のものとは意味・用法が異なる、新しい「民草」があるのかもしれませんね。
用例を探していて思ったのですが、明らかに侮蔑的、という用例ってほとんど無いような気がします。不思議。
お忙しいとのこと、あまりご無理をなさいませんよう。のんびりお待ちしておりますー。
前回の感想を拾っていただき、ありがとうございました。
とことん調べる探求心と真摯な姿勢に、いつも勉強させていただいております。
[一言]
今後本編で触れられるような内容でしたら、サラッと流してください。
江戸時代の「民草」用例のところの、『「民草」は特定の身分(被支配層)を指す言葉ではなく「多くの人々」「様々な人々」というニュアンスが強かったのではないかな、と私は思います。』という部分について。
現代日本語では「民草」と言えば普通は、為政者や支配者層を含まない、被支配者層のことを指すかと思います。
そういった変化があるとして、やっぱりあらすじに書かれているような、戦後のウヨクとかサヨクの人たちの言説が影響しているのでしょうか。
私は歴史的、通時的研究には疎いのでそちらはおまかせするとして、現代日本語における「民草」について、ウェブコーパスなどを使って色々な用例を見てみました。(政治的思想を語ったものが多くてうへぇ、となりましたけど)
ほとんどの用例が、「民草」を「民衆」や「人々」といった意味で使っているようでした。
しかし、中には少し違った使い方をしている例もありました。
以下の用例は全て、国立国語研究所のウェブコーパス『梵天』からの引用です。
1)『なんせ詠み人知らずだから、貴族じゃなく民草が詠んだ歌かもしれない』
2)『何度も言って恐縮ですが、私は只の民草、鄙の婆に過ぎません』
3)『ああ、ワタクシごとき民草が神に感想を送るなどというおこがましいことをしてもいいのだろうか』
どれも前後文脈が分からないので正確なことは言えませんが、どれも「民草」が「民衆」や「人々」には置き換えられない文になっています。不特定多数の人々ではなく、ひとりの人を表しているのです。1)はもしかしたら複数かもしれませんけれど。
これらの用例の「民草」は、「一般人」や「庶民」に変えても違和感は無いかと思います。
侮蔑的かどうかと言ったら、そこまで強い意味は無いと思いますが、身分差を強調するような印象はあります。
従来のものとは意味・用法が異なる、新しい「民草」があるのかもしれませんね。
用例を探していて思ったのですが、明らかに侮蔑的、という用例ってほとんど無いような気がします。不思議。
お忙しいとのこと、あまりご無理をなさいませんよう。のんびりお待ちしておりますー。
榛李梓様
感想ありがとうございます。
榛李梓様の感想がきっかけで谷川士清という郷土の偉人について知ることが出来て感謝しております。
民草が「侮蔑的蔑称」だと誤解が一部であるのはウヨクやサヨクといったイデオロギー的なことが影響しているんじゃないかなぁと思います。
なんせ右の人も左の人もネットの中では声が大きい……。
それと宮本百合子の例文のパワーが強い気がします。
ネットで「民草」の意味を知りたくてざっと見ただけでは「悪い意味なんだ」て思っちゃうじゃないかなぁと。
「民草」で検索するとなかなか香ばしいブログが次々出てきますし(^_^;)
梵天で調べてくだっさたのですね、ありがとうございます。
おっしゃる通り、「一般人」「庶民」の方がニュアンス的に違和感がないですね。
そして、現代においては「民草」は「支配者や為政者」を含まないというご意見も、私もそう思います。
たとえば、天皇陛下のことを「民草」だと言うのは私は違和感があります(私は右ではないです、念のため)。
現代の小説等はもちろん、私がエッセイで例に出した時代小説や水滸伝や論語などの「民草」も「庶民」の方がしっくりきますね。
今の時代では(日常会話では使うことはないですが)、「市民」という意味で使うのも通じやすいかもしれないです。
前後の文によっては侮蔑的な意味にもなるとは思いますが、たしかにあまりそういう用例ってないですよね。
それなのにとんでもない侮蔑の意味があると誤解されるのは不思議です。やはり「草」の字面のせいでしょうか?
現代人にとっては「草」は邪魔なものというイメージが強いでしょうから。
言葉は時代によって意味が変わっていくので、もしかしたら「民草」の意味も変わっていくのかもしれませんね。
調べていくうちに民草警察と化した私ですが、そろそろ「民草」のゲシュタルト崩壊が起きそうです(^_^;)
更新遅くなるかもしれませんが、読んでいただけたら嬉しいです。
感想ありがとうございます。
榛李梓様の感想がきっかけで谷川士清という郷土の偉人について知ることが出来て感謝しております。
民草が「侮蔑的蔑称」だと誤解が一部であるのはウヨクやサヨクといったイデオロギー的なことが影響しているんじゃないかなぁと思います。
なんせ右の人も左の人もネットの中では声が大きい……。
それと宮本百合子の例文のパワーが強い気がします。
ネットで「民草」の意味を知りたくてざっと見ただけでは「悪い意味なんだ」て思っちゃうじゃないかなぁと。
「民草」で検索するとなかなか香ばしいブログが次々出てきますし(^_^;)
梵天で調べてくだっさたのですね、ありがとうございます。
おっしゃる通り、「一般人」「庶民」の方がニュアンス的に違和感がないですね。
そして、現代においては「民草」は「支配者や為政者」を含まないというご意見も、私もそう思います。
たとえば、天皇陛下のことを「民草」だと言うのは私は違和感があります(私は右ではないです、念のため)。
現代の小説等はもちろん、私がエッセイで例に出した時代小説や水滸伝や論語などの「民草」も「庶民」の方がしっくりきますね。
今の時代では(日常会話では使うことはないですが)、「市民」という意味で使うのも通じやすいかもしれないです。
前後の文によっては侮蔑的な意味にもなるとは思いますが、たしかにあまりそういう用例ってないですよね。
それなのにとんでもない侮蔑の意味があると誤解されるのは不思議です。やはり「草」の字面のせいでしょうか?
現代人にとっては「草」は邪魔なものというイメージが強いでしょうから。
言葉は時代によって意味が変わっていくので、もしかしたら「民草」の意味も変わっていくのかもしれませんね。
調べていくうちに民草警察と化した私ですが、そろそろ「民草」のゲシュタルト崩壊が起きそうです(^_^;)
更新遅くなるかもしれませんが、読んでいただけたら嬉しいです。
- 完結しました
- 2018年 11月06日 20時22分
[良い点]
こんにちは。
小説家になろうユーザーには言葉について興味のある人が大勢います。でもその多くは「この言葉遣いは誤用。正しいのはこっち」「へー、そうなんだ」と、知ることで終わってしまいます。いつ頃から、どうしてその使い方をされるようになったのか、もう一歩進んで考える人はあまりいないようで、少し残念に思っていました。
ですから今、同志を見つけたようで勝手に嬉しくなっています。
言葉について考えるのって、楽しいですよね!
しかもすごくしっかり調べられていて、勉強になります。
予定されている目次も面白そうで楽しみです。
[一言]
図書館に行ったついでに、小学館の『日本国語大辞典』第二版を調べてきました。
『日国』は現在日本で唯一の大型の国語辞典で、用例を載せる際は、最も古い文献から採用するという方針をとっています。
『日国』が挙げている「民草」の用例で最も古いのは、以下のものでした。
『四季物語』(14C中頃か)六月「此の神、民くさの疫をつかさどらしめ、又いやし給ふはんの御誓ひしるければ」
その次が『応仁別記』でした。
また、「青人草」のところに〔語源説〕という項目があったので、以下に引用します。
(1)人口の増加することを、草が生い茂りはびこることにたとえたもの〔古事記伝〕。(2)上古は貴人を木に、賤人を草にたとえたことから〔古史通・和訓栞〕。
(2)の『古史通』の解釈がどこから来たのか分かりませんが、この問題のヒントになるかもしれませんね。
私は『古事記』をまともに読んだことがないので難しい部分も多いですが、続きも楽しみにしています!
こんにちは。
小説家になろうユーザーには言葉について興味のある人が大勢います。でもその多くは「この言葉遣いは誤用。正しいのはこっち」「へー、そうなんだ」と、知ることで終わってしまいます。いつ頃から、どうしてその使い方をされるようになったのか、もう一歩進んで考える人はあまりいないようで、少し残念に思っていました。
ですから今、同志を見つけたようで勝手に嬉しくなっています。
言葉について考えるのって、楽しいですよね!
しかもすごくしっかり調べられていて、勉強になります。
予定されている目次も面白そうで楽しみです。
[一言]
図書館に行ったついでに、小学館の『日本国語大辞典』第二版を調べてきました。
『日国』は現在日本で唯一の大型の国語辞典で、用例を載せる際は、最も古い文献から採用するという方針をとっています。
『日国』が挙げている「民草」の用例で最も古いのは、以下のものでした。
『四季物語』(14C中頃か)六月「此の神、民くさの疫をつかさどらしめ、又いやし給ふはんの御誓ひしるければ」
その次が『応仁別記』でした。
また、「青人草」のところに〔語源説〕という項目があったので、以下に引用します。
(1)人口の増加することを、草が生い茂りはびこることにたとえたもの〔古事記伝〕。(2)上古は貴人を木に、賤人を草にたとえたことから〔古史通・和訓栞〕。
(2)の『古史通』の解釈がどこから来たのか分かりませんが、この問題のヒントになるかもしれませんね。
私は『古事記』をまともに読んだことがないので難しい部分も多いですが、続きも楽しみにしています!
榛李梓様
感想ありがとうございます
嬉しいです
四季物語については後世の偽書説が濃厚みたいでして…成立年代はよくわからないみたいなんです(T-T)
古史通の件、教えていただきありがとうございます。
貴人を木に、賤人を葉にたとえる話は『本朝水滸伝』にも書かれていたので気になっていました。ここから侮蔑の意味が読み取れなくもないかな…と。また調べてみます。
ただ、「民草」という言葉は悪い支配層(為政者や貴族)が侮蔑の意味を込めて一方的に使っていたわけではなく、国民の方がよく使っていた言葉であると私は思います。戦前の新聞記事や文学作品を見るとそうとしか思えない。
為政者(天皇や貴族、政治家)が使っているケースも侮蔑的な文脈で使っておらず、国民を憐れんでいたり、国民の繁栄を喜んでいる文脈で使っているのです。
ですから、なろうを含むネット界隈で言われているような「侮蔑的な蔑称」というのは違うんじゃないかな、と思います。
最近仕事が忙しくて更新が遅くなるかと思いますが、これからも読んでいただけると嬉しいです(о´∀`о)
感想ありがとうございます
嬉しいです
四季物語については後世の偽書説が濃厚みたいでして…成立年代はよくわからないみたいなんです(T-T)
古史通の件、教えていただきありがとうございます。
貴人を木に、賤人を葉にたとえる話は『本朝水滸伝』にも書かれていたので気になっていました。ここから侮蔑の意味が読み取れなくもないかな…と。また調べてみます。
ただ、「民草」という言葉は悪い支配層(為政者や貴族)が侮蔑の意味を込めて一方的に使っていたわけではなく、国民の方がよく使っていた言葉であると私は思います。戦前の新聞記事や文学作品を見るとそうとしか思えない。
為政者(天皇や貴族、政治家)が使っているケースも侮蔑的な文脈で使っておらず、国民を憐れんでいたり、国民の繁栄を喜んでいる文脈で使っているのです。
ですから、なろうを含むネット界隈で言われているような「侮蔑的な蔑称」というのは違うんじゃないかな、と思います。
最近仕事が忙しくて更新が遅くなるかと思いますが、これからも読んでいただけると嬉しいです(о´∀`о)
- 完結しました
- 2018年 10月19日 19時16分
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