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普通を芸術にまで昇華させた文学の到達境

 普通とは何か。
 普通を定義せよといわれて、はじめてその難しさに気づかされる人は多い。
 小説も似ていて、普通の人物や日常を描くのは非常な困難をともなう。
 本作品に登場するのは、見た目が美人であることだけが取り柄のヒロインでもなければ、努力や苦労もなく結果だけを与えられる英雄でもない。我々と同じ現実を生き、ささいなことで一喜一憂し、日常のなかで必死にもがく、ただの人間である。
 たしかにわかりやすい刺激はないかもしれない。英雄譚ではなく、普通の人間ならだれもがいだく感情のゆらぎに焦点を当てているからだ。
 しかし、ありのままの人間を過不足なく描写することこそ、小説という文化の源流ではなかったか。
 著者は、類いまれな表現力に支えられた繊細な筆致による文章で普通の人物を描ききっている。
 一文一文が愛おしく、噛みしめるほどに味の増す本作品はまさに知の恩寵とでもいうべきものである。
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