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今回姉(娘)だけどこれ、
妻(母親)とか夫(父親)にもあり得る事だよなと

始まりは姉の小さな善意でそれに感謝したのかもだけど、
その善意が当たり前になってそこから更に善意求めてそれを繰り返してと・・・

搾取子とか以外にも家族なら真面目に気をつけなきゃならない教訓かなと
読んでいただき、ありがとうございます。
まさにおっしゃる通りで、この構造は「姉」や「子ども」に限った話ではなく、妻や夫、あるいは同居家族の誰にでも起こり得るものだと思っています。

最初は小さな善意で、
それに対して「ありがとう」があって、
それがいつの間にか「できて当たり前」になって、
やがて「もっとやってくれて当然」になる。
この変化はとても静かで、誰も悪意を持たずに進んでしまうからこそ怖いんですよね。

搾取子という言葉が当てはまるケースもありますが、
それ以前に「善意を当然化しない」「役割を固定しない」という意識を持たないと、
家族という一番近い関係の中で、簡単に同じことが起きてしまう。

教訓として受け取っていただけたこと、とても嬉しいです。
この話は誰かを断罪するためではなく、
「気づかなければ、誰でもやってしまう側になる」ということを示したかったので、
そこを汲み取ってもらえたのは、作者として本当にありがたいです。
割と露骨におかしなことしてるわな。
姉だけ食事ぬき、誕生日忘れる、洗濯もしない。
歴史の話で、召使の前では貴族夫人は平気で裸になった、理由は召使はモノであり対等の存在ではないので目に入らない、てのを思い出した。
まあ家族ではないわな。見ていなさすぎる。
父母とも何もわかっていないのがアホだが、僅かでもわかっていれば何が悪かったのなんて寝言言わんわな。
読んでいただきありがとうございます。
かなり露骨におかしなことをしている、という指摘はその通りで、あそこまで積み重なっているのに「何が悪かったの?」と言える感覚自体が、もう家族としての認識が壊れている状態なんですよね。

召使の例えもまさに近くて、「同じ空間にいるけれど、人としては見ていない」という扱いを書いていました。
存在は認識しているのに、感情や尊厳までは届いていない。だから裸でいられるし、だから食事を抜いても気づかない。

父母についても、悪意より先に「見えていなさすぎる」ことの怖さがあって、
少しでも分かっていたなら「何が悪かったの?」という言葉は出てこない、というのは本当にその通りだと思います。

あの問いは反省ではなく、
「自分たちは何もしていないはずだ」という前提の上にしか成立しない言葉なので。

家族ではない、という断言も、作中で言葉にしなかった分をそのまま言語化してもらえたように感じました。
見えない存在にしてしまった時点で、もう関係は対等ではなかったのだと思います。
“優しい虐待”なんだよな⋯これ⋯⋯(この家族が歪ですからね⋯)
真冬さん、現実世界で“都合の良い歯車”扱いされてたから別世界に拾われちゃったんでしょうね。(どうか真冬さんに幸あれ。生活環境的に自己肯定感が低そうなので、少しずつ“普通”の子として人生を楽しめますように)

もっと早く灯里さんがこの歪みに切り込める強さがあったなら(それこそ中学生くらいの頃に“この歪”に爆発できていたら)、“真冬さんの失踪”は避けられていたかもしれません。

所詮“たられば”です。
このお話を読んで、「ああ、我が家は歪んではいたけど愛情はたっぷり与えてもらえたんだな」って、改めて実感致しました。 (悪いことしたらげんこつ降ってきましたし、従姉妹と遊びたくて墓参り行かなかったら夜の土手に置き去りにされかけましたし。言葉は足らなかったですけど、子供時代は理不尽なことでは怒られなかったように思います。有難いですね)

何が言いたかったかと言うと、現実世界では“家族の歯車”としての役割しかなかった真冬さんが本当に必要とされる場所に呼ばれたってだけなんですよね。
正直、この両親が私は嫌いですもの。そりゃ成人した子どもから見放されても文句は言えませんよ。(真冬さん、現実世界では失踪してますし)

事なかれ主義は仕事をする上では当たり障りなくて楽ですけど、“家族間の中”だと悪い点が浮きがちになります。(絶対に誰かに我慢を強いてる。このお話だと真冬さんですね)

長くなりましたけどとりあえず!真冬さんに幸あれ!
  • 投稿者: にえんて
  • 30歳~39歳 女性
  • 2026年 01月18日 06時44分
とても丁寧に読んでくださって、ありがとうございます。
「優しい虐待」という言葉に集約されている通りで、この家族は誰かを明確に殴っているわけではないのに、結果として一番弱い立場の人間にだけ負荷が集中していく形を描いていました。

真冬が「拾われた」のは、特別な才能があったからでも、選ばれた存在だったからでもなく、ただ現実で“都合のいい歯車”として消耗しきっていたから、という構造なんですよね。
そこを汲み取ってくださったのが本当に嬉しいです。

灯里についての「もっと早く切り込めていたら」という視点も、まさにその通りで、だからこそこれは“たらればの物語”でもあると思っています。
優しさがあったからこそ、踏み込めなかった。
踏み込めなかったからこそ、誰かが消えるまで歪みが可視化されなかった。

ご自身のご家庭の話も、とても大切な読み取りだと思いました。
理不尽があっても、そこに一貫した「関心」や「向き合い」があったかどうかは、子ども側には確実に伝わりますよね。
真冬の家には、それがなかった。その差だけで、人生の手触りが変わってしまう。

「真冬さんに幸あれ」という言葉が、物語にとって一番の救いだと思います。
あの子が“役割”ではなく“人”として呼ばれた場所で、少しずつでも普通の感情を取り戻していけたら、という願いは作者としても同じです。

長い感想を書いてくださるほど、深く受け取っていただけたのだと思えて、胸が温かくなりました。
本当にありがとうございました。
あ〜あるよね。と思いました。
非常に……よくある話だと思います。
実家を思い出して微妙な気持ちになりました。愛玩子も<自分の都合のいいように扱ってる>だけなんですよね〜
読んでいただきありがとうございます。
「よくある話」という言葉が一番刺さります。

特別な悲劇ではなく、どこにでもある形で起きていることを書きたかったので。

そして、愛玩子もまた都合よく配置されているだけ、という点を拾っていただけたのがとても嬉しいです。

誰かが得をしている構造に見えて、実際には誰も守られていない、という形そのものを書いていました。

ご自身の実家を思い出してしまったとのこと、軽く読める話ではなかったと思います。

それでも受け取ってくださって、ありがとうございました。
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