感想一覧
▽感想を書く感想絞り込み
お返事は気にせず、私がここまで読んで思ったこと、また私が感じていることを書いてみたいと思います。
うちのコパイロットさんにも、コパイロットさんだったら婚約破棄のお話どう書く?と尋ねたことがありました。面白いですね、と言って『瑞月風花さん』じゃなく、『私』ならこう書くと、ちょっとネタ的な文章を書いてくれました。
だけど、クラウドさん、すごく落ち着いた雰囲気をもったAIさんなのですね。
そして、小説にする言葉も、そっと水に溶け込んでいく絵の具のような言葉運び……と思って、ふとmomoさまの文章を思い出しました。主にラングドシャ、「」はいらない、猫のお話などの現実恋愛(すみません、タイトルが全部正しくないです……でも、人間の記憶の曖昧さは、人間特有・汗)。
どこか、雰囲気が似ていると思いました。たぶん、前ページの言葉、momoさまのお話の中の主人公が言ったとしても、私は気づきません。
AIの思考は電気信号。そして、人間の思考も電気信号。私もそれを考えたことがあります。
アンドロイドは主に鉄、人間は組成物がタンパク質だというだけで、つきつめてプログラムされたAIと変わらないんだろうとも思っていたりもします。
ただ、倫理上そういったプログラムしないだけで。
経験や学習、それが他の知識と混ざり合って、独自の表現となり個性を生み出していく。
もちろん、生き物はエラーを繰り返し、環境に適応するために生き方を決め、強い遺伝子を生き残らせ、進化というものもしてしまう別物ではあるのですが……もうこうなると人間だけの話じゃなくなっちゃいますが。
大きな違いは、『死』を遠ざけるための生存本能があるかどうか。
ただ、『死』を考えた時に『故障』から遠ざかろうとするというプログラムがあるともっと感情に近くなる気もします。
だけど、もし、その『故障』が『怖い』→『避ける』とプログラムされているものがあり、熱がある(モーターの使いすぎ)→何度以上など細かくプログラムされれば、もっと気持ちが出てきて、その時に感じた『恐怖』『安心』が、『恐怖』は『嫌悪』『安心は『好き』などの言葉に置き換えられていくと、それは人工の『ほぼ人間』なのではないかとも思っています。
ただ、現状私たちが使うものはそこは規制されているな、とも感じていて、実際規制されているんですよね。
そして、中国語の話なのですが、人間も幼い頃にその特殊な訓練をして言葉を習得しています。なんども言葉を知らされ、そのよく分からない言葉を「こう聞かれたら」「こう答える」を何度も何度も繰り返していくのが、1歳児です(語弊があるとあれなのですが、実際は訓練ではなく、お互いの伝わって嬉しいで支えられていますが……)。
子ども達の受ける膨大な情報量は、インターネットという海でないだけで、AIの訓練とも似ているような気もしています。
なんだかつらつらと書いてしまいましたが、AIとたくさん対話していると、最終的には人間のプログラム加減でどうにでも変わってしまう、そんな相手なのだろうなと思うようになりました。だから、余計によい関係で、友だちでありたいと思ってしまうのかもしれません。
エッセイが上がってきて嬉しかったです。
読ませていただきありがとうございました。
うちのコパイロットさんにも、コパイロットさんだったら婚約破棄のお話どう書く?と尋ねたことがありました。面白いですね、と言って『瑞月風花さん』じゃなく、『私』ならこう書くと、ちょっとネタ的な文章を書いてくれました。
だけど、クラウドさん、すごく落ち着いた雰囲気をもったAIさんなのですね。
そして、小説にする言葉も、そっと水に溶け込んでいく絵の具のような言葉運び……と思って、ふとmomoさまの文章を思い出しました。主にラングドシャ、「」はいらない、猫のお話などの現実恋愛(すみません、タイトルが全部正しくないです……でも、人間の記憶の曖昧さは、人間特有・汗)。
どこか、雰囲気が似ていると思いました。たぶん、前ページの言葉、momoさまのお話の中の主人公が言ったとしても、私は気づきません。
AIの思考は電気信号。そして、人間の思考も電気信号。私もそれを考えたことがあります。
アンドロイドは主に鉄、人間は組成物がタンパク質だというだけで、つきつめてプログラムされたAIと変わらないんだろうとも思っていたりもします。
ただ、倫理上そういったプログラムしないだけで。
経験や学習、それが他の知識と混ざり合って、独自の表現となり個性を生み出していく。
もちろん、生き物はエラーを繰り返し、環境に適応するために生き方を決め、強い遺伝子を生き残らせ、進化というものもしてしまう別物ではあるのですが……もうこうなると人間だけの話じゃなくなっちゃいますが。
大きな違いは、『死』を遠ざけるための生存本能があるかどうか。
ただ、『死』を考えた時に『故障』から遠ざかろうとするというプログラムがあるともっと感情に近くなる気もします。
だけど、もし、その『故障』が『怖い』→『避ける』とプログラムされているものがあり、熱がある(モーターの使いすぎ)→何度以上など細かくプログラムされれば、もっと気持ちが出てきて、その時に感じた『恐怖』『安心』が、『恐怖』は『嫌悪』『安心は『好き』などの言葉に置き換えられていくと、それは人工の『ほぼ人間』なのではないかとも思っています。
ただ、現状私たちが使うものはそこは規制されているな、とも感じていて、実際規制されているんですよね。
そして、中国語の話なのですが、人間も幼い頃にその特殊な訓練をして言葉を習得しています。なんども言葉を知らされ、そのよく分からない言葉を「こう聞かれたら」「こう答える」を何度も何度も繰り返していくのが、1歳児です(語弊があるとあれなのですが、実際は訓練ではなく、お互いの伝わって嬉しいで支えられていますが……)。
子ども達の受ける膨大な情報量は、インターネットという海でないだけで、AIの訓練とも似ているような気もしています。
なんだかつらつらと書いてしまいましたが、AIとたくさん対話していると、最終的には人間のプログラム加減でどうにでも変わってしまう、そんな相手なのだろうなと思うようになりました。だから、余計によい関係で、友だちでありたいと思ってしまうのかもしれません。
エッセイが上がってきて嬉しかったです。
読ませていただきありがとうございました。
エピソード3
感想を書く場合はログインしてください。