感想一覧
▽感想を書く[良い点]
悪魔的に現実を叩きつけてる
[気になる点]
ない。
[一言]
へこむ
かなりへこむ
悪魔的に現実を叩きつけてる
[気になる点]
ない。
[一言]
へこむ
かなりへこむ
[良い点]
このエッセイに戻ってきました。
とびうお君さんが常々言っていることですよね。
このエッセイはやっぱり分かり易くていいなあ。
[一言]
なろうにおいては、大衆向けであるからこそ書籍化する。
これが唯一絶対のルールですよね。
いつまでもテンプレと揶揄しているうちは、その入り口さえ見えない。
自分が書きたいもの、を大衆受けより優先する作家は、永久にマイノリティにしかなれないかもしれないことを甘受するほかない。
あるいは、それらをひっくり返すほどの才能と、時代に愛される時の運を併せ持つか。
癖がありながら過去に大作家として大成した人々は、みな後者だったように思います。
そういう人々は放っておいても芽が出て、自ら新たな潮流を作り出します。
自己満足作品を書く以上、ポイントが低い、感想がもらえないという愚痴は的外れ。
高く評価されたければ、どこかしらにニーズがある作品を書かねばならないという事なのでしょう。
己の書きたいものと、この大衆からのニーズがあるものをすり合わせられる作家こそ、より上の世界へと進む事ができるのだと思います。
そういう凄い若手作家の作品が読みたい今日この頃です。
このエッセイに戻ってきました。
とびうお君さんが常々言っていることですよね。
このエッセイはやっぱり分かり易くていいなあ。
[一言]
なろうにおいては、大衆向けであるからこそ書籍化する。
これが唯一絶対のルールですよね。
いつまでもテンプレと揶揄しているうちは、その入り口さえ見えない。
自分が書きたいもの、を大衆受けより優先する作家は、永久にマイノリティにしかなれないかもしれないことを甘受するほかない。
あるいは、それらをひっくり返すほどの才能と、時代に愛される時の運を併せ持つか。
癖がありながら過去に大作家として大成した人々は、みな後者だったように思います。
そういう人々は放っておいても芽が出て、自ら新たな潮流を作り出します。
自己満足作品を書く以上、ポイントが低い、感想がもらえないという愚痴は的外れ。
高く評価されたければ、どこかしらにニーズがある作品を書かねばならないという事なのでしょう。
己の書きたいものと、この大衆からのニーズがあるものをすり合わせられる作家こそ、より上の世界へと進む事ができるのだと思います。
そういう凄い若手作家の作品が読みたい今日この頃です。
[一言]
小難しい言い回しが好きなだけの俗物な私としては、
意識高い系向け≒官能小説
大衆向け≒エロラノベ
程度の違いしか感じられないのですよ。
何が言いたいか自分でも良く分からんが要は「百聞は一見に如かず読めば解るさ」って感じです。
小難しい言い回しが好きなだけの俗物な私としては、
意識高い系向け≒官能小説
大衆向け≒エロラノベ
程度の違いしか感じられないのですよ。
何が言いたいか自分でも良く分からんが要は「百聞は一見に如かず読めば解るさ」って感じです。
[一言]
良い作品は理屈で評価しますが、売れる作品は好みで評価しますからね。
そもそも違うものですよね。
良い作品は理屈で評価しますが、売れる作品は好みで評価しますからね。
そもそも違うものですよね。
[一言]
部分部分を読んで、単語について考えるとよく分からなくなってきますが、全体を通して言いたいのは細かいクオリティを求める人のピラミッドで表すと、上半分は細く狭いのでとりあえず売ろうと思ったら下に目線を落とさなきゃいけないよ!という事で大丈夫ですか?
でもその上でクオリティ自体は落とさずにやらないと、長く付いて来てくれる上に声の大きく客単価も高いピラミッドの上の層が離れるからバランス感覚も必要だよ、と。
確かにこの手の話はよく聞きますね。
外側から見ているだけでも大変さが分かる分、売れている作品のバランス感覚というかターゲット規模のダウンサイジング技術みたいなのはすごいです。
まあ、たまに売り出しだけ派手で中身はどうしたの?みたいな作品もありますが。
それを考えると結局間口を広げなければいけないため、発信力>クオリティなんてのも往々にしてあるような気がします。
でも小説界隈の中で言うとシリーズものなどは完結しなければ評価のしようもありませんし、長い目で見ればやはり最初の方に売れた高いクオリティのものはやっぱり息が長いですから発信力は高くなければいけないものでしょうけど。
書く方のモチベーション的にも最上のクオリティを目指す場合には際限がなくなってしまいますし、批評などは結果的に粗さがしのようになってしまうと思いますが、中間を狙うと比較的結果とプラス意見がついてきやすいからというのも客層を一段階落とす理由の一つのような気もします。
今を取るか見えない先を取るかというのは答えのない話ですし今回の話とはちょっと論点が違いますが、こういった話は一生議論され続けるのでしょうね。
自分がバランス至上信者なので何かフワフワした感想になった気がしますが……。
とりあえず言いたかったことは『君の名は。』は確かに光るところのある作品だと思うけどごり押しは止めて欲しいね、です。
駄文失礼しました。
部分部分を読んで、単語について考えるとよく分からなくなってきますが、全体を通して言いたいのは細かいクオリティを求める人のピラミッドで表すと、上半分は細く狭いのでとりあえず売ろうと思ったら下に目線を落とさなきゃいけないよ!という事で大丈夫ですか?
でもその上でクオリティ自体は落とさずにやらないと、長く付いて来てくれる上に声の大きく客単価も高いピラミッドの上の層が離れるからバランス感覚も必要だよ、と。
確かにこの手の話はよく聞きますね。
外側から見ているだけでも大変さが分かる分、売れている作品のバランス感覚というかターゲット規模のダウンサイジング技術みたいなのはすごいです。
まあ、たまに売り出しだけ派手で中身はどうしたの?みたいな作品もありますが。
それを考えると結局間口を広げなければいけないため、発信力>クオリティなんてのも往々にしてあるような気がします。
でも小説界隈の中で言うとシリーズものなどは完結しなければ評価のしようもありませんし、長い目で見ればやはり最初の方に売れた高いクオリティのものはやっぱり息が長いですから発信力は高くなければいけないものでしょうけど。
書く方のモチベーション的にも最上のクオリティを目指す場合には際限がなくなってしまいますし、批評などは結果的に粗さがしのようになってしまうと思いますが、中間を狙うと比較的結果とプラス意見がついてきやすいからというのも客層を一段階落とす理由の一つのような気もします。
今を取るか見えない先を取るかというのは答えのない話ですし今回の話とはちょっと論点が違いますが、こういった話は一生議論され続けるのでしょうね。
自分がバランス至上信者なので何かフワフワした感想になった気がしますが……。
とりあえず言いたかったことは『君の名は。』は確かに光るところのある作品だと思うけどごり押しは止めて欲しいね、です。
駄文失礼しました。
[一言]
うーむ、この手の話は、気軽に話すには誤解を生みやすいとは思う。
『「良い作品」と「売れる作品」は違う』ってのはそうですが、クソ詰まらなくても売れる場合はあって、例えば、ジブリ吾郎の『ゲド戦記』です。 あれ、詰まらないって評価が圧倒的なんですが、売れました。 かの作品は大衆からのウケも悪いというか、最悪だったかと思う。
私も「ふざけんな」と思ったぐらい嫌いな作品ですが、でも、そんな私でも、映画館へ金だして見に行ったんです。 もちろん、詰まらないって評判を聞いた後でです。
何故私は、詰まらないと聞いていたのに見に行ったのか? これは、多くの人がこの作品を見に行った理由と同じだと思う。 それは、
――『話題性』があったからです。
つまり『売れる作品』とは、内容そのものではなく、大衆が感じている時代の関心事として成立できるかどうかだと思う。 このゲド戦記の場合は、監督が『宮崎パヤオの息子』である事。古典的ファンタジーの傑作『ゲド戦記』が原作である事。 そしてもちろん『ジブリ作品』だったからです。
実際、内容が大衆的であっても売れない作品は多々ありますし、逆に、内容は大衆的でないのに、書いている人が『著名人』ってだけで売れるケースは多々あります。
つまり『商業ベースにおける大衆的な内容』とは、『広告効果によって、大衆の関心を引き付けることができるか?』という事であり、もっと厭らしく言えば、『大衆の関心事となる、話題を投下できるか?』でしかない、と思う。
・
じゃあ、売れたいなら大衆の話題になるような作品を提供すればいいのか?といえば、まあ、そうだと思う。 テンプレってのがいわゆるソレで、つまり流行《ファッション》なんだと思う。( テンプレでも古いのは、流行に左右されない大きな一つの関心事、つまり『ジャンル』に昇格するのだと思う。 なろうにおいて、『異世界』が一つのジャンルになったように。)
・
商業的において話題性なる内容かが重要視されますが、ネットにおけるアマチュアリズムにおいては、因果が逆になる事が多々あります。作家がやりたいことをやった結果、話題になるという奴です(本来あるべき因果だと思う)。
でも、これって、売れたいから書くとは別だし、他人から認められたいから書くとも別で、作るのが楽しいから書いてい人達だと思う。もしくは、内なる衝動を吐き出したいが故に、書いているか。
割と、この姿勢は重要だと思う。もちろん、2次的な欲求として、多くの人に自分の作品を読んで欲しいというもあるかもしれないし、更には出版化されたいという欲求があるかもしれないけど。
・
テーマについてですが、そもそもテーマってのは作品の『題』であり『問い』であって、中身じゃないんです。そのテーマをどう表現するかによって、読む読まれるが決まりますし、評価も左右されると思います。 高尚なテーマ、又は大衆的テーマを掲げるだけで読まれるなら、多くの作品が読まれているでしょうし……。
それでもテーマが大事だといわれるのは、作者が熱中できる『問い(テーマ/衝動)』が存在した時、必然的にその『中身(語り)』も昇華されるからだと思う。
うーむ、この手の話は、気軽に話すには誤解を生みやすいとは思う。
『「良い作品」と「売れる作品」は違う』ってのはそうですが、クソ詰まらなくても売れる場合はあって、例えば、ジブリ吾郎の『ゲド戦記』です。 あれ、詰まらないって評価が圧倒的なんですが、売れました。 かの作品は大衆からのウケも悪いというか、最悪だったかと思う。
私も「ふざけんな」と思ったぐらい嫌いな作品ですが、でも、そんな私でも、映画館へ金だして見に行ったんです。 もちろん、詰まらないって評判を聞いた後でです。
何故私は、詰まらないと聞いていたのに見に行ったのか? これは、多くの人がこの作品を見に行った理由と同じだと思う。 それは、
――『話題性』があったからです。
つまり『売れる作品』とは、内容そのものではなく、大衆が感じている時代の関心事として成立できるかどうかだと思う。 このゲド戦記の場合は、監督が『宮崎パヤオの息子』である事。古典的ファンタジーの傑作『ゲド戦記』が原作である事。 そしてもちろん『ジブリ作品』だったからです。
実際、内容が大衆的であっても売れない作品は多々ありますし、逆に、内容は大衆的でないのに、書いている人が『著名人』ってだけで売れるケースは多々あります。
つまり『商業ベースにおける大衆的な内容』とは、『広告効果によって、大衆の関心を引き付けることができるか?』という事であり、もっと厭らしく言えば、『大衆の関心事となる、話題を投下できるか?』でしかない、と思う。
・
じゃあ、売れたいなら大衆の話題になるような作品を提供すればいいのか?といえば、まあ、そうだと思う。 テンプレってのがいわゆるソレで、つまり流行《ファッション》なんだと思う。( テンプレでも古いのは、流行に左右されない大きな一つの関心事、つまり『ジャンル』に昇格するのだと思う。 なろうにおいて、『異世界』が一つのジャンルになったように。)
・
商業的において話題性なる内容かが重要視されますが、ネットにおけるアマチュアリズムにおいては、因果が逆になる事が多々あります。作家がやりたいことをやった結果、話題になるという奴です(本来あるべき因果だと思う)。
でも、これって、売れたいから書くとは別だし、他人から認められたいから書くとも別で、作るのが楽しいから書いてい人達だと思う。もしくは、内なる衝動を吐き出したいが故に、書いているか。
割と、この姿勢は重要だと思う。もちろん、2次的な欲求として、多くの人に自分の作品を読んで欲しいというもあるかもしれないし、更には出版化されたいという欲求があるかもしれないけど。
・
テーマについてですが、そもそもテーマってのは作品の『題』であり『問い』であって、中身じゃないんです。そのテーマをどう表現するかによって、読む読まれるが決まりますし、評価も左右されると思います。 高尚なテーマ、又は大衆的テーマを掲げるだけで読まれるなら、多くの作品が読まれているでしょうし……。
それでもテーマが大事だといわれるのは、作者が熱中できる『問い(テーマ/衝動)』が存在した時、必然的にその『中身(語り)』も昇華されるからだと思う。
[一言]
これは私が大学時代、集中講義で山本直純さんから直接お聞きした話ですが、
「同じ斎藤秀雄先生の門下には、小澤征爾がいた。これは同じ路線じゃ勝負にならんと思って、俺は大衆路線をめざすようになった」
ということです。
そこから「オーケストラがやって来た」といった素晴らしい番組や、「大きいことはいいことだ〜♪」といったコマーシャルソングの名曲が生まれてきたとすれば、大衆路線ということもまた、偉大な選択だったように思います。
そしておそらく、その実り多さの背後には、あまたの苦難があったように思います。
これは私が大学時代、集中講義で山本直純さんから直接お聞きした話ですが、
「同じ斎藤秀雄先生の門下には、小澤征爾がいた。これは同じ路線じゃ勝負にならんと思って、俺は大衆路線をめざすようになった」
ということです。
そこから「オーケストラがやって来た」といった素晴らしい番組や、「大きいことはいいことだ〜♪」といったコマーシャルソングの名曲が生まれてきたとすれば、大衆路線ということもまた、偉大な選択だったように思います。
そしておそらく、その実り多さの背後には、あまたの苦難があったように思います。
[一言]
いまいち、言いたいことがわからない。
どういう意味で『君の名は。』と『ヴィンランド・サガ』を比較したのか?両方とも、商業ベースに乗ってる時点で採算が取れると判断されたわけで、芸術性…意識が高い系を芸術性と理解したとしても、それは商品としての個性であって、「意識が高い」に意味はないよね。
商業ベースに乗ってる作品を例題に出されて、ノイジーマイノリティって、意味がとおらない。
画家を例に出すにしても、ピカソはビジネスモデルとして初めて大成功した人であって…それ以前、それ以降にあっても、存命中に一枚の絵があれほどの価値をつけた例がなく、芸術性が評価されたわけじゃない。
あのように存命中に7500億も稼いだ画家はピカソしかいない。
つまり、ピカソほど商業ベースに乗った作家は例を見ない。大衆性の権化と言っていいくらい。
例題のせいで、さらに何が言いたいのか、わからなくさせてる。
でも、感想を読む限り、同意してる方が多いようなので、文章を読むって、大変だな、と思った。
いまいち、言いたいことがわからない。
どういう意味で『君の名は。』と『ヴィンランド・サガ』を比較したのか?両方とも、商業ベースに乗ってる時点で採算が取れると判断されたわけで、芸術性…意識が高い系を芸術性と理解したとしても、それは商品としての個性であって、「意識が高い」に意味はないよね。
商業ベースに乗ってる作品を例題に出されて、ノイジーマイノリティって、意味がとおらない。
画家を例に出すにしても、ピカソはビジネスモデルとして初めて大成功した人であって…それ以前、それ以降にあっても、存命中に一枚の絵があれほどの価値をつけた例がなく、芸術性が評価されたわけじゃない。
あのように存命中に7500億も稼いだ画家はピカソしかいない。
つまり、ピカソほど商業ベースに乗った作家は例を見ない。大衆性の権化と言っていいくらい。
例題のせいで、さらに何が言いたいのか、わからなくさせてる。
でも、感想を読む限り、同意してる方が多いようなので、文章を読むって、大変だな、と思った。
- 投稿者: Pero Perić
- 2016年 10月10日 23時07分
うん、僕の方が知識負けしてるので、納得のいく説明はできないとは思うのですが……。
ただちょっと考えてみて思ったのが、それこそこのエッセイが「大衆向け」に書かれているからじゃないかなぁ、ということです。
おそらく橘高さんのような方に納得してもらえるような書き方をするのだと、論文のような書き方をしないといけないんだと思うんですね。
出典のはっきりした正確な知識、厳密さを重視した論運び、などなどが大事になってくる。
でもそういう文章って、どうしても文章量やエクスキューズが多くなって、普通の人にとっては読みづらいし、印象的にわかりにくくなる。
もっと印象レベルで「なんとなく」伝わるようなやり方の方が、伝わりやすい。
ピカソを例にしたのは、僕も含めて大部分の人(大衆)にとってピカソっていうのは「一見子どもの落書きみたいに見えるけど、実際にはものすごい芸術性の高い絵を描く超凄い画家、それがどのぐらい凄いかっていうと一枚何億円単位で売れるぐらい凄い芸術家」っていうイメージで、つまりピカソの絵画が「ものすごく良い作品」であることを疑う人はまずいないだろうという目論見で、例に出しているだけなんですね。
だから、橘高さんのような「ピカソは芸術性が評価されたわけじゃない」という認識を持っている知識人にヒットするような書き方に、そもそもなっていないんです。
ただちょっと考えてみて思ったのが、それこそこのエッセイが「大衆向け」に書かれているからじゃないかなぁ、ということです。
おそらく橘高さんのような方に納得してもらえるような書き方をするのだと、論文のような書き方をしないといけないんだと思うんですね。
出典のはっきりした正確な知識、厳密さを重視した論運び、などなどが大事になってくる。
でもそういう文章って、どうしても文章量やエクスキューズが多くなって、普通の人にとっては読みづらいし、印象的にわかりにくくなる。
もっと印象レベルで「なんとなく」伝わるようなやり方の方が、伝わりやすい。
ピカソを例にしたのは、僕も含めて大部分の人(大衆)にとってピカソっていうのは「一見子どもの落書きみたいに見えるけど、実際にはものすごい芸術性の高い絵を描く超凄い画家、それがどのぐらい凄いかっていうと一枚何億円単位で売れるぐらい凄い芸術家」っていうイメージで、つまりピカソの絵画が「ものすごく良い作品」であることを疑う人はまずいないだろうという目論見で、例に出しているだけなんですね。
だから、橘高さんのような「ピカソは芸術性が評価されたわけじゃない」という認識を持っている知識人にヒットするような書き方に、そもそもなっていないんです。
- いかぽん
- 2016年 10月11日 02時07分
[良い点]
わかりやすくていい。
あれだけ勝ってたプレステ2の衰退とニンテンドーの復活のように、この戦いは振り子のように続くんでしょうね。
プレステはまた復活してるし、VRの世界も到来してるし。
わかりやすくていい。
あれだけ勝ってたプレステ2の衰退とニンテンドーの復活のように、この戦いは振り子のように続くんでしょうね。
プレステはまた復活してるし、VRの世界も到来してるし。
ゲームに大事なのは、美麗なムービーでも、ど派手なエフェクトでもない!
ゲームなんだから、一番大事なのはゲーム性だろ!
……なんて疑いもなく善悪の問題として語っていた、そんな時代が僕にもありました。
ゲームなんだから、一番大事なのはゲーム性だろ!
……なんて疑いもなく善悪の問題として語っていた、そんな時代が僕にもありました。
- いかぽん
- 2016年 10月11日 02時27分
[一言]
>>イムコさん
>>>シント氏
どんな言葉でも嘲る意味を込めれば蔑称になるけど、このエッセイで大衆を蔑称とは扱ってないでしょう。
>だけど「意識高い系」と言うのは、どんな状況で使っても相手をバカにする言葉なんです。
自分はこのエッセイでは「意識高い系」は蔑称で使われているいると思いませんでした。単なる分類としか。なので「意識高い系」はどんな状況で使っても相手をバカにする言葉とは感じませんでしたね。まあここらへんは価値観の差でしょうが。
>>イムコさん
>>>シント氏
どんな言葉でも嘲る意味を込めれば蔑称になるけど、このエッセイで大衆を蔑称とは扱ってないでしょう。
>だけど「意識高い系」と言うのは、どんな状況で使っても相手をバカにする言葉なんです。
自分はこのエッセイでは「意識高い系」は蔑称で使われているいると思いませんでした。単なる分類としか。なので「意識高い系」はどんな状況で使っても相手をバカにする言葉とは感じませんでしたね。まあここらへんは価値観の差でしょうが。
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