感想一覧
▽感想を書く[良い点]
秀忠の名前になぜというところあり、という視点、非常に興味深く読ませていただきました。
[一言]
私はつねづね芹澤鴨の名前に、なぜという奇妙な感じを抱いています。
秀忠の名前になぜというところあり、という視点、非常に興味深く読ませていただきました。
[一言]
私はつねづね芹澤鴨の名前に、なぜという奇妙な感じを抱いています。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
興味深く読んでいただけたようで、大変嬉しく思います。
言われてみれば、「鴨」一字というのは、確かに奇妙ですね。
それも、彼の場合は自分で付けた名前っぽいのに。
感想ありがとうございました。
興味深く読んでいただけたようで、大変嬉しく思います。
言われてみれば、「鴨」一字というのは、確かに奇妙ですね。
それも、彼の場合は自分で付けた名前っぽいのに。
感想ありがとうございました。
- 結城藍人
- 2016年 06月21日 06時08分
[一言]
なんというか、ものすごく納得しました。
余談ですが、現在の皇室にも織田家の血は入っているとか。
そういう観点から見ても、面白いですよね。秀忠の名前……なぞに思いませんでしたよ。これも歴史の不思議なところで、おそらくわざと陰に隠したんじゃないかと思われます。二代目って影が薄いとよく言われますが、二代目がしっかりしないと長続きしないんですよね。
秀頼の父親が石田三成説があり、それを用いたのだとよく分かります。
少し角度を変えてみると歴史って面白いですよね。
なんというか、ものすごく納得しました。
余談ですが、現在の皇室にも織田家の血は入っているとか。
そういう観点から見ても、面白いですよね。秀忠の名前……なぞに思いませんでしたよ。これも歴史の不思議なところで、おそらくわざと陰に隠したんじゃないかと思われます。二代目って影が薄いとよく言われますが、二代目がしっかりしないと長続きしないんですよね。
秀頼の父親が石田三成説があり、それを用いたのだとよく分かります。
少し角度を変えてみると歴史って面白いですよね。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
二代目がしっかりしないと長続きしないというのは、確かにそうですよね。
秀頼の父親については、三成説のほかに大野治長説などもありますので、ここでは誰かは特定せずに使っております。
いろいろ視点をかえて考えてみると、歴史はとても面白くなるのは確かですよね。
感想ありがとうございました。
二代目がしっかりしないと長続きしないというのは、確かにそうですよね。
秀頼の父親については、三成説のほかに大野治長説などもありますので、ここでは誰かは特定せずに使っております。
いろいろ視点をかえて考えてみると、歴史はとても面白くなるのは確かですよね。
感想ありがとうございました。
- 結城藍人
- 2016年 06月10日 02時25分
[一言]
秀忠はとかく愚物あつかいされてますけど、パックス・トクガワーナの礎を築いた傑物なんですよね。
一方の秀吉は、戦争のやりかたを一変させた戦争の天才なんですよね。戦争の天才と政治の天才が、諱ひとつで結びつく。歴史はおもしろいですね。
秀忠はとかく愚物あつかいされてますけど、パックス・トクガワーナの礎を築いた傑物なんですよね。
一方の秀吉は、戦争のやりかたを一変させた戦争の天才なんですよね。戦争の天才と政治の天才が、諱ひとつで結びつく。歴史はおもしろいですね。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
秀忠は確かに妙に評価が低い気はします。まあ、実際に戦に関しては戦略も戦術もも見るべきものがない…というか、不運もあるものの、やはり戦下手なんでしょうけど、政治面での実績は、実は飾られてるのでイメージがよい家光よりよほど上だと思うんですよね。
秀吉は、確かに戦略機動と大規模包囲戦の名手ですよね。内線作戦自体は信長も使ってますが、秀吉は機動力が尋常じゃないですから。
感想ありがとうございました。
秀忠は確かに妙に評価が低い気はします。まあ、実際に戦に関しては戦略も戦術もも見るべきものがない…というか、不運もあるものの、やはり戦下手なんでしょうけど、政治面での実績は、実は飾られてるのでイメージがよい家光よりよほど上だと思うんですよね。
秀吉は、確かに戦略機動と大規模包囲戦の名手ですよね。内線作戦自体は信長も使ってますが、秀吉は機動力が尋常じゃないですから。
感想ありがとうございました。
- 結城藍人
- 2016年 05月29日 00時50分
[良い点]
読んでみると、本当の話のように感じました。というか、実話だとおもいます。
[気になる点]
無いです!
[一言]
内容がしっかりしていて、最後まであきなかったです。
僕も徳川15代のなかで、秀忠だけ、名前が規則性からそれているので気になっていました。ですので、今回の話は実に興味深かったです!
読んでみると、本当の話のように感じました。というか、実話だとおもいます。
[気になる点]
無いです!
[一言]
内容がしっかりしていて、最後まであきなかったです。
僕も徳川15代のなかで、秀忠だけ、名前が規則性からそれているので気になっていました。ですので、今回の話は実に興味深かったです!
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
本当の話のようだと思っていただけて、とても嬉しいです。
秀忠の名前って、本当に浮いてるんですよね。
それで、実は秀吉の事好きだったんじゃないかな、などと思ったのが、この話を思いつくきっかけでした。
楽しんでいただけたのでしたら幸いです。
本当の話のようだと思っていただけて、とても嬉しいです。
秀忠の名前って、本当に浮いてるんですよね。
それで、実は秀吉の事好きだったんじゃないかな、などと思ったのが、この話を思いつくきっかけでした。
楽しんでいただけたのでしたら幸いです。
- 結城藍人
- 2015年 11月21日 06時01分
[一言]
着眼点がすばらしい。
着眼点がすばらしい。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
着眼点をお褒めいただきまして本当に嬉しいです。
少しでも楽しんでいただけましたなら幸いです。
着眼点をお褒めいただきまして本当に嬉しいです。
少しでも楽しんでいただけましたなら幸いです。
- 結城藍人
- 2015年 10月28日 21時16分
[一言]
目の付け所は非常に面白く、そしてそれを上手く歴史小説に落とし込んでいるところも面白かったです。
ただ、「旧主家を見限った場合は、旧主から貰った偏諱は捨てるのが常識」というのはどうなのかな、と思うところでもあります。
例えば足利義輝を討った三好義継は義重→義継と改名しつつも偏諱を受けていた義の字を捨てていません。他にも足利義教を暗殺し嘉吉の乱を起こした赤松満祐も義教の父義満から受けた満の字を捨てていません。天下に関係の無い例ならば京極政経と尼子経久・政久父子などもそうですし、必ずしも決別=偏諱を捨てる、ではないのではないかと思うところです。
こういう事例、或いは逆に偏諱を捨てた事例を見ると、大きく家の外交方針を変えるような時に、家臣団に対してその方針転換をアピールするために偏諱を捨てているのではないかと思うところです。そして、秀忠は豊臣家を滅ぼすまでならばともかく、滅ぼしてからは敢えてアピールする必要性が薄かったし、滅ぼす前はまだ天樹院が城内にいる状態だから彼女の身を危険にさらすので、偏諱を捨てなかったのではないでしょうか。
すいません、身も蓋もないことを言ってしまって。ただ、秀吉が淀殿の子は自分の子ではないことを知りながら市姫の孫だから天下人にしたかった、という発想はいかにも秀吉らしい発想であり、今回の諱の部分を抜きにして面白かったです。
目の付け所は非常に面白く、そしてそれを上手く歴史小説に落とし込んでいるところも面白かったです。
ただ、「旧主家を見限った場合は、旧主から貰った偏諱は捨てるのが常識」というのはどうなのかな、と思うところでもあります。
例えば足利義輝を討った三好義継は義重→義継と改名しつつも偏諱を受けていた義の字を捨てていません。他にも足利義教を暗殺し嘉吉の乱を起こした赤松満祐も義教の父義満から受けた満の字を捨てていません。天下に関係の無い例ならば京極政経と尼子経久・政久父子などもそうですし、必ずしも決別=偏諱を捨てる、ではないのではないかと思うところです。
こういう事例、或いは逆に偏諱を捨てた事例を見ると、大きく家の外交方針を変えるような時に、家臣団に対してその方針転換をアピールするために偏諱を捨てているのではないかと思うところです。そして、秀忠は豊臣家を滅ぼすまでならばともかく、滅ぼしてからは敢えてアピールする必要性が薄かったし、滅ぼす前はまだ天樹院が城内にいる状態だから彼女の身を危険にさらすので、偏諱を捨てなかったのではないでしょうか。
すいません、身も蓋もないことを言ってしまって。ただ、秀吉が淀殿の子は自分の子ではないことを知りながら市姫の孫だから天下人にしたかった、という発想はいかにも秀吉らしい発想であり、今回の諱の部分を抜きにして面白かったです。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
実は、書いたあとで、超メジャーな例外例を思い出してしまったんですよ。
浅井長政。これ、六角義賢から貰った賢は独立時に捨ててるくせに、信長から貰った長を裏切ったのに捨ててないという。どっちも大きな外交方針の転換なのに。
義の字は、足利将軍家(というか源氏)の通字で、義輝の後に擁立した義栄にもあるので変えなかった可能性もあるかなと思うのと、赤松満祐は将軍家ではなく義教個人への反逆ととらえることも可能なのですが、尼子経久、政久の場合はそうですよね。
滅ぼす前は、無用の挑発になるので変えなかったというのは分かりますが、滅ぼした後はむしろアピールが必要なんじゃないか、とも思うのですが、実はそこでアピールをしないのが「秀忠」らしい所なのかもしれない、とも思ったりしています。
諱の部分を抜きにしても面白いと思っていただけて嬉しいです。楽しんでいただけたなら何よりです。
実は、書いたあとで、超メジャーな例外例を思い出してしまったんですよ。
浅井長政。これ、六角義賢から貰った賢は独立時に捨ててるくせに、信長から貰った長を裏切ったのに捨ててないという。どっちも大きな外交方針の転換なのに。
義の字は、足利将軍家(というか源氏)の通字で、義輝の後に擁立した義栄にもあるので変えなかった可能性もあるかなと思うのと、赤松満祐は将軍家ではなく義教個人への反逆ととらえることも可能なのですが、尼子経久、政久の場合はそうですよね。
滅ぼす前は、無用の挑発になるので変えなかったというのは分かりますが、滅ぼした後はむしろアピールが必要なんじゃないか、とも思うのですが、実はそこでアピールをしないのが「秀忠」らしい所なのかもしれない、とも思ったりしています。
諱の部分を抜きにしても面白いと思っていただけて嬉しいです。楽しんでいただけたなら何よりです。
- 結城藍人
- 2015年 07月24日 12時33分
[一言]
言われてはじめて気づきました、、無くはないと思いました。お市さまのところも秀吉ならあるとおもいました
言われてはじめて気づきました、、無くはないと思いました。お市さまのところも秀吉ならあるとおもいました
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
無くはない、あるかもと思っていただけたのなら嬉しいです。
楽しんでいただけたなら幸いです。
無くはない、あるかもと思っていただけたのなら嬉しいです。
楽しんでいただけたなら幸いです。
- 結城藍人
- 2015年 03月12日 06時06分
[良い点]
歴史知識が凄いと素直に感心いたしました。
書かれて居る内容も結城様の知識の一端であると容易に推測できます。
それに考察も面白いです。
結城様の考えを物語調で表現されていて、斬新な見せ方で凄いと思います。
内容も短編にまとめられていて、読みやすく楽しかったです。
次作が有るのであれば、楽しみです。
歴史知識が凄いと素直に感心いたしました。
書かれて居る内容も結城様の知識の一端であると容易に推測できます。
それに考察も面白いです。
結城様の考えを物語調で表現されていて、斬新な見せ方で凄いと思います。
内容も短編にまとめられていて、読みやすく楽しかったです。
次作が有るのであれば、楽しみです。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
過分なお褒めにあずかって恐縮です。
考察の面白さを評価していただけて大変嬉しいです。
楽しんでいただけたなら何よりです。
歴史物は、また何か面白いモチーフが見つかったら書いてみたいですね。
過分なお褒めにあずかって恐縮です。
考察の面白さを評価していただけて大変嬉しいです。
楽しんでいただけたなら何よりです。
歴史物は、また何か面白いモチーフが見つかったら書いてみたいですね。
- 結城藍人
- 2015年 01月20日 05時58分
[一言]
天下を取れば余剰戦力を国外に向けるのは洋の東西を問わず共通事項。朝鮮の役では加藤が豆満江を越えましたが荒地ばかりでこれ以上の進軍は不可能と報告を上げています。朝鮮も日本と比べて生産力、技術力ともに低く、王朝の腐敗による民衆の疲弊と秀吉が早まったと思う要素が山盛りの状態です。
朝鮮の役の失敗を語る姿に秀忠に統治者として成功して欲しい秀吉の親心、気遣いが感じられました。
天下を取れば余剰戦力を国外に向けるのは洋の東西を問わず共通事項。朝鮮の役では加藤が豆満江を越えましたが荒地ばかりでこれ以上の進軍は不可能と報告を上げています。朝鮮も日本と比べて生産力、技術力ともに低く、王朝の腐敗による民衆の疲弊と秀吉が早まったと思う要素が山盛りの状態です。
朝鮮の役の失敗を語る姿に秀忠に統治者として成功して欲しい秀吉の親心、気遣いが感じられました。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
現在の倫理観を基準にして対外的な軍事進出の理非を問う事を考えなければ、余剰戦力による対外侵略はある意味必然ではあるのですよね。特に豊臣家のように譜代が少なく、ある意味「欲による統制」を行っている場合は特に。
事前の情報収集がずさんだった事が一番の問題なんでしょうが、本当の目的地まで行く道筋でしかなかったんですよね、あそこは。
少しでも楽しんでいただけたなら、嬉しく思います。
現在の倫理観を基準にして対外的な軍事進出の理非を問う事を考えなければ、余剰戦力による対外侵略はある意味必然ではあるのですよね。特に豊臣家のように譜代が少なく、ある意味「欲による統制」を行っている場合は特に。
事前の情報収集がずさんだった事が一番の問題なんでしょうが、本当の目的地まで行く道筋でしかなかったんですよね、あそこは。
少しでも楽しんでいただけたなら、嬉しく思います。
- 結城藍人
- 2015年 01月04日 18時26分
[良い点]
説としても面白いですし、物語としても面白い、一粒で二度おいしい作品でした。
[一言]
この武士にとっての名前というものの捉え方が、本当に不思議です。
偉い人の名前にあやかって、名前を変える。
そこに色んな作法があるように思えて、なんだか手を出しにくい分野ですが、これに解説をしてくれる作品があって、嬉しいです。
なぜ秀忠……。
これは歴史を知らぬ現代人の僕の感性ですが。
徳川が主家の豊臣を滅ぼした時、その名前を変えるチャンスがあった時って、すでに秀忠が将軍様になってるんですよね。
武家の棟梁が、秀忠。その秀忠より偉い人はいない。
秀忠より偉い名前がなくなってる状態。
組織的には秀忠>家康ってことではないんでしょうか?
名前変えるタイミング逸したとか?
もしくは単純に親子関係はあんまりよくなかったとか(影武者徳川家康からの知識)
説としても面白いですし、物語としても面白い、一粒で二度おいしい作品でした。
[一言]
この武士にとっての名前というものの捉え方が、本当に不思議です。
偉い人の名前にあやかって、名前を変える。
そこに色んな作法があるように思えて、なんだか手を出しにくい分野ですが、これに解説をしてくれる作品があって、嬉しいです。
なぜ秀忠……。
これは歴史を知らぬ現代人の僕の感性ですが。
徳川が主家の豊臣を滅ぼした時、その名前を変えるチャンスがあった時って、すでに秀忠が将軍様になってるんですよね。
武家の棟梁が、秀忠。その秀忠より偉い人はいない。
秀忠より偉い名前がなくなってる状態。
組織的には秀忠>家康ってことではないんでしょうか?
名前変えるタイミング逸したとか?
もしくは単純に親子関係はあんまりよくなかったとか(影武者徳川家康からの知識)
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
偏諱、つまり偉い人に名前の一部を貰うというのは、非常に名誉なことで恩賞の一種なんですね。普通はその部分は勝手に変えたりできないんです。
とはいえ、名誉なので、くれた相手を「偉い」と思わなくなったら捨てることもあるんです。まして、相手を殺したり、その家を滅ぼしたりするという究極的に相手の偉さを認めない事をしている状況で、その一部を持ち続けることは、普通はしないという疑問が、この作品を書くきっかけです。
秀忠が武家の組織的には一番偉いというのはあるんですが、これは日本伝統のシステムで血統的カリスマによる実効支配制度があるんですよ。
大元は藤原摂関家が、制度上は一番偉い天皇に対して、「天皇のおじいちゃん」という私的な立場での支配を行ったのが始まりです。摂関政治ですね。
これに対抗して「天皇のお父さん」が「父ちゃんの言うことを聞け」と実効支配したのが院政。
で、武家でこれを見習って、制度上は一番偉い将軍よりも、さらに隠居の方が偉いという事をやらかしたのが室町三代将軍の足利義満です。隠居して、息子に4代将軍を継がせたけど、実際の権力は自分が握っていたという。
信長も、織田家の家督を信忠に譲って立場上隠居になってます。
で、秀吉はそれを真似て、やっぱり隠居して「太閤」になって、関白になった秀次に義父として命令してたんですが、そこで秀次が自我を持ってしまって秀吉の言うことを聞かなくなったんで殺したという説があります。
家康も同じことをして、隠居して「大御所」になったんですが、やはり実効支配してたんですよ。そこで忠実に命令を聞く秀忠を後継者にしたんじゃないかと推測されています。
全員、隠居だから制度上の縛りがないんですが、支配権だけは握っているという形ですね。
つまり、制度上はどうであれ、実際に偉かったのは家康だし、みんなそう認識してたと思います。
今で言うと飲食業界の某ブラック企業元会長の議員様みたいな感じでしょうか。もう役職についてないのに、実際は某ブラック企業で一番偉いという(笑)。
ただ、名前を変えるタイミングを逃したのはあるかもしれません。将軍に就任する時点はまだ関ヶ原から5年しかたっておらず、徳川幕府の支配体制も安定していないので、改名するとさすがに豊臣家や豊臣系諸将に対して挑発がすぎるでしょうし。
それこそ、大坂の役の直後が最後のチャンスだと思うんですが、なぜここで改名してないのか、が謎なんですよね。
影武者徳川家康、面白いですよね。私は、実はあの作品はじめ、隆慶一郎先生の描く小悪党過ぎる秀忠が大好きだったりします(笑)。実の親子として描いているのは「捨て童子 松平忠輝」だけなんですけど、あのコンプレックスの塊みたいな「凡人」秀忠には、超人的な主人公達に比べてむしろシンパシーを感じてしまうという(笑)。
物語としても面白いと評価していただけて、大変嬉しく思います。楽しんでいただけたなら幸いです。
偏諱、つまり偉い人に名前の一部を貰うというのは、非常に名誉なことで恩賞の一種なんですね。普通はその部分は勝手に変えたりできないんです。
とはいえ、名誉なので、くれた相手を「偉い」と思わなくなったら捨てることもあるんです。まして、相手を殺したり、その家を滅ぼしたりするという究極的に相手の偉さを認めない事をしている状況で、その一部を持ち続けることは、普通はしないという疑問が、この作品を書くきっかけです。
秀忠が武家の組織的には一番偉いというのはあるんですが、これは日本伝統のシステムで血統的カリスマによる実効支配制度があるんですよ。
大元は藤原摂関家が、制度上は一番偉い天皇に対して、「天皇のおじいちゃん」という私的な立場での支配を行ったのが始まりです。摂関政治ですね。
これに対抗して「天皇のお父さん」が「父ちゃんの言うことを聞け」と実効支配したのが院政。
で、武家でこれを見習って、制度上は一番偉い将軍よりも、さらに隠居の方が偉いという事をやらかしたのが室町三代将軍の足利義満です。隠居して、息子に4代将軍を継がせたけど、実際の権力は自分が握っていたという。
信長も、織田家の家督を信忠に譲って立場上隠居になってます。
で、秀吉はそれを真似て、やっぱり隠居して「太閤」になって、関白になった秀次に義父として命令してたんですが、そこで秀次が自我を持ってしまって秀吉の言うことを聞かなくなったんで殺したという説があります。
家康も同じことをして、隠居して「大御所」になったんですが、やはり実効支配してたんですよ。そこで忠実に命令を聞く秀忠を後継者にしたんじゃないかと推測されています。
全員、隠居だから制度上の縛りがないんですが、支配権だけは握っているという形ですね。
つまり、制度上はどうであれ、実際に偉かったのは家康だし、みんなそう認識してたと思います。
今で言うと飲食業界の某ブラック企業元会長の議員様みたいな感じでしょうか。もう役職についてないのに、実際は某ブラック企業で一番偉いという(笑)。
ただ、名前を変えるタイミングを逃したのはあるかもしれません。将軍に就任する時点はまだ関ヶ原から5年しかたっておらず、徳川幕府の支配体制も安定していないので、改名するとさすがに豊臣家や豊臣系諸将に対して挑発がすぎるでしょうし。
それこそ、大坂の役の直後が最後のチャンスだと思うんですが、なぜここで改名してないのか、が謎なんですよね。
影武者徳川家康、面白いですよね。私は、実はあの作品はじめ、隆慶一郎先生の描く小悪党過ぎる秀忠が大好きだったりします(笑)。実の親子として描いているのは「捨て童子 松平忠輝」だけなんですけど、あのコンプレックスの塊みたいな「凡人」秀忠には、超人的な主人公達に比べてむしろシンパシーを感じてしまうという(笑)。
物語としても面白いと評価していただけて、大変嬉しく思います。楽しんでいただけたなら幸いです。
- 結城藍人
- 2015年 01月02日 05時47分
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