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狂おしくもうつくしい青春小説

――もっとちゃんと、生きられますように。

美術教師である沖澄の手元には、彼が描いたものではない一枚の絵がある。『ここではない何処かへ(サムヒア・ノーヒア)』。沖澄の個展の片隅で異様な存在感を放つその絵を描いたのは、かつての彼の幼馴染み――えぐいような化け物じみた絵を描く一方で、どうしようもなく弱くて脆い、生きることが下手な女だった。

高校時代の夏の色が、音が、匂いが、まざまざと蘇るような鮮やかな情景描写と、それが過ぎ去った出来事として語られる構成に、痛みにも似たノスタルジーがこみ上げる。
人とは違って上手く生きることの出来ない少女のくるしみと、すぐ隣でそれを克明に見つめる少年のやりきれなさが、ままならなくて、息苦しくて、痛々しくも凄絶にうつくしい。

同じように育ってきたはずなのに全く違う世界を見ていたふたりの、心を削るような痛切な希求と、かけがえのない痛みの物語。

眩くて仄暗い、両極の絵

  • 投稿者: 宵凪海理   [2020年 02月 07日 01時 39分]
天より絵を書く才能を与えられた少女、上木田零子。
パーソナルスペースが広く他人が苦手で、心が弱く独りきりだった。
誰よりも傍で彼女を見続けて来た、幼馴染の少年、沖澄栄一郎。
二人がすごしたとある夏。
どこまでも絵に打ち込んだ青春の話であり、絵から逃れられなかった呪いの話。

「どうして思うままに生きられないのだろう」。

あらすじの、最初に記された一文が、あまりにも重い。
なにか一つ歯車がズレていたら、あぁならなかったかもしれない。
……それでも、同じ結末に至ったのかもしれない。
深淵を覗き込んだ。そんな気持ちが湧く、忘れ難い物語でした。

答えのない葛藤に足掻く、そんな物語

  • 投稿者: ひょろ   [2018年 06月 30日 20時 10分]
確固たる自分を持った主人公と自分を受け入れられない少女の葛藤の物語。

天才的な絵を描く才能を持ちながら、どうしようもないまでの心の弱さをもつ少女。
そしてその少女を支える自己の強さをもった少年。
どこまでも正反対な2人が織りなす物語に始終惹かれて読み切ってしまいました。

結構シリアス系なのですが、とても綺麗な作品でなろうっぽさとかが一切ないです。
文芸作品とかが好きだという方には是非オススメしたい一作。

読み終わったあとのなんとも言えない消失感や、あのときこうだったら...というifの想定をしてしまうほど深い作品です。

少年と少女、2人の結末を是非見届けて欲しい。

アンヴィヴアレントを表現できた良作

  • 投稿者: 退会済み   [2014年 05月 09日 21時 03分]
管理
 『きちんと生き』られないがゆえに、自らが厭う自分から脱するために、全身で絵描きにのめり込んでいく幼なじみを、『腐れ縁』から見守る、最も近い場所にいるの主人公。主人公にとって、幼なじみは、嫉妬するほどの才能に溢れた将来有望な絵描きだった。しかし、幼なじみにとっては……
 配役のコントラストと時間軸による関係の変化を絡ませながら、『いま、ここ』で描きたかった『モチーフ』を書ききった。
 いま、作者さんがこれを書いたら、おそらくは違うモノになっただろう。このとき書きたかったことに真摯に向かい合った佳作。最後まで読んだ方には、きっと、刺さるものがあるはずです。
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