感想一覧
▽感想を書く[良い点]
最初から諦めずまずは取り組んでみるように努力しようと思わせてくれるところが良かったです。
最初から諦めずまずは取り組んでみるように努力しようと思わせてくれるところが良かったです。
[一言]
「自分に才能が無い」。そう言っている人は、「誰と比べて」言っているんでしょうか?
スポーツの世界では、「天才少年」と呼ばれた高校選手が大学やプロでは使い物にならなかったり、国際大会ではまるで相手にされなかったりします。つまり、その「才能」は、狭く限られた範囲の世界。全く才能が無くっても、努力だけで高校生大会で優勝出来る程度には実力を身に着けられるのです。
オリンピックで金メダルを取りたい、というのであれば、才能が無いことを嘆く価値があるのでしょうけど、国際大会どころか近所の運動会レベルでは、才能なんか論じる意味もありません。
にもかかわらず、「才能が無い」と嘆く。
それは、「努力を怠る口実」、「諦める口実」に過ぎないでしょう。
「才能が無いから努力したって無駄」(だから練習しない)。
「才能が無いからこれ以上続けても無駄」(だから止める)。
才能なんて、目で見えないんですから。ましてや「無い」ものを見ることは、余計出来ないのですから。
便利な言葉です。「自分には才能が無い」って言葉は。
「自分に才能が無い」。そう言っている人は、「誰と比べて」言っているんでしょうか?
スポーツの世界では、「天才少年」と呼ばれた高校選手が大学やプロでは使い物にならなかったり、国際大会ではまるで相手にされなかったりします。つまり、その「才能」は、狭く限られた範囲の世界。全く才能が無くっても、努力だけで高校生大会で優勝出来る程度には実力を身に着けられるのです。
オリンピックで金メダルを取りたい、というのであれば、才能が無いことを嘆く価値があるのでしょうけど、国際大会どころか近所の運動会レベルでは、才能なんか論じる意味もありません。
にもかかわらず、「才能が無い」と嘆く。
それは、「努力を怠る口実」、「諦める口実」に過ぎないでしょう。
「才能が無いから努力したって無駄」(だから練習しない)。
「才能が無いからこれ以上続けても無駄」(だから止める)。
才能なんて、目で見えないんですから。ましてや「無い」ものを見ることは、余計出来ないのですから。
便利な言葉です。「自分には才能が無い」って言葉は。
[一言]
才能自体を否定する事はしませんが、格闘技やスポーツの世界だと最初はできなくても真面目に努力する人の方が結果的には伸びる事が多いです。
個人的には感覚に頼るよりも理論をきちんと実践する事の方が大事だと思っているので、才能がどうとかいうのは気にしない方が良いと思っています。
才能自体を否定する事はしませんが、格闘技やスポーツの世界だと最初はできなくても真面目に努力する人の方が結果的には伸びる事が多いです。
個人的には感覚に頼るよりも理論をきちんと実践する事の方が大事だと思っているので、才能がどうとかいうのは気にしない方が良いと思っています。
- 投稿者: 退会済み
- 2020年 01月08日 05時03分
管理
[一言]
武器になる哲学という本で知ったのですが、分野ごとに練習量が技量に影響する度合いというのが決まっているそうです。なので「才能がないから描けない絵」はありえます。
だからといって「才能がないから絵が描けない」ということにはならないし、才能がないけど努力した人が描いた絵に感動することは珍しくないのだと思います。
才能の有無だけで諦めてしまうのは惜しいと強く思います。人生やりたいことやったもん勝ちですね。
武器になる哲学という本で知ったのですが、分野ごとに練習量が技量に影響する度合いというのが決まっているそうです。なので「才能がないから描けない絵」はありえます。
だからといって「才能がないから絵が描けない」ということにはならないし、才能がないけど努力した人が描いた絵に感動することは珍しくないのだと思います。
才能の有無だけで諦めてしまうのは惜しいと強く思います。人生やりたいことやったもん勝ちですね。
[一言]
「才能」は世の中の天辺取る為に必要なだけであって、自分が好きな事やるのには全然関係ないとは世の中の人間(特に若者)があまり思ってないのは何なんでしょうか。
描きたきゃ上手く無かろうが描けば良かろうに。
やりたい事をやって他人から褒められなければ嫌だ、それだけやって食って行けなければ嫌だではやりたい事なんか何にも出来ませんが。
大体、最初分からんものを試行錯誤して面白がって続けるのが、やりたい事に向ける努力であって、精励刻苦して嫌々ながら精進するなんちゅう「努力」は不純も甚だしい。
もしそれをやってたとしたら、本当はやりたくも無い事を成果だけ欲しがってやっておるんですよ。
「成果を得る」のと「やりたい事をやる」のも違う。
功名心の為とか、何らかの成果が欲しいとか、楽に食って行きたいとか、そういう本心があるんなら、そっちが本当のやりたい事なんだから、正直に追求するのが一番ですね。
「才能か努力か」が悩み事になっておる者はアマイですよ。
「才能」は世の中の天辺取る為に必要なだけであって、自分が好きな事やるのには全然関係ないとは世の中の人間(特に若者)があまり思ってないのは何なんでしょうか。
描きたきゃ上手く無かろうが描けば良かろうに。
やりたい事をやって他人から褒められなければ嫌だ、それだけやって食って行けなければ嫌だではやりたい事なんか何にも出来ませんが。
大体、最初分からんものを試行錯誤して面白がって続けるのが、やりたい事に向ける努力であって、精励刻苦して嫌々ながら精進するなんちゅう「努力」は不純も甚だしい。
もしそれをやってたとしたら、本当はやりたくも無い事を成果だけ欲しがってやっておるんですよ。
「成果を得る」のと「やりたい事をやる」のも違う。
功名心の為とか、何らかの成果が欲しいとか、楽に食って行きたいとか、そういう本心があるんなら、そっちが本当のやりたい事なんだから、正直に追求するのが一番ですね。
「才能か努力か」が悩み事になっておる者はアマイですよ。
- 投稿者: 退会済み
- 2020年 01月07日 18時02分
管理
[一言]
ひとにはそれぞれ何らかのギフトがあり、逆に何らかの欠点を持っていて、すべてが100にはならないように感じます。絵が描けても料理は下手とか、ひとを感動させる小説は書けても人間関係の構築は苦手とか。それを、まあなんとか人間社会で暮らせるようにするためには、おっしゃるとおり努力がとても大切で、ダメな所を補うための大切な方向性だと思います。
ひとにはそれぞれ何らかのギフトがあり、逆に何らかの欠点を持っていて、すべてが100にはならないように感じます。絵が描けても料理は下手とか、ひとを感動させる小説は書けても人間関係の構築は苦手とか。それを、まあなんとか人間社会で暮らせるようにするためには、おっしゃるとおり努力がとても大切で、ダメな所を補うための大切な方向性だと思います。
- 投稿者: watabe ryoya202609(わたべ りょうや)
- 2020年 01月07日 17時51分
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