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しじまの水面が、桜で揺れた

  • 投稿者: オルタ   [2018年 12月 29日 23時 33分]
 言葉の一つ一つが水の底に沈んでいくような静謐な文体は、沁みこんでいくようでした。

 思春期の心情――腹ん中で真水と油が同居しはじめたかのような、瑞々しさと物憂さが綯い交ぜになった視覚。彼等の瞳に映った世相が写実的に表されて、胸の奥がねじり絞られるような切なさや、煌びやかな四季の移ろい、微かな戸惑いが想起されます。

 「自分」と「他人」に仕分けた世界の中で、春野桜のディティールはくっきりと映し出され、静かに、それでも時を重ねるほどに強く惹かれ合っていく二人が美しい。

 こうも郷愁に駆られるのは、底打ちされた描写があってこそでしょう。言葉数が少なくとも鮮明にイメージが浮かぶのは、それだけ語彙を厳選されたから、と愚考しています。

 じっくりと読み進めたいと感じる作品でした。
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