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着々と積み上げられる不信のフラグ(´⊙ω⊙`)不信の始まりたる義元横死の桶狭間に武田の援兵が参加してたのは三国同盟のよしみで当然だけど──何故か巷間語られていない不思議──その上──実は敗北に繋がる不手際が有った──なんて無敵武田騎馬軍団のドラマでは間違い無くカットされる厄ネタがあったとは(´ཀ` )これで上杉謙信関東乱入で──関東一円をボコボコにされた北条──と──三河を喪失した今川──に対して──上野に版図を広げ焼け太りした武田──そりゃあ氏真さんでも「おかしくないか?」と疑念も湧きますわな……しかし武田家絡みのエッセイなんだけど今川北条含めた三家の歴史の変転はちょっと面白いですよね、桶狭間以降の戦国最終ラウンドの流れの中、最初に転がり落ちた今川さん家だけど領国を倍以上に増やした武田北条の旗は戦国の終焉の時に翻る場所は無く徳川幕藩体制下の高家として今川の名前は唯一生き残ってんだから運命とひと言にくくるにはあまりにもコントラストの差が強烈すぎますよね。
エピソード6
ご感想をありがとうございます。
桶狭間の戦いに武田の援兵が参加していたという、一次史料や二次史料は乏しいと言うより無いのが現実ですが、状況からすれば、武田の援兵がいた気が、私もしてなりません。
そして、今川家家中の不満が徐々に高まることになります。
江戸時代ですが、今川家は高家になりましたが、武田家も紆余曲折の末に海野信親の曾孫の信興が高家旗本になり、北条家も紆余曲折の末に北条氏直の養子の氏盛が外様大名として、それぞれ幕末まで続いたようです。
こういった紆余曲折があるのが、何とも言い難い歴史の流れですね。
桶狭間の戦いに武田の援兵が参加していたという、一次史料や二次史料は乏しいと言うより無いのが現実ですが、状況からすれば、武田の援兵がいた気が、私もしてなりません。
そして、今川家家中の不満が徐々に高まることになります。
江戸時代ですが、今川家は高家になりましたが、武田家も紆余曲折の末に海野信親の曾孫の信興が高家旗本になり、北条家も紆余曲折の末に北条氏直の養子の氏盛が外様大名として、それぞれ幕末まで続いたようです。
こういった紆余曲折があるのが、何とも言い難い歴史の流れですね。
- 山家
- 2025年 03月05日 20時10分
(ˊ̱ωˋ̱)なんか信玄さん詰んでますなこりゃと思う武田の次代選定
①義信さん──1番穏当な後継者だけど徳政の絡んだ家督継承で揉め、ほとぼりが冷めるまで蟄居させてたら不慮の病死。
②勝頼さん──年齢と能力に問題無いけど本国の甲斐では「諏訪のよそ者」扱いで武田に繋がる連枝衆の統御に難あり。
③盛信さん──一族の血は濃ゆいが信玄さん死亡時16歳と年齢的に頼りなく、後継者に悩んでいた西上作戦の構想の頃は更に若いと言うか幼い。
(*´ω`)で、まあ「自分の股肱の臣である四天王が補佐すれば勝頼でも一族衆は統御出来よう、盛信は若すぎて一族の大人連中に取り込まれる恐れがあるが勝頼は逆に外戚がいないのでその不安も薄かろう」とめちゃくちゃ妥協しての後継者選定って流れですかね?バランス感覚は流石の信玄公ですがココでとことん武田家に運が無いのが──長篠での信玄子飼いの老臣団壊滅──と言う降って湧いたような大災難が襲いかかる地獄の展開!(´□` )そこからは一族瓦解からの武田滅亡への七年間が確定コースになっちゃうとか軍神でも想像出来ませんわな……仮に「義信さん生きてたらもっとマシだったかなぁ」とか「そもそも信長と揉めて無かったら年若い盛信さんに代替わり出来たのかも」とか岡目八目で外野の読者はいろいろ考えられるけど信玄さんの立ち位置に居たら勝頼さんにバトンを渡す判断を自分もしちゃう気がします(´ཀ` )でもそれならそれでせめて勝頼さんに官位か何か箔のつくモノでも生前にゲットしておくべきだったのでは?ただの四郎勝頼ではあまりにも貫目が薄すぎると思うのは贅沢だろうか(- -;)なんとも悩ましい信玄•勝頼の父子鷹。
①義信さん──1番穏当な後継者だけど徳政の絡んだ家督継承で揉め、ほとぼりが冷めるまで蟄居させてたら不慮の病死。
②勝頼さん──年齢と能力に問題無いけど本国の甲斐では「諏訪のよそ者」扱いで武田に繋がる連枝衆の統御に難あり。
③盛信さん──一族の血は濃ゆいが信玄さん死亡時16歳と年齢的に頼りなく、後継者に悩んでいた西上作戦の構想の頃は更に若いと言うか幼い。
(*´ω`)で、まあ「自分の股肱の臣である四天王が補佐すれば勝頼でも一族衆は統御出来よう、盛信は若すぎて一族の大人連中に取り込まれる恐れがあるが勝頼は逆に外戚がいないのでその不安も薄かろう」とめちゃくちゃ妥協しての後継者選定って流れですかね?バランス感覚は流石の信玄公ですがココでとことん武田家に運が無いのが──長篠での信玄子飼いの老臣団壊滅──と言う降って湧いたような大災難が襲いかかる地獄の展開!(´□` )そこからは一族瓦解からの武田滅亡への七年間が確定コースになっちゃうとか軍神でも想像出来ませんわな……仮に「義信さん生きてたらもっとマシだったかなぁ」とか「そもそも信長と揉めて無かったら年若い盛信さんに代替わり出来たのかも」とか岡目八目で外野の読者はいろいろ考えられるけど信玄さんの立ち位置に居たら勝頼さんにバトンを渡す判断を自分もしちゃう気がします(´ཀ` )でもそれならそれでせめて勝頼さんに官位か何か箔のつくモノでも生前にゲットしておくべきだったのでは?ただの四郎勝頼ではあまりにも貫目が薄すぎると思うのは贅沢だろうか(- -;)なんとも悩ましい信玄•勝頼の父子鷹。
エピソード5
ご感想をありがとうございます。
先程、投稿した最新話でも触れていますが。
本当に信玄にしてみれば、勝頼に家督を相続させたのは、心から悩んだ末の決断だった気がします。
(逆説的に言えば、信玄にしてみれば、義信しか家督相続人はいない以上、義信は大人しく待ってくれる、と考えていたのに、親父、隠居してくれ、と義信に言われては。
可愛さ余って憎さ100倍になって当然の気さえ、私はします)
尚、信玄にしても、勝頼に公式に官位等を受けようとしているのですが。
結果的に上手く行かなかったようです。
その辺りの私なりの憶測も、エピローグ辺りで描ければ、と考えています。
先程、投稿した最新話でも触れていますが。
本当に信玄にしてみれば、勝頼に家督を相続させたのは、心から悩んだ末の決断だった気がします。
(逆説的に言えば、信玄にしてみれば、義信しか家督相続人はいない以上、義信は大人しく待ってくれる、と考えていたのに、親父、隠居してくれ、と義信に言われては。
可愛さ余って憎さ100倍になって当然の気さえ、私はします)
尚、信玄にしても、勝頼に公式に官位等を受けようとしているのですが。
結果的に上手く行かなかったようです。
その辺りの私なりの憶測も、エピローグ辺りで描ければ、と考えています。
- 山家
- 2025年 03月04日 19時57分
逆算的に作られた現代の武田義信像(*'ω'*)確かに信玄との親子の相剋は説得力もドラマ性も高いから江戸期の軍記物では定番のネタとして使われ数世紀に渡って洗練された結果が読者含めた歴史エンタメにハマったファン層に──親今川だから粛清された悲劇の嫡男──と刷り込まれちゃったんでしょうね、実際のところ武田家中から親今川派を粛清したにも関わらず即断即決の信玄が今川領へ兵を向けたのに数年のタイムラグがある事はおかしな話だもんなぁ(ドラマではこの奇妙な間隙は無く義信自刃の次のパートで風林火山の旗が富士の山裾を駆け抜け駿河の海に翻る場面に即座に変わるけど、そーゆーのを考えるとドラマチックだけど悪気の無い歴史捏造って言っても過言じゃないよーな)しかし義信さん幽閉中に死亡していなかった場合まともに家督は継承されたんでしょうか?なんか史実の勝頼さんのポジションと変わらない状況(死ぬ寸前まで親が家督を手放さない)で苦悩するよーな?まあ「あんな傍系など武田の当主にあらず」と蔭口たたいてた親族衆に泣かされ続けた勝頼さんよりは武田家中の統御はやりやすいし信長に「必ず滅ぼすべき難敵」とまで言われた猛将勝頼を純然たる前線指揮官として活用出来るのは義信さん生存ルートなら武田逆転の可能性すらあり得るかなぁ?
週末土日の朝晩更新ありがとうございます山家先生♪ヽ(´▽`)/黒田仮説と従来説の比較検討はエンタメに汚染され固定化された歴史脳にはなかなか新鮮に感じられワクワク震えております( ᐛ )وこれからも執筆頑張ってください九州の片隅から応援してまーす☆
週末土日の朝晩更新ありがとうございます山家先生♪ヽ(´▽`)/黒田仮説と従来説の比較検討はエンタメに汚染され固定化された歴史脳にはなかなか新鮮に感じられワクワク震えております( ᐛ )وこれからも執筆頑張ってください九州の片隅から応援してまーす☆
エピソード4
ご感想をありがとうございます。
実際に旧通説通りならば、「義信事件」勃発直後に、武田信玄が「駿河侵攻」を行っていた気が私もしてならず、そうしたこともあって、黒田基樹氏等の新説に加担する次第です。
ですが、先程、最新話を投稿しましたが、義信を幽閉した場合、信玄の後継者に誰が成るか、というのは結構、揉める要因がありました。
実際に旧通説通りならば、「義信事件」勃発直後に、武田信玄が「駿河侵攻」を行っていた気が私もしてならず、そうしたこともあって、黒田基樹氏等の新説に加担する次第です。
ですが、先程、最新話を投稿しましたが、義信を幽閉した場合、信玄の後継者に誰が成るか、というのは結構、揉める要因がありました。
- 山家
- 2025年 03月03日 20時05分
周囲の状況が家督継承を許さずじわじわと軋みを立て不協和音が響き出す信玄•義信の親子関係、従来説はココで「今川を見捨てられない義信と今川を切り捨て更なる領国拡大を欲する信玄」の対立が先鋭化してからの義信クーデターをカウンタークーデターで押し込み幽閉した信玄の勝利=甲相駿三国同盟の崩壊って流れだったのがどう変わるのか?(*'ω'*)義信が親に似て「嫁の実家でも喰らえるなら平らげる」タイプなら彼の生き死には今川家滅亡にはなんら関与しないので新説が定説になるといよいよ歴史の中での義信さんの影が薄くなっちゃう気がする読者(´・ω・`)だけど「父と嫁の板挟みになり身を滅ぼす儚き貴公子」とかドラマチックすぎて歴史ではなく物語性が強いって事は逆説的に何が真実かを語ってる気もするからなんともかんとも(近似するモノに──信康横死も圧倒的な強者織田信長に嫡男の死を強制され苦悩する父家康、介添えに選ばれた股肱の臣である服部半蔵の苦悶の胸中──とかドラマチックだけど近年では織田信長は関係無く徳川家中の派閥抗争でしかない田舎芝居だったとか)まあ戦国時代にエンタメ性を求めるニワカ歴史ファンが真実を歪めてんだろうから、そー言うのに冷や水を浴びせる新説が浮上するのは健全な証ですわな(^皿^;)
エピソード3
ご感想をありがとうございます。
この辺り、身もふたもない言い方をすれば、意外と史実は、物語的要素に乏しいのが現実の気が。
物語的には、対今川外交政策対立説の方が、信玄と義信父子対立の原因について、ドラマチックで読者なり、視聴者なりに受けますが。
現実には、そう物語的では無いことが多いのです。
そんなことを「義信事件」について、私は考えます。
この辺り、身もふたもない言い方をすれば、意外と史実は、物語的要素に乏しいのが現実の気が。
物語的には、対今川外交政策対立説の方が、信玄と義信父子対立の原因について、ドラマチックで読者なり、視聴者なりに受けますが。
現実には、そう物語的では無いことが多いのです。
そんなことを「義信事件」について、私は考えます。
- 山家
- 2025年 03月02日 19時00分
(・Д・)はー、甲相駿それぞれの家での「家督継承相剋の重さの差が次代へ繋ぐタイミングの大きな違いになってる」と言うのは家を創立した古さも鍵みたいですね、最も血筋や家名が古く地縁も断裂していない武田は源氏名物「身内での血塗られたマウント合戦」が遺伝子レベルで受け継がれ、名家とは言え室町時代から国主として東海に根を張り始めた今川家や初代伊勢新九郎から半世紀も経たない新興成り上がり北条家にはそんな「いやらしいしがらみ」は皆無だったのが伺えますもん( ̄∀ ̄)しかし武田は信玄以前も物凄くドラマティックな波瀾万丈で「曽祖父信昌の愛憎からの兄弟相剋で国が割れる」「祖父信縄が成し得なかった甲斐一統を大叔父信恵を合戦で討ち果たす事で成し遂げた父信虎」「利益の有る外征を行わぬ父信虎を放逐し信濃への侵略で名を上げる信玄」とその後の勝頼の代での「武田最大版図の栄光から急転直下の滅亡」とオチまでもパーフェクトレベル、今回のエッセイで振り返るだけでも「もしかしたら三英傑を中心に擦りすぎてオワコン気味な戦国時代でも手付かずの新鉱脈なのでは?」と新説そっちのけで読者は『大河で昔から推されてる北条5代は滅び方が情け無いしジャイアントキリング無双な島津や立花は唐入りでの奮戦こそ華なのに平成以降の半島国家への忖度配慮でエンタメにするのが難しいので信玄以前を描く武田軍記とかブルーオーシャンに見えてきちゃうよなぁ』なーんてトンチキな事をモニョモニョと思い浮かべてしまいました(*´ω`)しかし信玄は自分は家督相続をてめーの死期まで掴んで離さなかったのに何故に勝頼には素直に渡さず「嫡孫信勝の陣代」なんて梅雪クラスに舐められるあやふやな立場にしたんでしょうね?まあ以前から武田信玄に戦国武将らしい強さを感じても戦略脳を感じない金具素屯には「たぶん考え無しだわ」と思えるので信玄公らしいっちゃらしく感じられますけどねwww
エピソード2
ご感想をありがとうございます。
今川、北条、武田、それぞれの御家事情に加えて、先程、投稿しましたが、1560年以降、「義信事件」が起きた1565年まで、それどころではないという対外情勢が続いたのも、武田家の家督相続を躊躇わせた要因ではないか、と私は考えています。
そして、後で描きますが、信玄にしても、最終的には勝頼を家督相続人として周囲に認めさせたのですが、それまでにかなりの紆余曲折があったのです。
今川、北条、武田、それぞれの御家事情に加えて、先程、投稿しましたが、1560年以降、「義信事件」が起きた1565年まで、それどころではないという対外情勢が続いたのも、武田家の家督相続を躊躇わせた要因ではないか、と私は考えています。
そして、後で描きますが、信玄にしても、最終的には勝頼を家督相続人として周囲に認めさせたのですが、それまでにかなりの紆余曲折があったのです。
- 山家
- 2025年 03月02日 08時03分
歴史仮説は逆張りも往々にしてあるからアレだけど「義信病死から今川と手切れになって再同盟の機運も生まれず塩止めまでされて攻めざるを得なくなった」てのは(・Д・)「野望の為ならば嫡男をも切り捨てる」苛烈なる猛将〈信玄像〉を生まれて半世紀以上マンガや大河ドラマ小説などで叩き込まれてる歴オタじじいとしては『噛みきれない安ホルモンのようになんとも呑み込みづらい』新説ですな(´ཀ` )ただ『とは言え武田信玄の勢力拡大って──信濃から日本海を目指すのか?上野から関東を席巻するのか?はたまた京に武田菱を掲げるのか?──信長たち三傑と違って明確な戦略方針を感じないアメーバじみた拡大の仕方だよなぁ』と以前からなんとなく思っていたから『そっから考えると「嫡男病死で婚姻同盟が崩れたけれど周囲で1番弱体化してる今川を潰すチャンス!」と動いたんなら妙に整合性があるもんな……でもそうすると従来の武田信玄像──風林火山の旗の下に孫氏軍略を自在に操る天下の英雄──って幻想は完全にブッ壊れちゃうんじゃなかろーか?』などと思い浮かべるトンチキ読者(´・ω・`)フラットに歴史を俯瞰する人たちには受け入れられるんだろうけどあんまり映えないからエンタメ界隈では義経ジンギスカン説ほどには持ち上げられない説になりそうな予感、しかし「本能寺に消えた紅蓮の革命児──信長──」像も近年「天下人として秀吉•家康と三傑にひとくくりするほどでも無いし、このふたりの先達としての意味なら織田信長より以前の三好長慶こそ相応しい」と学会周りでは天下人織田信長像が暴落してる状況を思うと戦国武将人気投票で常に高止まりだった武田信玄株も大暴落しちゃうのかなwww(^ ^)だけど平成の30年で昭和と令和の歴史認識も変化したけど今から更に一世紀ぐらい後どれぐらい乖離するのか気になっちゃいますよね(下手したら戦国時代の登場人物の魅力がダダ下がりして現在誰も触れない天平時代なんかが日本史で人気のある時代になってたりしたらエグい)
エピソード1
ご感想をありがとうございます。
この後、黒田氏等の新説を紹介し、私なりの理解も書き添えますが。
義信が病死する前に、義信は幽閉されているのです。
では、何故に跡取りの義信が幽閉されたのか?
黒田氏等は、義信やその周囲が、信玄に家督相続を求めたことが、信玄の逆鱗に触れて、義信が幽閉されるに至った、と新説を主張しているのです。
では何故に、それが大問題になったのかは、続きをお読みください。
そして、このことが駿甲相三国同盟の崩壊を引き起こすきっかけになった、と黒田氏等は述べています。
更に、三国同盟が完全崩壊するのには、もう一押しがあったのですが。
それも追って描きます。
この後、黒田氏等の新説を紹介し、私なりの理解も書き添えますが。
義信が病死する前に、義信は幽閉されているのです。
では、何故に跡取りの義信が幽閉されたのか?
黒田氏等は、義信やその周囲が、信玄に家督相続を求めたことが、信玄の逆鱗に触れて、義信が幽閉されるに至った、と新説を主張しているのです。
では何故に、それが大問題になったのかは、続きをお読みください。
そして、このことが駿甲相三国同盟の崩壊を引き起こすきっかけになった、と黒田氏等は述べています。
更に、三国同盟が完全崩壊するのには、もう一押しがあったのですが。
それも追って描きます。
- 山家
- 2025年 03月01日 19時37分
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