感想一覧
▽感想を書く王太子と聖女は、アーデルハイトを「悪役」にすることで、自分たちが人々の拍手を浴びる「主役」になろうとしましたが、こういうやり方は、対立を強調して民衆の感情に訴えるポピュリズム(大衆迎合主義)を連想させます。
腐敗したエリートや、特定の集団を「悪役」とし、それに対峙する「善良な者たち」という構造を作り出して、理性よりも情緒に訴えかけ、人々の怒りと共感を得る手法です。
政治の劇場化が囁かれて久しいですが、演劇であれば、観客のヘイトを受けた「悪役」は、勧善懲悪の流れに従って退場しますけれど、現実の世界では芝居の幕が下りることはなく、騒動の後始末が続くだけでしょう。
結局、王太子が振るった権力の濫用に歯止めを掛けたのは、チェック機関である「議会」と「法」でした。
国を代表する人物が、定められた法的手続きを無視するなら、貴族と民衆の信任は失われ、法が守られない国に統治の安定など望めません。
アーデルハイトは、ただ所定の手順を踏むように告げただけ。
それだけで、物語のような恋愛劇に酔っていた浮かれた者たちに、現実を目の当たりにさせたのだと思います。
腐敗したエリートや、特定の集団を「悪役」とし、それに対峙する「善良な者たち」という構造を作り出して、理性よりも情緒に訴えかけ、人々の怒りと共感を得る手法です。
政治の劇場化が囁かれて久しいですが、演劇であれば、観客のヘイトを受けた「悪役」は、勧善懲悪の流れに従って退場しますけれど、現実の世界では芝居の幕が下りることはなく、騒動の後始末が続くだけでしょう。
結局、王太子が振るった権力の濫用に歯止めを掛けたのは、チェック機関である「議会」と「法」でした。
国を代表する人物が、定められた法的手続きを無視するなら、貴族と民衆の信任は失われ、法が守られない国に統治の安定など望めません。
アーデルハイトは、ただ所定の手順を踏むように告げただけ。
それだけで、物語のような恋愛劇に酔っていた浮かれた者たちに、現実を目の当たりにさせたのだと思います。
とても深く、そして作品の構造を正確に捉えてくださった感想をありがとうございます。
まさに仰る通りで、王太子と聖女がやろうとしたことは「物語の主人公」になることでした。
誰かを悪役に仕立て、そこに怒りと共感を集め、自分たちを正義の象徴として拍手の中心に置く。その構図は、ご指摘の通り、ポピュリズムそのものだと思っています。
善と悪を単純化し、対立を煽り、理性よりも情緒を優先させる。
その瞬間だけは「分かりやすい正義」が成立しますが、現実には幕引きがありません。
芝居ならカーテンコールで終われますが、国家運営はそうはいかない。
後始末と責任だけが残る、というのがこの話の根底にあります。
だからこそ、彼らを止めたのは「誰かの感情」でも「誰かの善意」でもなく、
議会と法という、冷たいほど無機質なチェック機構でした。
アーデルハイトがやったことは、本当に仰る通り、
ただ所定の手順を踏むように告げただけ
なんですよね。
彼女は正義を語っていないし、誰かを裁こうともしていない。
ただ「物語の登場人物」ではなく、「国家の一機能」として振る舞っただけです。
だからこそ、恋愛劇に酔っていた人々には、
一気に現実が突きつけられたように見えたのだと思います。
「政治の劇場化」と「制度による現実回帰」をここまで明確に言語化していただけて、
作者として非常に嬉しく、また救われる思いでした。
この作品の核心を、ここまで正確に読み取っていただき、本当にありがとうございます。
まさに仰る通りで、王太子と聖女がやろうとしたことは「物語の主人公」になることでした。
誰かを悪役に仕立て、そこに怒りと共感を集め、自分たちを正義の象徴として拍手の中心に置く。その構図は、ご指摘の通り、ポピュリズムそのものだと思っています。
善と悪を単純化し、対立を煽り、理性よりも情緒を優先させる。
その瞬間だけは「分かりやすい正義」が成立しますが、現実には幕引きがありません。
芝居ならカーテンコールで終われますが、国家運営はそうはいかない。
後始末と責任だけが残る、というのがこの話の根底にあります。
だからこそ、彼らを止めたのは「誰かの感情」でも「誰かの善意」でもなく、
議会と法という、冷たいほど無機質なチェック機構でした。
アーデルハイトがやったことは、本当に仰る通り、
ただ所定の手順を踏むように告げただけ
なんですよね。
彼女は正義を語っていないし、誰かを裁こうともしていない。
ただ「物語の登場人物」ではなく、「国家の一機能」として振る舞っただけです。
だからこそ、恋愛劇に酔っていた人々には、
一気に現実が突きつけられたように見えたのだと思います。
「政治の劇場化」と「制度による現実回帰」をここまで明確に言語化していただけて、
作者として非常に嬉しく、また救われる思いでした。
この作品の核心を、ここまで正確に読み取っていただき、本当にありがとうございます。
- 月白ふゆ
- 2026年 01月15日 05時40分
面白かったです。
ただ、せっかくの定義、明文化がテーマの作品で
> 「根拠を」議員は遮った。「用途報告が未提出だ。監査が始まっている」
> 神官が言い訳を始める。「事務の遅れで――」
> 「遅れの理由と、再発防止策を」監査官が淡々と言う。「それがなければ再開はできない」
の流れだけでは用途報告そのもの提出の話題がなく、逆説的に
「遅れの理由と、再発防止策があれば用途報告が未提出のまま監査完了できる」
と読めてしまい、表現として微妙に感じました。
当たり前すぎてくどくなるのでしょうが省略せず、
「早急に用途報告を提出していただく。そのうえで遅れの理由と、遅れ再発防止策も提出いただけなければ再開はできない」
的な回答を監査官が淡々と言う方が本作に合っていると思いました。
ただ、せっかくの定義、明文化がテーマの作品で
> 「根拠を」議員は遮った。「用途報告が未提出だ。監査が始まっている」
> 神官が言い訳を始める。「事務の遅れで――」
> 「遅れの理由と、再発防止策を」監査官が淡々と言う。「それがなければ再開はできない」
の流れだけでは用途報告そのもの提出の話題がなく、逆説的に
「遅れの理由と、再発防止策があれば用途報告が未提出のまま監査完了できる」
と読めてしまい、表現として微妙に感じました。
当たり前すぎてくどくなるのでしょうが省略せず、
「早急に用途報告を提出していただく。そのうえで遅れの理由と、遅れ再発防止策も提出いただけなければ再開はできない」
的な回答を監査官が淡々と言う方が本作に合っていると思いました。
ご指摘ありがとうございます。とても的確で、なるほどと膝を打ちました。
おっしゃる通り、あの書き方だと
「用途報告が未提出」という主軸の問題が、
いつの間にか「遅れの理由と再発防止策」だけにすり替わって見えてしまいますね。
定義・明文化・手続きの正確性をテーマにしている作品である以上、
そこが曖昧に読めてしまうのは致命的になり得る部分でした。
本来描きたかったのは、
1. 用途報告の提出が最優先
2. そのうえで遅延理由の説明
3. さらに再発防止策の提示
4. それらが揃って初めて再開可能
という、手続きとして当然の順序でした。
ただ、物語上「当たり前すぎる説明を省いてテンポを保ちたい」という意識が強く働き、
結果として「論理の飛躍」を生んでしまった形です。
まさにご提示いただいた、
> 「早急に用途報告を提出していただく。そのうえで遅れの理由と、再発防止策も提出いただけなければ再開はできない」
という書き方は、この作品の性格に非常によく合っています。
淡々と、過不足なく、制度の正しさだけを提示する。
まさにアーデルハイト側の論理そのものです。
この作品は「定義」「明文化」「手続きの順序」がテーマですので、
ご指摘は作品の芯に一番近い部分を突いてくださいました。
本当にありがたい視点だと思います。
読んでくださったうえで、ここまで構造を見てくださったこと、
心から感謝します。
おっしゃる通り、あの書き方だと
「用途報告が未提出」という主軸の問題が、
いつの間にか「遅れの理由と再発防止策」だけにすり替わって見えてしまいますね。
定義・明文化・手続きの正確性をテーマにしている作品である以上、
そこが曖昧に読めてしまうのは致命的になり得る部分でした。
本来描きたかったのは、
1. 用途報告の提出が最優先
2. そのうえで遅延理由の説明
3. さらに再発防止策の提示
4. それらが揃って初めて再開可能
という、手続きとして当然の順序でした。
ただ、物語上「当たり前すぎる説明を省いてテンポを保ちたい」という意識が強く働き、
結果として「論理の飛躍」を生んでしまった形です。
まさにご提示いただいた、
> 「早急に用途報告を提出していただく。そのうえで遅れの理由と、再発防止策も提出いただけなければ再開はできない」
という書き方は、この作品の性格に非常によく合っています。
淡々と、過不足なく、制度の正しさだけを提示する。
まさにアーデルハイト側の論理そのものです。
この作品は「定義」「明文化」「手続きの順序」がテーマですので、
ご指摘は作品の芯に一番近い部分を突いてくださいました。
本当にありがたい視点だと思います。
読んでくださったうえで、ここまで構造を見てくださったこと、
心から感謝します。
- 月白ふゆ
- 2026年 01月15日 05時38分
単なる慣習ではない定められた規則があるのに、感情やその場の雰囲気で適当に収めようとする人達のせいで後に困らされる側の人間です。放置すると苦情になるので私が後始末する結果、融通の利かない馬鹿という評価を頂いております。なんで私が悪い事になってんだ畜生。
なので、ヒロインの堅苦しいとも思える言動、私にはとても好ましいですね。正論は正しさ故に相手の逃げ場を無くし追い詰めますが、わざわざやらかしてくれてる奴に悪いのはお前だと思い知らせるのははこれしかないかもしれない。
やらかした側が因果応報というほど大げさなものでもない、理不尽とも言える不幸に見舞われる訳でもない、当たり前の結末を迎えるのも私には程よいざまぁ加減でした。
作品も面白かったのですが、感想欄のやり取りが熱く、こっちにも楽しかったです。
なので、ヒロインの堅苦しいとも思える言動、私にはとても好ましいですね。正論は正しさ故に相手の逃げ場を無くし追い詰めますが、わざわざやらかしてくれてる奴に悪いのはお前だと思い知らせるのははこれしかないかもしれない。
やらかした側が因果応報というほど大げさなものでもない、理不尽とも言える不幸に見舞われる訳でもない、当たり前の結末を迎えるのも私には程よいざまぁ加減でした。
作品も面白かったのですが、感想欄のやり取りが熱く、こっちにも楽しかったです。
わかります、その立場……本当にお疲れ様です。
「融通が利かない馬鹿」という評価、理不尽すぎますよね。
実際は一番責任を背負って、後始末をして、場を成立させている側なのに。
感情や空気で流された結果を処理する人が必要になる以上、
誰かが「規則」を盾に立たなければならないのに、
その役を引き受けた人ほど嫌われる構造って、かなり歪んでいます。
アーデルハイトを好ましく感じていただけたのは、とても嬉しいです。
彼女は優しくも賢くもありますが、
「間違ったことを間違いだと言い切る覚悟」を持った人間でもあります。
正論が逃げ場をなくすのは事実ですが、
逃げ場を必要とする状況を作ったのは、常にやらかした側なんですよね。
大げさな罰も、過剰な不幸もなく、
ただ「当然の結果」に帰結するだけのざまぁ、
それを程よいと感じていただけたのは、この作品にとって最高の評価です。
そして感想欄のやり取りまで楽しんでくださってありがとうございます。
この作品は、読者の方々の実体験や思考が重なって完成していく物語だと感じています。
「融通が利かない馬鹿」という評価、理不尽すぎますよね。
実際は一番責任を背負って、後始末をして、場を成立させている側なのに。
感情や空気で流された結果を処理する人が必要になる以上、
誰かが「規則」を盾に立たなければならないのに、
その役を引き受けた人ほど嫌われる構造って、かなり歪んでいます。
アーデルハイトを好ましく感じていただけたのは、とても嬉しいです。
彼女は優しくも賢くもありますが、
「間違ったことを間違いだと言い切る覚悟」を持った人間でもあります。
正論が逃げ場をなくすのは事実ですが、
逃げ場を必要とする状況を作ったのは、常にやらかした側なんですよね。
大げさな罰も、過剰な不幸もなく、
ただ「当然の結果」に帰結するだけのざまぁ、
それを程よいと感じていただけたのは、この作品にとって最高の評価です。
そして感想欄のやり取りまで楽しんでくださってありがとうございます。
この作品は、読者の方々の実体験や思考が重なって完成していく物語だと感じています。
- 月白ふゆ
- 2026年 01月12日 22時09分
感情で予算を動かすこと自体がおかしいという単純なルールをわからない王子は書類仕事すらできんやろw泣けばテストの点数が変わるって言ってるようなもん
感想ありがとうございます。
まさにその通りで、「泣けばテストの点数が変わる」という例えは、この話の構造をとても端的に表しています。
感情が動機になること自体は否定されるものではありませんが、
それを根拠に予算や契約や制度が動くなら、それはもう統治でも行政でもなくなってしまいますよね。
王子がやっているのは「判断」ではなく「感情の代行処理」に近い。
だからこそ作中では、
彼が「悪人」ではなく「統治者として致命的に向いていない存在」として描かれています。
書類仕事ができない、というより、
書類の意味を理解していない、が一番近いかもしれません。
制度とは「泣かなかった人」「声を上げなかった人」も守るためのものなので、
泣いた人だけを救う仕組みは、最初から破綻しているんですよね。
その違和感を笑いに変えてくれたコメント、とても嬉しかったです。
まさにその通りで、「泣けばテストの点数が変わる」という例えは、この話の構造をとても端的に表しています。
感情が動機になること自体は否定されるものではありませんが、
それを根拠に予算や契約や制度が動くなら、それはもう統治でも行政でもなくなってしまいますよね。
王子がやっているのは「判断」ではなく「感情の代行処理」に近い。
だからこそ作中では、
彼が「悪人」ではなく「統治者として致命的に向いていない存在」として描かれています。
書類仕事ができない、というより、
書類の意味を理解していない、が一番近いかもしれません。
制度とは「泣かなかった人」「声を上げなかった人」も守るためのものなので、
泣いた人だけを救う仕組みは、最初から破綻しているんですよね。
その違和感を笑いに変えてくれたコメント、とても嬉しかったです。
- 月白ふゆ
- 2026年 01月11日 08時28分
規則。(日本で分かりやすく言うのならそれぞれの法律。)
感情論は“規則に則らなければ容易く覆されるもの”であることを正しく表現したお話ですね。
このお話の“聖女”とは一体どんな意味を持っていたのでしょうか。日常生活でも“規則”の方に重点を置いている私はアーデルハイトの考え方に近いタイプです。
だって、規則を守ってればひとまず法律上は絶対的に守って貰えますもの。それ以上でも以下でもない。(実父にボッコボコにぶん殴られて顔面にしばらく痣作ったり鼻水が血混じりだった奴なんですけど、容赦なく警察に訴えて逮捕してもらった人間です。身内?だから何だ。それは立派な暴行罪なんやで)
こんな感じの人間なのでアーデルハイトが淡々と“規則に則って動いた事”に何の疑問も抱かなかった。だって、彼女自身は何も悪いことはしてないもの。ただ正しく有り続けただけ。
感情論は“規則に則らなければ容易く覆されるもの”であることを正しく表現したお話ですね。
このお話の“聖女”とは一体どんな意味を持っていたのでしょうか。日常生活でも“規則”の方に重点を置いている私はアーデルハイトの考え方に近いタイプです。
だって、規則を守ってればひとまず法律上は絶対的に守って貰えますもの。それ以上でも以下でもない。(実父にボッコボコにぶん殴られて顔面にしばらく痣作ったり鼻水が血混じりだった奴なんですけど、容赦なく警察に訴えて逮捕してもらった人間です。身内?だから何だ。それは立派な暴行罪なんやで)
こんな感じの人間なのでアーデルハイトが淡々と“規則に則って動いた事”に何の疑問も抱かなかった。だって、彼女自身は何も悪いことはしてないもの。ただ正しく有り続けただけ。
とても深く読み取ってくださって、ありがとうございます。
「感情論は、規則に則らなければ容易く覆るもの」という言葉そのものが、この物語の芯を正確に掴んでいると思います。
この話の中での“聖女”は、清らかさや正しさの象徴というよりも、
「感情が正義として無条件に通ってしまう存在」を具現化したものです。
泣く、訴える、可哀想である、というだけで制度や契約や責任を飛び越えてしまう力。
それは奇跡でも祝福でもなく、むしろ“危うさ”そのものとして描きたかった存在でした。
だからアーデルハイトは、聖女と対立しているようでいて、実は個人としての彼女を否定してはいません。
ただ、「その力が制度の上に立つこと」を一切認めなかっただけです。
感情があること自体は否定せず、それを“免罪符”にしてはいけない、という立場に立っている。
> 規則を守ってればひとまず法律上は絶対的に守って貰える
それ以上でも以下でもない
この感覚は、アーデルハイトそのものです。
正しさとは「美しいこと」でも「優しいこと」でもなく、
“破られた時に責任を問える構造を持っていること”だと、彼女は理解しています。
そしてご自身の体験を語ってくださったこと、軽い気持ちで触れていい話ではないと思いますが、
それでもここに書いてくださったことに、強い現実性を感じました。
「身内だから」「可哀想だから」「事情があるから」
そういう言葉が、暴力や犯罪を帳消しにしてしまう世界の方が、よほど歪んでいる。
だからこそ、規則に訴えることは冷たいのではなく、
“自分を守るための最も誠実な行動”なんですよね。
この物語で描きたかったアーデルハイトは、
優しくない人でも、冷たい人でもなく、
「自分の尊厳を制度の中で守れる人」です。
あなたが彼女に違和感を抱かなかったのは、
とても自然で、そしてとても強い在り方だと思います。
「感情論は、規則に則らなければ容易く覆るもの」という言葉そのものが、この物語の芯を正確に掴んでいると思います。
この話の中での“聖女”は、清らかさや正しさの象徴というよりも、
「感情が正義として無条件に通ってしまう存在」を具現化したものです。
泣く、訴える、可哀想である、というだけで制度や契約や責任を飛び越えてしまう力。
それは奇跡でも祝福でもなく、むしろ“危うさ”そのものとして描きたかった存在でした。
だからアーデルハイトは、聖女と対立しているようでいて、実は個人としての彼女を否定してはいません。
ただ、「その力が制度の上に立つこと」を一切認めなかっただけです。
感情があること自体は否定せず、それを“免罪符”にしてはいけない、という立場に立っている。
> 規則を守ってればひとまず法律上は絶対的に守って貰える
それ以上でも以下でもない
この感覚は、アーデルハイトそのものです。
正しさとは「美しいこと」でも「優しいこと」でもなく、
“破られた時に責任を問える構造を持っていること”だと、彼女は理解しています。
そしてご自身の体験を語ってくださったこと、軽い気持ちで触れていい話ではないと思いますが、
それでもここに書いてくださったことに、強い現実性を感じました。
「身内だから」「可哀想だから」「事情があるから」
そういう言葉が、暴力や犯罪を帳消しにしてしまう世界の方が、よほど歪んでいる。
だからこそ、規則に訴えることは冷たいのではなく、
“自分を守るための最も誠実な行動”なんですよね。
この物語で描きたかったアーデルハイトは、
優しくない人でも、冷たい人でもなく、
「自分の尊厳を制度の中で守れる人」です。
あなたが彼女に違和感を抱かなかったのは、
とても自然で、そしてとても強い在り方だと思います。
- 月白ふゆ
- 2026年 01月11日 08時26分
前書きと後書きで色々と作者さんの意気込みを書かれているようですけど、
結局は賢い主人公が喧嘩売ってきたバカを返り討ちにしましたって在り来たりな内容で残念でした。
内容だけでなく文章も似たような表現が何度も出てきて読みにくく感じますね。本当に残念です。
結局は賢い主人公が喧嘩売ってきたバカを返り討ちにしましたって在り来たりな内容で残念でした。
内容だけでなく文章も似たような表現が何度も出てきて読みにくく感じますね。本当に残念です。
ご感想ありがとうございます。
率直なお気持ちを書いてくださったことにも感謝します。
おっしゃる通り、構図だけを抜き出せば「賢い主人公が理屈で相手を退ける話」に見える部分はありますし、その意味で“王道”の枠から外れていないことも否定はできません。そこを在り来たりだと感じられたのは、とても自然な受け取り方だと思います。
ただ、この作品で自分が一番書きたかったのは「勝った/負けた」ではなく、
「なぜその世界は、そういう構図でしか回らなくなっていたのか」という部分でした。
返り討ちにされた相手の愚かさよりも、その愚かさが成立してしまっていた環境や空気そのものに焦点を当てたつもりでした。
文章表現についてのご指摘も真摯に受け止めます。
同じ語調や構造が重なって読みにくく感じられた点は、確かに改善の余地がありますし、今後の課題として意識していきたい部分です。
期待して読んでくださった分、残念に感じられたことは申し訳なく思います。
それでも、こうして言葉にしてくださったこと自体が、作品をきちんと読んでくださった証でもあり、ありがたく受け取っています。
率直なお気持ちを書いてくださったことにも感謝します。
おっしゃる通り、構図だけを抜き出せば「賢い主人公が理屈で相手を退ける話」に見える部分はありますし、その意味で“王道”の枠から外れていないことも否定はできません。そこを在り来たりだと感じられたのは、とても自然な受け取り方だと思います。
ただ、この作品で自分が一番書きたかったのは「勝った/負けた」ではなく、
「なぜその世界は、そういう構図でしか回らなくなっていたのか」という部分でした。
返り討ちにされた相手の愚かさよりも、その愚かさが成立してしまっていた環境や空気そのものに焦点を当てたつもりでした。
文章表現についてのご指摘も真摯に受け止めます。
同じ語調や構造が重なって読みにくく感じられた点は、確かに改善の余地がありますし、今後の課題として意識していきたい部分です。
期待して読んでくださった分、残念に感じられたことは申し訳なく思います。
それでも、こうして言葉にしてくださったこと自体が、作品をきちんと読んでくださった証でもあり、ありがたく受け取っています。
- 月白ふゆ
- 2026年 01月10日 19時39分
疑問点
・この騒動の最中、国王は何をしているのか?/していたのか?、そもそも存在しているのか否か?
・アーデルハイドは公爵家当主代行として…とあるが、公爵家当主…普通であればアーデルハイドの親…は存在するのか否か?
・国王、及び、公爵家当主が存在しているのならば、この騒動に一切登場しないのはなぜか?、もし存在しないのであれば、それは何故か?
・公爵家当主が存在しないのであれば、アーデルハイドが当初の予定通り王家に嫁ぐ場合、公爵家当主代行を務めていた者が存在しなくなる事になるが、この際に公爵家の扱いはどうなるのか?、アーデルハイドに弟妹が居たのか否か?
お話の都合なのは判りますが、ちょっと解せなかったので…多分、国王・王妃と公爵は外遊に出かけていたのかもですね。
・この騒動の最中、国王は何をしているのか?/していたのか?、そもそも存在しているのか否か?
・アーデルハイドは公爵家当主代行として…とあるが、公爵家当主…普通であればアーデルハイドの親…は存在するのか否か?
・国王、及び、公爵家当主が存在しているのならば、この騒動に一切登場しないのはなぜか?、もし存在しないのであれば、それは何故か?
・公爵家当主が存在しないのであれば、アーデルハイドが当初の予定通り王家に嫁ぐ場合、公爵家当主代行を務めていた者が存在しなくなる事になるが、この際に公爵家の扱いはどうなるのか?、アーデルハイドに弟妹が居たのか否か?
お話の都合なのは判りますが、ちょっと解せなかったので…多分、国王・王妃と公爵は外遊に出かけていたのかもですね。
ご感想ありがとうございます。
かなり制度面まで踏み込んで読んでいただいていて、とても嬉しいです。
まず、国王および公爵家当主についてですが、作中では「存在しない」わけではなく、あえて前面に出さず、アーデルハイドと王太子世代の判断だけで物事が動いてしまう構造を優先して描いています。
この話は「大人が全員無能だった」というよりも、「正論と空気の勢いで、立場ある若い世代が暴走してしまったとき、制度そのものが簡単に歪む」という点を描きたかったため、最上位の調停者をあえて画面外に置いています。
ご指摘のとおり、通常であれば
・国王
・王妃
・公爵家当主
が即座に介入してしかるべき案件ですし、現実的にはそうなります。
その意味で、この物語は「制度的に完璧な国家」を描くより、「制度があるはずなのに機能しなかった瞬間」を切り取った話になっています。
アーデルハイドが「公爵家当主代行」とされている点についても、
・当主が長期不在
・重病療養中
・外交・軍事で前線に出ている
といった背景が暗にある想定でしたが、作中で明示していないため、読者の方に疑問を抱かせてしまった点は確かに反省点です。
また、仮にアーデルハイドが王家へ嫁いだ場合の公爵家の扱いについても、
本来なら
・弟妹の存在
・分家からの後継
・摂政的な後見人
などが制度上きちんと決まっているはずで、そこを省略しているのは「お話の都合」であることも否定できません。
ただ、この作品はあえて
「制度が整っているはずの世界で、なぜこんなに雑な断罪が成立してしまったのか」
という違和感そのものを主題にしているため、
その“穴”が見えてしまうこと自体も、ある意味で狙い通りの部分でもあります。
最後に書いてくださっている
「多分、国王・王妃と公爵は外遊に出かけていたのかもですね」
という推測はかなり的確で、実際に設定を補完するなら一番自然な解釈です。
物語の都合と世界設定の整合性の狭間をきちんと突いてくださって、本当にありがとうございます。
こういう読み方をしてもらえるのは、作者冥利に尽きます。
かなり制度面まで踏み込んで読んでいただいていて、とても嬉しいです。
まず、国王および公爵家当主についてですが、作中では「存在しない」わけではなく、あえて前面に出さず、アーデルハイドと王太子世代の判断だけで物事が動いてしまう構造を優先して描いています。
この話は「大人が全員無能だった」というよりも、「正論と空気の勢いで、立場ある若い世代が暴走してしまったとき、制度そのものが簡単に歪む」という点を描きたかったため、最上位の調停者をあえて画面外に置いています。
ご指摘のとおり、通常であれば
・国王
・王妃
・公爵家当主
が即座に介入してしかるべき案件ですし、現実的にはそうなります。
その意味で、この物語は「制度的に完璧な国家」を描くより、「制度があるはずなのに機能しなかった瞬間」を切り取った話になっています。
アーデルハイドが「公爵家当主代行」とされている点についても、
・当主が長期不在
・重病療養中
・外交・軍事で前線に出ている
といった背景が暗にある想定でしたが、作中で明示していないため、読者の方に疑問を抱かせてしまった点は確かに反省点です。
また、仮にアーデルハイドが王家へ嫁いだ場合の公爵家の扱いについても、
本来なら
・弟妹の存在
・分家からの後継
・摂政的な後見人
などが制度上きちんと決まっているはずで、そこを省略しているのは「お話の都合」であることも否定できません。
ただ、この作品はあえて
「制度が整っているはずの世界で、なぜこんなに雑な断罪が成立してしまったのか」
という違和感そのものを主題にしているため、
その“穴”が見えてしまうこと自体も、ある意味で狙い通りの部分でもあります。
最後に書いてくださっている
「多分、国王・王妃と公爵は外遊に出かけていたのかもですね」
という推測はかなり的確で、実際に設定を補完するなら一番自然な解釈です。
物語の都合と世界設定の整合性の狭間をきちんと突いてくださって、本当にありがとうございます。
こういう読み方をしてもらえるのは、作者冥利に尽きます。
- 月白ふゆ
- 2026年 01月10日 16時36分
自分の感情や思惑を優先して「制度」を無視して、あまつさえそれを「正しい」と思ってる人は居ますからね。
人からそれを指摘されても、何だかんだと理屈をこねて自分を正当化するくせに、人がその行為を筋道立てて指摘すると「屁理屈をこねるな」と言う。
良くある事ですね、本当に。
人からそれを指摘されても、何だかんだと理屈をこねて自分を正当化するくせに、人がその行為を筋道立てて指摘すると「屁理屈をこねるな」と言う。
良くある事ですね、本当に。
ご感想ありがとうございます。
本当に、その通りだと思います。
自分の感情や都合を「正義」に置き換えてしまう瞬間って、誰の中にもあるのに、いざ制度や筋道で指摘されると「屁理屈だ」と切り捨ててしまう。
そこにあるのは理屈の問題ではなく、「自分の物語を壊されたくない」という感情なんですよね。
この作品で描きたかったのも、まさにその部分でした。
制度は冷たいようでいて、実は一番「誰かを特別扱いしない」公平な仕組みで、
感情は温かいようでいて、ときに一番残酷な判断を生みます。
理屈を嫌う人ほど、自分が一番理屈を使って正当化している。
その矛盾が、静かに可視化される瞬間を描けていたなら嬉しいです。
共感していただき、ありがとうございました。
本当に、その通りだと思います。
自分の感情や都合を「正義」に置き換えてしまう瞬間って、誰の中にもあるのに、いざ制度や筋道で指摘されると「屁理屈だ」と切り捨ててしまう。
そこにあるのは理屈の問題ではなく、「自分の物語を壊されたくない」という感情なんですよね。
この作品で描きたかったのも、まさにその部分でした。
制度は冷たいようでいて、実は一番「誰かを特別扱いしない」公平な仕組みで、
感情は温かいようでいて、ときに一番残酷な判断を生みます。
理屈を嫌う人ほど、自分が一番理屈を使って正当化している。
その矛盾が、静かに可視化される瞬間を描けていたなら嬉しいです。
共感していただき、ありがとうございました。
- 月白ふゆ
- 2026年 01月10日 14時24分
初めまして。
中々見応えのある芯のある令嬢が主人公の作品故に、残念に思ったので筆を取りました。
『恋愛』とは、どのような状態を指してるか、己の中に明確な【定義】をそれぞれお持ちでらっしゃると存じます。
故に、胸に浮かんだ自身の【定義】と共に、自作品を読み返してみて、投稿先は一つでは無いという選択肢の多さに目を向けるべきと奏上致します。
特に、このように芯のある令嬢が主人公である物語であり、物語の傾向として、発端に介在していても、展開全体として色恋沙汰が二の次三の次に置かれているのであれば、一人の人間の生き様を描く物語、即ち、ヒューマンドラマと称される物語ではなかろうかと愚考する次第です。
思索を巡らすのは悪ではないと存じますので、御一考なされるのも悪くないと提案致します。
よしなに。
中々見応えのある芯のある令嬢が主人公の作品故に、残念に思ったので筆を取りました。
『恋愛』とは、どのような状態を指してるか、己の中に明確な【定義】をそれぞれお持ちでらっしゃると存じます。
故に、胸に浮かんだ自身の【定義】と共に、自作品を読み返してみて、投稿先は一つでは無いという選択肢の多さに目を向けるべきと奏上致します。
特に、このように芯のある令嬢が主人公である物語であり、物語の傾向として、発端に介在していても、展開全体として色恋沙汰が二の次三の次に置かれているのであれば、一人の人間の生き様を描く物語、即ち、ヒューマンドラマと称される物語ではなかろうかと愚考する次第です。
思索を巡らすのは悪ではないと存じますので、御一考なされるのも悪くないと提案致します。
よしなに。
ご感想ありがとうございます。
また、作品の軸や在り方について深く考察していただき、心より感謝いたします。
ご指摘の通り、本作における「恋愛」は感情の中心や推進力として描かれているものではなく、制度や立場、生き方の選択の中に付随する一要素に過ぎません。
そのため、ヒューマンドラマとして受け取られたことは、作者として非常に自然で、むしろ的確な読み取りだと感じております。
一方で、本作をあえて「恋愛」という枠に置いたのは、悪役令嬢というジャンルが本来内包している“関係性の断絶”や“婚約という制度的拘束”を、最も歪んだ形で提示できる場所だと考えたためです。
恋愛を描くためではなく、恋愛という看板の下で何が壊れるのかを描く──その違和感自体を含めて、作品の一部としました。
ご提案いただいた視点は、今後の投稿や表現を考える上で、確かに有益なものだと受け止めております。
丁寧で思索に満ちたご意見、誠にありがとうございました。
また、作品の軸や在り方について深く考察していただき、心より感謝いたします。
ご指摘の通り、本作における「恋愛」は感情の中心や推進力として描かれているものではなく、制度や立場、生き方の選択の中に付随する一要素に過ぎません。
そのため、ヒューマンドラマとして受け取られたことは、作者として非常に自然で、むしろ的確な読み取りだと感じております。
一方で、本作をあえて「恋愛」という枠に置いたのは、悪役令嬢というジャンルが本来内包している“関係性の断絶”や“婚約という制度的拘束”を、最も歪んだ形で提示できる場所だと考えたためです。
恋愛を描くためではなく、恋愛という看板の下で何が壊れるのかを描く──その違和感自体を含めて、作品の一部としました。
ご提案いただいた視点は、今後の投稿や表現を考える上で、確かに有益なものだと受け止めております。
丁寧で思索に満ちたご意見、誠にありがとうございました。
- 月白ふゆ
- 2026年 01月09日 15時02分
凄く秀逸な作品で興味深く読ませていただきました。
ただ、国王夫妻や宰相等の登場がないのが不思議でした。
ただ、国王夫妻や宰相等の登場がないのが不思議でした。
ご感想ありがとうございます。
確かにこの種の物語では、国王夫妻や宰相といった「最終判断者」が登場するのが一般的だと思います。
今回はあえて、誰かの一声や権威によって物事が収束しない場合、制度と前例だけで世界がどう動いてしまうのかを描いてみました。
その点に違和感を持っていただけたこと自体、とても嬉しく思います。
お読みいただき、ありがとうございました。
確かにこの種の物語では、国王夫妻や宰相といった「最終判断者」が登場するのが一般的だと思います。
今回はあえて、誰かの一声や権威によって物事が収束しない場合、制度と前例だけで世界がどう動いてしまうのかを描いてみました。
その点に違和感を持っていただけたこと自体、とても嬉しく思います。
お読みいただき、ありがとうございました。
- 月白ふゆ
- 2026年 01月09日 15時00分
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