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[一言]
真理を正当化するための言葉、理論が書かれているのは哲学書と言えないのではないでしょうか?
その手のものはいわゆる聖書とか法律とか、道徳的なことを言わんとするものでしょう。

どの哲学書が勝手に真理を定めて、それを説明していると言うのでしょうか。私が知る上では、哲学書にあるのは『真理を考察する方法』についてだと思います。
それと、哲学とは何か…。私ごときにそれを何であるか言うのはきっとおこがましい事なのでしょうけれど、哲学をすることは自分の子供を残すことと同じ意味である、と思っています。 
  • 投稿者: 中ノ 晁
  • 18歳~22歳 男性
  • 2011年 02月02日 12時43分
【中ノ 晁さん】
コメントありがとうございます!
これに感想が付くとは思っていなかったので、驚いています。

正直に言うと、私は哲学書の類を読まずに哲学の世界を彷徨っていた人間です。
2年くらい本気で哲学に取り組み、そして哲学という世界から卒業しました。
本当に楽しかったですよ、哲学の世界は。

つまり、哲学を否定しているのではなく、哲学書が娯楽本だと言っているだけなのです。

本文に書いたとおり、どれだけの論理を積み上げようと、真理を見据える『眼』を持たない者に、真理を見せることは出来ません。
にもかかわらず、それを見せようとする行為が、「自慢話」だと言っているだけです。

言ってしまうと、「真理を正当化する」なんて、出来ないんですよ。
だって、多くの人は真理がなんたるかを知らずに本を書いているわけですから。

真理を伝達するためには、伝達したい相手のことを深く知らなければなりません。
しかし、本は相手を見ない。だから、本は真理を伝達する道具たり得ないのです。


真理がなんたるかを問われたとき、私は、ある「ひと言」で答えました。しかし、最初は全く理解されず、私は、その人が繰り出してくる質問に答え続けました。
そして9ヶ月が経ったとき、その人は「突然『真理』がわかりました」と言いました。私は3~5年くらい掛かると思っていたので、あまりの早さに驚きましたが。

それくらい、真理を伝達することは難しいのです。本を読んだくらいで真理に到達することはありません。


貴重な御意見、ありがとうございます。
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