感想一覧

▽感想を書く
勇者「経済をコントロールして、国民全員が平等な、パラダイスみたいな国を作るぞ!」

戦士「知識階級は〇すぞ」


魔王って、敵国のメタファーなんでしょうね。
 そんな感じで強ち間違っていないですね。
 この作品の勇者の思想は絶対的管理者の下での平等主義ですから。
 こういう思想は古代より続き、現在も国際社会では覇権主義が平和を齎すと信じられているようです。そしてそれが歴史上、何度となくある程度の期間は成功を収めているから説得力があったりするわけで……。
 そしてそんな正義を掲げるからこそ、その前に立ち塞がる者は悪であり、強力な存在は魔王とレッテルを貼られる。
 他人を疑い、その多様性を否定する。合理的ではありますけど、これじゃ争いなんて全人類が自分一人になるまでなくなりませんよね。
これは何とも考えさせられるお話ですね。
確かに全ての敵や敵と成り得る予備軍を駆逐すれば平和になるでしょう。
しかしながらそれはともすれば冷たい管理社会を構築する事にも繋がりますし、時間を経るにつれて体制が腐敗したり分裂したりしないとも限りませんし。
恒久平和というのは難しい課題ですね。
 敵がいなければ争いは起きない。そんな極論にはしった国や勇者といったところでしょうか。
 結局魔族との争いも、ただの政治的争いの一つに過ぎなかったという皮肉です。
 平和へのアプローチとして統一という合理的思想を掲げた彼らですが、所詮は人間の考えることであり必ず綻びは存在しますし、仮にその時は完璧であったとしてもいずれは腐敗するというのは仰る通り。
 諸行無常の理の前では勇者が魔王と化すことも、ある意味必然なのかも知れません。
 そんな世の中の変動は避けられないとしても、叶うことならばそれに伴う不幸は小さくあってほしいものです。でないと本当に孤独な世界ができ上がりますから。(苦笑)
完全なる善と完全なる悪は同一なんですよね。
価値観が異質で、決して馴染めない。
そして、自らが異端を認めない。

どちらも凡百の民からすれば、ただの脅威でしかない。

清濁併せ呑むことは、実は人が社会性の動物として生きていく上での本能的な部分なんですよね。
 なんというか、私としては物事に善も悪もなく、当事者たちの都合や思想の違いが存在するだけといった感覚です。この作品の場合は王家の都合で外敵や政敵等といった邪魔者を排除し国の秩序を安定させることを選んだということですね。
 そんなやり方は正に魔族と同じであり、それの実行者たる勇者も魔王と同類。結局は立場の違いだけであり、歴史とはそれの繰り返し、この度は敵が偶々魔族や魔王であっただけ。
 故に勇者が魔王と化せば、新たなる勇者が現れることになるでしょうね。
 世の中とはそうやって流転していくもの。全ては生命の営みに過ぎないということで。
 まあ、暴走する自己正義の危険性への皮肉という面もありますが。
 おj邪魔します。
 成程、と思いました。
 文化、種族(葉人、黒人、黄色人種、祖他)、言葉等、色々と異なる人間世界をまとめ上げられるのは、まさしく魔王かもしれません。
 日本でも天下統一の為に、自らそれを名乗った人物がいます、
 第六天魔王・・・織田信長です。
 信長は、この短編を読んだら「我が意を得たり」お膝を叩くことでしょう。
 今後のご活躍を応援しています。

 人の歴史は大抵統一を求めるものですが、そこに信頼や寛容の精神のあることは稀なようで、結果当初の崇高な目的を忘れることが常のようです。
 それを齎す英雄が、勇者と呼ばれるか魔王と呼ばれるかは正にそこによるものかと思われます。まあ、織田信長のように合理的ながらも人への信用を大事にする性格だったせいで命取りとなった例もありますが……。
難しい所ですね。
それが正しい心の持ち主だと、いいのですが……。
同じ国の人に、向いてる時点でちょっと怖いですね。
(/´△`\)
  • 投稿者: 魔神
  • 2025年 12月20日 19時56分
 よくあるなろうの皮肉です。
 大抵の召還勇者は首輪付きですから。(笑)
そのディストピア、完成する前に生産力が低下しまくって国自体が成り立たなくなりそうだ(;・д・)
最終的に地方の小さい村とかだけ生き残りそう。
もしディストピアが完成してしまうと……………ヤバヤバの千年王国になりそうだなあ。
  • 投稿者: 笹門 優
  • 50歳~59歳 男性
  • 2025年 12月20日 17時12分
 ディストピアかどうかは微妙かも。王制という中央集権による社会主義ですが、各人が共同体として一体化すれば法の下という形ではありますが必ずしも悪いとはいえませんから。問題なのは寛容さを持たぬ国家の腐敗でありシステムではありませんしね。
 なんだかんだと言いながらも、多くのなろう作品が共和制国家よりも王制国家を舞台としているのもこういう潜在認識の表れなのかも。統治者が頼もしく公正であれば、国民は煩わしい政治には無頓着なものでしょうから。
 因みに、最後のオチのように勇者によるディストピアとなる可能性が出た場合、歴史の常として各地で革命の狼煙が上がるかと。そしてその中から新たな勇者が現れる?
↑ページトップへ