イチオシレビュー一覧

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揺れる、漂う、落ちる。そしてきっと囚われる。

乙女は震える。
足を踏み出すこともできずに、分かれ道に佇んだまま。迷子の幼子のような顔で見上げる先には、一体誰がいるのか。乙女の行く先は彼女自身のものなのに、その一歩が踏み出せない。

妖は微笑む。
愛を乞い願う男は、じわじわと乙女を囲いこむ。優しさと寂しさと懐かしさをにじませて、乙女が手を差し出すのをただじっと待っている。気の長い妖は、乙女の迷いさえ心地よく見守るのだ。

何かを選べば何かを捨てなくてはならない。運命にがんじがらめになってゆく乙女。己を選んでくれることをただ待つしかない妖。捕らえているのは、囚われているのは果たしてどちらなのか。季節のうつろいと柔らかな邦楽器の音色だけが、二人の心を知っている。

歪な二人の関係は、磨りガラスの向こう側のようにどこかおぼろげで判然としない。目を凝らしていなければ一瞬の間に揺らめき消えてしまいそうな幸福は、あまりにも儚くそれゆえに甘美である。

とらわれるのはどちらだろう?

彼女は特殊な家に生まれた。その特殊な家の後継ぎだった。

いつから続くのかわからないが、その家はあやかし〔化生 けしょう〕と共に続いてきた。

その化生が望むのはただ一つ。

『自分と共にあること』

その化生が認めた〔化生守 けしょうもり〕に、自分と共にあることを望んできた。

今までに化生の望みはただの一度も叶ったことはない。

天涯孤独の当代の化生守の彼女は、化生と共に暮らしながら決めきれないでいた。

化生と共にあるべきか。それとも別に共に歩く人を見つけるべきか。

居心地のいい関係に終止符が打たれるのはいつなのだろうか。

その時、化生に彼女がとらわれるのか、それとも、化生が彼女にとらわれるのか。

物語の終わりまでわからないのだろう。
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