感想一覧

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 未だ解釈が難しいです。力への陶酔は問題でありそれが悪だというのは解りますが……。
 人間の逃れられない原罪をして人間を否定するのはあまりに不条理。まさかユダに対するイエスの如く生まれてきたことが不幸であるなんて人間の人生そのものを否定するとか? イエスもなろうのファンタジーの主人公並みに言うこと為すことが自己中心的で不条理で、接する者に強引な歪曲解釈を求めるほどだしなぁ……。
 私にとっての悪とは、自己正義を以て他者を否定すること。価値観の多様性を認めろとは言いませんが、それを以て社会を見下す気風は些か問題ありなのでは……?
 これがユダヤ教やキリスト教が愛され嫌われている理由かと。
 人間は避けられない罪を背負い向き合うべきで、峻厳さは自身に寛容さは他者にが理想。自己主張に陶酔し他者のあり方を否定するエリート思想は理念の本末転倒かと。利己よりも利他という本来の思想は正しいのに、それを以てするエリート思想を掲げては台無し……。(笑)
  • 投稿者: 戯言士
  • 2025年 12月20日 11時21分
戯言士様、ご感想ありがとうございます。
 出会える事が奇跡的と思えるほどに圧倒的不利益な立ち場で孤立化している二人が、互いに惹かれ合うべき存在を待ち焦がれる恋愛物語。
 昨今、利己的遺伝子説等と揶揄に言われるほど世間的にも悪目立ちし始めてはいるものの、そうした利己的な者を忌む者ですら、義に拠って立つ利他的な者を嘲笑する立ち場に居続け、自らの利を放棄する事を恐れ動こうとはしない。
 利己は新を生まず今世にある物は自分の物にと多くを奪う事に目を向け続けるが、利他は誰かの助けや希望にと新な物事を生み出さんとして世の外にまで目を向ける。
 本作の恋愛物語で集る者達に分断される二人の想いも、希望と救いは今世の外にあるように思えます。

 本作はエッセイではなく恋愛物語として描く事で感情面が如実に表れてもいて、鈴木美脳様の思想がより濃く反映された世界観が面白く、恋愛は内包的で外郭の硬さに哀しいかな二人の関係が進展する事は無さそうですね。(笑)
  • 投稿者: 静夏夜
  • 2025年 12月19日 23時43分
 静夏夜様、ご感想ありがとうございます。

 ドーキンスが言った「利己的遺伝子」は、アダムスミスの「見えざる手」とともに最も悲劇的に誤読された概念ですが、その誤読は意図的でした。まずは後者が、利己的に動作したいという市場の願望に、利己的に動作してよいという詭弁を与え、現代ではさらに進んで、人間を含む生命はそもそも利己的だという詭弁を与えたのです。まず後者が、利己的な富者が利他的な貧者より尊いというナラティブを形成し、次に前者が、利他的な貧者などそもそも存在せず利己的な貧者しかいなかった、という世界を自己実現的に形成したとも言えます。古代に一神教が「動物は人が用いるために造られた」という詭弁を捏造して現代まで愛しているように、人間脳は自己正当化にいつの時代も堕落しやすい。
 ドーキンスの利己的遺伝子は実際には、血縁選択説などによる献身的な利他性をまったく排除するものではありません。つまり、もう一人の方の感想投稿に返信したように、利他性も一種の我欲であり、それへの淘汰圧が人類幸福にとって不合理なのです。しかし人間脳は個別に自己正当化されてしまうから、その全体最適的な不合理性を認知できないまま没落していく。
 そのような、部分最適性しか認知も追求もできない知的に愚劣な者達ほど栄えてエリートを自認し、また都市民も追認していますが、善良な人ほど学業や仕事で成功するわけではないことは、誰しも日常的に親切を受けて観測しているはずですが、不思議ですね。目の前に連日証明されてなお現実を認識できないのが人間なのでしょう。優秀性・劣等性の基準が倫理的に刷新されれば最も理想ですが、そのような意味の認識はついに淘汰され消えていくようです。せめて、どんな二人にも小さな幸福があることを望まずにはいられません。
 う~ん、やはり相変わらずの他者を見下すエリート主義。まるで聖人ならずは人に非ずといわん峻厳さ。
 人間の持つ精神的弱さを否定して、そんな社会を否定する。永劫不朽たる絶対に対するその拘りは、諸行無常を以てよしとする東洋思想とはやはり相反するもののようです。ですが利益も権力も腐敗も全ては神の定めた理を動かす力なのかも知れません。それらの我欲がなければ世の中は回りませんから。例えば腹が減れば木から果実をもぎ取り食欲を満たすように。それとも格好つけて餓死します?
 まあ、延々と回り続けることを愚かな悪であり、理想というゴールに到ることを知らない馬鹿と嗤うならそれはそれですけど。ある意味東洋思想は馬鹿であれですから……。
 まあ思想の多様性は自由ですが、それを以て他者を見下し続けるのもどうかと。それともそれらは堕落であり冒涜であるとアウフベーヘンは受け入れない?

 ところで、完璧な世界を求めるという行為もある意味で自己正義を求める我欲だと思うのですが、これはやはり次元が別扱いの揚げ足取り?
  • 投稿者: 戯言士
  • 2025年 12月17日 13時22分
 聖人が他者を見下さないというのはあなたの願望です。イエスも手厳しい人でした。
 諸行無常を以てよしとする生命肯定の東洋思想もまた、利己主義に堕落していく時代への前提的な是認に読み替える。力の序列に汎神論の転用で迎合する。現代人の多数が単に飢えを避ける以上の利己に走っている現実を何度指摘されても同じ論法に思い至って反駁を試みる。餓死を憐れんで餓死する者達を格好つけているとしか捉えない。その心理的意味づけ反応はすべて現代人の典型を先鋭化させたものであり、あなたの目は腐敗しきった形で物事を捉える鏡です。
 ただし、人々の幸福をより防衛できる世界を願望して行動することは、おっしゃるとおり本質的に我欲です。それは近代科学において血縁選択説やindirect fitnessとして書かれる本能の要素です。数億年スケールで形成された利他性が数千年スケールの都市化で淘汰された事実を、極めて高度なロジックで論証したのが本文ですから、あなたのように既存の語彙の印象と直観でしか思考できない者が、私の議論を理解できる可能性はありません。自己にとって心地良い好都合な認知に逃げるという「利によって動く」動作が発動し、義によってそれを掣肘する人間らしい綺麗な部分がないのが、あなたという精神構造ですから。
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