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[良い点]
目から鱗が落ちるとは、この事ですね。

曹豹がそんな偉い方で、優秀な人物とは、驚きました。

袁術の因果関係もあったクーデターだったんですね。
[一言]
私の歴史小説に応用の幅が広がり、勉強になりました。

本当にありがとうございます。
  • 投稿者: 退会済み
  • 2014年 02月11日 15時10分
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どうもありがとうございます。

しかし改めてチェックし直してみたところ、
曹豹が下邳の相だったというのは『三国志 呂布伝』の注、「英雄記」のところに、
「张益德与下邳相曹豹共争,益德杀豹,城中大乱,不相信。」と書いてあるのと、
『資治通鑑/卷062』の漢紀五十四のところに、
「下邳相曹豹,陶謙故將也,」と書いてあるくらいで、
これが劉備の任命だったかどうかまでは、ちょっとハッキリとはわからないみたいですね。

『三国志 先主伝』では「下邳守將曹豹反,間迎布。」で、
『三国志 先主伝』注の「英雄記」では「陶謙故將曹豹在下邳,張飛欲殺之」。

曹豹といえばコーエーの「三國志」シリーズでの、低能力に定評のある武将なんですが、
しかし彼は曹操に攻められた主人の陶謙を救うため、
その盾となって自ら、劉備と共に戦場で曹操軍を相手に戦ったりしています。

負けてはしまうのですが、
それでもこれは文字通り、命懸けの行動でした。

劉備という人は、名前だけや口だけといった人間を激しく嫌い、
逆にこうした、人の本気の行動については非常に高く、重く評価する人なので、
曹豹が劉備によって引き立てられた可能性は高いと思います。

また軍事的手腕に関しても、
曹豹が率いていた丹揚兵というのは、当時、屈強の傭兵集団として有名でしたから、
野戦はかなり強かったのではないでしょうか。
実は曹操もまだ、青州兵を率いる前は、自ら丹揚郡にまで、
丹揚兵を傭兵として雇いに訪れたりしていました。

しかしそんな傭兵集団である彼らも、
一つにまとまれば相当な影響力を発揮しましたから、
曹豹はそうした面で、意外に苦しい立場に置かれていたのではないかと。

曹操なんかでも青州兵達の扱いには、相当手を焼いていましたし、
益州で劉焉が抱えてた東州兵なんかも、
州内で主君の権威を傘に横暴を働き、
それで地元豪族達に反乱を起こされたりもしています。

だからやはり、こういったこそ中々、
人の上に立つ者の苦労なのではないでしょうか。
ただ黙って言うことを聞かすことも難しい。

人はそんなに、自分の思い通りにはならない。

何とかしようとしたとして、
そうすると今度は、あちらを立てればこちらが立たずで・・・。
まあ大変だったのではないでしょうか。

だから場合によっては、日本の島津歳久みたく、
主君のほうが家臣達の意向や気持ちを慮って、
彼らと運命を共にするといったケースなんかも、あったりするのではないかと思います。
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