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『捨己従人(しゃきじゅうじん)』

己を捨て、相手に従う。
武術の極意ですね。
  • 投稿者: 藤村^^
  • 2026年 10月06日 23時09分
あ、捨己従人が抜けてる!
また補完せなば!
尸解というと、諸星大二郎の漫画で、東方朔が仙人(神仙?)に「尸解してきました」ってあっさりと言うセリフを思い出します。

なんか近所に用事に行ってきたみたいなノリでしたね(笑)

  • 投稿者: 藤村^^
  • 2026年 10月02日 00時18分
「尸解」けっこういろんな作品ですでに使われているのですね、国内作品でも。
しかし「尸解してきました」は、さすがにちょっとウケますね。
ただの幽体離脱とちゃうんか、それ?です(苦笑)
以前なにかで読んだ本に『空勁』だったかな? 相手に触れずにふっとばす、みたいなのがあった気がします。

さすがにそこまで行くとファンタジーの世界ですけど、なんか気功で似たようなことをしていた人がいたような?
  • 投稿者: 藤村^^
  • 2026年 10月02日 00時09分
『空勁』調べたら本当に出てきますね。何やら合気道的なものを感じる描写です。

これはおそらく、合気道と同様に似た修行をしている者同士にしか通じない技なのではないかと推測。同じ系統の技の修行をしているため、技の起こりの段階でそれを察知し、自分から先に吹っ飛んで衝撃を回避する。という現象くらいでしか、ちょっとイメージがしにくい。
合気道なども腕を一定の角度までひねられ、それ以上いくとヤバイのを弟子たちが察知し、自分たちから飛んでいる。というのが個人的な見解。なので練習していない者は、逆に何の反応もせず「だからなに?」となるのではないかと。
尸解仙は東方projectで知ったな
  • 投稿者: 雛森 蒼
  • 2026年 10月01日 12時06分
尸解と聞くと私はブリーチの卍解が思い出されました。
あの漫画、道教的な発想からも来てたのかとびつくり。
空手を中学で少し習いましたが
上段突きを受けそこなうと
火花が飛びます
。・゜・(ノД`)・゜・。
空手いいですね。
K-1の頃には、極真空手がブームでしたが、最近は町の空手道場もめっきり減り、すこし寂しいところです。
堀口恭二が「日本拳法出身」を名乗り、今はそちらが主流になってきていますが、あれは空手とはまた別なのか謎なところです。
達磨というと、どうしても座禅のし過ぎで手足が腐ったというエピソードと、武帝に向かって「功徳がない」と言い放ったり、「お前は誰だ」と聞かれて「不識(知らん)」と答えたのを思い出しますね。

あと、武術というのは、突き詰めると禅に似ていて、相手を倒すことを追及すると、自我を捨て去ることになっていくそうです。
  • 投稿者: 藤村^^
  • 2026年 09月30日 21時57分
達磨大師。
恥ずかしながら、私は本連載をするまで名前しか知らなかった人物です(インド人であることすら)。

ただ、大半のエピソードは三国志でいう「演義」であると思われ、それだけに物語にすると映えますね。

「武術というのは、突き詰めると禅に似ていて」というのは、まさに「一指禅」に通ずる考え。指一本で逆立ちしながら禅を組む武技。これも境地が上がると「一指金」になったり、自分たちの修行すらファンタジー化したのは、面白いところです。
吸功は反則では(笑)。まさにチートスキルですね。

ドレインにはもともと吸収するって意味はないんですよね。
日本のRPGファンの解釈で広まってしまったようで。

なので最初、化勁のことかと思ったんですが、そのまんまの意味みたいですね。
  • 投稿者: 藤村^^
  • 2026年 09月30日 21時45分
音功と同じく、さすがに創作が過ぎる武功ですね、これは(苦笑)。
相手が修行によって溜めた内力を奪う。
内力を封じ込める点穴や薬とかならまだしも、それを頂くは、まさに「なろう」!
武侠小説って、私のイメージでは北方謙三氏の「水滸伝」みたいな感じでしょうか?

技を繰り出すに当たって、やはり文字での説明って難しいですね~。

時々AIでイラスト差し込むとかアリでしょうか?
楽しみにしてます。



さっそくの感想ありがとうございます。
水滸伝は、未読なので何とも言えませんが、現代の武侠小説でよくある「〇〇拳!」とか必殺技のようなものは出てこない作品だとは存じています。完全に武侠ものですが、時代的に技名などの名前が付くのは、水滸伝の時代よりも後だとされているとか。

実際に小説を書く際には、AIイラストは必須ですね。言葉で書いても身体的な表現は、もともとイメージの回路そのものを持たない読者もいるため、AIさまさまと言えそうです。