感想一覧
▽感想を書く見たいモノしか見ない人々。
期待した結末の形に無理やり嵌め込む為に、捻じ曲げられ切り捨てられた事実の欠片を、見て見ぬ振りで無かったことにする人々。
誰かが言った都合の良い嘘に安心して、それこそが真実だと思い込むことで完結する人々。
その愚かさの代表のような王太子アドリアンとセシルの、あまりにも的外れな発言があまりにも滑稽で、苛立ちよりも笑いが先に来てしまった。
物語を俯瞰で見ているはずの自分も、いつの間にかパンが猫に見えているのではないか、無自覚に誰かを決まった役に押し込めようとしていないかと、不安と共に省みる気持ちにさせるお話でした。
期待した結末の形に無理やり嵌め込む為に、捻じ曲げられ切り捨てられた事実の欠片を、見て見ぬ振りで無かったことにする人々。
誰かが言った都合の良い嘘に安心して、それこそが真実だと思い込むことで完結する人々。
その愚かさの代表のような王太子アドリアンとセシルの、あまりにも的外れな発言があまりにも滑稽で、苛立ちよりも笑いが先に来てしまった。
物語を俯瞰で見ているはずの自分も、いつの間にかパンが猫に見えているのではないか、無自覚に誰かを決まった役に押し込めようとしていないかと、不安と共に省みる気持ちにさせるお話でした。
ご感想ありがとうございます。
とても丁寧に読み取ってくださっていて、正直、胸の奥をそのまま言語化されたような気持ちになりました。
「見たいモノしか見ない人々」「期待した結末の形に無理やり嵌め込むために捻じ曲げられる事実」という部分は、この話で一番書きたかったところです。
そしてそれを、アドリアンとセシルの“滑稽さ”として受け取っていただけたのが、とても嬉しかったです。彼らは悪人というより、まさに「愚かさの代表」であり、「自分たちの正しさに酔っているだけの存在」として描いていました。
笑ってしまう、という反応もすごく正しいと思っています。
この話は怒らせるためのものではなく、どこかで「笑ってしまう怖さ」を通して、自分の認識を振り返ってもらうための話なので。
> 物語を俯瞰で見ているはずの自分も、いつの間にかパンが猫に見えているのではないか
この一文が本当にこの作品の核心で、
「これは作中人物の話ではなく、読んでいる側の話でもある」という構造を、完璧に受け取っていただいています。
悪役令嬢ものの形を使いながら、実は
「誰かを悪役にした瞬間、自分は安全な場所に立っていると思い込めてしまう」
という感覚そのものを描きたかったので、その“不安”まで含めて受け取っていただけたことが、何よりの評価だと感じました。
この作品はスカッともしなければ、ざまぁもしません。
代わりに少しだけ居心地が悪くなる話です。
でもその居心地の悪さこそが、「見てしまった証拠」だと思っています。
本当に、深く読んでくださってありがとうございました。
とても丁寧に読み取ってくださっていて、正直、胸の奥をそのまま言語化されたような気持ちになりました。
「見たいモノしか見ない人々」「期待した結末の形に無理やり嵌め込むために捻じ曲げられる事実」という部分は、この話で一番書きたかったところです。
そしてそれを、アドリアンとセシルの“滑稽さ”として受け取っていただけたのが、とても嬉しかったです。彼らは悪人というより、まさに「愚かさの代表」であり、「自分たちの正しさに酔っているだけの存在」として描いていました。
笑ってしまう、という反応もすごく正しいと思っています。
この話は怒らせるためのものではなく、どこかで「笑ってしまう怖さ」を通して、自分の認識を振り返ってもらうための話なので。
> 物語を俯瞰で見ているはずの自分も、いつの間にかパンが猫に見えているのではないか
この一文が本当にこの作品の核心で、
「これは作中人物の話ではなく、読んでいる側の話でもある」という構造を、完璧に受け取っていただいています。
悪役令嬢ものの形を使いながら、実は
「誰かを悪役にした瞬間、自分は安全な場所に立っていると思い込めてしまう」
という感覚そのものを描きたかったので、その“不安”まで含めて受け取っていただけたことが、何よりの評価だと感じました。
この作品はスカッともしなければ、ざまぁもしません。
代わりに少しだけ居心地が悪くなる話です。
でもその居心地の悪さこそが、「見てしまった証拠」だと思っています。
本当に、深く読んでくださってありがとうございました。
- 月白ふゆ
- 2026年 01月18日 19時09分
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