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感想一覧

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[一言]
本文も感想欄への返信文についても、むっちゃ分かるー、と頷ける部分が多々多々ありました。

特に
> 読むのに労力をかける必要のないところはなるべく楽に読んでほしい

この辺りは今ちょうど、大事なことだよなあ、と感じていた部分です。
読者に共感してもらいたいのは、情景や心理、物語的な妙なのであって、技巧を凝らした文章をひけらかしたい訳ではないんですよね。
もちろん、こういう言い回しってカッコ良くない?と思う心があるのも否定できませんが、それが行き過ぎて、読み手の邪魔になっては本末転倒だなと、最近とみに思います。

だからきっと、戦闘描写を「キンキンキン」で満足する作者や読者も、それを突き詰めたものなのだろうなと思います。
自分などは、剣と魔法のファンタジー世界モノなら、剣を交えるシーンはそれこそメインディッシュの筈なので、気の利いた描写を読みたいと思うタイプですが、多分、今の「なろう」の作者・読者層にとっては、そこは別に興味がないから省いても構わんだろうと判断されているのだと解釈しています。
かくいう自分も、自分の興味がない部分は最低限だけ伝わればいいかと思って省きますからね。
悲しいのは「興味」の対象(好み)が、ここでの多数派と自分とでは多分合致していないんだろうなあ、というところですね。
  • 投稿者: 磨己途
  • 2022年 01月08日 10時07分
あんまりスラスラ読めすぎると後に残るものがありませんしね。かといって読むのがあまりに面倒だとマンガみたいな面白さからはかけ離れるし、特になろう読者なんかからは嫌われそう。

ちなみに小説って、読者をびっくりさせるために書くみたいなところが大きいと思うので、そういう意味では「キンキンキンキン」も充分「なんじゃこりゃあ!」「これのどこが小説じゃ!」とびっくりさせるものではあると思っています。

既存の型をブッ壊してこそ創作なのでないか、と。

もちろんそこにはいい意味と悪い意味があるとは思いますが。
[一言]
個人的な好みなら擬音語は多用しないほうが嬉しいです。

安っぽく感じるってのはありますけど、一番の理由としては小説ならではの作者独自の表現を楽しみにしたいんで。それこそが小説の魅力だと思ってますし。

擬音語みたいな画一化された表現は簡単なんですよね。誰にでもある程度抽象的なイメージは浮かびますし、小難しい表現が必要ないし。でも、キンキンキンって書くことで剣戟を表すならぶっちゃけ誰でもできるじゃないですか、それこそ小学生だろうと。
それって、それこそ小説じゃなくても良いやんってなりません?私は、少なくとも漫画の方が良いし、なんなら小学生の作文読んだ方が笑顔になりますし。
だからこそ、小説は作者にしか書けない表現で言葉の暴力で私たちに作者の世界を映して欲しいなぁと思います。

後は擬音語山盛りの小説は没入感が解けるのがなぁ……。キンキンキンとか一面に書かれているとなんか覚めます。なんか現実に引き戻された気がします。

割とズタボロに書いてる気がしますが、擬音語を使うことには反対しません。むしろ面白ければなんでも良いです。使い方さえ良ければ良い表現の一種だと思いますし。
  • 投稿者: 雨宮迅
  • 2021年 09月05日 17時17分
わかります。
私も基本的には擬音語は好まず、自作でもなるべく使用は避けるほうではあります。
ただ、読むのに労力をかける必要のないところはなるべく楽に読んでほしいんですね。簡単に書きすぎて意味まで伝わらないようには気をつけながら。
マンガみたいな面白さと小説ならではの面白さの両立はいかにすれば可能か? とか考えてたりします。
[一言]
そもそも擬音語って扱いがかなり難しいものです。一番わかりやすい上手い擬音語の例は児童書。幼児にもわかるように簡単簡潔だけどはっきりとどんな状況か思い浮かべることも出来ます。そして決して擬音語だけで済ましたりしてません。
逆に安っぽいと言われるものは簡単簡潔に済ませてるのではなく擬音語だけで済ませてる手抜きがほとんどです。ただ単に成熟した思考力に頼ってるだけで上を目指そうともしてないものは安っぽいと言われても仕方がない



  • 投稿者: RIVUXA
  • 2021年 09月04日 23時58分
扱いが難しいから、安易に使うと安っぽくなっちゃうんですよね。
[一言]
 擬音語や擬態語がどうしてそこまで槍玉にあがるのか、まったくわからない勢でございます(-_-;)
 ただ、個人的に「もふもふ」はパンを食べる時の音かなって……。

 ただ、擬音語八割とかになると、まさに難解な作品になるでしょうね。
 その辺の匙加減が難しいです。わたしは擬音語沢山つかっちゃうので。


文章作法的に、基本的に擬音語がダメとされるのは本文中に書いた通りです。
[一言]
押し付けるつもりはありませんが、個人的な好みで言えば擬音の多用は好みません。
読者視点では安っぽく感じるし、作者視点ではまた別の悩みがあります。

色弱なので、自分の感性が他人に通じるか、他人と共通なのかというところを考えちゃうんですよね。
同じものを見ているようで、他社の目を通すとまったく違う風景が見えているかもしれない。

そんな風に思うと、安易にイメージを画一化する表現には躊躇しちゃいます。
大多数の読み手にとっては抽象化・戯画化された表現の方が理解しやすいのだろうなあとは思うのですが。
擬音語の多用がマンガみたいで安っぽいのは確かだとして、それを好きか嫌いかは好きに言えばいいと思います。

また、マンガは本当に安っぽいのか? などの問題も出て来そうです。

自分の書いたもののイメージが他人にも伝わっているだろうか? みたいな問をしていると、我々は本当に同じものを見たり聞いたりしているのか? みたいな根源的な問もそこから生じて来ますよね。

ただ我々がかなりの程度共通のイメージを持てる書き方というのはあって、たとえば犬は「わん」と鳴き猫は「ニャー」と鳴くみたいな擬音語がそれですよね?

それを大きく広げて、うまく利用すれば、とても読みやすくわかりやすいものが書けます。面白いかどうかは別問題ですが、誰もがかなりの程度同じものをイメージできる。たとえば独自のストーリーを創りたいと思う人がそのわかりやすさ「だけ」を利用するのはアリだと私は思います。背景を描くのに「〇〇な町だ(独自の表現で)」よりも「東京っぽい町だ」のほうが手っ取り早くて私はいいと思います。東京を知らない人には難解になりますがw

また、本当に全部擬音語で書いてあるのに面白い小説とか、あるなら是非読んでみたいと思います。