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[良い点]
 『無個性病』という架空の病気が面白かったです。「人間は置かれる環境次第」というものなのか、最初は他への興味が三十秒も持たなかった主人公が、最後には自分で考えて決断して人助けをできるようになったのは素晴らしい成果ですよね。

 もっとも、彼らの「社会復帰」は簡単にはいかないでしょう。彼ら自身を「無個性」に仕上げた家庭に戻るわけですからね。

 旅は人を変えてくれます。しかし、「旅」で得たものを持ち帰るのは容易ではありません。アガサ・クリスティが別名義で執筆した『春にして君を離れ』では、自己中心的な中年女性の主人公が非日常の環境の中で、これまでの自分がいかに横暴で利己的であったかに気づくのですが、家族の顔を見た瞬間にいつもの自分に戻ってしまいます。

 この物語では、彼らの家族は彼らに変わってほしい、人並みの幸せを手に入れてほしいと願って彼らを送り出したわけですから、前述の女主人公のように得たものをすべて手放すことにはならないかもしれません。

 ですが、他者からの視線やいわゆる「レッテル貼り」には意外なほど強制力があるもので、それによって殻を破ったばかりの陽太や芽衣の「個性」が潰されてしまう可能性があります。自力で殻を破れなかった雛は弱いものですから。

 ですが、現代を生きる彼らには遠く離れていても心を繋げられる通信手段があります。作中の最後で交わされるメッセージには希望が満ちていました。彼らの道行が幸いなることを祈ります。
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