感想一覧
▽感想を書く>「私は……私は、お前を嫌っていたわけではない!」
>「お前が正しすぎたんだ。息が詰まった。リアナといると、自由になれる気がした。私はただ……」
そうだな。人間とは言うほど理性的にはなれないから、相性が悪ければ そんなような気になるのはそう。わかるよ。
結婚する当人同士の相性なんて無視して婚約を進めたところで、人間はモノじゃないんだから親が決めたようには事が運ばないのは当然。反抗期が来るのは自然なことなんだ。
でも、小人閑居して不善を為す、お前さんはやり過ぎた。彼女が正しすぎたのなら、お前さんは間違えすぎた。彼女が真面目一辺倒な仕事人間なのを見て何も感じずにいたのなら、お前さんは生粋の怠け者であるな。
そして、そういった感情に身を任せて国の中枢に部外者を招き入れて国家の大事に至らせた、己の責務から目を背けて権力を弄んだドラ息子なのだ。自分が何をしているのか、何がしたいのかを客観的に理解できていないのだから、化けの皮が剥がれてよかったな。
こんなドラ息子が国王の座に収まる前に身の程を知る機会を自分から呼び寄せたのだ;飾り物の王様になるどころか、王様になることすらできない落第生なのだから、余計なことはせずに最後まで徹底的に怠け者でいればよかったものを……。
やはり、自分が置かれた立場と自分が抱いている感情を正しく理解して分析できる知性がないと、当たり前のように壁に激突してひっくり返る状況判断能力の欠如を招くのは世の道理か。
ただ与えられたものに拘泥して、与えられたものの価値を理解せずに、与えられたものを乱暴に扱い、最終的に与えられたものを親に取り上げられるという 幼児のような振る舞いからは早々に卒業していれば…………。
IQ:知能指数もEQ:感情知能指数が低い生き物とはこうも生きづらいのだな。これではまさに芋や池以下ではないか。
>結果、芋が証言し、池の水が裁き、乳と酪農と契約が絡む、だいぶ妙な話になりました。
これもまた我々の身近なものに特別な意味を持たせた -今回はそれは芋であった- SFということでまた新しい切り口の物語ということで楽しめました。これぞ創作活動だ。
顛末自体はテンプレートなのでわかりきってはいますが、わかりきった結末だけを求めるのならば最初と最後を見ればだいたいわかるわけで、作者があの手この手で同じテーマ内容を別の言葉に書き換えてきた過程にどれほどの価値があるのか――――――。
少なくとも、SF:サイエンス・フィクションとは、科学の定義が『同一条件下の再現性』であるため、理論が構築されて理論上は条件を満たせば誰でも同じように事象を取り扱うことができるだけの体系付けがなされているのなら、それが魔法と一般的に呼ばれるものでも立派に解明された科学になる。ファンタジーとはファンタジーである。そういった裏付けがないものは『オタクに優しいギャル』と同様に全てファンタジーである。
だから、鑑賞と感想のちがいはまさにちがいを楽しむ;小並感と略されるスラング『小学生並みの感想』の一歩先のメタ的な視点にあると思う。
つまり、ある程度パターン化された見慣れた結果の中での個々の差異を見て『今までとはここがちがうね』『おお、これは斬新だ』という 作品単体だけじゃない 様々な背景や視点を交えての分析が入ってくることで、結末だけを見ればいい状態から過程を味わう審美眼となって、過程にも価値が生まれてくるということだ。
これに反論するのならば、なぜ我々が学園ラブコメという結末がわかりきった世の中で非常にありふれた鉄板中の鉄板のネタを飽きずに求めてニヨニヨして愛するのかを説明しなければならない。なぜ定番というテンプレートが確立されてジャンルが成立するのかを説明しなければならない。
>「お前が正しすぎたんだ。息が詰まった。リアナといると、自由になれる気がした。私はただ……」
そうだな。人間とは言うほど理性的にはなれないから、相性が悪ければ そんなような気になるのはそう。わかるよ。
結婚する当人同士の相性なんて無視して婚約を進めたところで、人間はモノじゃないんだから親が決めたようには事が運ばないのは当然。反抗期が来るのは自然なことなんだ。
でも、小人閑居して不善を為す、お前さんはやり過ぎた。彼女が正しすぎたのなら、お前さんは間違えすぎた。彼女が真面目一辺倒な仕事人間なのを見て何も感じずにいたのなら、お前さんは生粋の怠け者であるな。
そして、そういった感情に身を任せて国の中枢に部外者を招き入れて国家の大事に至らせた、己の責務から目を背けて権力を弄んだドラ息子なのだ。自分が何をしているのか、何がしたいのかを客観的に理解できていないのだから、化けの皮が剥がれてよかったな。
こんなドラ息子が国王の座に収まる前に身の程を知る機会を自分から呼び寄せたのだ;飾り物の王様になるどころか、王様になることすらできない落第生なのだから、余計なことはせずに最後まで徹底的に怠け者でいればよかったものを……。
やはり、自分が置かれた立場と自分が抱いている感情を正しく理解して分析できる知性がないと、当たり前のように壁に激突してひっくり返る状況判断能力の欠如を招くのは世の道理か。
ただ与えられたものに拘泥して、与えられたものの価値を理解せずに、与えられたものを乱暴に扱い、最終的に与えられたものを親に取り上げられるという 幼児のような振る舞いからは早々に卒業していれば…………。
IQ:知能指数もEQ:感情知能指数が低い生き物とはこうも生きづらいのだな。これではまさに芋や池以下ではないか。
>結果、芋が証言し、池の水が裁き、乳と酪農と契約が絡む、だいぶ妙な話になりました。
これもまた我々の身近なものに特別な意味を持たせた -今回はそれは芋であった- SFということでまた新しい切り口の物語ということで楽しめました。これぞ創作活動だ。
顛末自体はテンプレートなのでわかりきってはいますが、わかりきった結末だけを求めるのならば最初と最後を見ればだいたいわかるわけで、作者があの手この手で同じテーマ内容を別の言葉に書き換えてきた過程にどれほどの価値があるのか――――――。
少なくとも、SF:サイエンス・フィクションとは、科学の定義が『同一条件下の再現性』であるため、理論が構築されて理論上は条件を満たせば誰でも同じように事象を取り扱うことができるだけの体系付けがなされているのなら、それが魔法と一般的に呼ばれるものでも立派に解明された科学になる。ファンタジーとはファンタジーである。そういった裏付けがないものは『オタクに優しいギャル』と同様に全てファンタジーである。
だから、鑑賞と感想のちがいはまさにちがいを楽しむ;小並感と略されるスラング『小学生並みの感想』の一歩先のメタ的な視点にあると思う。
つまり、ある程度パターン化された見慣れた結果の中での個々の差異を見て『今までとはここがちがうね』『おお、これは斬新だ』という 作品単体だけじゃない 様々な背景や視点を交えての分析が入ってくることで、結末だけを見ればいい状態から過程を味わう審美眼となって、過程にも価値が生まれてくるということだ。
これに反論するのならば、なぜ我々が学園ラブコメという結末がわかりきった世の中で非常にありふれた鉄板中の鉄板のネタを飽きずに求めてニヨニヨして愛するのかを説明しなければならない。なぜ定番というテンプレートが確立されてジャンルが成立するのかを説明しなければならない。
ありがとうございます。
エドガルドについては、まさに「嫌っていたわけではない」「相性が悪かった」「息が詰まった」までは、人間として分からなくもないんですよね。
ただ、そこで止まっていれば単なる未熟な王子で済んだものを、感情を権力で処理しようとした時点で完全にアウトになりました。
正しすぎる相手に息が詰まる、という感覚自体はあり得る。 けれど、だからといって相手を悪役にしていいわけではないし、国の中枢である契約や池まで巻き込んでいいわけでもない。
「彼女が正しすぎたのなら、お前さんは間違えすぎた」という表現がとても腑に落ちました。 怠け者なら怠け者のまま、余計なことをしなければまだ被害は小さかったのに、中途半端に権力を使った結果、王になる前に化けの皮が剥がれた形ですね。
そして芋や池以下、は笑いました。 この話では本当に、芋と池の方がよほど誠実でした。
SFについての見方も面白かったです。 今回の話は、見た目はかなり妙なファンタジーですが、作中ルールとして「芋は記憶媒体」「池は契約記録装置」「乳律は共鳴体系」と一応の理屈を置いているので、その世界の中では科学として扱える、という感覚はありました。
魔法でも芋でも池でも、条件と再現性があるなら、その世界では技術であり制度になる。 そう考えると、今回の話はだいぶ変な素材を使った制度ものだったのかもしれません。
テンプレートについても、まさにおっしゃる通りで、婚約破棄や断罪の結末自体はかなり見慣れた形です。 だからこそ、そこへ何を乗せるか、どんな言葉や仕組みで同じ構図を書き換えるかが楽しいところだと思っています。
今回はそれが、なぜか芋でした。
昔の自分が何を考えてこのメモを書いたのかは今でも分かりませんが、結果として「契約を守る者」と「借り物で飾る者」の対比に着地したので、形にしてよかったです。
お読みいただき、ありがとうございました。
エドガルドについては、まさに「嫌っていたわけではない」「相性が悪かった」「息が詰まった」までは、人間として分からなくもないんですよね。
ただ、そこで止まっていれば単なる未熟な王子で済んだものを、感情を権力で処理しようとした時点で完全にアウトになりました。
正しすぎる相手に息が詰まる、という感覚自体はあり得る。 けれど、だからといって相手を悪役にしていいわけではないし、国の中枢である契約や池まで巻き込んでいいわけでもない。
「彼女が正しすぎたのなら、お前さんは間違えすぎた」という表現がとても腑に落ちました。 怠け者なら怠け者のまま、余計なことをしなければまだ被害は小さかったのに、中途半端に権力を使った結果、王になる前に化けの皮が剥がれた形ですね。
そして芋や池以下、は笑いました。 この話では本当に、芋と池の方がよほど誠実でした。
SFについての見方も面白かったです。 今回の話は、見た目はかなり妙なファンタジーですが、作中ルールとして「芋は記憶媒体」「池は契約記録装置」「乳律は共鳴体系」と一応の理屈を置いているので、その世界の中では科学として扱える、という感覚はありました。
魔法でも芋でも池でも、条件と再現性があるなら、その世界では技術であり制度になる。 そう考えると、今回の話はだいぶ変な素材を使った制度ものだったのかもしれません。
テンプレートについても、まさにおっしゃる通りで、婚約破棄や断罪の結末自体はかなり見慣れた形です。 だからこそ、そこへ何を乗せるか、どんな言葉や仕組みで同じ構図を書き換えるかが楽しいところだと思っています。
今回はそれが、なぜか芋でした。
昔の自分が何を考えてこのメモを書いたのかは今でも分かりませんが、結果として「契約を守る者」と「借り物で飾る者」の対比に着地したので、形にしてよかったです。
お読みいただき、ありがとうございました。
- 月白ふゆ
- 2026年 04月25日 16時10分
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