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[気になる点]
学が無く、いい歳こいて芸術とは? 文学とは何ぞ?と思っているジジイになりかけのオッさんです。
近代芸術の値段が高くなっているとのことですが、何となく思うところ。

いまのご時世、物価は上がりまくってますがその反面、安物も多く出回っています。(100均とか)
それでコストパフォーマンスが良いという理由のみで大量生産の安いものばかりを購入して、身の回りに溢れるていると自分の人生が安物に取り囲まれた安物に思えてきて、その反発で芸術品などの一点ものを求める声が大きくなっているのかな? などと思っています。
もしそうであれば芸術を理解した訳じゃない訳ですけど、気持ちとしては自分はなんとなく分かります。
[一言]
価値観なんて時代に場所に文化によって変わりますからね。
欺瞞を見抜く目と本物を見い出す目、価値観などという言葉では言い表せないものをキチンと見つめれる目を養って行きたいものです。
  • 投稿者: 天海波平
  • 50歳~59歳 男性
  • 2022年 03月05日 05時39分
感想ありがとうございます。

とても素敵なことだと思います。
僕が思う、最も強くてかっこいい人間は、歳をとったとしても、自分の考えを改める勇気がある人のことだと思うので、いまだに、哲学をなっさっているのは、僕の人生的な目標の一つです。

なぜ大量生産されるのかを考えると、それだけ需要があるからこそ、企業が努力してコストを下げて、多くのものを生産する。
そうすることで、安価に必要なものを多くの人に与えることができる。
無駄に作りすぎ感は否めないですけど、、、
実際の芸術品とは違って、その大量生産されている商品を一点ものだと仮定すると、その商品はとても価値のあるものになるのだと思います。
安物には安物なりの大きな理由がある。
芸術品よりも、その安物の方が、この世界にとって、とても貴重で価値のあるアイデアなのかなって僕は感じます。
安物って、軽く見られがちですけど、それだけ多くの人が求めて、いろんな人の努力があって、たくさんのアイデアがあって、素敵なものだと思います。
僕は、いろいろな人の感情や思いを込めた商品こそ、本当に価値のあるものなのかなって思ってます。
なんで、この商品はこんな感じなんだろうって考えると、いろいろな人の気遣いがあって面白いし、感謝したくなりますよ。

そのためのお金なのかなって。
違うからこそ、みんなが共有できる価値観が必要で、それが、モノの価値の指標になることで、ありとあらゆるものの価値が初めて決まる。
この世界は、人の価値観でできてます。
人の命の重さだったり、罪の重さだったり、法律も倫理観も、全て。
法律は、多くの人の善悪の価値観の塊。
倫理観は、多くの人の無意識の価値観の塊。
人それぞれ違うからこそ、その人の価値観を見極めるのが、人として大きな意味を持つように僕は思います。
[一言]
 私は割りと餓鬼の頃から芸術に親しんで来たんですよ。
 芸術も音楽や小説と同じで、その価値は個人的な物だとおもいます。
 一枚の絵画を見て共感したり、感動したり、心を動かす物を感じた時、見た人に価値がうまれる、それが芸術の価値だと私は思ってます。
 お金と言う価値観が介入した時、その作品の本当の価値は失われるんじゃないでしょうかね。
 本心から名作だから手元におきたいから、と芸術作品に大金払う人もいますげど。
 大抵お金絡むと、税金対策とか、有馬様の言う自尊心の自己満足とか、そんなものの道具となっている気がします。
 そうした価値観の人にはその人なりの正義があるのかもしれませんが。
 感覚的にちょっとファッションに似てますね。
 ブランド物の高い服やらバック身につけてるから、私はハイセンスって勘違いしてる人沢山いますね。
 私はファッションは自分のセンスで安い高い関係なく自分らしさを表現している人の方がオシャレだなって思います。
 芸術作品も高い値段がついたら、名作って思い込んでいてそれをいい作品だと言うことで芸術を理解していると感じてる人も居るのじゃないですかね。
 はっきり言ってそうゆう人は退屈です。
 自分の感性で物が言えない人みたいだから。
 
感想ありがとうございます。
心が動く、感動するというのは一緒の部分ですね。
でも、僕は、芸術品と、小説や音楽には決定的な差があると思ってます。
それは、小説、音楽は、多くの人に実際のものを共有することができること。
芸術品というのは、基本実物は一つです。
全てのものにプレミアがつく。
芸術品はその物自体の価値を個人が独占しやすい。
値段を付けたもの勝ちなんです。
だからこそ、僕は今の芸術品に対して、違和感を持ってます。

お金は、多くの人の価値の指標です。
お金に悪意はなく、ただ、価値を示すものなので、お金は悪いものにはなり得ない。
小説や音楽は、多くの人に聞いたり、読んでいただければ、それに応じて価値が上がっていきます。
多くの人に、面白い、感動するというのを共有して価値が上がっていくに対して、芸術品は、圧倒的に少数でも、釣り上げようと思えば釣り上げられる。
本来なら、個人が面白いと思ったもの、好きなものを共有して大きくしていくもの、多くのファンの方が、少しずつ思い入れを持って価値が上がっていくのに対して、芸術品は、いいと言った人が高額な価値をつけることで、価値が一気に上がる。
個人的な価値観でそのものの価値が跳ね上がるのがどうも僕は許せない。
多くの人が関わって、共有して、感動して、心が動いて、初めて価値というのが生まれると思うんです。

石猫さんがいうように、高値がついたら名作という人は、本当に退屈な人です。
流行なんて最たるものだと思います。
クッソつまらん。
そういう人間は自分の中の物差しを持っていないのですから。
でも、そういう人たちのための仕組みになっているのがこの世界です。
お金という共通の価値観、多数決という人数の絶対的な価値観。
価値観というのは、必要不可欠で、争いになるからこそ、わかりやすくしないといけない。
だから、共通の価値観がある程度必要なんだと思います。
それを、少数の圧倒的な力で、すっ飛ばしてはいけないと思ってます。

価値の独占は、自分中心の自己満以外の何者でもないです。
作品が本当にいいものだとしたら、共有する、もしくは説明できるようにするというのが価値の利権を持つ人間の責務だと思ってます。
それが広まってこその、芸術、音楽、小説、なんだと思います。
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