感想一覧
▽感想を書く[良い点]
すっごく共感できます。
柔道なんかもう、古賀や吉田のような華麗な投げ技で一本取るのはないでしょうね。両膝をついたまま相手の肩を地面につけて一本って……全然死に体になってない。危険だからと国際ルールで排除される技がどんどん多くなって、足払いと寝技でポイントを取るみみっちい競技に……。押さえ込みの時間がどんどん短くなるので、見てても面白くない。ただこれは、競技人口に対する年間の事故などによる死亡者が、日本ではすごく多いという現実があるんですよね。特に柔道は受身取れない姿勢で投げられるとものすごく危険ですし。
[気になる点]
空手に関してですが、禁じ手を教えるのはいいと思います。
それに加えて、なぜ禁じ手になっているのか、誰かを守るためのもの、それが武の道なのだと、しっかりと教えながら。まあ悪用する人はいますけどね。そもそも空手は徒手で武器相手に戦うため発展したはずですし。スポーツと武道は本当に違うなと思いました。ちなみに私の知り合いで空手をやってる女の子は、過剰防衛ぎみで何度か注意されてます。150センチぐらいしかないけど、鉤突きで相手を悶絶させてるみたいで。もちろんチンピラとかしつこいナンパ相手とは言っていますが。
[一言]
次の犠牲は剣道ですかねえ……。
まあ剣道はそもそも、一本入っていなくても、あれで鉄の棒なら勝負ありじゃん、とも思えるのですが。
すっごく共感できます。
柔道なんかもう、古賀や吉田のような華麗な投げ技で一本取るのはないでしょうね。両膝をついたまま相手の肩を地面につけて一本って……全然死に体になってない。危険だからと国際ルールで排除される技がどんどん多くなって、足払いと寝技でポイントを取るみみっちい競技に……。押さえ込みの時間がどんどん短くなるので、見てても面白くない。ただこれは、競技人口に対する年間の事故などによる死亡者が、日本ではすごく多いという現実があるんですよね。特に柔道は受身取れない姿勢で投げられるとものすごく危険ですし。
[気になる点]
空手に関してですが、禁じ手を教えるのはいいと思います。
それに加えて、なぜ禁じ手になっているのか、誰かを守るためのもの、それが武の道なのだと、しっかりと教えながら。まあ悪用する人はいますけどね。そもそも空手は徒手で武器相手に戦うため発展したはずですし。スポーツと武道は本当に違うなと思いました。ちなみに私の知り合いで空手をやってる女の子は、過剰防衛ぎみで何度か注意されてます。150センチぐらいしかないけど、鉤突きで相手を悶絶させてるみたいで。もちろんチンピラとかしつこいナンパ相手とは言っていますが。
[一言]
次の犠牲は剣道ですかねえ……。
まあ剣道はそもそも、一本入っていなくても、あれで鉄の棒なら勝負ありじゃん、とも思えるのですが。
感想ありがとうございます。
綺麗な投げでの一本、あまり見なくなりましたね。
全体的に競技のレベルが上がって綺麗に投げられなくなったという側面もあるでしょうが、綺麗に投げる事を最初から目指してない選手が多くなった気がします。
日本の事故率が高い、よく聞きますね。
単純に競技人口が多いせいなのか、昔ながらの根性を押し出した過酷な練習が今も存在しているのか、武道の本質を求めすぎて危険になっているのか。
原因は様々でしょうが厳しい目で見られる事はたしかで、やりにくい世の中になってますよね。
昔は危険な技も指導していました、どういう技か知らないと防ぎようが無いので技を軽く教えてから防御する方法に重点を置き指導してたんですが保護者の方から危険な事を教えるなとクレームが入りまして。
田舎なので悪い噂を立てられると大変なので仕方なく指導しないようになりました。
まぁ、思春期の子供たちはそういう技を使ってみたくもなるし、自分が強くなった事で回りに高圧的になったり横柄な態度を取る子もいるので保護者の方の気持ちも分かります。
女性なんで、身を守るためには少し過剰気味でも良いと思います。
ただ、人を暴力で制圧や支配すると言う行為は原始的な欲求が満たされて快感を感じる事があります。
男社会で苦労をしていてムカつく男を空手で倒す事に快感を覚えているなら危険な兆候ですね。
軽い知り合いなら適度に距離を、仲の良い知り合いなら一度カウンセリングを勧めてみると良いかもしれません。
剣道は早い段階で竹刀を使う剣道と真剣を使う居合いにわかれたので極端な変化は無いと思います。
真剣なら面を首をひねってかわしても鎖骨からばっさり行かれますし、純粋に剣道という『競技』なんだと思います。
もちろん、武道ですので有事の際、棒状の物を持てばかなり力を発揮するとは思いますが、コンセプトが真剣での切りあいを想定していない、防具を装着した状態で竹刀の切っ先三分の一でポイントの入る場所に打ち込む『競技』です。
普段から剣道の防具を着て歩いたり竹刀を持ち歩くこともないので護身術の側面もありますが、『競技』としての色が強い武道だと思います。
綺麗な投げでの一本、あまり見なくなりましたね。
全体的に競技のレベルが上がって綺麗に投げられなくなったという側面もあるでしょうが、綺麗に投げる事を最初から目指してない選手が多くなった気がします。
日本の事故率が高い、よく聞きますね。
単純に競技人口が多いせいなのか、昔ながらの根性を押し出した過酷な練習が今も存在しているのか、武道の本質を求めすぎて危険になっているのか。
原因は様々でしょうが厳しい目で見られる事はたしかで、やりにくい世の中になってますよね。
昔は危険な技も指導していました、どういう技か知らないと防ぎようが無いので技を軽く教えてから防御する方法に重点を置き指導してたんですが保護者の方から危険な事を教えるなとクレームが入りまして。
田舎なので悪い噂を立てられると大変なので仕方なく指導しないようになりました。
まぁ、思春期の子供たちはそういう技を使ってみたくもなるし、自分が強くなった事で回りに高圧的になったり横柄な態度を取る子もいるので保護者の方の気持ちも分かります。
女性なんで、身を守るためには少し過剰気味でも良いと思います。
ただ、人を暴力で制圧や支配すると言う行為は原始的な欲求が満たされて快感を感じる事があります。
男社会で苦労をしていてムカつく男を空手で倒す事に快感を覚えているなら危険な兆候ですね。
軽い知り合いなら適度に距離を、仲の良い知り合いなら一度カウンセリングを勧めてみると良いかもしれません。
剣道は早い段階で竹刀を使う剣道と真剣を使う居合いにわかれたので極端な変化は無いと思います。
真剣なら面を首をひねってかわしても鎖骨からばっさり行かれますし、純粋に剣道という『競技』なんだと思います。
もちろん、武道ですので有事の際、棒状の物を持てばかなり力を発揮するとは思いますが、コンセプトが真剣での切りあいを想定していない、防具を装着した状態で竹刀の切っ先三分の一でポイントの入る場所に打ち込む『競技』です。
普段から剣道の防具を着て歩いたり竹刀を持ち歩くこともないので護身術の側面もありますが、『競技』としての色が強い武道だと思います。
- 野人
- 2018年 02月12日 19時38分
[一言]
武道はやっていませんが、メダルを取るためにオリンピック競技にしたのでめちゃくちゃなんだと思います。真に武道の心得を大切にしているのならば、日本選手は一切参加しない代わりに審判は全て日本で用意するくらいの対応になると思うんですよね。
メダルを取るためにオリンピック競技にしたようなものなのでめちゃくちゃなんだと思います。真に武道の心得を大切にしているのならば、日本選手は一切参加しない代わりに審判は全て日本で用意するくらいの対応になると思うんですよね。
武道はやっていませんが、メダルを取るためにオリンピック競技にしたのでめちゃくちゃなんだと思います。真に武道の心得を大切にしているのならば、日本選手は一切参加しない代わりに審判は全て日本で用意するくらいの対応になると思うんですよね。
メダルを取るためにオリンピック競技にしたようなものなのでめちゃくちゃなんだと思います。真に武道の心得を大切にしているのならば、日本選手は一切参加しない代わりに審判は全て日本で用意するくらいの対応になると思うんですよね。
- 投稿者: いつも楽しく読んでます
- 2018年 02月11日 14時56分
感想ありがとうございます。
日本人選手の参加なしで審判は日本人にするぐらいなら、オリンピック競技を辞退して日本だけでやったほうが良いかと。
日本人の参加禁止も審判が日本人だけなのも、不公平ですのでスポーツマンシップを建前上全面に押し出しているオリンピックでは不可能ですし、そういう歪な形は結局、崩壊や混乱を招いて余計にひどい状態になるかと。
競技は競技として受け入れつつ、本質をしっかり指導し、正しい指導が出来る人材を増やしていく、地道な作業を続けるしか方法はないような気がします。
日本人選手の参加なしで審判は日本人にするぐらいなら、オリンピック競技を辞退して日本だけでやったほうが良いかと。
日本人の参加禁止も審判が日本人だけなのも、不公平ですのでスポーツマンシップを建前上全面に押し出しているオリンピックでは不可能ですし、そういう歪な形は結局、崩壊や混乱を招いて余計にひどい状態になるかと。
競技は競技として受け入れつつ、本質をしっかり指導し、正しい指導が出来る人材を増やしていく、地道な作業を続けるしか方法はないような気がします。
- 野人
- 2018年 02月11日 18時13分
[一言]
自分は武道未経験者ですが、田舎で生まれで小学生の頃の通学距離が4.5kmあったので歩き方を独学で研究し我流の歩行術(笑)を実践してきました(お陰で金属製の階段を音もなく通常歩行速度で登れます)。歩き方を学ぶなかで、人間は元々右手右足→左手左足の順に体を動かす歩き方が元々本能に刻まれており、緊張したときその歩き方が表に出るということを知りました。この事は知識として知っていましたが、野良仕事中に何故そうなのかという事を理解できました。草むらや低木同士の間を抜けるときに体を横向きにする体勢が長いので葉や枝に体が当たるのを避けられるし、当たったとしてもそのダメージを軽減できる。歩幅が大きくなるので一定距離感での歩数が減り、地表にいる蛇や虫に噛まれる確率が減る(んちを踏む確率も減る)。ほとんどの人がその本質を知らないために本能的歩き方をバカにする。
あれ?まとまってなくねぇ、、、、
自分は武道未経験者ですが、田舎で生まれで小学生の頃の通学距離が4.5kmあったので歩き方を独学で研究し我流の歩行術(笑)を実践してきました(お陰で金属製の階段を音もなく通常歩行速度で登れます)。歩き方を学ぶなかで、人間は元々右手右足→左手左足の順に体を動かす歩き方が元々本能に刻まれており、緊張したときその歩き方が表に出るということを知りました。この事は知識として知っていましたが、野良仕事中に何故そうなのかという事を理解できました。草むらや低木同士の間を抜けるときに体を横向きにする体勢が長いので葉や枝に体が当たるのを避けられるし、当たったとしてもそのダメージを軽減できる。歩幅が大きくなるので一定距離感での歩数が減り、地表にいる蛇や虫に噛まれる確率が減る(んちを踏む確率も減る)。ほとんどの人がその本質を知らないために本能的歩き方をバカにする。
あれ?まとまってなくねぇ、、、、
感想ありがとうございます。
ナンバ歩きという歩行法とされている動きですね。
浮世絵などを理由に昔の日本人はその歩き方だったと言う説があります。
私は歴史や古武術の専門家ではないのでナンバ歩きが実際に効果的なのか、昔の日本人はその歩き方だったのか、わかりませんが空手にも追い突きという技があり、踏み出だした足と同じ手で攻撃します。
基礎練習では必ずやる動きです、踏み出した方の足を腕と連動させる身体操作はなにか重要な意味があるのかもしれません。
道路事情も昔と変わっていますし、食の欧米化により日本人の体格も昔と変わりました。
体格も人それぞれなのでその人にあった動きや体の使い方があると思います。
Redaka様はご自身の努力や試行錯誤の結果、ご自身にあった効率的な体の動かし方を発見されたのでしょう、その歩行術の見栄えが悪く馬鹿にする人は物事の本質を理解しない人なんでしょうね。
努力を重ね、ひとつの答えに辿り着いた事を尊敬します。
ナンバ歩きという歩行法とされている動きですね。
浮世絵などを理由に昔の日本人はその歩き方だったと言う説があります。
私は歴史や古武術の専門家ではないのでナンバ歩きが実際に効果的なのか、昔の日本人はその歩き方だったのか、わかりませんが空手にも追い突きという技があり、踏み出だした足と同じ手で攻撃します。
基礎練習では必ずやる動きです、踏み出した方の足を腕と連動させる身体操作はなにか重要な意味があるのかもしれません。
道路事情も昔と変わっていますし、食の欧米化により日本人の体格も昔と変わりました。
体格も人それぞれなのでその人にあった動きや体の使い方があると思います。
Redaka様はご自身の努力や試行錯誤の結果、ご自身にあった効率的な体の動かし方を発見されたのでしょう、その歩行術の見栄えが悪く馬鹿にする人は物事の本質を理解しない人なんでしょうね。
努力を重ね、ひとつの答えに辿り着いた事を尊敬します。
- 野人
- 2018年 02月11日 07時35分
[一言]
活殺術などが失われ、武術の本質が失われていくことに寂しさを感じる身としては、胸の熱くなるエッセイでした。ありがとうございます。
海外では左利きだからと右腰に刀を差してイアイを教える先生がいたりする時代ですからね。スラムで人を斬ったという錆の浮いた刀を飾ってたりとか。
過去の武術での免許皆伝という言葉。
免許とは自動車の免許と同じで、自動車の免許は自動車を動かす知識と技術がある、という証明。
古流武術の免許とは、己の肉体を理解し全身の関節や筋肉の機能を十全に使いこなすことができる証、と昔、師匠に教わりました。
肉体の機能を限界まで精密に使いこなす完全な動き方には、人の身体の機能美が見えるのだと。これが、知識が無くとも同じ人の身体を持つ人には、美しい動き方に見えるのだと。
フィギアスケートなどの芸術点はここに通じるものがあるのではないでしょうか。
武術は現代では使えないものかもしれません。
私は柔術を研究した師匠にいろいろ教わり、遺伝的では無い歩き方のクセでなるO脚の治し方とか教えてもらいましたが。
こういったことが失われる現代は、人が自分の身体を忘れていく時代なのかもしれません。
活殺術などが失われ、武術の本質が失われていくことに寂しさを感じる身としては、胸の熱くなるエッセイでした。ありがとうございます。
海外では左利きだからと右腰に刀を差してイアイを教える先生がいたりする時代ですからね。スラムで人を斬ったという錆の浮いた刀を飾ってたりとか。
過去の武術での免許皆伝という言葉。
免許とは自動車の免許と同じで、自動車の免許は自動車を動かす知識と技術がある、という証明。
古流武術の免許とは、己の肉体を理解し全身の関節や筋肉の機能を十全に使いこなすことができる証、と昔、師匠に教わりました。
肉体の機能を限界まで精密に使いこなす完全な動き方には、人の身体の機能美が見えるのだと。これが、知識が無くとも同じ人の身体を持つ人には、美しい動き方に見えるのだと。
フィギアスケートなどの芸術点はここに通じるものがあるのではないでしょうか。
武術は現代では使えないものかもしれません。
私は柔術を研究した師匠にいろいろ教わり、遺伝的では無い歩き方のクセでなるO脚の治し方とか教えてもらいましたが。
こういったことが失われる現代は、人が自分の身体を忘れていく時代なのかもしれません。
感想ありがとうございます。
時代の流れとはいえ悲しいですよね。
やはり正しい動きは美しく見えますよね、空手の型もフィギュアスケートと同じように芸術点を意識しますので通じる物はあると思います。
体の悪い使い方、姿勢や間違った力の入れ方を修正いきる様に指導できる人はびっくりするぐらい少なくなって来てますよね。
私もちゃんと出来るかと言われたら自身のない答えしか出せそうにありません。
NOMAR様の師匠は優れた指導者なのでしょう。
優れた師匠の教えをうまく次の代に伝えていけたら良いですよね。
時代の流れとはいえ悲しいですよね。
やはり正しい動きは美しく見えますよね、空手の型もフィギュアスケートと同じように芸術点を意識しますので通じる物はあると思います。
体の悪い使い方、姿勢や間違った力の入れ方を修正いきる様に指導できる人はびっくりするぐらい少なくなって来てますよね。
私もちゃんと出来るかと言われたら自身のない答えしか出せそうにありません。
NOMAR様の師匠は優れた指導者なのでしょう。
優れた師匠の教えをうまく次の代に伝えていけたら良いですよね。
- 野人
- 2018年 02月11日 00時30分
[良い点]
素晴らしい考察でした。
寸土め、防具越しに当てる流派の両方を経験していますが、その二種だけでも突きに違いがありますからね。
『極め』はホントに難しいですね。
素晴らしい考察でした。
寸土め、防具越しに当てる流派の両方を経験していますが、その二種だけでも突きに違いがありますからね。
『極め』はホントに難しいですね。
感想ありがとうございます。
お褒め頂ありがとうございます、つたない考察と文章ですが何か得るものがあれば幸いに思います。
私もグローブ空手を習った時、伝統派の技術が全く役に立たなかったです、流派や試合のルールが変わるとぜんぜん違いますよね。
『極め』は本当に難しい、一生かけても完璧にできる気がしません、だからこそやりがいがあって面白いんですけどね。
お褒め頂ありがとうございます、つたない考察と文章ですが何か得るものがあれば幸いに思います。
私もグローブ空手を習った時、伝統派の技術が全く役に立たなかったです、流派や試合のルールが変わるとぜんぜん違いますよね。
『極め』は本当に難しい、一生かけても完璧にできる気がしません、だからこそやりがいがあって面白いんですけどね。
- 野人
- 2018年 02月10日 18時06分
[良い点]
私も何となく思うところがあります。
私の専門は俳句です。15年続けて、人に教えるようになってから10年以上経ちます。その辺の経験からお話しします。
俳句は元々大衆の文芸でした。
いつの時代でも師匠に黄金色のお菓子を贈り物して取り上げて貰う伝統は有りました。
ですが芭蕉は禅の形を学んだり色々な影響を受けて「俳句は三尺の童にさせよ」「松の事は松に竹の事は竹に習え」と自然をありのままに詠む形を推奨しました。権威を捨てて旅に出て死んだのです。
子規は西洋から「スケッチ」の技法を取り入れて「写生」の句の技法をまとめました。「見たまま感じたまま作る」と言うものです。それは自然とのふれあいや多角的な目線の獲得から、子供達や大人の自己研鑽意識にとても良い影響を与えられるのです。
先に述べた方々以外の形もありますが、主にその方々の尽力により、明治にて俳句は技法や論が確立し「芸術」と言う枠組みを得ました。
「芸術」と言う枠組みに変化した弊害として、「芸術」に群がる人が増えた事により、そこに「名誉」が生まれる事が増えたのです。
つまり、自然を詠む自己研鑽の形ではなく、名誉を求めて作品を創作する方々が増えたのです。
今で言うなれば、子供達の大会で大人の名誉のために子供達の作品を代作したり、指導的見地を外れるレベルで発言を操作されたり、不当な評価を行ったり、と言うものです。
先人の発掘で出来た折角の技法が、栄誉を求める欲の形で利用される現状があるのです。
実は先達の齎した最高クラスの俳句を簡単に作れる裏技は沢山あるのです。何も学ぶ必要もなく、その作業を延々繰り返すだけで賞を取る事が可能なのです。
その裏技も、指導的見地を外れない範囲で教え使うのならば問題はないのですが、どうも大きく外れる使い方が目立つのです。
よって表舞台に立っている方の幾らかは俳句ゴロ的な疑わしさを持つ方も多く居るのです。その影で、長年地元で土地を詠み続けている方々が霞んでいると言う所もあるのです。
文化の継承は迎合との戦いだと思います。ほっておくと本質を外れて安易な方向に流れていって変質して腐ってしまうのです。
日本文化とは日本人と言う大きな生き物の、過去から未來に流れる大きな血の巡りなのです。私達は違う種種類の文化ではありますが、その担い手の1人なのです。
その担い手の1人として、数万、数千PVの形かもしれませんが、先人の形を残さんとしている姿はとても「スゴイナー」と思います。
ジャンルは違えども、同じく事を考えている人は沢山いると思います。
意見自体は度々お聞きしたものではありましたが、その意見が綺麗に纏められており、素晴らしく、また楽しかったです。
つ⑤
つ⑤
私も何となく思うところがあります。
私の専門は俳句です。15年続けて、人に教えるようになってから10年以上経ちます。その辺の経験からお話しします。
俳句は元々大衆の文芸でした。
いつの時代でも師匠に黄金色のお菓子を贈り物して取り上げて貰う伝統は有りました。
ですが芭蕉は禅の形を学んだり色々な影響を受けて「俳句は三尺の童にさせよ」「松の事は松に竹の事は竹に習え」と自然をありのままに詠む形を推奨しました。権威を捨てて旅に出て死んだのです。
子規は西洋から「スケッチ」の技法を取り入れて「写生」の句の技法をまとめました。「見たまま感じたまま作る」と言うものです。それは自然とのふれあいや多角的な目線の獲得から、子供達や大人の自己研鑽意識にとても良い影響を与えられるのです。
先に述べた方々以外の形もありますが、主にその方々の尽力により、明治にて俳句は技法や論が確立し「芸術」と言う枠組みを得ました。
「芸術」と言う枠組みに変化した弊害として、「芸術」に群がる人が増えた事により、そこに「名誉」が生まれる事が増えたのです。
つまり、自然を詠む自己研鑽の形ではなく、名誉を求めて作品を創作する方々が増えたのです。
今で言うなれば、子供達の大会で大人の名誉のために子供達の作品を代作したり、指導的見地を外れるレベルで発言を操作されたり、不当な評価を行ったり、と言うものです。
先人の発掘で出来た折角の技法が、栄誉を求める欲の形で利用される現状があるのです。
実は先達の齎した最高クラスの俳句を簡単に作れる裏技は沢山あるのです。何も学ぶ必要もなく、その作業を延々繰り返すだけで賞を取る事が可能なのです。
その裏技も、指導的見地を外れない範囲で教え使うのならば問題はないのですが、どうも大きく外れる使い方が目立つのです。
よって表舞台に立っている方の幾らかは俳句ゴロ的な疑わしさを持つ方も多く居るのです。その影で、長年地元で土地を詠み続けている方々が霞んでいると言う所もあるのです。
文化の継承は迎合との戦いだと思います。ほっておくと本質を外れて安易な方向に流れていって変質して腐ってしまうのです。
日本文化とは日本人と言う大きな生き物の、過去から未來に流れる大きな血の巡りなのです。私達は違う種種類の文化ではありますが、その担い手の1人なのです。
その担い手の1人として、数万、数千PVの形かもしれませんが、先人の形を残さんとしている姿はとても「スゴイナー」と思います。
ジャンルは違えども、同じく事を考えている人は沢山いると思います。
意見自体は度々お聞きしたものではありましたが、その意見が綺麗に纏められており、素晴らしく、また楽しかったです。
つ⑤
つ⑤
感想ありがとうございます。
まったく違う分野でも同じような事が起きている、人がかかわる限り避けられない物なのでしょうね。
空手も権威主義の老害ジジイがたくさんいます。
わかりやすく段位と言う物があります、あんなのコネと金で決めてるようなもんです。
研鑽を積んだ結果が段位であり、その段位を得るための努力や空手会への貢献が認められるからリスペクトが得られるのです。
リスペクトがほしいから高段位を金で買うなんてのは本末転倒ですよね。
名誉〇〇段とかい言う制度も終わってます、すべての段位の意味を破壊する最悪の制度です、受け取る方もどうかしてますが、あれも段位についてくる名誉や権威を商売にしてます。
派閥もあるし、判定も身内びいきが多々あります。
青少年の健全な育成をうたっておきながら自分の教え子をひいきして判定を捻じ曲げたりします。
健全な育成をうたっている組織の重鎮がです、まじめに一生懸命、努力していた子が大人の都合で無理やり負けさせられるのを見ると胸が潰れそうになります。
ボコボコにしてやりたいと思いますがしがない1指導員なのでぐっと我慢しますが。
文化の継承なんて大層な志はありませんが、自分の好きな物を残したい、知ってほしいという気持ちはあるのかもしれません。
ジャンルは違えどお互い指導するという立場なので出来る範囲で自分たちが受け継いできた文化や技術をなるべく次の世代に正しい形で伝えられたらいいいですね。
まったく違う分野でも同じような事が起きている、人がかかわる限り避けられない物なのでしょうね。
空手も権威主義の老害ジジイがたくさんいます。
わかりやすく段位と言う物があります、あんなのコネと金で決めてるようなもんです。
研鑽を積んだ結果が段位であり、その段位を得るための努力や空手会への貢献が認められるからリスペクトが得られるのです。
リスペクトがほしいから高段位を金で買うなんてのは本末転倒ですよね。
名誉〇〇段とかい言う制度も終わってます、すべての段位の意味を破壊する最悪の制度です、受け取る方もどうかしてますが、あれも段位についてくる名誉や権威を商売にしてます。
派閥もあるし、判定も身内びいきが多々あります。
青少年の健全な育成をうたっておきながら自分の教え子をひいきして判定を捻じ曲げたりします。
健全な育成をうたっている組織の重鎮がです、まじめに一生懸命、努力していた子が大人の都合で無理やり負けさせられるのを見ると胸が潰れそうになります。
ボコボコにしてやりたいと思いますがしがない1指導員なのでぐっと我慢しますが。
文化の継承なんて大層な志はありませんが、自分の好きな物を残したい、知ってほしいという気持ちはあるのかもしれません。
ジャンルは違えどお互い指導するという立場なので出来る範囲で自分たちが受け継いできた文化や技術をなるべく次の世代に正しい形で伝えられたらいいいですね。
- 野人
- 2018年 02月09日 22時29分
[良い点]
熱い解説でした。説明文なのに燃えます。
あと真摯な考察に萌えます。
熱い解説でした。説明文なのに燃えます。
あと真摯な考察に萌えます。
感想ありがとうございます。
好きなものだとつい熱くなっちゃいます、くどくなるのでもうちょっとコンパクトにしたいんですが、好きなものについてだと文章削りたくない! って思ってしまいます。
まさか燃えじゃなくて『萌え』の方! 萌え要素があったとは斬新な視点からの感想ありがとうございました。
好きなものだとつい熱くなっちゃいます、くどくなるのでもうちょっとコンパクトにしたいんですが、好きなものについてだと文章削りたくない! って思ってしまいます。
まさか燃えじゃなくて『萌え』の方! 萌え要素があったとは斬新な視点からの感想ありがとうございました。
- 野人
- 2018年 02月09日 21時25分
[一言]
私はメインでやっていたのは柔道でしたが、年配の指導者に目突きや金的の防ぎ方なんかを良く教えてもらったものです。
まだ武道の名残が残っていた頃なんでしょうね。
思い出してみたら私が教わってた頃は、こうすれば壊せる、こうすれば落とせる、こうすれば外せる、こうすれば折れるまで教えてもらってましたからねー……今はそこまで教えないんだろうなー。
まぁ実際に練習試合で折ったり外したりしてしまって土下座して謝った経験がある身としては、危険だからって言うのも解るんですけどね……。
でもそうなると本来の武道は衰退しちゃうのかなぁ……なんか寂しいです。
本当はケガのさせ方や壊し方を知ってたほうが、それを防ぐのに役立つんですけどね。
ちなみに教わったことで一番役に立っているのは受け身でした。
活動報告にも書かせてもらいましたが、雪降ろしで屋根から何度か落ちても受け身のおかげで全くの無傷で済みました。
「ふぃ~、落ちちまったぜ~」
てな感想で終わった程度です。
日常生活で役に立つこともあるんですねー。
私はメインでやっていたのは柔道でしたが、年配の指導者に目突きや金的の防ぎ方なんかを良く教えてもらったものです。
まだ武道の名残が残っていた頃なんでしょうね。
思い出してみたら私が教わってた頃は、こうすれば壊せる、こうすれば落とせる、こうすれば外せる、こうすれば折れるまで教えてもらってましたからねー……今はそこまで教えないんだろうなー。
まぁ実際に練習試合で折ったり外したりしてしまって土下座して謝った経験がある身としては、危険だからって言うのも解るんですけどね……。
でもそうなると本来の武道は衰退しちゃうのかなぁ……なんか寂しいです。
本当はケガのさせ方や壊し方を知ってたほうが、それを防ぐのに役立つんですけどね。
ちなみに教わったことで一番役に立っているのは受け身でした。
活動報告にも書かせてもらいましたが、雪降ろしで屋根から何度か落ちても受け身のおかげで全くの無傷で済みました。
「ふぃ~、落ちちまったぜ~」
てな感想で終わった程度です。
日常生活で役に立つこともあるんですねー。
感想ありがとうございます。
目突きや金的の防御、一番大事ですよね、すばらしいと思います。
反則というのは裏を返せば危険で効果的と言う事ですから防御を習うのは大事ですよね。
今、そのような指導を子供にすると親からクレームが来たりします。
やりにくい世の中です。
私はありませんが、総合格闘技の練習をしていて隣で寝技のスパーをしていた人がヒジ壊されてドン引きした記憶があります。
今の時代はいろいろうるさいですからね、怪我が怖いんならやるな! なんて言えませんし、仕方ない事なのかもしれません。
受け身、役に立ちますよね、屋根から何度か落ちてるのが気になりますが、無傷だと余計慎重にならないのかな? 怪我がないのはいい事ですが。
空手はあんまり役にたった記憶がないなぁ、顔に何か飛んできてもとっさに対処できるぐらいかなぁ。
上から荷物が落ちてきた時、反射的に受け流して地面に落下した後、キャッチすればよかったと破損した荷物を見て思った事はあります。
目突きや金的の防御、一番大事ですよね、すばらしいと思います。
反則というのは裏を返せば危険で効果的と言う事ですから防御を習うのは大事ですよね。
今、そのような指導を子供にすると親からクレームが来たりします。
やりにくい世の中です。
私はありませんが、総合格闘技の練習をしていて隣で寝技のスパーをしていた人がヒジ壊されてドン引きした記憶があります。
今の時代はいろいろうるさいですからね、怪我が怖いんならやるな! なんて言えませんし、仕方ない事なのかもしれません。
受け身、役に立ちますよね、屋根から何度か落ちてるのが気になりますが、無傷だと余計慎重にならないのかな? 怪我がないのはいい事ですが。
空手はあんまり役にたった記憶がないなぁ、顔に何か飛んできてもとっさに対処できるぐらいかなぁ。
上から荷物が落ちてきた時、反射的に受け流して地面に落下した後、キャッチすればよかったと破損した荷物を見て思った事はあります。
- 野人
- 2018年 02月09日 21時22分
[一言]
まず申し上げます、私は格闘技に関しては全くの素人です。ですが、以前から常々「動き方や身のこなしを身につけるだけではない《何か》があるのでは?」と、ぼんやりとですが感じていました。自分の小説内で登場人物に「格闘技っぽい動作」をさせても、何かが違う気がする、と。
本作の読後、その《何か》が何なのか、少しですが分かった気がします。
武道。
この言葉にハッとさせられました。
まず申し上げます、私は格闘技に関しては全くの素人です。ですが、以前から常々「動き方や身のこなしを身につけるだけではない《何か》があるのでは?」と、ぼんやりとですが感じていました。自分の小説内で登場人物に「格闘技っぽい動作」をさせても、何かが違う気がする、と。
本作の読後、その《何か》が何なのか、少しですが分かった気がします。
武道。
この言葉にハッとさせられました。
感想ありがとうございます。
科学が発達していなかった時代、先人たちは膨大な試行錯誤と研鑽を繰り返しながら答えを導き出していました。
私のような若輩者は本質のほんの上澄みしか理解できていないと思います、ですがそこをうまく文章で表現できれば格闘描写に深みが出るのではと思います。
お互い良い格闘描写が掛けるといいですね。
科学が発達していなかった時代、先人たちは膨大な試行錯誤と研鑽を繰り返しながら答えを導き出していました。
私のような若輩者は本質のほんの上澄みしか理解できていないと思います、ですがそこをうまく文章で表現できれば格闘描写に深みが出るのではと思います。
お互い良い格闘描写が掛けるといいですね。
- 野人
- 2018年 02月09日 21時14分
[良い点]
武術のスポーツ化を案じた内容が好みでした。
柔道もグレコローマンみたいなルールになりました。
若い子に技をすぐに解くな、残心を忘れるなと言ったら「残心って何ですか?」と真顔で言われて驚いたことがあります。
私は受け身の次くらいに習ったんですけどね。
[気になる点]
私が習った柔道のテクも今では「ダーティ」なんですって。知らんがな(´・ω・`)
[一言]
武術が武道になりスポーツになる。
時代の流れかもしれませんし、普及のためには良いことでもあるのでしょう。
でも、この『でも』の部分があるんですよね。
ノスタルジーですかねえ。
楽しい、と言えば語弊が有るかもしれませんが、楽しいエッセイでした。
武術のスポーツ化を案じた内容が好みでした。
柔道もグレコローマンみたいなルールになりました。
若い子に技をすぐに解くな、残心を忘れるなと言ったら「残心って何ですか?」と真顔で言われて驚いたことがあります。
私は受け身の次くらいに習ったんですけどね。
[気になる点]
私が習った柔道のテクも今では「ダーティ」なんですって。知らんがな(´・ω・`)
[一言]
武術が武道になりスポーツになる。
時代の流れかもしれませんし、普及のためには良いことでもあるのでしょう。
でも、この『でも』の部分があるんですよね。
ノスタルジーですかねえ。
楽しい、と言えば語弊が有るかもしれませんが、楽しいエッセイでした。
感想ありがとうございます。
「残心って何ですか?」恐ろしいですね、スポーツ特待生制度が充実してきた弊害か、競技としての側面以外、興味を持たない若い子も増えてきてます。
競技としての指導を求めている子にはそういう風に指導しますが、少し悲しさを感じます。
まぁ競技としての指導も楽しいんですけどね、副審4人制になった時、全部の角度でビデオ撮影してこの角度で仕掛けたほうが見栄えが良いとか一生懸命検証してました。
オリンピックを意識して『わかりやすさ』と公平さをアピールして観客の心証を良くしたいんでしょうね。
なんか攻略方法を探すって感じで楽しかったです、完全にスポーツだなぁとも思いましたが。
「ダーティ」って響きがやばいです、それ当時でもアレだったんじゃ……。
『でも』の部分ですよねやっぱり、ノスタルジーですね、自分が若い頃、こんな風な事を行っていた中年を「うるせぇよ、おっさん」って思って見てた気がします。
これが、最近のわかいもんは現象か!
戦う技術が人生の道になりスポーツになる、時代の流れとは言え悲しさを感じますよね、自分の身を守る技術ぐらい身につけやがれい! って気持ちになります。
こんなこと言うと、「俺は大学の推薦ほしくてやってんだよ、うるせぇじじい!」って言われそう。
柄にもなくまじめ風なエッセイを書いたんですが楽しんで頂けたなら幸いです。
「残心って何ですか?」恐ろしいですね、スポーツ特待生制度が充実してきた弊害か、競技としての側面以外、興味を持たない若い子も増えてきてます。
競技としての指導を求めている子にはそういう風に指導しますが、少し悲しさを感じます。
まぁ競技としての指導も楽しいんですけどね、副審4人制になった時、全部の角度でビデオ撮影してこの角度で仕掛けたほうが見栄えが良いとか一生懸命検証してました。
オリンピックを意識して『わかりやすさ』と公平さをアピールして観客の心証を良くしたいんでしょうね。
なんか攻略方法を探すって感じで楽しかったです、完全にスポーツだなぁとも思いましたが。
「ダーティ」って響きがやばいです、それ当時でもアレだったんじゃ……。
『でも』の部分ですよねやっぱり、ノスタルジーですね、自分が若い頃、こんな風な事を行っていた中年を「うるせぇよ、おっさん」って思って見てた気がします。
これが、最近のわかいもんは現象か!
戦う技術が人生の道になりスポーツになる、時代の流れとは言え悲しさを感じますよね、自分の身を守る技術ぐらい身につけやがれい! って気持ちになります。
こんなこと言うと、「俺は大学の推薦ほしくてやってんだよ、うるせぇじじい!」って言われそう。
柄にもなくまじめ風なエッセイを書いたんですが楽しんで頂けたなら幸いです。
- 野人
- 2018年 02月09日 20時33分
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