感想一覧
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[一言]
「伯爵の釵」のらいどん訳を読ませていただきました。
「ノベル化文庫」というのは知りませんでした。検索してそのサイトに行くと、確かに色んな作品が「AI訳」されているようです。
「せんきょう花」の(笑)作品も結構ありますね。
まず題名が面白い。私も以前勝手訳した「紅玉」は「べにだま」、「鷭狩」は「ふくがり」と奇妙なふりがなが充てられていました。「伯爵の釵」も「はくしゃくのさい」ですからね。(笑) 想像を超えています。訳も意味の通るような通らないような文をシラーッと並べて平気な顔。そりゃ平気な顔でしょうとも。AIが恥ずかしがるはずもない。いや、恥ずかしがるAIも見てみたいものですが。
「伯爵の釵」で言えば、第一章だけを見ても、
『町中が e 注目する中』とか
『いかなる涼しさも口に入れることは辛い』とか
『まるでこの舞台が称賛に値する轍(わだち)だ』とか
『緋塩瀬がたばこパイプのつまみを解きながら』とか、
日本語で書かれてはいるが、意味の通らない文です。
今はこれくらいのレベルなのでしょうが、らいどんさんのおっしゃるとおり、
「しかしながら、古典作品の語句を辞書的に対応させるような現代語訳を行えば、すぐさまAIの学習対象にされてしまうわけで、自分が行った現代語訳の一部も、すでにAIの栄養源になっているのかもしれない。ちょっと恐ろしかったりもする」という意見には同感です。世界中の文章を取捨選択し、学習していく能力を身につけたAIが出現すれば、優れた現代語訳が出来るのもそう遠くないと思います。
そうなりゃ、私たちのやっている現代語訳は発表する意味もなくなる訳で。
そうした中、敢えて
<antiAI ver.>をやってみるとのことで、これは面白い試みだと思いました。
今のAIでは出来ない現代語訳をしてみようというのですね。
「実在の地名を復元してみる」という作業はAIでは想像も出来なかったことでしょう。この思いつきはやってみる価値はあったと思います。ただ、作品としてどちらがどうかと言われると、個人的にはやはり朧にしたほうが勝っているかも、と思ったりします。
もう一つ、逐語訳ではなく大意を伝える訳にするということ。これはそう簡単なことではありません。原文の意味を間違いなく理解した上で、自分の言葉、言い回しで書かねばならないから。らいどんさん自身がおっしゃるように
「読みごたえのないスカスカな、鏡花であってもなくてもいい文章になるなら、むしろ原文を読んだほうがいい」でしょう。そしてそれこそAI訳でも良いのではないかとも思います。
原文と読み合わせながららいどん訳を読ませていただきましたが、やはり鏡花の意図する所を伝えようとすると、どうしも逐語訳にならざるを得なかったのだと思います。
鏡花の作品を自分の言葉で表現出来るのは三島由紀夫のような作家くらいではないかと、私は前に書いたことがありますが、今また、その思いを強くしています。
ともあれ、鏡花の作品を分かりやすく現代語訳される努力は読んでいてもよく分かりますし、後書き(私はこれをいつも楽しみにしています)の考察もらいどんさんらしくて面白いものでした。
ますます筆に(キーボードに)よりをかけて新しい現代語訳を綴られることを期待しています。
※ 重箱の隅をつつくようなことになって、書くのをどうしようかと考えましたが、参考までに書いておきます。
二 で原文の「黄金煙管」を「銀煙管」としたのは何が意図があったのでしょうか。
五 で「どうかお手に簪の鳥をお持ち遊ばされて、はい、はい、はい」の箇所で、
「簪」とこの部分だけ「釵」とは違っています。(変換し損ねたのだと)
「伯爵の釵」のらいどん訳を読ませていただきました。
「ノベル化文庫」というのは知りませんでした。検索してそのサイトに行くと、確かに色んな作品が「AI訳」されているようです。
「せんきょう花」の(笑)作品も結構ありますね。
まず題名が面白い。私も以前勝手訳した「紅玉」は「べにだま」、「鷭狩」は「ふくがり」と奇妙なふりがなが充てられていました。「伯爵の釵」も「はくしゃくのさい」ですからね。(笑) 想像を超えています。訳も意味の通るような通らないような文をシラーッと並べて平気な顔。そりゃ平気な顔でしょうとも。AIが恥ずかしがるはずもない。いや、恥ずかしがるAIも見てみたいものですが。
「伯爵の釵」で言えば、第一章だけを見ても、
『町中が e 注目する中』とか
『いかなる涼しさも口に入れることは辛い』とか
『まるでこの舞台が称賛に値する轍(わだち)だ』とか
『緋塩瀬がたばこパイプのつまみを解きながら』とか、
日本語で書かれてはいるが、意味の通らない文です。
今はこれくらいのレベルなのでしょうが、らいどんさんのおっしゃるとおり、
「しかしながら、古典作品の語句を辞書的に対応させるような現代語訳を行えば、すぐさまAIの学習対象にされてしまうわけで、自分が行った現代語訳の一部も、すでにAIの栄養源になっているのかもしれない。ちょっと恐ろしかったりもする」という意見には同感です。世界中の文章を取捨選択し、学習していく能力を身につけたAIが出現すれば、優れた現代語訳が出来るのもそう遠くないと思います。
そうなりゃ、私たちのやっている現代語訳は発表する意味もなくなる訳で。
そうした中、敢えて
<antiAI ver.>をやってみるとのことで、これは面白い試みだと思いました。
今のAIでは出来ない現代語訳をしてみようというのですね。
「実在の地名を復元してみる」という作業はAIでは想像も出来なかったことでしょう。この思いつきはやってみる価値はあったと思います。ただ、作品としてどちらがどうかと言われると、個人的にはやはり朧にしたほうが勝っているかも、と思ったりします。
もう一つ、逐語訳ではなく大意を伝える訳にするということ。これはそう簡単なことではありません。原文の意味を間違いなく理解した上で、自分の言葉、言い回しで書かねばならないから。らいどんさん自身がおっしゃるように
「読みごたえのないスカスカな、鏡花であってもなくてもいい文章になるなら、むしろ原文を読んだほうがいい」でしょう。そしてそれこそAI訳でも良いのではないかとも思います。
原文と読み合わせながららいどん訳を読ませていただきましたが、やはり鏡花の意図する所を伝えようとすると、どうしも逐語訳にならざるを得なかったのだと思います。
鏡花の作品を自分の言葉で表現出来るのは三島由紀夫のような作家くらいではないかと、私は前に書いたことがありますが、今また、その思いを強くしています。
ともあれ、鏡花の作品を分かりやすく現代語訳される努力は読んでいてもよく分かりますし、後書き(私はこれをいつも楽しみにしています)の考察もらいどんさんらしくて面白いものでした。
ますます筆に(キーボードに)よりをかけて新しい現代語訳を綴られることを期待しています。
※ 重箱の隅をつつくようなことになって、書くのをどうしようかと考えましたが、参考までに書いておきます。
二 で原文の「黄金煙管」を「銀煙管」としたのは何が意図があったのでしょうか。
五 で「どうかお手に簪の鳥をお持ち遊ばされて、はい、はい、はい」の箇所で、
「簪」とこの部分だけ「釵」とは違っています。(変換し損ねたのだと)
エピソード15
感想ありがとうございます。
antiAI ver. なんて題してしまったのに、訳文だけ読んだら、いつもと変わんないじゃん、でなんだか恥ずかしい。しかし今さら外せもしない、ということになってしまいました。まあ、ちょっぴり別視点の読みかたができたのが、かろうじて良かったのかも。
いつもながらですが、原文と照らし合わせる手間のかかる精読をしてくださって、改めて感謝です。二点のミスのご指摘も、さっそく反映させていただきました。間違いはどんどんご指摘いただいたほうが、ほんとにありがたいです。
いや、そんなご負担をかけなくても、気軽に読んでどうだったというのも、またそれはそれでありがたいんですが。
「簪」と「釵」は、手書きじゃないと間違いやすいですね。変換候補が勝手に「簪」に戻ったりして。ほかの作品では「簪」なので、たぶん、鏡花の想像している鸚鵡の釵の形が「釵」の字の形に合ってるとか、そんな理由なんでしょうが……。
ここしばらくは「鐘声夜半録」→「縷紅新草」の深化ラインをたどるのに熱中してしまってました。「桜心中」をアップして、ようやく一段落ついたかな、というところで、さて次はどうしよう?
しばらく間が空くかもしれませんが、またおつきあいいただけると嬉しいです。
antiAI ver. なんて題してしまったのに、訳文だけ読んだら、いつもと変わんないじゃん、でなんだか恥ずかしい。しかし今さら外せもしない、ということになってしまいました。まあ、ちょっぴり別視点の読みかたができたのが、かろうじて良かったのかも。
いつもながらですが、原文と照らし合わせる手間のかかる精読をしてくださって、改めて感謝です。二点のミスのご指摘も、さっそく反映させていただきました。間違いはどんどんご指摘いただいたほうが、ほんとにありがたいです。
いや、そんなご負担をかけなくても、気軽に読んでどうだったというのも、またそれはそれでありがたいんですが。
「簪」と「釵」は、手書きじゃないと間違いやすいですね。変換候補が勝手に「簪」に戻ったりして。ほかの作品では「簪」なので、たぶん、鏡花の想像している鸚鵡の釵の形が「釵」の字の形に合ってるとか、そんな理由なんでしょうが……。
ここしばらくは「鐘声夜半録」→「縷紅新草」の深化ラインをたどるのに熱中してしまってました。「桜心中」をアップして、ようやく一段落ついたかな、というところで、さて次はどうしよう?
しばらく間が空くかもしれませんが、またおつきあいいただけると嬉しいです。
- らいどん
- 2024年 08月28日 08時04分
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