感想一覧
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淡々とした語り手の言葉に、時折にじむユーモアが良かったです。学校の沖縄旅行は、戦争の歴史を学ぶのが主なんですね。私も、一度は行ってみたいです。
淡々とした語り手の言葉に、時折にじむユーモアが良かったです。学校の沖縄旅行は、戦争の歴史を学ぶのが主なんですね。私も、一度は行ってみたいです。
感想ありがとうございます<(_ _*)>
- 鎌田
- 2018年 07月21日 02時37分
[良い点]
はじめまして、ロータスと申します。
沖縄の研修旅行(修学旅行?)の四日を簡潔にまとめてあります。四日もあるけど全体では中頭や国頭に行かない仕様なので、団体行動の煩わしさが良く書けていると思いました(一学年200人と考えると分かりやすいです)。
[気になる点]
遠慮のない意見を述べて行くので、どうかへこまないでください。そして多くなりました。ごめんなさい。
◼️首里城…作品が2015年発表なので、正殿周りの塗りなおし工事が進んでいた頃です。塗り直しが終わっていたら、よかったですね( ´∀`)。天候の悪さとガイドさんの説明がそこそこなので、作者様の興味が向かなかった描写もいい感じです。集合写真は御庭で予定でしたか? かつての士族がもてはやしたチンスコウを城内の奥書院で食べる企画展示については触れてないです(取材時には終了していたのかも?)。
◼️旧海軍司令部壕…黙祷を捧げてから入るのは、より安全な方法かもしれません。海軍司令部壕は保存状態のかなり良い陣地壕で、観光宣伝も積極的です。
首里城の地下に眠っている陸軍第32軍司令部壕との扱いの対比がいい感じ(作者様が興味なさそうです)です。沖縄戦当時は梅雨の時期とも被っているので、戦跡を出ての雨の描写は特に良いと思います( ´∀`)。
食事のシーンが現実へと引き戻してくれます。
一日目、朝食が終わって戦争史跡巡り。
◼️平和祈念公園の平和祈念像は日本で最大の沈金技法を使った像です。公園内では平和祈念資料館と平和の礎の他に、全国戦没者慰霊碑があるはずです(ここでは遺骨の扱いが雑だと聞いた事があります)。平和祈念資料館の千羽鶴献納は一定の基準があるそうで、慰霊塔は二ヶ所あげたので、どっちか気になります。
戦時中の事や戦後、現在にいたるまでの平和講話について、言葉で感想を述べるのは、立場を超えても誰でも難しいです。
お土産を買いに行く描写があって、休憩。
◼️糸数壕(アブチラガマ)にも向かってくれたのは、嬉しいです。現在では自然洞窟の体ですが、戦時は環境の整った壕として沖縄戦をテーマにした著作によく挙がります(二階建ての木造小屋があったらしいです)。
制服で行くには向いてない入り口と、光を通さない洞窟内の対比ができればよかったかもしれません。あと、洞窟入り口付近に取り残された遺物(薬品など)もあるはずです。名前だけなら中頭のヌチシヌジガマ(命を凌いだ洞窟)の方が良かったかもです。島尻からバスだと遠いですが。
◼️ひめゆりの塔とひめゆり資料館…
沖縄戦時の学徒動員は14歳以上からでした。学徒の疎開は男女ともに最前線人員の確保を優先して制限され、文字通り、彼らに逃げる場所はありませんでした(警察署長の許可が必要だったはず?)。多分発表時の作者様よりも幼い彼らの敢闘は、筆舌に尽くしがたいです。
二日目はホテルバイキングの描写で終了。さっくり。
三日目はタクシー研修で、沖縄の自然を満喫していて
明るい日常的な風景が描写されています。
(作者様の興味がどの辺かわかるのが良いと思います)
四日目、旅行最終日。
◼️那覇国際通り…沖縄戦後復興の象徴として、「奇跡の1マイル」という言葉がこの通りへ与えられています。
今は高層ビルが立ち並ぶ通りになっていますが、戦後はアメリカ規格のトゥーバイフォーで建物が立ち並んでいたと聞いた事があります。
[一言]
沖縄の旅行は何を見たいかで印象がガラリと変わります。
私個人の場合なら、今帰仁城跡から出土したトラの下顎を見に行きます。
ご一読ありがとうございました。
はじめまして、ロータスと申します。
沖縄の研修旅行(修学旅行?)の四日を簡潔にまとめてあります。四日もあるけど全体では中頭や国頭に行かない仕様なので、団体行動の煩わしさが良く書けていると思いました(一学年200人と考えると分かりやすいです)。
[気になる点]
遠慮のない意見を述べて行くので、どうかへこまないでください。そして多くなりました。ごめんなさい。
◼️首里城…作品が2015年発表なので、正殿周りの塗りなおし工事が進んでいた頃です。塗り直しが終わっていたら、よかったですね( ´∀`)。天候の悪さとガイドさんの説明がそこそこなので、作者様の興味が向かなかった描写もいい感じです。集合写真は御庭で予定でしたか? かつての士族がもてはやしたチンスコウを城内の奥書院で食べる企画展示については触れてないです(取材時には終了していたのかも?)。
◼️旧海軍司令部壕…黙祷を捧げてから入るのは、より安全な方法かもしれません。海軍司令部壕は保存状態のかなり良い陣地壕で、観光宣伝も積極的です。
首里城の地下に眠っている陸軍第32軍司令部壕との扱いの対比がいい感じ(作者様が興味なさそうです)です。沖縄戦当時は梅雨の時期とも被っているので、戦跡を出ての雨の描写は特に良いと思います( ´∀`)。
食事のシーンが現実へと引き戻してくれます。
一日目、朝食が終わって戦争史跡巡り。
◼️平和祈念公園の平和祈念像は日本で最大の沈金技法を使った像です。公園内では平和祈念資料館と平和の礎の他に、全国戦没者慰霊碑があるはずです(ここでは遺骨の扱いが雑だと聞いた事があります)。平和祈念資料館の千羽鶴献納は一定の基準があるそうで、慰霊塔は二ヶ所あげたので、どっちか気になります。
戦時中の事や戦後、現在にいたるまでの平和講話について、言葉で感想を述べるのは、立場を超えても誰でも難しいです。
お土産を買いに行く描写があって、休憩。
◼️糸数壕(アブチラガマ)にも向かってくれたのは、嬉しいです。現在では自然洞窟の体ですが、戦時は環境の整った壕として沖縄戦をテーマにした著作によく挙がります(二階建ての木造小屋があったらしいです)。
制服で行くには向いてない入り口と、光を通さない洞窟内の対比ができればよかったかもしれません。あと、洞窟入り口付近に取り残された遺物(薬品など)もあるはずです。名前だけなら中頭のヌチシヌジガマ(命を凌いだ洞窟)の方が良かったかもです。島尻からバスだと遠いですが。
◼️ひめゆりの塔とひめゆり資料館…
沖縄戦時の学徒動員は14歳以上からでした。学徒の疎開は男女ともに最前線人員の確保を優先して制限され、文字通り、彼らに逃げる場所はありませんでした(警察署長の許可が必要だったはず?)。多分発表時の作者様よりも幼い彼らの敢闘は、筆舌に尽くしがたいです。
二日目はホテルバイキングの描写で終了。さっくり。
三日目はタクシー研修で、沖縄の自然を満喫していて
明るい日常的な風景が描写されています。
(作者様の興味がどの辺かわかるのが良いと思います)
四日目、旅行最終日。
◼️那覇国際通り…沖縄戦後復興の象徴として、「奇跡の1マイル」という言葉がこの通りへ与えられています。
今は高層ビルが立ち並ぶ通りになっていますが、戦後はアメリカ規格のトゥーバイフォーで建物が立ち並んでいたと聞いた事があります。
[一言]
沖縄の旅行は何を見たいかで印象がガラリと変わります。
私個人の場合なら、今帰仁城跡から出土したトラの下顎を見に行きます。
ご一読ありがとうございました。
- 投稿者: 退会済み
- 2018年 04月26日 11時16分
管理
感想、有り難う御座います。
このような拙作に貴重な御時間を割いて頂き、感無量です。
数年がたった今なら、沖縄は違って見えるのでしょうか。私の知らない情報が沢山有ることが知れましたので、いつか再び訪れたく思います。
このような拙作に貴重な御時間を割いて頂き、感無量です。
数年がたった今なら、沖縄は違って見えるのでしょうか。私の知らない情報が沢山有ることが知れましたので、いつか再び訪れたく思います。
- 鎌田
- 2018年 04月27日 12時55分
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