感想一覧

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ランキングから伺わせていただきました。
私自身はAIで文章を書こうとはまったく思っていません。
だけど、AIを使うことに否定的でもありません。
自分の欲求のためにAIイラストを出力してもらって、わぁ、描いてもらった~って喜んでいたりします。文章も自分の過去作の設定を入れて描かせたこともあります。
へぇ、そんな風に料理するんだ……みたいな感想です。
でも、それは私の描いたものではないということが確かな感触としてあります。だから、自分で書こうと思っています。
感想をもらったり検索の補助利用だけはしますけど……(名詞が出てこない時にAI検索がすごく役に立っていて)、一番楽しい部分をAIに取られるのはやっぱり嫌ですから。

そして、XIさまは補助利用のことを仰っておられますが、私は直接利用に関して納得出来ない部分があります。
たとえば、現行のルールであれば、すべてを丸投げしたほぼAI作品(ほぼ同じプロンプトの使い回し、もしくは一行プロンプトくらいのもの)とまたAIの言葉として一行文章に加えたものが同じところに分類されるからです。

表現の一部として、AIとの関係を描きたい、そんな風に思った作者様が、主人公への答えとしてAIの言葉を入れる。リアルを求めたい方ならそうすることもあるでしょう。
それが冒頭の一行のみだったとしても、同じ直接利用ですもの。
そして、除外できるものになってしまいます。さらに、抽出すれば、AI丸投げの中にその作者の魂が込められたお話が紛れてしまいます。

さらに、何度も壁打ちをして自分の思いを文章に起こしたいと思っている方、それを自分の文章にするために触る方。
それと間接利用でいう下書きを書いてもらって人間がすべてリライトするは、ほぼ同じものです。

どう考えても同じとは思えません。
瑞月風花さま

ご感想、ありがとうございます。

恐らくですけれど、瑞月風花さまの「創作にあたってのAIの使用に関する許容量」みたいなものは、私のそれと近似値ではないのかなぁと感じています。

AIの使用を否定するつもりはまるでありません。
ただ、開き直ったように「AIの使用の何が悪い?」とおっしゃる方とはなんだか相容れないだろうなぁと考えます。

フィーリング――あくまでも、感覚的な話です。

いずれにせよ、「AIが書いたものをリライトしたモノだから」みたいな物言いは――そこにあるのが事実でしかないとしても――言い訳のような気がして好きになれません。

中立的でいたいにもかかわらず、実際のところ、私は斜に構えた嫌な奴でしかないのでしょう苦笑

重ねてご感想、ありがとうございました!
  • XI
  • 2026年 06月27日 10時18分
 う~ん……、微妙。
 なんか変に先入観があるというか何というか、AIをあくまでも道具と見なそうとしているために客観的視点が欠けてるというか。
 この問題はどちらかというとAIを人間に見立てた方が本質に近い気がします。
 そうすればゴーストライターの作品の清書するAI丸投げ、それに手を加えた間接的利用、自身の表現に添削を受けそのまま載せた直接使用、口出しされつつも自分で仕上げた補助的利用、それさえも無用の不使用作品、こういった感じになるのではないかと思います。
 そして少し脱線しますけどAI翻訳も、表現の書き替えということで直接使用ってことになるのでしょうかね。原文が自分のものであることを考えると少しばかり不条理な気がしますけど。
 あと、AI利用が世間で嫌われているのは、まあそれはねぇ。喩えるならばオーダーメイド、いやオートクチュールとプレタポルテに対する違いと嫌悪というのが正しいか。
 オーダーメイドの場合消費者の意見が絶対。そこに創作の余地はなく、ただただ消費者の注文に忠実であるのみ。消費者にとって最高の贅沢です。
 オートクチュールは一点物なれどそこにあるのは作者オリジナルの創作性。本来これが正しいはずなんですけど、消費者というものはわがままですから。
 それではと、消費者の需要に応えようと、荒業に出たのがAI。彼らの望む流行に従い効率よく製品を仕上げます。当然テンプレですので質は均一化、量産品なので個性なんてものはありません。粗製濫造と言われる原因ですね。彼らの需要に応えただけだというのになんとも酷い話です。
 そしてそれだけにAI不使用の者はAI利用者に憎しみを抱く。自分たちは消費者に縛られず自由な創作で評価されたい。されども彼らの支持を得るには需要には応えざるを得ない。そんな中効率よくそれに応えてしまうAI。しかもその土台は既存の作品の模倣品。中には自分のアイデアも含まれていることもあり、そこが余計に腹が立つ。なんで自分の劣化コピーにオリジナルである自分が追い詰められなきゃならないのか、それを考えれば当然ですよね。
 こうして起こるラダイト運動のAI版。これが多分AI排斥の実情かと。

 などと小難しい私見的愚考を述べてみましたけど、実際のところ趣味で書いている者からすれば──。
 やはり癪か。AIを利用するにしても、逆にしないにしてみても、彼らの量産する作品に圧されて自分の作品が埋もれるわけですから。況してやその中に自分のそれとよく似たもののある可能性を思えばやはりなお。
 たとえ評価を求めていなくても、偽物扱いだけは御免ですよね。

 とはいえ、それでも書かずにいられないのが、それを趣味とする者の性。(苦笑)
  • 投稿者: 戯言士
  • 2026年 06月20日 14時23分
戯言士さま

「微妙」というご感想は的を射ているのでしょう。
私自身は物事を客観視して書いたのだとしても、やっぱり私はニンゲンだからです。

「AIを道具ではなく人間に見立てる」という考えは目から鱗です、考えもしませんでした。

とはいえ実際のところ、「AIなんていう『道具』を使うなんてなんだかなぁ」というふわっとした思いがAI排斥の礎になっていることも、また事実であろうと考えます。

自身の思考に究極的にまで踏み入ることはなく、ツッコミを入れることすらなく、なんとなく嫌だから否定する――所詮はその程度のことにすぎないのではないでしょうか? なんとなぁくの書き手のプライドゆえのなんとなぁくの否認でしかないのではないでしょうか?

当該感想欄にて先に未来屋様がおっしゃられたとおりで、自力で書くことが好きなヒトであれば、やはり自力で書くに違いありません。AIの存在がその自力の範囲すら曖昧にするというとそれまでなのですが、それならそれでまた議論の余地が生じ、面白いことになるのでしょう。

なお、評価を望まない書き手はいないと考えています。
これもまた、先入観かもしれません。
が、私にとってそれは真実です。

万能性に富んだ客観性なんてものは存在しないとも考えます。
どんな事象においても評価するのであれば私見が絡む。
本人がどれだけの俯瞰を謳っても、です。

丁寧なご感想、たいへん嬉しかったです!
ほんとうに、ありがとうございました!
  • XI
  • 2026年 06月20日 20時50分
AIさん、私もお仕事ではとても助けて頂いていますが、こと執筆になると使おうとはあまり思いません。
自分で考えて書くのが好きだからです(´ω`*)
映像や絵、漫画とはまた違った伝え方ができる小説という媒体が私はきっと好きなのだと思います(勿論映像、絵、漫画も消費者側としては大好きです笑)
文字を重ねて物語を綴っていくことを楽しめる方々がなろうにはたくさんいて、いい世界だなと思います。
XIさん、ありがとうございました。
未来屋さま

ご感想、ありがとうございます。

私も物を書くのは好きなのですが、それでも絵が達者なら漫画を描いたと思うのです。
  • XI
  • 2026年 06月20日 20時24分
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