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[良い点]
BEATLESSいいですよね、アニメ化するみたいで、私はまだ未読なのでそれまでに読まなくてはと、
彼の作品はあなたのための物語で知りました、前半の強烈な描写と気難しい人間関係が好きでしたね。SFという観点から見れば伊藤計劃さんの作品と通ずるところがありましたね。

[一言]

ちなみに伊藤計劃さんの旧サイト
https://web.archive.org/web/20061216165805/http://www33.ocn.ne.jp/~projectitoh/index2.html
はご存知でしょうか、虐殺器官の書き直し前の文章が「小説、を書いてみる。小島ゲームのファン小説。」の欄にありますので未読であればぜひ読んでほしいです。
始めに書こうとしていたものと完成した虐殺器官はけっこう異なっているので、個人的に彼自身が死の淵に立たされてどのように作品に影響を与えたのか知ることが出来るのではと思っています、私は分析や感想を書くのが苦手なので彼がスナッチャーから虐殺の文法という発想に切り替えた心境など分析できませんが、思ったことがあればぜひ教えて欲しいと思います。
  • 投稿者: 退会済み
  • 2018年 01月06日 01時44分
管理
返信が遅くなりすみません。
虐殺器官を読んだ当時に読んだことを覚えています。当時はよくわかっていなかったのですが、思い出してみると、サイバーパンク的世界が中心にあったなあ、と感じます。
これは個人的な意見ですが、一次創作を始めたばかりだったり、描こうとする対象が定まっていなかったりしたかた、まず己が幻視した世界を描くことを重視したのかな、と感じます。
しかしそこに物語は薄い。どこで伊藤計劃さんがストーリーを発想したかはわかりませんが、今の形になる間にパラダイムシフトがあったのだろうと思います。
時系列順にブログを追って行けば見えてくるものもあるかとは思いますが、自分ではそこまでする意義を見出せず、宙ぶらりんのままです
購入した書籍版第弐位相も読めていないので、諸事を片付けて、もう一度しっかり向き合いたいなと考えています
[良い点]
とても面白い文章を見つけてしまったのでついお気に入りに入れてしまいました、
文頭を読んでいてまるで自分と同じようなはまり方をしていたので、彼の文章を読んで小説を書き始めた人は結構沢山いそうですね。
あんなわくわくする話を書いてくれる人が増えてくれるとうれしいです。
  • 投稿者: 退会済み
  • 2017年 12月30日 01時57分
管理
感想ありがとうございます! ブクマもありがとうございます。不定期更新ですがお楽しみいただければ幸いです。

虐殺器官は近代文学の世界に耽溺していた自分を現実に引きずり込んでくれた一冊です。接点として伊藤計劃は非常に大きかったです。いずれ読んでいたであろう諸作の読み方を根底から変えてきました。表現者を自負していたいものとしては、伊藤計劃氏のように相手の世界観を揺るがすだけの質量を込めたものを完成させないとな、と感じます。
最近はまた読書から離れていますが藤井太洋氏の小説は世界観をぶつけてくる佳作揃いです。メメントさんの文章をいくつか読ませていただきましたが、気に入られるのではないかと思います。よかったら読んでみてください

初めてなのに厚かましくおすすめまでしてしまいました。不愉快に思われたらすみません。
改めて、感想ありがとうございました
[一言]
犬井作様の伊藤計劃氏への愛がよく伝わってきました。
私も『虐殺器官』にズカンとやられた人間ですので、よくわかります。

あの作品の凄いところは――円城氏もインタビューで仰られていましたが――やはり、重苦しい話が主体なのにそれをあまり感じさせない独自の文体にあると思うのです。

爽快感、疾走感を存分に纏ったあの文体が、読者を惹き付けて放さない。
あれよ、あれよ、という間に物語の終局まで連れて行ってくれる。
あれは、今までの読書経験でも唯一無二だったように思います。

とにかく、素晴らしい、の一言しか出てこないのが実際のところですね。
駄文、失礼しました。
感想ありがとうございます。とても嬉しいです。

伊藤計劃に触れてからもう四年か五年が経過したことが信じられない思いです。
三年前に書いた文章にこうして感想がついたことに伊藤計劃の影響力を感じます。

この四年の間、結局この雑感に書きつけたように、僕は結局伊藤計劃の背中を追いかけてきました。
けど結局劇場版イトプロは見てません。
彼が触れてきた作品にひたすらに触れてきました。その過程で映画ヲタになりました。でもSF本、積んでます。

伊藤計劃との出会いが僕にもたらしたものを総括すると結局、人との出会いでした。彼の作品が現在進行系のコンテンツとして生きつづけ消費され続けることで様々な出会いがありましたし、新しい才能に触れることもできませんでした。それはハヤカワの広告の力かもしれませんが、けれども、そのすべての源は彼のことばにあると信じています。
一つの世界の崩壊を執拗に描き続けた伊藤計劃は、いつも、繊細な手つきで人の心を描き続けました。
その手つき――則ち文体こそが伊藤計劃の本質であるというのは、まったく正しい感覚でしょう。

どのような物語でも、すべては人の物語。

彼が描き出した物語はどれもほの暗い希望に満ちた終末を迎えますが、そこに悲観することはなく、私たちはただ粛々と彼の遺した言葉を受け止めて、伊藤計劃の、というよりも、"伊藤聡"という一人の、短い生涯を終えた男性が過去いた世界を生きていけばよいのだと、今はそう思います。

長くなりましたが、感想、ありがとうございました。
[一言]
>一号機は完成させ、現代のコンピュータの先駆パイオニアとも呼ばれる二号機

史実の面から補足をと思います。

紹介されている「一号機」は階差機関、つまりディファレンス・エンジン、あるいはディファレンシャル・エンジンです。こちらについては、私の「時を彷徨い」の「200年まえ」(http://ncode.syosetu.com/n3275cp/6/)を参照していただければと思います。対して「二号機」は解析機関、つまりアナリティカル・エンジンと呼ばれます。両者は、質的に全く異なるものです。階差機関は決められた計算を行なうだけのものです。つまりパンチ・カードを必要としません。それに対し、解析機関はプログラミング可能でした。エイダ女史が書いたアセンブリ言語あるいは機械語に対応するプログラムが、実行こそできませんでしたが史上初のプログラムとなります。英国の数学系の論文誌に掲載されました。また、そのためにエイダ女史が史上初のプログラマとも呼ばれています。Adaというプログラミング言語はエイダ女史の名前に由来するものです。名前だけですが。

史実としては解析機関の開発は失敗しました。原理上は可能だったのですが、バベッジの性格の問題とも、職人の技術の問題とも、歯車などの強度の問題とも言われています。

作品のタイトルは「ディアfレンス・エンジン」となっており、また章も「第Xイテレーション」となっていますが、実際にはアナリティカル・エンジンの周囲の話となっています。名前についてギブスンとスターリングがなぜそちらを採用したのかはわかりません。そして、「ディファレンス・エンジン」という作そのものがディファレンス・エンジンによって書かれているという設定であるという解説もあります。
  • 投稿者: 宮沢弘
  • 2015年 05月04日 21時13分
返信遅くなりました。補足、ありがとうございます!

その辺りを描きたかったのですが、違いを書くと文章がダレてしまい、断念してしまったので、

>タイトルにもなったディファレンス・エンジンは――とはいえ本文中の差異機関と「二号機=解析機関」は全くの別物であるのだが――現代に再現された。1991年、ロンドンのサイエンス・ミュージアムがバベッジの「二号機」を完成させたのである。

という程度になっていたこと、自分で結構悩んでいたので、非常に助かります。
多分、ディファレンス・エンジンという名前は語感の良さから使われたのではないかと思っているのですが、真相は闇の中ですね。


>そして、「ディファレンス・エンジン」という作そのものがディファレンス・エンジンによって書かれているという設定であるという解説もあります

宮沢様がおっしゃっているのは、伊藤計劃・円城塔両氏の共作解説のことでしょうか? あれも何度も読み返して、ワクワクした覚えがあります。

ギブスン・スターリング共作といえば「クローム襲撃」にも収録されている短編がありますが、あれも面白かったですよね……

一方的にべらべら喋ってしまい失礼しました。
改めて、補足、本当にありがとうございました。
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