エピソード39の感想一覧

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[気になる点]
> 民主化のための準備
冷戦後から本格的な想定はされていたみたいで、だがもっと前からも考えられそうですね。
ソ連の影響国で民主主義国家だったフィンランドとは民主化のためのテストケースとかで制度を利用していたりは考えていそうですね。
IT産業や家電製品スマホといった経済面を考えるとソ連崩壊前から関係が深かったと考えられそうですね。多分国父の樋口季一郎元帥の持つユダヤルートの一つに北欧が含まれていたと考えられますね。
冷戦期武装中立国だったスウェーデンも第三国向けに兵器の裏口取引で日本人民共和国とも相当な付き合いだったとかありそうですね、冷戦期に南アフリカ向けやイスラエル向けに取引する傍ら日本人民共和国向けにレーダーや小型揚陸艇を販売して、それがスウェーデンで政治問題になってとかは考えられますね。
スウェーデンやフィンランドもまたポーランドと同じく両国を天秤にかけてうまい汁を吸っていたのかな。

人民共和国の核保有もロシアのみならずスウェーデンからの秘密裏の核研究データを対価にしていたとかあり得そう。

またIT関係で90年代から特に台湾、日本人民共和国、フィンランドの3カ国間のIT関連の協定とか結んでいそう。

フィンランド化の一環で冷戦期からフィンランド経由で家電製品を売却したり、南の日本国とも秘密裏の対外交渉に使っていたり、軍関係者同士のパイプもフィンランドを介して冷戦期からあったとしたらと想像が膨らみますね。
下手するとフィンランドからの武器の購入や売却、共同開発もやっていた可能性さえありますね。

そう考えると人民共和国領の樺太や北海道北部には本家のフィンランド式サウナ風呂のスパ施設とか大量にありそう。サウナ外交とかで多分多かったかもですね。
 感想をありがとうございます。また、大変に熱心なレビューを掲載してくださりありがとうございました。これからもおつきあいいただければ幸いです。

 日本人民共和国の歴史は、概略は決めているのですが、それはそれでまた書くのが大変なので、作中でフレーバーとして書いてゆくつもりでいます。
 民主化ですが、なまじ東欧の民主化後の混乱を見ていますから、民主化よりも経済を西側にリンクさせて国民を市場経済に慣れさせるのを優先したのでしょう。その途中で彼らなりに色々な改革を進めていった結果が、今の「北」だったりします。
 なお転移した時点での「北」は、私有財産は認められていますし、私企業も活発に活動しています。一応共産党一党独裁をうたってはいますが、党内派閥で疑似的な政権交代とかやっていますので、本当に間が悪くて西側との和解に失敗してきたのでしょう。そういう意味では本来はウクライナ戦争後のロシアがどうなるかで彼らの去就も決まるはずであったのが、異世界転移したことでまた民主化は遠のいた感じです。
 そういう意味では、なんというか建国時点から運が無いというか間が悪い国ではあります。

 フィンランドとの関係ですが、おっしゃる通り情報通信機器の開発販売などで関係があり、それなりの経済的つながりを保っています。作中ではまだ出てきていませんが、「北」はチェコ製の0T-64をライセンス生産した装甲車の後継にパトリアAMVのライセンス生産を決めて少数ですが配備もしています。陸自がパトリアAMVではなく、19式機動輸送車を開発したのもそれが理由だったりします。

 樋口季一郎将軍は、「オトポールの奇跡」でユダヤ人から大変に感謝されていまして、第二世界大戦後ソ連に戦犯として抑留されそうになったのを、在米ユダヤ人協会が運動して難を逃れた方だったりします。
 この作品中では、実は「北」はイスラエル独立戦争に陰ながら協力していまして、まあソ連によるイギリスへの嫌がらせの一環ではあるのですが、それに樋口季一郎将軍も一枚かんでいます。その縁もあって、第三次中東戦争後のアラブ諸国による石油禁輸で各国がイスラエルを見捨てる中、変わらず陰ながらイスラエルを支援し続けていて、当然ヴェトナム戦争でも北ヴェトナムに援助していますから、表向きはともかく裏では第三世界諸国との関係は割と広かったりするわけです。それが冷戦後の東側規格武器の販売で活きてきていますから、何が功を奏するかはわからない、ということで。
 なおスウェーデンとはほとんど関係はないんじゃないでしょうか。基本的にスウェーデンはユダヤ系はほとんど影響力がありませんし、「北」もスウェーデンと関係を持つ必要性が無いですし。
 むしろ冷戦中から関係が深かったのはポーランドで、「連帯」蜂起でソ連がポーランドに介入できなかったのを見て、市場経済の導入や民主化を決心したのだと思います。あと、冷戦後のポーランド経済の立て直しに陰ながら協力もしたのでしょうし。多分「北」の産品がEU市場に参入できたのも、ポーランドを経由したおかげだと思います。
 それでもクリミア侵攻後のポーランドは、あっさり「南」から粉をかけられてそっちになびいてしまったのですが。それも仕方がないところがあって、冷戦後EU設立の際に、自動車等の工業製品の輸出のための迂回ルートとして現実でも日本はポーランドとチェコを利用していますから。冷戦後のポーランドは、自国の産業の近代化のために南北の日本を上手く利用したというわけです。

 まあ、ロシア人もサウナは大好きですし、樺太にもサウナは一杯あったと思います。
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