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[良い点]
作品の終わりが近付くと感じる、ネタ切れではない部分の言い知れぬもやもやへの
ぴたりとくる言語化に思わず膝を打ちました。
そうか、終わらせたくなかったのか。いやネタも切れかけていたけれど……。
作品の終わりが近付くと感じる、ネタ切れではない部分の言い知れぬもやもやへの
ぴたりとくる言語化に思わず膝を打ちました。
そうか、終わらせたくなかったのか。いやネタも切れかけていたけれど……。
ネタを書ききって、尚且つ引き伸ばさず作品をきっちり終わらせることができる人をミツイは尊敬します。
ネタが尽きてしまえば、まさに蛇足。
愛着はあれど、一番良しとする形で作品にしたい。
その葛藤も、創作をする上では大切な部分なのだと思います。
ネタが尽きてしまえば、まさに蛇足。
愛着はあれど、一番良しとする形で作品にしたい。
その葛藤も、創作をする上では大切な部分なのだと思います。
- 三衣 千月
- 2017年 05月30日 15時07分
[一言]
エッセイとは「具体的事実や作者の実体験からの思索や考察を作者自身が述べているもの」です。
簡単に言えば「これこれということがあったけど、私はこう思った」という形が基本です。
そこに創作された「キャラクター」や「ストーリー」が入った段階で、それは「小説」であり、エッセイではありません。
(もちろん、プライバシー保護などのために人名や地名を仮にものに置き換える程度のことは省きます)
個人によって自由とのことですが、何事にも最低限の「定義」というものが存在します。「なんでもあり」は定義とはなり得ませんし、上記が社会通念上の概念であり定義です。
「作品」には多かれ少なかれ作者の考え・思い・意志が反映されます。
言ってみれば、どんな作品でも「作者の考えを自由に述べている」ことになります。
極端なことを言えば、異世界転生チートハーレム作品でも、「俺の考えを自由に述べているんだ」と言えばエッセイジャンルに入れていいことになります。
それでは、エッセイというカテゴリーを区分する方法がなくなってしまうことになります。
ジャンルというものは、その内容で区分するものと、構造で区分するものとがあります。
例えば「恋愛」や「SF」などといったもの。
これは内容で区分するものであり、実際のところ「未来の宇宙で、地球人と異星人との恋愛物語」など複数の要素が同時に存在しうるためにその区分は作者次第であり、この場合はどちらに入れてもそれほど違和感はないでしょう。
しかし、構造で区分するもの。
これは「特定の構造をしていればそのジャンルに入り、逆にその構造をしていないものは入れられないもの」です。
このサイトで言えば「リプレイ」「エッセイ」ですね。
例えばリプレイは、リプレイジャンルに入れるためには「特定のタイトルのTRPGの実際のプレイ状況を文字で記録したもの」という作品である必要があります。
同様に、エッセイは先に述べた通り「具体的事実や作者の実体験からの思索や考察を作者自身が述べているもの」という構造をなしている必要があります。
実際のところ、「小説」をエッセイジャンルにいれたところで、リプレイジャンルのように運営から何か言われることは無いでしょう(リプレイの場合はガイドラインに明記されているためリプレイ以外は禁止です)。
しかし、仮にも(アマチュアであったとしても)「言葉」のエキスパートであるはずの「作家・小説家」たらんとするこの場において、言葉の概念や定義を蔑ろにしていいものでしょうか?
正直私はそういう部分を疎かにする方は、作者として尊敬できません。
また、現実的な問題として、読者としてはエッセイで検索をかける場合は(一般的な)エッセイが読みたくてそうしているのです。作者側がいくらこれはエッセイのつもりで書いたと言おうと、読者にはそんなもの関係ありません。
もちろんその辺を気にしない読者もいるでしょうが、エッセイが読みたい、という読者にとってはそういう「エッセイではない」作品はただの検索のノイズにしかなりません。ぶっちゃけ邪魔で迷惑です。
作者様にも色々と考え・思いがあることは理解します。
しかし個人のサイトでもないこういう場において、他の多数の人間(一般的な常識と言い換えてもいいかもしれません)のことを考えないのは、独りよがりと言われても仕方ないのではないでしょうか?
たかだかジャンルをどこに入れるか程度の些細な問題に大袈裟な物言いと思われるでしょうが、私の考えを知りたい、とのことでしたので、長々と書かせていただきました。
ご不快な部分もあったかと存じますが、ご容赦下さい。
エッセイとは「具体的事実や作者の実体験からの思索や考察を作者自身が述べているもの」です。
簡単に言えば「これこれということがあったけど、私はこう思った」という形が基本です。
そこに創作された「キャラクター」や「ストーリー」が入った段階で、それは「小説」であり、エッセイではありません。
(もちろん、プライバシー保護などのために人名や地名を仮にものに置き換える程度のことは省きます)
個人によって自由とのことですが、何事にも最低限の「定義」というものが存在します。「なんでもあり」は定義とはなり得ませんし、上記が社会通念上の概念であり定義です。
「作品」には多かれ少なかれ作者の考え・思い・意志が反映されます。
言ってみれば、どんな作品でも「作者の考えを自由に述べている」ことになります。
極端なことを言えば、異世界転生チートハーレム作品でも、「俺の考えを自由に述べているんだ」と言えばエッセイジャンルに入れていいことになります。
それでは、エッセイというカテゴリーを区分する方法がなくなってしまうことになります。
ジャンルというものは、その内容で区分するものと、構造で区分するものとがあります。
例えば「恋愛」や「SF」などといったもの。
これは内容で区分するものであり、実際のところ「未来の宇宙で、地球人と異星人との恋愛物語」など複数の要素が同時に存在しうるためにその区分は作者次第であり、この場合はどちらに入れてもそれほど違和感はないでしょう。
しかし、構造で区分するもの。
これは「特定の構造をしていればそのジャンルに入り、逆にその構造をしていないものは入れられないもの」です。
このサイトで言えば「リプレイ」「エッセイ」ですね。
例えばリプレイは、リプレイジャンルに入れるためには「特定のタイトルのTRPGの実際のプレイ状況を文字で記録したもの」という作品である必要があります。
同様に、エッセイは先に述べた通り「具体的事実や作者の実体験からの思索や考察を作者自身が述べているもの」という構造をなしている必要があります。
実際のところ、「小説」をエッセイジャンルにいれたところで、リプレイジャンルのように運営から何か言われることは無いでしょう(リプレイの場合はガイドラインに明記されているためリプレイ以外は禁止です)。
しかし、仮にも(アマチュアであったとしても)「言葉」のエキスパートであるはずの「作家・小説家」たらんとするこの場において、言葉の概念や定義を蔑ろにしていいものでしょうか?
正直私はそういう部分を疎かにする方は、作者として尊敬できません。
また、現実的な問題として、読者としてはエッセイで検索をかける場合は(一般的な)エッセイが読みたくてそうしているのです。作者側がいくらこれはエッセイのつもりで書いたと言おうと、読者にはそんなもの関係ありません。
もちろんその辺を気にしない読者もいるでしょうが、エッセイが読みたい、という読者にとってはそういう「エッセイではない」作品はただの検索のノイズにしかなりません。ぶっちゃけ邪魔で迷惑です。
作者様にも色々と考え・思いがあることは理解します。
しかし個人のサイトでもないこういう場において、他の多数の人間(一般的な常識と言い換えてもいいかもしれません)のことを考えないのは、独りよがりと言われても仕方ないのではないでしょうか?
たかだかジャンルをどこに入れるか程度の些細な問題に大袈裟な物言いと思われるでしょうが、私の考えを知りたい、とのことでしたので、長々と書かせていただきました。
ご不快な部分もあったかと存じますが、ご容赦下さい。
不快だなどととんでもない!
繰り返しになりますが、こういった論をいただけることがとても有難いのです。こうした論こそが望むものでもあります。
随筆とエッセイはまったく別の文学だと考えております。
随筆とは字のごとく、筆に随する文学であり、枕草子や徒然草をはじめとする有名な作品が数多くあります。
そして随筆とはおっしゃるように『事実や体験から得られたものをまとめた散文』とされています。
エッセイは、ミシェル・ド・モンテーニュが16世紀後半に記した文学、「エセー」を語源とする言葉であり、フランス語で「試み」という意味を持ちます。
ここから派生して、主観的で私的な事物の考察と内面の探求を主な意味とし、近年の日本においては『自由な形式で、気軽に自分の意見などを述べた散文』とされているようです。
分類によっては、詩などもエッセイに入るとされることもあるようです。
この二つを混同するようになった経緯として、外来語である"エッセー"を訳すにあたり、もともと日本にあった文学である随筆を充てた事が原因であると考えます。
そしてどちらにせよ、本懐として存在するのは自らの意見を自らの意思で以って記すという点にあります。ただこの一点が言うなればルールです。
これを外れてしまっては随筆でもエッセイでもなくなるのではないでしょうか。
逆に考えるならば、これを外れない限りフィクションやキャラクターを内包することを否定しない器の広さがエッセイにはあります。
才のある人ならば、ファンタジーとエッセイを見事に融合させたファンタジック・エッセイなるものを生み出すこともできるかもしれません。
もちろん、echoさんが言われるように世の中の大半のエッセイに対するイメージも心得ております。
それを踏まえた上でなおルネサンスよろしく、いまや古く廃れたエッセイの本来の意味を見直し、攻めの姿勢で執筆しています。
前に進まなければ、文士として、作家として死を迎えます。そういった意味では独善的な部分がなければ創作はできません。
例えるならば、回転寿司のネタにハンバーグを流すにあたり当事者はどれほどの勇気がいったことでしょうか。慣例を捨て、新たなものを作ろうとする姿勢を、三衣は全面的に支持します。
しかし、ハンバーグ寿司は嫌いです。個人的には寿司屋では魚を食いたいからです。
そういった立場の違い、考え方の違いはあって然るべきです。
それを、時間を割いて文字にしていただいた、意見にしていただいたということが嬉しく、これが個人サイトではなく「小説家になろう」のシステムの恩恵だと捉えております。
ただ一点、echoさんの望むエッセイでなかった点だけは申し訳なく思うとともに、時間を割いていただいたことに再度、感謝の意をお伝えいたします。
繰り返しになりますが、こういった論をいただけることがとても有難いのです。こうした論こそが望むものでもあります。
随筆とエッセイはまったく別の文学だと考えております。
随筆とは字のごとく、筆に随する文学であり、枕草子や徒然草をはじめとする有名な作品が数多くあります。
そして随筆とはおっしゃるように『事実や体験から得られたものをまとめた散文』とされています。
エッセイは、ミシェル・ド・モンテーニュが16世紀後半に記した文学、「エセー」を語源とする言葉であり、フランス語で「試み」という意味を持ちます。
ここから派生して、主観的で私的な事物の考察と内面の探求を主な意味とし、近年の日本においては『自由な形式で、気軽に自分の意見などを述べた散文』とされているようです。
分類によっては、詩などもエッセイに入るとされることもあるようです。
この二つを混同するようになった経緯として、外来語である"エッセー"を訳すにあたり、もともと日本にあった文学である随筆を充てた事が原因であると考えます。
そしてどちらにせよ、本懐として存在するのは自らの意見を自らの意思で以って記すという点にあります。ただこの一点が言うなればルールです。
これを外れてしまっては随筆でもエッセイでもなくなるのではないでしょうか。
逆に考えるならば、これを外れない限りフィクションやキャラクターを内包することを否定しない器の広さがエッセイにはあります。
才のある人ならば、ファンタジーとエッセイを見事に融合させたファンタジック・エッセイなるものを生み出すこともできるかもしれません。
もちろん、echoさんが言われるように世の中の大半のエッセイに対するイメージも心得ております。
それを踏まえた上でなおルネサンスよろしく、いまや古く廃れたエッセイの本来の意味を見直し、攻めの姿勢で執筆しています。
前に進まなければ、文士として、作家として死を迎えます。そういった意味では独善的な部分がなければ創作はできません。
例えるならば、回転寿司のネタにハンバーグを流すにあたり当事者はどれほどの勇気がいったことでしょうか。慣例を捨て、新たなものを作ろうとする姿勢を、三衣は全面的に支持します。
しかし、ハンバーグ寿司は嫌いです。個人的には寿司屋では魚を食いたいからです。
そういった立場の違い、考え方の違いはあって然るべきです。
それを、時間を割いて文字にしていただいた、意見にしていただいたということが嬉しく、これが個人サイトではなく「小説家になろう」のシステムの恩恵だと捉えております。
ただ一点、echoさんの望むエッセイでなかった点だけは申し訳なく思うとともに、時間を割いていただいたことに再度、感謝の意をお伝えいたします。
- 三衣 千月
- 2016年 10月01日 19時24分
[気になる点]
ジャンル設定をお間違えですよ。
エッセイジャンルになってしまっています。
カテゴリー違いは検索のノイズになりますし、作者様の見識を疑われてしまうことにもなりかねません。
速やかにふさわしいジャンルに修正されることを強くお勧めいたします。
ジャンル設定をお間違えですよ。
エッセイジャンルになってしまっています。
カテゴリー違いは検索のノイズになりますし、作者様の見識を疑われてしまうことにもなりかねません。
速やかにふさわしいジャンルに修正されることを強くお勧めいたします。
感想、ご指摘、ありがとうございます!
echoさんの思う所のエッセイとは違ってしまったかも知れません。これをエッセイとは認めない!とご意見をいただけることは非常にうれしいことです。
エッセイは非常に曖昧さをもったジャンルだと考えています。
線引きが個々人々で異なる所がエッセイの魅力の一つではないかとも考えております。
それゆえに、重ね重ねこういったお言葉をいただけることは有難く、とても考慮のし甲斐があります。
わたくし、ミツイとしては世の中のアレコレを思うさまに、時に自由気ままに書き進めた自分なりのエッセイだとして電子の海に送り出した作品です。
もし差支えなければechoさんのエッセイ論もお伺いできれば、なお幸いです。
echoさんの思う所のエッセイとは違ってしまったかも知れません。これをエッセイとは認めない!とご意見をいただけることは非常にうれしいことです。
エッセイは非常に曖昧さをもったジャンルだと考えています。
線引きが個々人々で異なる所がエッセイの魅力の一つではないかとも考えております。
それゆえに、重ね重ねこういったお言葉をいただけることは有難く、とても考慮のし甲斐があります。
わたくし、ミツイとしては世の中のアレコレを思うさまに、時に自由気ままに書き進めた自分なりのエッセイだとして電子の海に送り出した作品です。
もし差支えなければechoさんのエッセイ論もお伺いできれば、なお幸いです。
- 三衣 千月
- 2016年 09月30日 20時01分
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