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[良い点]
親子二代に渡って紡がれる物語、最後の再会はありきたりですけど、良い結末でした。
[気になる点]
なんか、設定に粗が多いです。厳しい言い方をすればゲゲゲの鬼太郎の設定を流用している感じ。妖怪学校とか、妖怪の法律とか、ぬらりひょんの裁定もなんか説得力がなく、ご都合が過ぎます。
[一言]
なろう秘密基地から来ました。いろいろともったいない感じです。ストーリーは良いのですが、設定やらが足を引っ張ている感じ。それらを直せば面白くなると思いますが、これはこれで完結として、次に生かすのも一つの手でしょうか。
親子二代に渡って紡がれる物語、最後の再会はありきたりですけど、良い結末でした。
[気になる点]
なんか、設定に粗が多いです。厳しい言い方をすればゲゲゲの鬼太郎の設定を流用している感じ。妖怪学校とか、妖怪の法律とか、ぬらりひょんの裁定もなんか説得力がなく、ご都合が過ぎます。
[一言]
なろう秘密基地から来ました。いろいろともったいない感じです。ストーリーは良いのですが、設定やらが足を引っ張ている感じ。それらを直せば面白くなると思いますが、これはこれで完結として、次に生かすのも一つの手でしょうか。
厳しい意見ありがとうございます。
そうですね、ゲゲゲの鬼太郎のイメージを拭うため色々調べては見たんですが、やはり引っ張られてしまう感じでしたか…。残念です。
ストーリーをいいと言っていただきありがとうございます。
次に活かしてみます。
そうですね、ゲゲゲの鬼太郎のイメージを拭うため色々調べては見たんですが、やはり引っ張られてしまう感じでしたか…。残念です。
ストーリーをいいと言っていただきありがとうございます。
次に活かしてみます。
- 荒川 晶
- 2014年 01月02日 00時58分
[一言]
掲示板より参りました後藤です。
ご依頼では、完結を機に改稿を想定されている段階とのこと。非常に難しい注文です。ただ、感想を書くにあたって、この作品に期待する方向性が、くしくもご要望と重なったように思われます。
まず、印象として非常によくまとまった作品であったと思います。登場人物の考え方や、人間と妖怪がなぜ出会うことになったのかが設定として説明されていて、その設定がさらに物語の中で有効に再利用されながら進んでいく様は高い完成度を感じさせます。
私が感想を書く際、不足分を指摘するか構造上の問題点を指摘することが多いです。ただ、この作品に関しては読了後、これだけはしっかりと指摘しておかなければならないということが、実はありませんでした。
物語として起承転結がとても丁寧に整っているからです。
いい作品でした。
と、ここで終わってしまってもあまり意味がありません。何より、人の弱点を探すことに心血注いできたひねくれ者としては物足りない。
よって、ここでは少し難しい注文をする形になると思います。
この作品はよくできている。それが前提です。ただ、ではすでに手の加えようがないかと言うと、その限りではありません。まだのばせると感じられる面もありました。
作品としてまとまっています。起承転結が整っているからです。となると、何かを付け加えるというより、それぞれのパートのディテールをあげられる可能性があることになります。
説明しにくいのですが、不満はないけど要望はあるという状況です。もっとそれぞれのエピソードを肉付けして、より劇的なお話にできる余地があるように感じたのです。
たとえばこのお話では、妖怪の視点は多く登場しますが人間の視点はあまり登場しません。そのため、歴史に詳しくない私には、この時代の様子があまり浮かびません。明治ではないようですが、ではどんな時代なんだろうかと。
私が妖怪に持つイメージは、どこか牧歌的です。まだ自然豊かで、人が、自分以外の住民がこの世界にはいると信じていた時代の出来事のように感じられるからです。失われていく自然に対する憧憬がそこにはあるのではないでしょうか。
自分たちが失ってしまった何か大切なものを懐かしむように、妖怪を眺めるのではないかと。
そして、これは希望なのですが、転の部分を劇的にすることができれば、より物語がまとまりを持つようにも感じています。
起承転結には二つの性質があります。横と、そして縦です。
横の場合は単純です。起承転結、それぞれに符合する場面を並べておけばまとまってくれるからです。この作品ではこれがよくできていました。
次に、縦の性質です。物語は、起から結に向かって登っていかなければなりません。起はまだ麓。承では入り口。転で必死に坂を登って、結で山頂につくことが理想的です。この作品の場合、これもしっかりできています。
ただし、まだどこかなだらかです。そう、転の部分をより劇的なエピソードに変えることができれば、結は自然とより標高の高い山頂に導くことができるのではないかと考えるのです。
まとめます。
せっかく妖怪を使うなら、妖怪=自然に対する人間側の視点があってもよいように感じたこと。
転をより劇的なものにすれば物語がよりよくなるのではないかということ。
具体例を挙げてみます。
ある田舎の村では開発が進んでいました。自然の川を壊して、護岸を進めることで村を洪水から守り、文明的で快適な生活を手に入れようとしていました。
その過程で、祠も取り壊されることが決まっていました。
そんな祠に、一人の少年が訪れました。少年はかっぱが出るとされる祠を自分の目で見ておきたかったのです。その時、少年は偶然にもかっぱに出会いました。
人間と妖怪。二人の子どもはその後、何度となく顔を合わせ、お互いのことを話します。
妖怪の世界のこと。それは、妖怪という存在が人間から徐々に忘れられ、妖怪の中には人間界との接触を禁止すべきではないかという意見が徐々に強くなっていること。
人間の世界のこと。開発がすすみ、自然が失われ、人は昔は持っていたはずの何かを忘れつつあるということ。
少年の父親は熱心な開発支持者で、妖怪のことを信じている息子をよく思っていないことも明かします。
結びついたように思われた二つの世界は、すでに少しずつ離れだしていたのです。
そんなある日、少年はかっぱを家に招きます。そこで話したのは亡くなった母親のこと。母はよく、昔会った妖怪のことを話してくれた。少年が妖怪に興味を持っているのもそのためだと。
それでも、父親は妖怪という存在をまやかしだと考え、その存在を信じることも嫌がっている。それはたぶん、亡くした妻のことを思い出してしまうからだろう。
ふと現れた父親は、息子が妖怪のことに夢中であることに不快感を隠しません。かっぱの子どもは姿を隠してその様子を悲しげに見守っていました。
それから、二人の子どもは会えない日が続きました。
妖怪の世界では、かっぱの子どもが人間と会っていることが問題になっていました。人間の方が我々との接触を、まるで汚いものを封じ込めるように絶とうとしている。そんな中、なぜ人との接触を許すのか。そんな強硬的な意見が勢いを増し、比較的理解のあった妖怪の長も無視できないほどになっていたのです。
また、境界のある祠の周囲にも工事関係者が頻繁に出入りするようになっており、隠れて抜け出すにも難しい状況でした。
人間の子どもも、親からあまり外に出歩いてはいけないと言い含められていました。
子どもは親に、妖怪について理解を求めようとします。
それでも、父親はかたくなでした。妖怪なんてものは迷信にすぎない。自然の恐ろしさを擬人化したものでしかない。しかし、それももう過去の話だ。開発が進めば人は自然を征服できる。昔は洪水や日照りで多くの人がなくなった。それでも護岸工事さえしてしまえば洪水なんてもう起こらない。水を操ることができる。そうして、人間が自然を征服し続けてきた以上、妖怪なんてものは過去の遺物にすぎない。
そう、父親は持論を展開します。
子どもは父に従うしかありませんでした。
工事は進められ、護岸工事はほとんど終わりました。残すは祠の周辺の沼を埋め立てるだけです。
そんな時、大雨が降り続いていました。連日に続く雨に、工事は中断。子どもも家を出ることが許されませんでした。
工事は成功していました。岸辺は守られ、洪水の兆しはありません。
それでも危険とされている地帯があると、子どもは父親から告げられます。それは、工事がまだ終わっていない祠の周辺でした。後あたりは地滑りの危険性さえあると告げました。だから雨がやみ次第工事を進めなければならない。そう言う父親の前で、息子はいてもたってもいられず家を呼び出しました。
あの場所がなくなってしまう。雨の中を走る子ども。父親は工事関係者と一緒になって息子をとめようと走ります。
その時、人は大きな思い違いをしていたのです。コンクリートに覆われた岸は、確かに洪水は起こしません。しかし水がしみこむべき土が失われ、すべての川の流れが筒の中を通るように川の中に封じ込められ巨大な勢いとなって流出したのです。
これまでに見られなかったほどの激流でした。そして、この流れは少年の小さな体をたやすく飲み込んでしまいました。
その頃、かっぱの子どもは祠の前に来ていました。雨で工事が中断したことで、人の姿がそこにはなかったからです。もしかしたら少年に会えるかもしれない。しかし、そんな期待はすぐに裏切られてしまいました。
降りしきる雨の音しかありません。かっぱの子どもの隣に母親が座りました。もう、人は妖怪のことを見ないことを選んだ。その流れは変えられない。人間の子どももすぐに大人になって、自然に対して抱いていた憧憬もすぐに忘れてしまう。それが世の流れなら、それに身をゆだねるしかない。
そう、語り聞かせます。
妖怪の世界では人間界との接触を取りやめる方向に、すでに決定がなされていました。こうして人の世界に足を踏み入れることさえ、問題にされかねない危険な行為でした。
かっぱの少年は、妖怪の世界に戻ろうとします。
そんな時のことでした。人々の悲鳴が聞こえてきたのは。
綺麗にコンクリートで固められた川辺に人々の姿がありました。その視線の先には茶色い濁流。奔流に巻き込まれる子どもは、今にもおぼれそうに流されていました。誰も、どうすることもできません。飛び込もうにも、川の流れが速すぎました。
そんな声が、かっぱの子どもの耳にも届いたのです。
思わず走り出そうとするかっぱの子ども。母親は引き留めます。今はまだ長が抑えてくれている。それでも、人間に姿を見られてしまうようなことがあっては、もう人間界に来ることさえ許されなくなってしまう。
かっぱの子どもは、迷いを振り切るように走り出しました。
川の周りでは大勢の大人たちが今にも沈みそうな少年を見守っていました。そんな時、彼らは思いもかけないものを目にしました。
人が泳いでいる。そんなはずはありません。水泳の選手でさえ泳げない激流なのです。しかしそれは少年目指して一直線に泳いでいきます。まるで、泳ぎの名手として知られる河童のように。
少年はその何かに助けられました。
大人たちはこの光景をどうしてよいものか判断できません。河童なんて実在しません。ではあれは何か。流木だ。波に揺れる流木が、人にたまたま見えただけだ。妖怪なんて存在しない。そう、結論づけたのでした。
その後、改良工事が進められ、開発はどんどん加速していきます。
それでもなぜか、河童が出るとされる祠の周りだけは、工事が進むことがありませんでした。
ああしろ、こうしろと指図の多い不躾な感想になってしまいました。おまけに具体例がやたらと長い。ただ、この作品は形がうまくまとまっているため、もしも改善点を見つけるとすれば、それは一度殻を壊すくらいの大工事が必要だとも感じました。
脱皮のイメージです。
一度しっかりとした殻を作り上げてしまうと、それをさらに大きくするには殻を脱ぎ捨てる覚悟と労力が必要になります。もしも私がこの作品に手を加えることが許されるなら、おそらくいかに殻を壊して行くかを考えると思います。
完成度が高い分、ちょっとエピソードをつけたり外したりする余地がない。それなら大筋は残しての大工事の必要があるのではないか。そう考えるからです。
ここに挙げた具体例は、あくまでも例です。私が伝えたいことをプロットにするならどんなことになるか、その方向性を示したにすぎません。正直なところ、本当にこのままにしてよくなるかわかりません。しかも細かい点は省いているだめ、プロットなんて小説を書くよりはるかに楽です。
その点、この少年の母親のエピソードなど、細かい点がしっかりと作られていたのは好印象でした。
また、敢えて具体例を中途半端な形にしたのも、この作品の終わり方と基本的にかぶるからです。要するに、殻の形は同じでも大きさを増してみたというところなのです。
作品に不満はないけど期待がある、ということですね。
ようは、作品としてうまくまとまっていて完成している。だからもしも改稿をしたいのであれば、それは構成そのものを見直して全体のディテールをどこまで高められるかが鍵になるのではないか、そんなことです。
人間の視点を加えること。妖怪を通して自然への憧憬を描くこと。
私は民話に詳しいことはありませんが、河童のすむところがあるそうです。そこは流れが底で渦巻くところで、そこで泳ぐと足が流れに引き込まれおぼれてしまう危険性があります。そんなところを、人は河童に足を引っ張られたと表現し、そんな流れが起きやすいところには河童がすんでいるとして近づくことを戒めたそうです。
妖怪とは、そんな人と自然のつきあい方の一面ではないか。そんな私なりの視点を交えてみました。
まあ、結局のところ、私の長ったらしい具体例は、そんな方向性を示したものにすぎません。
細かい点を修正するよりは全体の強化を。私のは、私なりに考えたこの作品に対する物足りなさ、あるいは期待をできるだけ具体的な形にしてみただけです。
非常に難しい作業になるとは思いますが、この作品の進むべき方向性は脱皮だと、少なくとも私は考えました。
まあ、そんな作業をしてしまうと、文字数がたぶん、現在の倍近くになってしまう危険性があるのですが。
とりあえず、私の考えた改善の方向性、そしてその具体的な内容が、何かのヒントになれば幸いです。
では、ご要望に応えられたことを期待しつつ、感想を終えたいと思います。
掲示板より参りました後藤です。
ご依頼では、完結を機に改稿を想定されている段階とのこと。非常に難しい注文です。ただ、感想を書くにあたって、この作品に期待する方向性が、くしくもご要望と重なったように思われます。
まず、印象として非常によくまとまった作品であったと思います。登場人物の考え方や、人間と妖怪がなぜ出会うことになったのかが設定として説明されていて、その設定がさらに物語の中で有効に再利用されながら進んでいく様は高い完成度を感じさせます。
私が感想を書く際、不足分を指摘するか構造上の問題点を指摘することが多いです。ただ、この作品に関しては読了後、これだけはしっかりと指摘しておかなければならないということが、実はありませんでした。
物語として起承転結がとても丁寧に整っているからです。
いい作品でした。
と、ここで終わってしまってもあまり意味がありません。何より、人の弱点を探すことに心血注いできたひねくれ者としては物足りない。
よって、ここでは少し難しい注文をする形になると思います。
この作品はよくできている。それが前提です。ただ、ではすでに手の加えようがないかと言うと、その限りではありません。まだのばせると感じられる面もありました。
作品としてまとまっています。起承転結が整っているからです。となると、何かを付け加えるというより、それぞれのパートのディテールをあげられる可能性があることになります。
説明しにくいのですが、不満はないけど要望はあるという状況です。もっとそれぞれのエピソードを肉付けして、より劇的なお話にできる余地があるように感じたのです。
たとえばこのお話では、妖怪の視点は多く登場しますが人間の視点はあまり登場しません。そのため、歴史に詳しくない私には、この時代の様子があまり浮かびません。明治ではないようですが、ではどんな時代なんだろうかと。
私が妖怪に持つイメージは、どこか牧歌的です。まだ自然豊かで、人が、自分以外の住民がこの世界にはいると信じていた時代の出来事のように感じられるからです。失われていく自然に対する憧憬がそこにはあるのではないでしょうか。
自分たちが失ってしまった何か大切なものを懐かしむように、妖怪を眺めるのではないかと。
そして、これは希望なのですが、転の部分を劇的にすることができれば、より物語がまとまりを持つようにも感じています。
起承転結には二つの性質があります。横と、そして縦です。
横の場合は単純です。起承転結、それぞれに符合する場面を並べておけばまとまってくれるからです。この作品ではこれがよくできていました。
次に、縦の性質です。物語は、起から結に向かって登っていかなければなりません。起はまだ麓。承では入り口。転で必死に坂を登って、結で山頂につくことが理想的です。この作品の場合、これもしっかりできています。
ただし、まだどこかなだらかです。そう、転の部分をより劇的なエピソードに変えることができれば、結は自然とより標高の高い山頂に導くことができるのではないかと考えるのです。
まとめます。
せっかく妖怪を使うなら、妖怪=自然に対する人間側の視点があってもよいように感じたこと。
転をより劇的なものにすれば物語がよりよくなるのではないかということ。
具体例を挙げてみます。
ある田舎の村では開発が進んでいました。自然の川を壊して、護岸を進めることで村を洪水から守り、文明的で快適な生活を手に入れようとしていました。
その過程で、祠も取り壊されることが決まっていました。
そんな祠に、一人の少年が訪れました。少年はかっぱが出るとされる祠を自分の目で見ておきたかったのです。その時、少年は偶然にもかっぱに出会いました。
人間と妖怪。二人の子どもはその後、何度となく顔を合わせ、お互いのことを話します。
妖怪の世界のこと。それは、妖怪という存在が人間から徐々に忘れられ、妖怪の中には人間界との接触を禁止すべきではないかという意見が徐々に強くなっていること。
人間の世界のこと。開発がすすみ、自然が失われ、人は昔は持っていたはずの何かを忘れつつあるということ。
少年の父親は熱心な開発支持者で、妖怪のことを信じている息子をよく思っていないことも明かします。
結びついたように思われた二つの世界は、すでに少しずつ離れだしていたのです。
そんなある日、少年はかっぱを家に招きます。そこで話したのは亡くなった母親のこと。母はよく、昔会った妖怪のことを話してくれた。少年が妖怪に興味を持っているのもそのためだと。
それでも、父親は妖怪という存在をまやかしだと考え、その存在を信じることも嫌がっている。それはたぶん、亡くした妻のことを思い出してしまうからだろう。
ふと現れた父親は、息子が妖怪のことに夢中であることに不快感を隠しません。かっぱの子どもは姿を隠してその様子を悲しげに見守っていました。
それから、二人の子どもは会えない日が続きました。
妖怪の世界では、かっぱの子どもが人間と会っていることが問題になっていました。人間の方が我々との接触を、まるで汚いものを封じ込めるように絶とうとしている。そんな中、なぜ人との接触を許すのか。そんな強硬的な意見が勢いを増し、比較的理解のあった妖怪の長も無視できないほどになっていたのです。
また、境界のある祠の周囲にも工事関係者が頻繁に出入りするようになっており、隠れて抜け出すにも難しい状況でした。
人間の子どもも、親からあまり外に出歩いてはいけないと言い含められていました。
子どもは親に、妖怪について理解を求めようとします。
それでも、父親はかたくなでした。妖怪なんてものは迷信にすぎない。自然の恐ろしさを擬人化したものでしかない。しかし、それももう過去の話だ。開発が進めば人は自然を征服できる。昔は洪水や日照りで多くの人がなくなった。それでも護岸工事さえしてしまえば洪水なんてもう起こらない。水を操ることができる。そうして、人間が自然を征服し続けてきた以上、妖怪なんてものは過去の遺物にすぎない。
そう、父親は持論を展開します。
子どもは父に従うしかありませんでした。
工事は進められ、護岸工事はほとんど終わりました。残すは祠の周辺の沼を埋め立てるだけです。
そんな時、大雨が降り続いていました。連日に続く雨に、工事は中断。子どもも家を出ることが許されませんでした。
工事は成功していました。岸辺は守られ、洪水の兆しはありません。
それでも危険とされている地帯があると、子どもは父親から告げられます。それは、工事がまだ終わっていない祠の周辺でした。後あたりは地滑りの危険性さえあると告げました。だから雨がやみ次第工事を進めなければならない。そう言う父親の前で、息子はいてもたってもいられず家を呼び出しました。
あの場所がなくなってしまう。雨の中を走る子ども。父親は工事関係者と一緒になって息子をとめようと走ります。
その時、人は大きな思い違いをしていたのです。コンクリートに覆われた岸は、確かに洪水は起こしません。しかし水がしみこむべき土が失われ、すべての川の流れが筒の中を通るように川の中に封じ込められ巨大な勢いとなって流出したのです。
これまでに見られなかったほどの激流でした。そして、この流れは少年の小さな体をたやすく飲み込んでしまいました。
その頃、かっぱの子どもは祠の前に来ていました。雨で工事が中断したことで、人の姿がそこにはなかったからです。もしかしたら少年に会えるかもしれない。しかし、そんな期待はすぐに裏切られてしまいました。
降りしきる雨の音しかありません。かっぱの子どもの隣に母親が座りました。もう、人は妖怪のことを見ないことを選んだ。その流れは変えられない。人間の子どももすぐに大人になって、自然に対して抱いていた憧憬もすぐに忘れてしまう。それが世の流れなら、それに身をゆだねるしかない。
そう、語り聞かせます。
妖怪の世界では人間界との接触を取りやめる方向に、すでに決定がなされていました。こうして人の世界に足を踏み入れることさえ、問題にされかねない危険な行為でした。
かっぱの少年は、妖怪の世界に戻ろうとします。
そんな時のことでした。人々の悲鳴が聞こえてきたのは。
綺麗にコンクリートで固められた川辺に人々の姿がありました。その視線の先には茶色い濁流。奔流に巻き込まれる子どもは、今にもおぼれそうに流されていました。誰も、どうすることもできません。飛び込もうにも、川の流れが速すぎました。
そんな声が、かっぱの子どもの耳にも届いたのです。
思わず走り出そうとするかっぱの子ども。母親は引き留めます。今はまだ長が抑えてくれている。それでも、人間に姿を見られてしまうようなことがあっては、もう人間界に来ることさえ許されなくなってしまう。
かっぱの子どもは、迷いを振り切るように走り出しました。
川の周りでは大勢の大人たちが今にも沈みそうな少年を見守っていました。そんな時、彼らは思いもかけないものを目にしました。
人が泳いでいる。そんなはずはありません。水泳の選手でさえ泳げない激流なのです。しかしそれは少年目指して一直線に泳いでいきます。まるで、泳ぎの名手として知られる河童のように。
少年はその何かに助けられました。
大人たちはこの光景をどうしてよいものか判断できません。河童なんて実在しません。ではあれは何か。流木だ。波に揺れる流木が、人にたまたま見えただけだ。妖怪なんて存在しない。そう、結論づけたのでした。
その後、改良工事が進められ、開発はどんどん加速していきます。
それでもなぜか、河童が出るとされる祠の周りだけは、工事が進むことがありませんでした。
ああしろ、こうしろと指図の多い不躾な感想になってしまいました。おまけに具体例がやたらと長い。ただ、この作品は形がうまくまとまっているため、もしも改善点を見つけるとすれば、それは一度殻を壊すくらいの大工事が必要だとも感じました。
脱皮のイメージです。
一度しっかりとした殻を作り上げてしまうと、それをさらに大きくするには殻を脱ぎ捨てる覚悟と労力が必要になります。もしも私がこの作品に手を加えることが許されるなら、おそらくいかに殻を壊して行くかを考えると思います。
完成度が高い分、ちょっとエピソードをつけたり外したりする余地がない。それなら大筋は残しての大工事の必要があるのではないか。そう考えるからです。
ここに挙げた具体例は、あくまでも例です。私が伝えたいことをプロットにするならどんなことになるか、その方向性を示したにすぎません。正直なところ、本当にこのままにしてよくなるかわかりません。しかも細かい点は省いているだめ、プロットなんて小説を書くよりはるかに楽です。
その点、この少年の母親のエピソードなど、細かい点がしっかりと作られていたのは好印象でした。
また、敢えて具体例を中途半端な形にしたのも、この作品の終わり方と基本的にかぶるからです。要するに、殻の形は同じでも大きさを増してみたというところなのです。
作品に不満はないけど期待がある、ということですね。
ようは、作品としてうまくまとまっていて完成している。だからもしも改稿をしたいのであれば、それは構成そのものを見直して全体のディテールをどこまで高められるかが鍵になるのではないか、そんなことです。
人間の視点を加えること。妖怪を通して自然への憧憬を描くこと。
私は民話に詳しいことはありませんが、河童のすむところがあるそうです。そこは流れが底で渦巻くところで、そこで泳ぐと足が流れに引き込まれおぼれてしまう危険性があります。そんなところを、人は河童に足を引っ張られたと表現し、そんな流れが起きやすいところには河童がすんでいるとして近づくことを戒めたそうです。
妖怪とは、そんな人と自然のつきあい方の一面ではないか。そんな私なりの視点を交えてみました。
まあ、結局のところ、私の長ったらしい具体例は、そんな方向性を示したものにすぎません。
細かい点を修正するよりは全体の強化を。私のは、私なりに考えたこの作品に対する物足りなさ、あるいは期待をできるだけ具体的な形にしてみただけです。
非常に難しい作業になるとは思いますが、この作品の進むべき方向性は脱皮だと、少なくとも私は考えました。
まあ、そんな作業をしてしまうと、文字数がたぶん、現在の倍近くになってしまう危険性があるのですが。
とりあえず、私の考えた改善の方向性、そしてその具体的な内容が、何かのヒントになれば幸いです。
では、ご要望に応えられたことを期待しつつ、感想を終えたいと思います。
- 投稿者: 退会済み
- 2013年 12月24日 00時31分
管理
大変丁寧なコメントありがとうございます。
具体例まで出していただき、丁寧さに脱帽です。
また細かいところというよりは全体の強化とのコメントをいただきなるほどとおもいました。
作品を評価していただいたうえで、ここまで深く考えていただけると嬉しいです。
ここまで大幅な改稿になるとやはり言われたとおり脱皮になるので、長い目で見て直していきたいと思います。
長い評価感想に対しこのようなお礼を申し上げるだけの短い返事で大変申し訳ありません。
とても参考になりましたので、何度も読み直させていただきます。ありがとうございました!!
具体例まで出していただき、丁寧さに脱帽です。
また細かいところというよりは全体の強化とのコメントをいただきなるほどとおもいました。
作品を評価していただいたうえで、ここまで深く考えていただけると嬉しいです。
ここまで大幅な改稿になるとやはり言われたとおり脱皮になるので、長い目で見て直していきたいと思います。
長い評価感想に対しこのようなお礼を申し上げるだけの短い返事で大変申し訳ありません。
とても参考になりましたので、何度も読み直させていただきます。ありがとうございました!!
- 荒川 晶
- 2013年 12月27日 20時37分
[一言]
なかなか面白かったですよ。
これは児童文学なのでしょうか。
私としては、主人公の優と河童のペイとのエピソードが、後ひとつかふたつは欲しかったですね。
そうすれば、二人が引き離される時に、もう少し感情移入ができたのですが。
後は、この話にしては少々、固い文章の印象を受けました。
作者様は、しっかりした文章を書けていますので、どちらかといえば、純文学の恋愛とか、大人のファンタジーを書いた方が良いと思いますね。
この作品も、ほどよく纏まっていて良作だとは思いましたが、作者様の力量を考えて、敢えて少し苦言を呈しました。
これからも期待していますので、いつもは甘口の私ですが、今回は真摯に評価をさせていただきました。
これからも、頑張ってください。
なかなか面白かったですよ。
これは児童文学なのでしょうか。
私としては、主人公の優と河童のペイとのエピソードが、後ひとつかふたつは欲しかったですね。
そうすれば、二人が引き離される時に、もう少し感情移入ができたのですが。
後は、この話にしては少々、固い文章の印象を受けました。
作者様は、しっかりした文章を書けていますので、どちらかといえば、純文学の恋愛とか、大人のファンタジーを書いた方が良いと思いますね。
この作品も、ほどよく纏まっていて良作だとは思いましたが、作者様の力量を考えて、敢えて少し苦言を呈しました。
これからも期待していますので、いつもは甘口の私ですが、今回は真摯に評価をさせていただきました。
これからも、頑張ってください。
飛狼様>
感想ありがとうございます!
ジャンルは正直未だにわからずと言った感じです……児童文学にあたるのでしょうか?
読み直してみると確かにもう少し感情移入できるようなエピソードがあっても良かったかなとは思いました。30ページ以内に収めるというページ数の都合上、かなり無理した感はあります。
固い文章についてはやはり書いて直していくしかありませんよね。実は前作『拝啓自分様』でも固いと指摘されていまして、どうにも悩んでいる次第です。たくさん書いてもう少し全体的に柔らかい文章が書けるようになれたらと思っております。指摘していただきありがとうございます。
純文学の恋愛や大人のファンタジーは初めて言われましたが、なるほど…自分がどの立ち位置にいるかわかりかねていたので、参考にさせていただきます!
苦言なんてとんでもありません。ありのままの感想ありがとうございます。今後も頑張っていきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。
感想ありがとうございます!
ジャンルは正直未だにわからずと言った感じです……児童文学にあたるのでしょうか?
読み直してみると確かにもう少し感情移入できるようなエピソードがあっても良かったかなとは思いました。30ページ以内に収めるというページ数の都合上、かなり無理した感はあります。
固い文章についてはやはり書いて直していくしかありませんよね。実は前作『拝啓自分様』でも固いと指摘されていまして、どうにも悩んでいる次第です。たくさん書いてもう少し全体的に柔らかい文章が書けるようになれたらと思っております。指摘していただきありがとうございます。
純文学の恋愛や大人のファンタジーは初めて言われましたが、なるほど…自分がどの立ち位置にいるかわかりかねていたので、参考にさせていただきます!
苦言なんてとんでもありません。ありのままの感想ありがとうございます。今後も頑張っていきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。
- 荒川 晶
- 2013年 12月11日 23時06分
[一言]
お母さん優しいですね。
ところで作中の河童の成長と消える術の関係ですが、こうした設定は遠野物語にもあるのですか?
妖怪の学校というものが出てきたので、河童以外の仲間もこの先出てくるのでしょうか?
突っ込み過ぎて、すいません。
また続きを楽しみにしております。
お母さん優しいですね。
ところで作中の河童の成長と消える術の関係ですが、こうした設定は遠野物語にもあるのですか?
妖怪の学校というものが出てきたので、河童以外の仲間もこの先出てくるのでしょうか?
突っ込み過ぎて、すいません。
また続きを楽しみにしております。
お母さんは昔の感じをイメージしてます。
遠野は実際に言って語り部など聞いてきましたが、恐らく遠野物語の中では出てこないと思いますね。オリジナルです。フィクション部分は多いので、そこは目をつぶってもらえると助かります。
河童以外の妖怪はちらほら出そうかなとは思いますが、基本は河童でいきたいと思っています。
あんまり他の妖怪がでしゃばるとわけわからなくなってしまうので…orz
いえいえ、的確なつっこみありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
遠野は実際に言って語り部など聞いてきましたが、恐らく遠野物語の中では出てこないと思いますね。オリジナルです。フィクション部分は多いので、そこは目をつぶってもらえると助かります。
河童以外の妖怪はちらほら出そうかなとは思いますが、基本は河童でいきたいと思っています。
あんまり他の妖怪がでしゃばるとわけわからなくなってしまうので…orz
いえいえ、的確なつっこみありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
- 荒川 晶
- 2013年 10月16日 01時27分
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