イチオシレビュー一覧

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心の雪解けは密やかに、木漏れ日の筆先から。

 
 私は、未だに自分が嫁いだ旦那様のお顔を見た事がございません。

 お仕事が忙しいようで、いつも遅くまで働いて、夫婦の寝室にもいらっしゃらない。

 祖父が亡くなり、家督は遠い血縁の元へ移り、領地を離れた先で。
 噂ばかりが独り歩きしていて、旦那様がどんな人なのかも分からない。

 ……ここにいるのは、もしかしたらご迷惑なのではないかしら。

 そう伝えると、思いもかけない返事が戻ってきたのです。

 ―――旦那様に、お手紙を?

 言われてみれば、私が旦那様を存じ上げないように、旦那様も私の事を知らないのですもの。

 でしたら最初のお手紙は、自己紹介から初めてみましょう。
 
『拝啓 はじめまして、旦那様。私の名前は、ステラと申します―――』

星明かりの下、夜の散策も悪くない

  • 投稿者: 遥彼方   [2017年 07月 23日 14時 11分]
始まりは祖父らしくない遺言書。大好きな祖父との別れとともに知らぬ間に結ばれていた婚姻。会ったこともない、顔も年齢も知らない、旦那様。
件の旦那様に纏わる噂は、どれも童話に出てくる悪役のよう。

距離を置こうとする伯爵と、するりと懐に入ってしまう主人公。
二人の交流は密やかに、少しずつ心の距離を縮めていく。

伯爵を取り巻く事情、頑なな態度の理由、不可思議な結婚、全ての謎が明らかになるとき、二人は本当の夫婦となります。

熱く燃える恋とも違う、甘酸っぱく若い恋でもない。
温かく、ほんのり甘く、ほっと心に小さな明かりが灯るような、そんな恋物語。

夜の闇にそっと寄り添うのは、眩しくもない優しく小さな煌めき。
見る人に安らぎを与えてくれるような、そんな恋物語なのです。

慎ましやかな星明かりの下、夜の散策も悪くない。

この作品を読み終えた時、きっとあなたもそう思える筈です。

始まりは手紙から

  • 投稿者: 海水   [2017年 07月 16日 22時 19分 ()]
身分とは、身を保証し、保護するものである。身分が高ければよいものだが低ければそうでもない。それゆえに望まぬ縁に見舞われることもある。そう、この主人公ステラのように。
だが運命の絡まった糸とは、手繰り寄せ解きほぐすと意外なところに繋がっているものである。

ステラは持ち前の性格で周りを染めていく。それは見知らぬ夫となる人物も一緒だ。

始まりは一方的な手紙からだった。
見知らぬ夫の為にしたためた手紙は自己紹介から。
まずは自分のことを。そして身の回りのことを。
会わずしても分かるように、との事であるが、それは頑固者の心に静かに染み入っていくのだ。

恩人の女性と初恋の相手であるその孫。
いつの間にか仕組まれていた婚姻。
夫の不穏な噂。

解きほぐしていく毎にパズルがはまっていき、最後にかちりとすべてが揃う。

そして訪れる、夜を照らす仄かな星の光。

ハッピーエンドは良いものだ!

愛する人が見る世界を共に歩む幸せは、何よりも貴い

突然決まった結婚相手は、悪名高き黒伯爵だった……。

まるで吸血鬼か悪魔のように恐れられる男の元に嫁ぐことになったステラ。けれど、男の人となりを本当は誰も知らない。

黒や影といった言葉の持つ印象は、決して明るいものではないだろう。けれど、考えてみてほしい。私たちが眠りにつく夜の時間は、とても優しい世界ではないだろうか。世界がすべて明るい太陽の光に満ちた昼の時間だけなら、ゆっくりと休むことができない私たちは、癒しと眠りを求めてさ迷うことになるだろう。眩しすぎる太陽に焼かれて、いつか目がくらんでしまうかもしれない。

心配することはない。二人には、彼らによく似合う穏やかな光の加護がついている。たくさんの人に見守られてゆっくりと距離を縮めていく様子は、時にもどかしく時に切なくなるほど甘い。

決められた結婚から始まる一途な恋は、はっとするほど煌めいている。遥か遠い夜空で輝く道しるべのように。
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