エピソード82の感想一覧
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[一言]
古蔦さん、こんばんは。
返信のことはどうかお気になさらないでください。そもそも作者であるあなたからこうして返信をいただくこと自体、ほんとうに幸運なことですし、私がただあなたのご厚意に甘えているだけなのですから。ですが、こうして週末にストーカーのように押しかけることもあとわずかと思うと、名残惜しい気持ちがあるのも正直なところです。私はこの物語がいつまでも続いてほしいのか、実り豊かに結ばれてほしいのか、分からなくなるときがあります。気になる連載マンガに寄せる気持ちと同じで、物語を好きになってしまうというのは、そういうものなんでしょうね。
前回コメントしたあたりから、私はもうほとんど構えを解いてあなたの描く物語の奔流に身を任せるようになっています。あなたの描きたいものとか、作品に寄せる思いとか、そういうところからも離れて、ただ読んでいてマウスを進める手に力がこもっていたり、ふっと安堵したりと、物語で描かれたことが直接こちらに働きかけてくるような、作家の言葉だけが流れてくる世界の中にいるような気持ちです。
こういう気分に浸れるとき、読み手というのはどれほど他人の書いたものを警戒して読んでいるのか思い知らされるものですが、古蔦さんはこれまできっと、この信頼と安らぎを与えられるだけの自発的で、意識的な時間を過ごしてこられたのだと思っています。この物語が初めからそうしたものを持ち合わせて生まれたとは、私は思っていないからです。
私はこの小説を通じて、人の思い悩んだ軌跡というのが別の誰かの安らぎにつながりゆくさまを目の当たりにしようとしているのかもしれません。これは私の身勝手な願望に過ぎないでしょう。でも、誰かの胸に秘めた願いまでも知らずと叶えてしまうのが作家の作家たるゆえんであるとするのなら、古蔦さんにはそういうものがあると、やっぱり私は思ってしまいます。
私が口にするようなことでもありませんが、あなたが悩むものに対して、それと、あなたが悩んで得たものに対して、これからも自信を持ってくだされば、きっと誰かの胸を打つ創作が叶うものと今の私は思っています。
すみません、最終回でもないのに、何かそれっぽいコメントになりましたね。あと何度かは遊びに来るつもりでいるのですが、いい台詞は最後までとっておくべきだったのかもしれません。
宮崎アニメ、小さい頃は正直苦手だったんですよ。古蔦さんはご存知ないかもしれませんが、私が子どもだった頃に流れていた「金曜ロードショー」のオープニング。あれが、とても嫌いだったんです。人生の黄昏を思わせるような波止場の風景と物悲しいメロディで、今でこそ懐かしいものですが、あのときはテレビも親もそろって私を必要としない時間の始まりを告げるようで、それが悲しかった。あの枠で流れるものは、いつもよそよそしくて私から遠ざかるもののような気がしていました。ちゃんと観れるようになったのは『もののけ姫』、『千と千尋』あたりからです。
私は『ラピュタ』が一番好きです。世界観とか、物語性というよりも、私は昔から知性をはじく肌合いのする作品が好きで、ルノワールの絵画とか、カーペンターズの音楽とか、日常系のアニメとか、そういうあまり人を深く考えさせないものが好きなんです。シータもパズーも純粋で、自分の生活とそれぞれに望むものをちゃんと知っていて、だから互いに思いやれて、それがほかの誰かに伝播して、恋が芽生えるよりもずっと速く、ふたりは天高い空の城にまで舞い上がってしまう。そうしたい、そうしなきゃって思いだけで、手を取り合って駆け抜けていくふたりを観ていると、人生はそんなによいものだったかといつも涙が出てしまいます。
『ナウシカ』は大人になるまで観れなかったんです。あの虫の乗り物がどうしてもダメで。観たのは一度きりでとても感動したように思いますが、それに言葉を与えようとする自分が当時は嫌で、それ以来観る機会を得られずにいます。もういちどこの目で観ておきたい気はしているのですが。
古蔦さんはどの作品が好きですか。何か思い出だったり、忘れられないシーンなどはありますか。あなたの言葉や思いに触れることができれば、私もまた違った気持ちで作品を楽しむことができそうです。それでは。
古蔦さん、こんばんは。
返信のことはどうかお気になさらないでください。そもそも作者であるあなたからこうして返信をいただくこと自体、ほんとうに幸運なことですし、私がただあなたのご厚意に甘えているだけなのですから。ですが、こうして週末にストーカーのように押しかけることもあとわずかと思うと、名残惜しい気持ちがあるのも正直なところです。私はこの物語がいつまでも続いてほしいのか、実り豊かに結ばれてほしいのか、分からなくなるときがあります。気になる連載マンガに寄せる気持ちと同じで、物語を好きになってしまうというのは、そういうものなんでしょうね。
前回コメントしたあたりから、私はもうほとんど構えを解いてあなたの描く物語の奔流に身を任せるようになっています。あなたの描きたいものとか、作品に寄せる思いとか、そういうところからも離れて、ただ読んでいてマウスを進める手に力がこもっていたり、ふっと安堵したりと、物語で描かれたことが直接こちらに働きかけてくるような、作家の言葉だけが流れてくる世界の中にいるような気持ちです。
こういう気分に浸れるとき、読み手というのはどれほど他人の書いたものを警戒して読んでいるのか思い知らされるものですが、古蔦さんはこれまできっと、この信頼と安らぎを与えられるだけの自発的で、意識的な時間を過ごしてこられたのだと思っています。この物語が初めからそうしたものを持ち合わせて生まれたとは、私は思っていないからです。
私はこの小説を通じて、人の思い悩んだ軌跡というのが別の誰かの安らぎにつながりゆくさまを目の当たりにしようとしているのかもしれません。これは私の身勝手な願望に過ぎないでしょう。でも、誰かの胸に秘めた願いまでも知らずと叶えてしまうのが作家の作家たるゆえんであるとするのなら、古蔦さんにはそういうものがあると、やっぱり私は思ってしまいます。
私が口にするようなことでもありませんが、あなたが悩むものに対して、それと、あなたが悩んで得たものに対して、これからも自信を持ってくだされば、きっと誰かの胸を打つ創作が叶うものと今の私は思っています。
すみません、最終回でもないのに、何かそれっぽいコメントになりましたね。あと何度かは遊びに来るつもりでいるのですが、いい台詞は最後までとっておくべきだったのかもしれません。
宮崎アニメ、小さい頃は正直苦手だったんですよ。古蔦さんはご存知ないかもしれませんが、私が子どもだった頃に流れていた「金曜ロードショー」のオープニング。あれが、とても嫌いだったんです。人生の黄昏を思わせるような波止場の風景と物悲しいメロディで、今でこそ懐かしいものですが、あのときはテレビも親もそろって私を必要としない時間の始まりを告げるようで、それが悲しかった。あの枠で流れるものは、いつもよそよそしくて私から遠ざかるもののような気がしていました。ちゃんと観れるようになったのは『もののけ姫』、『千と千尋』あたりからです。
私は『ラピュタ』が一番好きです。世界観とか、物語性というよりも、私は昔から知性をはじく肌合いのする作品が好きで、ルノワールの絵画とか、カーペンターズの音楽とか、日常系のアニメとか、そういうあまり人を深く考えさせないものが好きなんです。シータもパズーも純粋で、自分の生活とそれぞれに望むものをちゃんと知っていて、だから互いに思いやれて、それがほかの誰かに伝播して、恋が芽生えるよりもずっと速く、ふたりは天高い空の城にまで舞い上がってしまう。そうしたい、そうしなきゃって思いだけで、手を取り合って駆け抜けていくふたりを観ていると、人生はそんなによいものだったかといつも涙が出てしまいます。
『ナウシカ』は大人になるまで観れなかったんです。あの虫の乗り物がどうしてもダメで。観たのは一度きりでとても感動したように思いますが、それに言葉を与えようとする自分が当時は嫌で、それ以来観る機会を得られずにいます。もういちどこの目で観ておきたい気はしているのですが。
古蔦さんはどの作品が好きですか。何か思い出だったり、忘れられないシーンなどはありますか。あなたの言葉や思いに触れることができれば、私もまた違った気持ちで作品を楽しむことができそうです。それでは。
エピソード82
みかげ石さんこんにちは。いつもありがとうございます。
いつもたくさん誉めてくださってありがとうございます。
好きな宮崎映画と聞かれてまず思い浮かぶのが「ハウルの動く城」でしょうか。映像の美しさもさることながら、とてもロマンチックで、宮崎さんの作品にしてはめずらしく大人っぽい話でしたので。公開時、繰り返し映画館に足を運んで観た映画です。
当時はテレビをほとんど観ず世事に疎かったので、ハウルの声の人が木村拓哉さんだと全く知らなくて、色っぽいよい声の人だなあ、とだけ思っていました。
ストーリーに関しては、戦争のことを始めとして未消化の問題をやみくもに詰め込んだような印象で、そういうごちゃごちゃしたところも自分的には好みでした。ソフィに関する問題は解決しても、いろんなことが解決しないままだったり、サリマンは権力を握ったままだったり。
夢もロマンもある一方で、物語のどこかでそれは踏みにじられていて、リアルに近い場所で踏ん張りつづけるソフィたちを愛しく思います。
「千と千尋の神隠し」も大好きです。こちらは録画したものを家で何度も繰り返し観ました。これも好きなシーンがたくさんあるのですが、カオナシを伴って水の上を走る列車に千尋が乗り込むシーンがとりわけ好きで、最初に観たとき、心の奥深くに下っていくような、どこか既視感のあるシーンだと感じたのを鮮明に覚えています。
カオナシ自体にも何か既視感を覚えました。怖いんだけど、近しいというか、自分の内側にある何かとシンクロした心地がしたんです。千尋に引き寄せられていく感覚も。
あと、自分は宮沢賢治が大好きなのですが、「千と千尋」には「銀河鉄道の夜」に通ずるところがあるというか、臨死体験を連想するところが似ていると思います。
生と死のあわいの国で美しいものや心に触れるものに出会う、という構図が共通しています。
「天空の城ラピュタ」は本当に天高く駆け上る話ですね。観てて楽しいワクワクを呼び起こす話ですが、パズーとシータは私には少し眩しいです。
救いようのない悪として描かれたムスカにどうしても感情移入してしまう。いや、ムスカの思い通りになっちゃ駄目なんですが。それを望んでいるわけではないんですが。ムスカの思い描く世界には何の希望もないし、ムスカ自身の幸せすらもない。救われない人だと直感でわかるのだけれども、どうにも気になるキャラクターでした。
ちょっと偏った感想でごめんなさい。
金曜ロードショーはわかります。オープニングのアニメーションもなんとなく覚えています。確かに物悲しい印象だったような?
みかげ石さんの、「昔から知性をはじく肌合いのする作品が好き」という部分を興味深く思います。ナウシカを観たときの、感動に言葉を与えることが嫌、というのも興味深いです。
そういった部分を越えて感想を伝えてくださっていることに感謝します。何かうまく言葉で返そうと思っても返せないのですが、読んでくださってその中身を心に留めてくださっていることが、何よりも嬉しいです。
いつもたくさん誉めてくださってありがとうございます。
好きな宮崎映画と聞かれてまず思い浮かぶのが「ハウルの動く城」でしょうか。映像の美しさもさることながら、とてもロマンチックで、宮崎さんの作品にしてはめずらしく大人っぽい話でしたので。公開時、繰り返し映画館に足を運んで観た映画です。
当時はテレビをほとんど観ず世事に疎かったので、ハウルの声の人が木村拓哉さんだと全く知らなくて、色っぽいよい声の人だなあ、とだけ思っていました。
ストーリーに関しては、戦争のことを始めとして未消化の問題をやみくもに詰め込んだような印象で、そういうごちゃごちゃしたところも自分的には好みでした。ソフィに関する問題は解決しても、いろんなことが解決しないままだったり、サリマンは権力を握ったままだったり。
夢もロマンもある一方で、物語のどこかでそれは踏みにじられていて、リアルに近い場所で踏ん張りつづけるソフィたちを愛しく思います。
「千と千尋の神隠し」も大好きです。こちらは録画したものを家で何度も繰り返し観ました。これも好きなシーンがたくさんあるのですが、カオナシを伴って水の上を走る列車に千尋が乗り込むシーンがとりわけ好きで、最初に観たとき、心の奥深くに下っていくような、どこか既視感のあるシーンだと感じたのを鮮明に覚えています。
カオナシ自体にも何か既視感を覚えました。怖いんだけど、近しいというか、自分の内側にある何かとシンクロした心地がしたんです。千尋に引き寄せられていく感覚も。
あと、自分は宮沢賢治が大好きなのですが、「千と千尋」には「銀河鉄道の夜」に通ずるところがあるというか、臨死体験を連想するところが似ていると思います。
生と死のあわいの国で美しいものや心に触れるものに出会う、という構図が共通しています。
「天空の城ラピュタ」は本当に天高く駆け上る話ですね。観てて楽しいワクワクを呼び起こす話ですが、パズーとシータは私には少し眩しいです。
救いようのない悪として描かれたムスカにどうしても感情移入してしまう。いや、ムスカの思い通りになっちゃ駄目なんですが。それを望んでいるわけではないんですが。ムスカの思い描く世界には何の希望もないし、ムスカ自身の幸せすらもない。救われない人だと直感でわかるのだけれども、どうにも気になるキャラクターでした。
ちょっと偏った感想でごめんなさい。
金曜ロードショーはわかります。オープニングのアニメーションもなんとなく覚えています。確かに物悲しい印象だったような?
みかげ石さんの、「昔から知性をはじく肌合いのする作品が好き」という部分を興味深く思います。ナウシカを観たときの、感動に言葉を与えることが嫌、というのも興味深いです。
そういった部分を越えて感想を伝えてくださっていることに感謝します。何かうまく言葉で返そうと思っても返せないのですが、読んでくださってその中身を心に留めてくださっていることが、何よりも嬉しいです。
- 古蔦瑠璃
- 2023年 06月04日 13時17分
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