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自分(自分達)の不遇不幸は免罪符にはならない。 
  • 投稿者: 漉緒
  • 2026年 04月18日 23時16分

漉緒様、感想をありがとうございます。

「自分の不遇不幸は免罪符にはならない。」という言葉から、

①免罪符を盾に誰かを攻撃するのはよくない
②自身の不遇不幸はなかなか理解されない

という、2重の意図を感じました。

①は、もちろん、その通りです!100%同意します!!
(後半で、②についてもお話します!)

不幸や不遇を盾に、誰かを殴りつけたりするのは論外です。

私はこのエッセイ内で、「『不幸な人間』とレッテルを貼られた人間の存在は、世界から消えてしまう」と言った内容を暗に伝えていました。

ですから、自分を不遇不幸の免罪符で正当化し、周囲の人間を「攻撃してもいい人間」とラベルを張って、他人の息づかいや存在を消してしまうのは論外です。


そして、②についてですが、どれだけ不遇不幸だとしても、知らない物事を他人が見つけたり、共感したりするのは難しいようです。一般的な想定を超えている、とでも言うのでしょうか。

私はエッセイ内で、「指の関節が一節ない子」の話をしました。

この関節が一節ないという症状は、全ての指にあります。

この話って、何だかおかしいと思いませんか?

「人の手」って、誰かが触れたり、見たりする目立つ部位です。
  
それなのに、その子の指の異常を、両親、兄弟、親戚、先生、友達、医者、看護師など、全ての人が見落としているみたいなんです。

見たり、触れたりしたら一瞬で分かるほどに、指が「へ」の字に曲がっているのに、その子に関わった人々はそれに気づかなかったんです。

これは不遇不運ではなく、社会のセーフティネットの破損だと私は感じています。
 
私の現実の名前は、母の再婚相手の元奥さんと同姓同名です。母のワガママで同姓同名に変えられました。

社会にある倫理や道徳が働かず、名前の変更を認める司法ですら、母の悪行を止めれませんでした。

母は、同姓同名になると分かって変えています。
母の「私は気にならなかった」という言葉に唖然としました。

指の関節がない子の生きづらさや、私の名前の件も、「社会のセーフティネット」が機能していれば防げたのでは?と、私は思っています。

不幸不遇は確かにあります。
でも、仕組みが変われば減る不幸もあると思うんです。
(こう言う考えを、青くさいと言うのでしょうね。)

なるべくみんなが笑顔の方がいいと、私は思っています。

感想をありがとうございました!!
  • ぽぴ
  • 2026年 04月19日 01時07分
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