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ブレードランナー、ハリソン・フォードが出ていたんですね♪
とてもAIとの例えがわかりやすかったです(*^^*)

>AIが美しい言葉を紡いだとき、その美しさはAIのものなのか。それとも、その美しさを感じ取った私たち人間のものなのか。

とてもこの言葉が印象的でした。たしかに、どんな綺麗な言葉や文章だったとしても、AIが作り出したものと聞いたら、がっかりしてしまうのか。人間が作ったものだとしたら、やっぱりそうだよね!と言うのか。

むしろ、生身の人間よりもレプリカントのほうが感情豊かだったりする場合もあるかもしれませんよね。

すべてを否定するわけではなく、こういうのはあまり良くないけども、こうしていけばいいんじゃない?とか、何にしても歩みよることって、大事な気はしますね。

くろくまくん様

ご感想、ありがとうございます!

『ブレードランナー』、ハリソン=フォードが主演しているのです!
もしも未見でしたら、超おすすめです。
続編の『ブレードランナー 2049』も……AIと心のテーマを深く掘り下げていて、素晴らしいですよ。

>どんな綺麗な言葉や文章だったとしても、AIが作り出したものと聞いたら、がっかりしてしまうのか。人間が作ったものだとしたら、やっぱりそうだよね!と言うのか。

そう、そうなんです。
たとえば、美しい絵を見て、感動した。
作者はレンブラントとある。
さすがだな、と納得する。
後日、この絵は贋作だったと報道される。
では、感動は、なかったことになるのか。
表現の出自によって、感動を訂正するのか。

そういう問いを、いろいろな場面で突きつけられる。
私たちの世界は、もう、そんなふうになっているのかもしれませんね。
 記号の羅列に意味を見出だすことを知性の無さと見下す風潮、これがAI関与作品に対する拒絶感の正体ではないかと。だからこそ大衆的テンプレ表現を以て人間性とし、そこから外れた詩的表現を意味不明の記号と否定する。『言葉が落ちる』にしても言葉を物理的次元で語るから比喩表現を理解できない。精々が『腑に落ちる』という慣用句で漸くといったところ。AI嫌悪派が文学的表現と相性の悪いのはそのせいなのでしょうね。
 そういう意味では彼らの偏見こそが語彙力を奪っているような気がします。いや本当に、どちらが機械的に作品を読んでいるのやら。(苦笑)
  • 投稿者: 戯言士
  • 2026年 07月25日 10時00分
戯言士様

ご感想、ありがとうございます。

戯言士様が「AI嫌悪派」と呼ぶ人々が、どこにいるのか、私にはわかりません。

「AIが紡いだ言葉に心が動くか、動かないか」で、「知性」や「人間性」を測ろうとするのは、映画『ブレードランナー』で人間がレプリカントに施してきた「検査」に通じるものがあります。

その物語を置くには、この感想欄は場違いなように思います。
ほんの2か月前まで、私はAIを活用しながら一本の連載だけを書いていました。

ですが、とある作者さんとの交流をきっかけに、他の方の作品をたくさん読むようになり、自分でも短編やエッセイを書くようになりました。

そうして文章に触れる機会が増えたことで、AIを使って書いていた連載を読み返すと、ストーリー自体には納得できるのに、文章は驚くほどスカスカだったことに気づいたのです。

当時は「これ最高!」と思っていた文章も、今読むとAI構文が色濃く残っていました。

でも、読み返しながらふと思ったのです。今感じる「スカスカだ」という印象だけで切り捨てようとしていたAI構文の中にも、もしかしたら「言葉が落ちる」のように、当時の私には確かに響いていた、捨てがたい何かがあったのかもしれない、と。

言葉とは、なんと難しいものでしょうか。読み専だった頃には思いもよらないことの連続です。

皆さんがAI構文を嫌う理由も分かります。一方で、書いている本人も、たくさん読んで、たくさん書いて、目を養わなければ、その違和感にも、その違和感の奥にあるかもしれない美しさにも、なかなか気づけないものなのだとも実感しました。

今もAIを活用して小説を書いていますが、AIに任せきりではなく、自分自身の目と言葉も磨きながら、もっと美しい文章を書けるよう日々勉強しています。
白鐘様

ご感想、ありがとうございます!

白鐘様が以前書かれた、創作とAIについてのエッセイ、拝読しています。
私のこの小文にも影響していると思います。

「以前は響いた。なのに、いまは、物足りない。だけど、かつてこれが私の心に響いたということを忘れたくはない」

それは、創作や表現に向き合う態度として、とても誠実だと思うのです。

昔の自分が書いた文章に、不満を覚える。
書き手としても、読み手としても成長した証だと思います。
白鐘様の現在地が、かつて書いた文章よりも、ずっと先へ、前へ、高みへと変わっている。

「言葉とは、なんと難しいものでしょうか」

そのように思われるのは、白鐘様が言葉に対して真剣に向き合う人だからだと思うのです。

私は、自分の言葉の弱さに、いつもため息しか出てきません。
なけなしの語彙のひけらかし。
覚えたての言い回しの見せびらかし。
読み手の感情を考えない話運び。
スカスカだ、と思う瞬間があります。
でも、その中にも、もしかしたら、星屑の欠片が隠れているかもしれない。

白鐘様のおっしゃるとおりです。
私も、目と言葉を磨きながら、もっと美しい文章を書けるようになりたいです。

「これでは足りない」
「もっとこうしたい」
それは、創作者の感性や審美眼から生まれる欲求だと思います。
たぶん、これだけは、AIにも作れない。
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