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AI直接使用 について、私自身引っかかっていたことを書いてくれた内容でした。
私は、表現の選択肢として AI を使用しており、プロットや本文をAIに丸投げはしていないのです。

丸投げした作品と一緒にされるのは、腑に落ちないです…。
なんとかしてほしいものです
コメントありがとうございます。

私も、そのモヤモヤがこのエッセイを書こうと思ったきっかけの一つです。

「表現の選択肢としてAIを使う」

まさに、それなんですよね。
私もリライト案を出してもらっていますが、
そのまま採用する訳ではありません。

何度も生成し直して、比較して、読み返して、
そして最後に、
「この一文を入れるのか」
「これを本当に自分の作品として良いのか」
は自分で判断します。

個人的には、
その作業は絵を描く時に色を選ぶことに近い感覚です。

それでも、ほんの一文だけ採用した作品と、
物語そのものをAIへ丸投げした作品が、
同じ『AI直接使用』という区分に入ることには、
釈然としません。

同じようなことを考えている方がいて、とても嬉しかったです。
コメントありがとうございました。
  • すっとぼけん太
  • 2026年 06月19日 14時22分
あのルールが施行されてから、検索抽出/除外ができる区分を見て、なんだかモヤモヤしはじめたひとりです。
私が思っていることがほとんど書かれているなと思いました。
今のルール上だと、AI直接利用>間接利用>補助>不使用
の順番でAI使用率が多いと定義されていますが、実際はまったく別になる可能性があって、あのルール(しかも抽出除外)上では、全部ひっくり返ると思っているからです。

作者側からすれば、100%じゃないなら一緒だという意見も聞かれます(ここもちょっと極端すぎる考えじゃないかなとも思っていますし、そこまで言うのなら自分の字が見える鉛筆で原稿用紙で書いていけばいいのにと思ったりもしますけど……)

でも、読者に寄り添うという見方をすれば、あのルールはまったく意味をなしていないと思っています。
仰るように直接利用をたった一行のAI直接利用は、AI補助を最大限に使ったものよりもずっとその人の感性のものです。その場合、間接利用ですべての物語と下地を書いてもらい、それを人がすべてリライトしたら、それが一番AIの文章です。

仰っているところと違う考え方だなと思っているのは、
全部自分で書いた文章を、AIに全部リライトさせた場合は、AIの文章だと思っています。
(一度、私の言葉じゃ誤解があってもいけないなと思って、活動報告での説明で使ったことがあるのです。だけど、とても読みやすくなったのですが、まったく私の文章じゃなくなったこともあって)
あと、プロンプト一行の方と、何度も壁打ちをしている方の努力も全く違うなと思っていたりもします。読者の中には作者の努力が見えないから嫌という方もいらっしゃるのですが、この何度も壁打ちの方は、たぶん自筆で書いている方と同じくらい、努力されて作り上げているんじゃないかなぁ……と。

なんだか、モヤモヤをつらつら書いてしまいましたが、AI批判や嫌悪みたいなのが多くて、なんだか嫌で、このエッセイでほっとしました。
因みに私は検索(検索する名詞が頭に出てこないので)と感想をもらいたい(投稿する前の自信みたいなのに繋げたくて)に使っているので、補助利用にしています。
こんにちは。

とても興味深く読ませていただきました。
根っこの部分では、私もほぼ同じことを考えています。

ただ、お話を読んでいて感じたのは、
私が「誰が物語を作ったのか」という創作主体の方を重視しているのに対して、
風花さんは「最終的な文章は誰のものなのか」という表現主体の方を重視されているのかな、ということでした。

なので、枝葉の部分では少し考え方が違うところもあるのですが、
それはむしろ自然なことだと思っています。

AIという新しい道具に対しては、
まだ誰も明確な答えを持っていませんし、
人によって大事にしたい部分も違うでしょうから。

ただ、コメント全体から伝わってきたのは、
「好き嫌い」や「AIだからダメ」といった感情論ではなく、
本気でこの問題について考えているんだなって事でした。

私自身も区分を選ぶ時にモヤモヤして立ち止まった一人なので、
「ああ、同じところで悩んでいる人がいるんだな」と、
少し嬉しかったです。

コメントありがとうございました。
  • すっとぼけん太
  • 2026年 06月19日 14時12分
とても面白かったです。

私の個人的な意見。

AIは道具。

道具を使うのは人。

ならばどのような道具を使おうが作ったのは人。

だと思う。

AIが創作心を出して勝手に作品だしたら別だけど。

少なくとも99%AIに任せた小説でも、書いたのは人だと思う。

まあ、推敲もせずにそのままだしたりするのは能力が低いとか、ナマケモノだね。とか思うけどね。
こんにちは。

道具を使って作っただけなので、
それは、その道具を使った人の作品。
だけど、AIが勝手に創ったものは別――

考えは、色々あっていいと思います。

私の知り合いの1人も、
ほぼ、AIを使って小説を作って楽しんでします。

読んで頂き、そして貴重な意見も聞かせて頂いて、
本当にありがとうございます。
  • すっとぼけん太
  • 2026年 06月17日 13時55分
 玉ねぎやらと同じで、ひん剥いて行った最後のモノの根っこが自分のものなら、それは自分の作品だと思います。
 
コメントありがとうございます。

玉ねぎ剥いて、残った根っこがって自分ならって、
いいですねー。

よーし、
剥いて、剥いて、

ん?

うわー
中になんも無かったーw
  • すっとぼけん太
  • 2026年 06月17日 13時44分
 まあ、そこはねぇ。
 作ることと流すこと、そこの違いを勘違いした者たちがこういう事態を招いたといったところですかね。
 AI丸投げは自身による代筆。
 AI原案は自身による脚色。(間接的利用)
 AI校閲は自身の作品への監修。(補助的利用)
 AIを人間に見立ててみればその作品における自身がどういう扱いなのか解り易いと思うのですけど、作者側は解った上で物事をしているのかどうか。
 本来問われるべきはそこであるのだと考えております。
 なお、この考えでいけば規約の第2条11項にある作品の定義、ユーザー自筆の作品であるか否かで十分だったような気がします。……って、これだとAI原案の間接的利用作品も違反として弾かれることとなるのかな? それだと少し厳しいかも。(苦笑)
  • 投稿者: 戯言士
  • 2026年 06月16日 13時07分
おっしゃる通りだと思います。

以下はとてもよく分かります。
 AI丸投げは自身による代筆。
 AI原案は自身による脚色。(間接的利用)
 AI校閲は自身の作品への監修。(補助的利用)

私が解せないのは、『AI直接利用』です。

一括りにされて、
おそらくは、検索機能の除外項目となって行くのでしょうね。

最後は、個人、個人の解釈と誠実さに依存するのだとは思いますが……、

いつも的確なコメントありがとうございます。
  • すっとぼけん太
  • 2026年 06月16日 13時47分
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