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前提条件が異なる議論が噛み合うわけがないという話ですね。
私は子供を持つ持たないの是非を他人がとやかくいうことがそもそも異常だと思う派なのでその事についてはいいませんが子供の出生率がなぜ低いかということの参考になる議論だとは思います。そもそもはそこから来た議論ですよね。
それぞれを深堀していけば根本原因が絞り込めそうですよね。
これは上っ面を並べて愚痴る人と宥める人みたいな議論だな

  • 投稿者: たんざ
  • 2026年 01月14日 07時45分
コメントありがとうございます!
僕も立場としては個人の自由派ですね。ただ、結局その選択も医者や世間の影響を受けてしまっているという点は大きいです。その中で、一般的な基準の議論が嚙み合わないことで変な方向に行くのは避けたいですね。
それぞれの深堀りはしていきたいです、それで結論として考えない方が良いとなったらそれはそれで良しとしておきたいですね。

 真剣に読みました。多岐にわたる情報が綺麗に整理されており、作者さまの議論に対する並々ならぬ情熱が伝わってきます。 

 まず、込み入った本題に入る前に、私の立場を話しておこうと思います。私は「何があるか分からないからこそ、生きてみよう」という考えを持っており、『未来における幸福、または不幸の可能性』という問いは、個体間の想像力の限界によって、結論を出すことが不可能であるとも考えています。

 さて、本題ですが、作者さまは「産まれなければ責任という話は出てこないし、不幸な子どもが増えることは100%ない。だって産まないのだから。」と仰っています。これは功利主義的な視点から、産むことによって不幸な子供が「数的に1人増える」といった話でしょうか?

 もし、それが数的な話であるならば、私もそのように感じます。しかし同時に、子供が新たに産まれなくとも「不幸な子供」は増え続けるのではないかとも私は思うのです。

 以前、児童虐待を調査する家庭裁判所調査官の本を読んだ際に、「社会のストレスは、下に向かって落ちていく水のように、権利が保護されていない未熟な子供たちにたどり着く。社会ストレスが増えれば、不幸な子供は増える」といった話がありました。

つまり、子供の数が増えずとも、大人が許容できないほどの社会ストレスが存在する限り、その受け皿となってしまう子供たちの不幸は深刻化し、結果として「不幸な状態にある子供」の数も増えていくと考えています。

 この話を踏まえると、どうしても私は「産まれたから不幸を味わう」というよりは、「社会構造の歪みによって、子供は不幸を味わう」という、いくらか希望的な観測を持ってしまいます。「存在」そのものにアプローチするよりも、構造を改善するほうが、幾分か希望的に思えます。

 そういえば、反出生主義の方々のなかにも、細かな区分があると聞いたことがあります。一概に「不幸を味わうから産まれないほうがいい」と一括りにしてしまうこともまた、彼らの主張を損なうことになりますから、彼らの主張と、その背景にある人生について、より詳細に聞いてみる必要を感じます。

 この感想を書いてみると1つの疑問が浮かびました。私たちは「不幸」は雄弁に語ることができるのに、「幸福」については多くを語ることができないのはなぜでしょうか。

そこに、幸福にまつわる拗れた議論を紐解くヒントがあるような気がします。

長文、失礼しました。

  • 投稿者: ぽぴ
  • 2026年 01月12日 01時56分
コメントありがとうございます!真剣に読んでくださりとても嬉しいです!
「何があるか分からないから生きてみよう」という考え方、素敵だと思います。人生の何があるか分からないからこその面白さは確かにありますよね。そこは僕も感じます。
本題について。そうですね、数的に1人増えるという考えです!子どもが新たに生まれなくても不幸は増え続けるというのは、納得がいきました。
ストレスのたまりやすい現代の社会構造によって、子どもが不幸になることが客観的にも推測しやすくなっているというのも、思考のなかでありました。
反出生主義の方々の意見も、そうでない人々のときと同じようにより詳しく調べてみたいと感じました。ありがとうございます!
最後に、不幸については語れるのに幸福については語れないというのも素晴らしい指摘だと思いました。幸福について語っていたはずなのに、いつの間にか「不幸」という幸福ではないもののみについて思考を巡らせてしまうことはありますよね。
これはなぜなのか、僕もまだ明確な答えは出ていません。ただその中でも思うのは、不幸の方が幸福よりも自分の記憶に残りやすく話しやすいからではないでしょうか。幸福をどのようなものにするかにもよりますが、日常それ自体を幸福と考えるなら私達はそれに慣れて忘れてしまいがちです。
学問的な哲学のテーマとしては不幸よりも幸福を扱う印象があるため、そこで一般の方々が疎外感を覚えてしまうことも原因としてあるのかな、と感じました。
読んでくださっただけでなく、感想をたくさん送ってくださったことに改めて感謝します!
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