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鉄砲伝来もそうだけど長宗我部が土佐から攻めてくるとか、時代考証がデタラメ過ぎ。五稜郭はロマンだけどあの手のものは守るのが城塞都市であって城ではない。北海道の五稜郭も実際役に立つか?と言えばハリボテと変わらない。設計思想が大阪城や小田原城、江戸城のような総構えの城の延長なのだから最低限必要とされる規模がないと機能しません。
  • 投稿者: SPQR
  • 2026年 05月27日 23時57分
今更なんだけど、鉄砲伝来を何年としてますか?
一般的には1543年ですが。
松永弾正がスムーズって言うの、かなり違和感が。
せめて"滞りなく"とかそれっぽい言い回ししてほしい。
  • 投稿者: asis
  • 男性
  • 2026年 05月27日 14時59分
鉄砲伝来は西暦1543年の筈ですが、何故1536年の畿内に存在するのでしょうか?
それと千五百人の兵を収容出来る星形稜堡を僅か一月で完成させるのはどう考えてもおかしいのでは?
  • 投稿者: ちくわ
  • 2026年 05月22日 16時25分
新しい視線の物語、ありがとうございます
今後の展開が楽しみです

惟一点
柳斎が若君に、若君と呼び、敬語を使っているのに
“お主“
と言うのがどうも引っかかって
お主とは同格か格下に用いると思うのですが

何だかごちゃ混ぜのような気がしてそこで引っかかっちゃって没入できません

間違ってますかね
 現代人としての感性と戦国での生き残りで揺れる心がよく現れていると思います。ある意味無双なんですが、本人的にはそうではないところが良いですね。
 ところでソロソロ5歳かそれとも数えなのかな?それだと実質3歳で始まったのかな?
  • 投稿者: アメジスト
  • 60歳~69歳 女性
  • 2026年 05月19日 09時24分
民衆が便利という魔物を手に入れ、生活が劇的に改善してしまった。
もうどんな説法や祈祷の言葉でも以前の生活にもどせない。
幕府が管理した途端、石の橋が崩落した、当時の常識からして、将軍に徳がないから落ちたのだと噂になりますね。
朝廷や民衆、諸大名からの視線が厳しいものになりますね。
そもそも、子供から利益取り上げての不始末、みっともないたらありゃしない。
  • 投稿者: hei
  • 2026年 05月12日 22時24分
なんだが主人公自体が白い危ないお薬めいてきましたね。
この時代の人には、刺激が強すぎた、神秘に対するおそれも強い。
やろうと思えば主人公、清涼殿でなくとも任意で落雷させられますし。
幼児に依存する大人たち絶対後世ネタにされますね。
  • 投稿者: hei
  • 2026年 05月11日 17時10分
鳴門に関作ってジブラルタル要塞化してる上に製塩事業で他の追随を許さない量と質を確保してる主人公に経済的に脅迫なんて何考えてるのか。
子供だと思って舐めてるとしか思えない。
  • 投稿者: hei
  • 2026年 05月08日 20時58分
第41話への鋭いご考察、ありがとうございます!
仰る通り、三郎(主人公)はすでに鳴門の制海権を握り、圧倒的な「塩」の生産能力という強力な経済カードを手中に収めています。普通に考えれば、そんな相手に経済封鎖を仕掛けるのは自殺行為に近いのですが、堺の商人たちにとっては「四歳の子供」という見た目のフィルターが、正常な判断を狂わせたのかもしれません。
中世の商人たちは、自分たちが築いてきた「特権(独占権)」こそが最強の武器だと信じて疑いませんでした。しかし、三郎が持ち出したのは、特定の誰かが独占する権利ではなく、誰もが利用できる「共通規格(デファクトスタンダード)」による市場の塗り替えという、全く別次元の戦い方でした。
「子供だと思って舐めていた相手が、実は自分たちの存在基盤そのものを消去できる設計図を持っていた」という絶望感こそが、今回の堺の商人たちが味わった最大の誤算です。
三郎の「安全管理」は、もはや一つの都市や組織を物理的に、あるいは経済的に再起不能にするレベルに達しつつあります。今後、この規格化された武力がどのような波紋を広げるのか、引き続き見守っていただければ幸いです!
実際この時代の武士には、主人公の計画は理解不能だし、ある意味ノッブを遥かに超える第六天魔王の所行です。
長慶と久秀は未だ若いので先入観が薄いのと、当代一流の文化人な為信奉者になりましたが、もし足利8代目の弟辺りに生まれていれば兄弟仲もましだったかな。
  • 投稿者: hei
  • 2026年 05月08日 18時24分
第35話への鋭いご感想、ありがとうございます!
物理法則という「未知の理」で中世の常識を塗り替えていく三郎は、当時の人々から見れば信長公をも凌ぐ異形の存在、まさに「魔王」そのものかもしれません。
長慶と久秀の二人についても、彼らが単なる武将ではなく、和歌や茶の湯を愛する一流の文化人(インテリ)であったことが、三郎の「美しくも残酷な合理性」を受け入れる土壌になったのだと感じています。
もし三郎が8代将軍・義政の時代に生まれていたら……という「if」は非常にワクワクしますね。銀閣寺の美学にコンクリートの恒久性が加わり、応仁の乱が始まる前に京都のインフラが完璧に再設計されていたら、日本の歴史はもっと「安全第一」な方向へ進んでいたかもしれません。
三郎がこのまま「人智を超えた存在」として祭り上げられていくのか、あるいは一人の技術者として平穏を勝ち取るのか、引き続き物語の展開をお楽しみいただければ幸いです!
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