感想一覧

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[一言]
私は持ち込まない派です。

私は魔法は科学的か否かについて、個人的な考えを持っています。
答えは科学的であるともないとも言えないです。
科学は証明が命です。しかし、魔法は科学的に証明できません。
でも、それは無いとも証明できてはいないのです。
故に、科学的には、『有るかもしれないし、無いかもしれない。』
となります。

仮に魔法がこの世界に存在していて、一般的に知られていない、又は失われたものであったとしましょう。
魔力は存在してそれを使い、あらゆる現象が起こせるとしたら。
それを証明しても、『魔法使い』にはなれません。
単に電気に似て否なるエネルギーでしか無くなってしまいます。
その時点で、『魔法』ではないのです。『技術』です。
ただの『技術者』です。

つまり、ファンタジー世界(異世界)において、魔法は魔法ではなく、『ただの技術』です。
『魔法』と呼ばれている時点で、理論破綻が当たり前なのです。
魔法とは今の科学では、証明できない現象を指すのですから。


  • 投稿者: nelmv
  • 2018年 11月23日 02時50分
反証可能性ですか 確かにそこから考えると魔法は科学たり得ないかも知れませんね

魔法はその世界にとってはただの技術というのは同感です。よく主人公が「魔法があるの?」だなんて現地の人に聞いてますがそれが現地語にしろ日本語にしろおかしなことになりそうです

感想ありがとうございました
  • 放浪する雄豚
  • 2018年 11月23日 08時41分
[一言]
「異世界を科学的に調査した読者も居ない」が漏れてました。あたかもそこが地球であるかの如く、知識を披露する人がいますけど、傍から見るとかなり滑稽ですね。
  • 投稿者: ゆたあき
  • 男性
  • 2018年 11月22日 21時48分
[一言]
似非で良いか科学であるべきは、作品の作りによると思います。日本を舞台にする作品で我々の常識と乖離する・しないかは重要。作り手も不可解に思える事を分かってやっているなら、それを暗示する何かが必要だと思います。例えばサンプルの作品は考証ミスのようですが、太陽を正四面体とかにするだけで科学的ツッコミが無意味になりそうです(笑)。

異世界の場合は、本文にあるように矛盾がなければ似非科学でいいと思います(むしろ推奨)。ただ、主人公が地球の科学を根拠として何かを披露する場合は「現実のものとは違う」と明記すべき場合もあると思います(あとがきに書いてる例も見かけます)。それに科学科学言っても現地を科学的に調査してる主人公もほぼ居ませんよね(笑)。月を2個目視するぐらいかな?(計測機器の作成がネタになってる作品もあるけど)。

ぶっちゃけ「うーんと力を入れて、ぐるぐるしたら、手がパーっと暖かくなって、ヒール発動」と言われるレベルでもそれなりの魔法科学的ルールを描写された方が説得力もある(キャラ作りのブーストにもなる)し、表に出す出さないと関わりなくルール作りは作者様の最初の仕事かな?と思います。
  • 投稿者: ゆたあき
  • 男性
  • 2018年 11月22日 21時36分
感想ありがとうございます

現地で科学的に分析する主人公 確かに見ませんね
 個人的にはプリズムとナトリウムの輝線から視覚が同じことを確かめ、主星のスペクトルから「この星は種族ⅡのG型主系列星だ!!」くらいはやって欲しいですね。振り子から重力加速度を求めたり歯車から光速を見つけたり水の三重点から気圧と気温を計ったりするのは特に魔法があればできるはず


  • 放浪する雄豚
  • 2018年 11月22日 22時11分
[一言]
 自分は物語の評価に科学を持ち出すのは是派ですね。

 エッセイ内の科学の定義そのものになってしまいますが、ざっくばらんに言ってしまえば、現代日本人の読者が理解できる説明=科学的説明ですからね。
 物語の中で、現実にも存在する理論・法則・物質を持ち出したけど扱いは別物なら、読者が「それ違ぇ」とツッコむのも当然で、それをするなというのはかなり暴論だと考えます。

 それにそういうツッコミがなされるということは、作者の誤魔化し方、リアリティの作り方が悪いってだけですし。
 「君の名は」の例で言えば、必要なのは「彗星の軌道が地球に近い予測」という情報開示だけで、具合的な進路予想図なんて必須ではないんですよね。そもそも予想と違って衝突したことが物語の肝なわけで。
 結果論めいてますけど、「だったら最初からそんな情報出さなければいいじゃん」って話になってしまいます。
  • 投稿者: 風待月
  • 2018年 11月22日 08時42分
[一言]
科学的な部分、必要だと思います。

先日は水車を作中で出すのに直径と設置河川に求められる深さなどをかなり調べましたし、銃器を開発させるようなものでは天然資源からニトロ系化学物質に辿り着くまで、多くの物質の化学式と精製方を学んだ気がします。

ただ、そんな事をくどくど書いてもつまらないでしょうし、全ては数行に過ぎませんけど、其処に膨大な時間を突っ込んでますね。

小説とはそんなものかと存じます。
 なるほど 数行に隠された多くの努力のお蔭で我々読者が気持ちよく読めるわけですね
まさに作家のあるべき姿かも知れませんね
 そして検証のために学んだ知識は無駄にはなりませんし、そうやって調べること自体も書く楽しさの一つになり得るかも知れませんね

感想ありがとうございました
  • 放浪する雄豚
  • 2018年 11月21日 21時55分
[一言]
初めまして。

語源学的には、雄豚さんのおっしゃるような定義で構わないように思われますが(https://www.etymonline.com/word/science#etymonline_v_22918)、定義の中に二つの物事を盛り込むのは問題があるため、私なら知識の方を優先して「蓋然性の高低に基づいて取捨選択されてきた知識体系」とするのが良いように思います。

ただ、豚さんのおっしゃるように、とある異世界において「魔」というものが自然に存在するならば、その法則なりを捉えて活用する「術」ないし「手法」は当然、その世界における「科学」に該当するのは確実だと思われます。

ただ、ここで重要なことは、現在私たちが存在している世界の、物理現象を常識として、作者も読者も理解しやすいゲームの世界のような「魔法」を書く作者が多いから、「魔法」といえども、その世界の「科学」の範疇ではないか? という議論が生まれるように思います。その場合、「魔法」とは「その世界で起こりうる自然現象の、理不尽な手法での再現」ということになりますね。

ですが、例えば神話でならば極端な話、世界を何度も壊したり、作りなおしたり、あり得ないくらい強かったり、逆に弱かったりなど、その世界に物理法則などないのではないか? と思われる描写もいくらでもあり、それこそ、「魔法」ではないかと思われます。その場合、「魔法」を「科学」の枠組みに押し込めるのは無謀と言えると思います。

さて、その後の本論の「科学」は、「科学」についてどうこうというよりも、物語にリアリティを与える道具として「科学」を用いた場合、作者の知識不足を露呈するとリアリティの減少どころか、白けてしまう場合もあるよ、という指摘ですね。

豚さんは設定厨の気もあると思いますが、スーパーロボット系のアニメでは、熱血だとか愛だとか、パラレルワールドだとかで、理不尽な主人公補正が入ることもしばしばあります。
勢いだけですべてを乗り切ろうとしているそれらの作品も、豚さん的にはアウトでしょうか?

もし、そうでないならば、「白けてしまうかどうかの、おかしな設定のギリギリの境界はどこか?」というのが重要ではないかと思われます。

蛇足ですが、例えば「真ゲッターロボ」では、「オールトの雲から降り注いだゲッター線が、インベーダーを進化させた」というトンデモ設定がありますし、「トレマーズ」というB級映画のシリーズ最新作「コールドヘル」では、「トレマーズたちは先カンブリア時代に休眠していたのが、起きてきた」ことになっています。
これだけではなく、様々な作品で、「ちょっと待って」ということもありますし、何より例に出した「君の名は」では、そもそも意識が入れ替わっています。神経科学をやっている人からすれば、「意識が入れ替わる??」と、そこで白けますね。それが不思議な力で済ませるなら、彗星の軌道一つが変でも、「ああ、そう。」くらいのものです。
ええ、何でもありで結構なんですよね。
 丁寧で分かりやすい感想をありがとうございます
ご指摘のとおり私には多少設定厨の気があり友人からよく「もうちょっと純粋にストーリーを楽しめよ」なんて言われています
 君の名はの入れ替わり設定についてですがこの類いの変えてしまうと物語のストーリーに根幹から支障をきたすところはまああまりとやかく言っても物語がつまらなくなるだけかなぁと思っています
ただ、その場合は何が出来て何が出来ないのかをはっきりさせて欲しいですね
 彗星の例はストーリー上変えても問題ないのに間違ってるという点で私にとっては受け入れ難いものでした
まあ結局 面白さを損なうことがないように少しは科学的な見方からも監修してくれよって感じですかね
  • 放浪する雄豚
  • 2018年 11月21日 22時06分
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