イチオシレビュー一覧

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愛しているのに、信じない。愛しているから、信じない。

人の心は目に見えないもの。その代わり私たちには言葉があるのですが、大人は子どものように素直に好意を伝えることも、受け取ることもできません。だって、人の気持ちは簡単に移り変わってしまうということを、大人はすでに知ってしまっているからです。

ひねくれ者の人形つかいは、マチルダという少女人形と旅をしています。マチルダは元々人間でしたが、男がぜんまい仕掛けの人形に変えてしまっていたのです。ある日マチルダは旅の途中で若い男に声をかけられます。それを見て嫉妬した人形つかいがとった行動とは……。

「あたし、どこへも行かないわ。
 あんたのことが、好きなんですもの」」

繰り返されるマチルダの言葉は、じわりじわりと私たちの胸にも染み込んできます。物語の結末は、ほんのりと切ないビターエンド。それでもすれ違ってばかりだった二人の心が重なった時に見える景色は、涙が出るほど美しいのです。

人の心のはたらきの、きっと全部がここにある

  • 投稿者: 鵜狩三善   [2018年 09月 23日 19時 25分]
 旅の人形つかいは、ある日ひとりの少女を拾います。痣だらけのみなしごの名はマチルダ。泣いて頼み込まれて、人形つかいは彼女を旅の連れにします。
 幌馬車に街から街へ渡り続けるそのうちに、ふたりは次第に打ち解けます。人形つかいは娘を好くようになります。
 けれどその感情は、彼に幸福を与えませんでした。
 すれ違いと不信から思い余って、人形つかいはねじの魔法を彼女に施してしまうのです。

 怒り、憎しみ、嫉妬、猜疑、虚栄、卑下、拒絶、後悔、罪悪感。
 黒く醜い感情をも過不足なく描きながら、この物語はただひたすらに美しい。
 もしあなたが純白のニゲルの花めいて、ひとり寂しくうつむいて在るのなら。
 読了のその後、少しだけ顔を上げてみるといい。
 見えていなかった美しいものに、傍らに寄り添う素敵なものに、必ず気付けるだろうから。
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