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感想一覧

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私は、境遇・出自的にはともかく、嗜好ではいくつかの方面(嫌いな食べ物、好きなタイプの物語など)で完全なマイノリティだと小さい頃から自覚させられていました。自分は明らかにこの社会での異物だなと。今現在積極的に弾圧されるわけではありませんが、何かのきっかけでいつ自分の番が来てもおかしくないという恐怖は昔からありましたし、最近はさらに高まっています。
外国から来た、外国にルーツがある、そんな方々のために大層なことができるわけでもありませんが、少なくとも「みんなが言ってるから」みたいな同調圧力には加担してしまわないよう強く心がけています。
「みんな」に唯々諾々と従うのが一番楽なように見えますけど、一人一人は決して「みんな」と一致するはずないものを何かしら抱えているだろうに、なぜそんなものを錦の御旗にできるのか、昔から不思議でなりません。
  • 投稿者: 茶
  • 2026年 10月23日 11時35分
日本は特に均質性を求めますよね。
工業製品ならともかく、人間はいろいろな性格・姿・嗜好があるのに「みんなそうだから」「みんなやっているから」と個性を認めない風潮があります。

みんなが、と言うなら、みんながお互いの違いを認め合えれば良いのです。
違いがあっても異質でも、生きやすい社会になると良いですね。
外国ルーツの親戚がいる者です。最近以前にも増して排外主義が蔓延るようになり、平気な顔で外国人=治安悪化と結びつける人の気持ちがわからず怖い気持ちと、そんな言説でもっと怖さを感じているであろう当事者たちの力になれずに申し訳なく思う気持ちがあります。何気なく口にされる「◯◯人て〜」のような言葉に咄嗟にどう返していいかわからず、口をつぐむしかできない自分が情けないです。それでもちゃんと自分の言葉で誰かの助けになりたいと、少しずつ「それは違うんじゃない?」「あなたはどうしてそう思うの?」と対話を広げるようになりました。差別だよ、良くないことだよと口にするのを後ろめたく思う必要はないはずなのに、同じように腹を立ててくれる人が周りにいなくて心細く感じていました。あなたのようにまっとうに怒ってくれる、腹を立ててくれる人がいるから、まだくじけずにいようと思えます ありがとう
  • 投稿者: 雀
  • 2026年 10月22日 21時00分
自分の意見を発表するって勇気がいりますよね。
今は昔より異文化が身近にあるのに、排外主義が高まってしまって怖いです。
国とか時代によって特徴はあると思いますが、あまり知らない人の方が悪口言っていそう。

どこの国籍だろうが、摩擦が会っても違いを受け入れたり、こっちの要求もちゃんと伝え、時には妥協したりして、他者と関わって行きたいなと思っています。