感想一覧
▽感想を書くはじめまして、ぽぴと言います。
以前からエンゲブラ様のことは何度もお見かけしておりまして、いずれは感想を書こうと思っていたところに、ちょうど私の書いている作品のような、「ベクトルの非対称性」があるエッセイを取り上げていただきありがとうございます。
――と言われると、なんだか喧嘩をしに来たみたいですが、「投げっぱなしの自論に、読者のリアクションがあり、ようやくその「問い」の輪郭が立体化される」という話を読んで、このエッセイの問いを立体化するお手伝いをしたいと思い、こうして感想を書くことにしました。
わたしは、「投げっぱなしの自論に、読者のリアクションは必要無し」という、自論を投稿した後に感想欄を閉鎖する作者ですが、その意図としては、私個人の日常の事情もありますが、自身の筆力が足りないために、読者さまに読み違いを発生させてしまうこと、それによってエッセイ全体の意図がまったく異なってしまう問題を強く懸念しているためです。
エンゲブラ様は以前から、短編エッセイを書かれていますよね。そして、このエッセイの感想欄を見ても、たくさんの感想が書かれております。
この場合、感想欄には多種多様な意見が集まりますから、エンゲブラ様の仰る「投げっぱなしの自論に、読者のリアクションがあり、ようやくその「問い」の輪郭が立体化される。」という機能が満遍なく実行されます。
しかし、私のようなニッチな作品をつくる作者の場合、感想が付いても1〜2件であり、極稀に、読み違えが発生している1つの感想が、私のエッセイの全てを語っているかのような環境を作り出してしまう事がありました。
私のエッセイはとくに、「モヤモヤを自分なりに言語化してみたい」と思う読者を想定していますから、「感想」という第三者の視点が、そういった読者の迷いになってしまうことに、非常に強い懸念があります。ですから、感想欄を閉じることにしました。
イメージ的には、「進化しようとしたら、他の人にびっくりして進化が止まってしまった。だから今後は、作者と読者2人だけの保護ルームを作る。」といった感じでしょうか。
⋯⋯つまり(?)、感想欄を閉じる理由は、いろいろあるかもしれない、と言う話でした。ほんの一例ですが、問いの立体化に役立つ情報かと思います。
――もしかすると、エンゲブラ様が頭に浮かべているエッセイは「極論で誰かを傷つける割には、人の意見はまったく求めず、対話の態度に欠けた、論理的にも対人的にも誤っているもの」かもしれませんが⋯⋯問いを立体化するお手伝いができたのなら幸いです!
(長くなってすみません!)
丁寧な感想ありがとうございます。
たしかにこちら側は、感想をするひとを選べないので、言葉尻だけを捕まえ、テーマとはまったく違う持論を置いていくひともチラホラいますね。またそういった感想だけが残された場合、うんざりとした気持ちが残るのもよくわかります。またそういった感想を残すひとの読み違えの大半が「故意」であることも、見逃せない点。
私がエッセイを書く時には、(性格の問題上?)かならず挑発的な部分が混ざるため、ある意味、読者の矯正があって初めて、まともな形に修正されたり、また怒りによって、私の指摘が実際に的外れではないという証明にも利用している節があります。思いつきは20分ほどで書き下して、投稿するスタイルなので特にこの手法が好ましい。
読み違える(多くは自己の主張をする際に本文を引用し、歪める)読者は必ず一定数以上存在するので、そこはそれをいかに利用するかだと考えます。もちろん、感想欄がそれだけで埋め尽くされると「うわ、ダル。これはない方がよくね?」となる気持ちにも、ご説明を受けて納得しましたが。
このエッセイが実際に何を読み、書かれたものかが明示できれば、「いや、それで感想欄閉じてるのは反則だろ」となるものなのですが、説明できないのが難しいところです。私個人としては、当人がリアクションするなり、自分の感想欄を開くことをひそかに期待しての投稿だったのですが、読んで乗ってこなかったのか、はたまた最初から他人の意見に興味のない人間なのかで、おそらく後者なのだろうな、というのが現状です。
たしかに「読み違え」問題によるストレスから感想欄を閉じている投稿者はたくさんいるのかもしれませんね。私は自分の考えにも大きな誤りがあるかもしれないことを前提に、物を書いています。そのため、たまに当たりが出れば、OKというスタンスで、読み違えには正面からは付き合わないという形でやってきたので、「みんなもこれでいいじゃん」と思ってきました。ですが、そういった変人は少数派というのは、AIに何度も諭されるようになり、最近ようやく理解し始めたところです。で、理解し始めたのに、またそれをぶちかましてしまう。これはもはや性癖なのかもしれません。
貴重なご意見ありがとうございました。これは「当たり」です。
たしかにこちら側は、感想をするひとを選べないので、言葉尻だけを捕まえ、テーマとはまったく違う持論を置いていくひともチラホラいますね。またそういった感想だけが残された場合、うんざりとした気持ちが残るのもよくわかります。またそういった感想を残すひとの読み違えの大半が「故意」であることも、見逃せない点。
私がエッセイを書く時には、(性格の問題上?)かならず挑発的な部分が混ざるため、ある意味、読者の矯正があって初めて、まともな形に修正されたり、また怒りによって、私の指摘が実際に的外れではないという証明にも利用している節があります。思いつきは20分ほどで書き下して、投稿するスタイルなので特にこの手法が好ましい。
読み違える(多くは自己の主張をする際に本文を引用し、歪める)読者は必ず一定数以上存在するので、そこはそれをいかに利用するかだと考えます。もちろん、感想欄がそれだけで埋め尽くされると「うわ、ダル。これはない方がよくね?」となる気持ちにも、ご説明を受けて納得しましたが。
このエッセイが実際に何を読み、書かれたものかが明示できれば、「いや、それで感想欄閉じてるのは反則だろ」となるものなのですが、説明できないのが難しいところです。私個人としては、当人がリアクションするなり、自分の感想欄を開くことをひそかに期待しての投稿だったのですが、読んで乗ってこなかったのか、はたまた最初から他人の意見に興味のない人間なのかで、おそらく後者なのだろうな、というのが現状です。
たしかに「読み違え」問題によるストレスから感想欄を閉じている投稿者はたくさんいるのかもしれませんね。私は自分の考えにも大きな誤りがあるかもしれないことを前提に、物を書いています。そのため、たまに当たりが出れば、OKというスタンスで、読み違えには正面からは付き合わないという形でやってきたので、「みんなもこれでいいじゃん」と思ってきました。ですが、そういった変人は少数派というのは、AIに何度も諭されるようになり、最近ようやく理解し始めたところです。で、理解し始めたのに、またそれをぶちかましてしまう。これはもはや性癖なのかもしれません。
貴重なご意見ありがとうございました。これは「当たり」です。
- エンゲブラ
- 2026年 06月30日 07時46分
感想欄を閉じてるエッセイは正義面するクズが多いし、フラストレーション溜まるのも納得。
今日のエッセイランキング見たら、戦争やめろとかいうエッセイがソレだな。
内容確認したら平和でヌクヌクの生活が物価上がって出来なくなるからやめろとか書いてあるし、アレにポイント入れたやつらも人として終わってんだろ。
こういう意見も感想欄閉じてたらそのエッセイに書けないから、感想見て読む人がネームバリューで内容掴めないままポイントがポイントを呼ぶだけの構造になってランクインしてる。
あの作者も知っててやってんだろアレ、チーム未来の選挙応援とかと同じ類だから、感想欄空いてても虚偽突いたら感想削除されるだけ。
だからそういう作者は感想欄が空いてても閉じてても同じだよ。
今日のエッセイランキング見たら、戦争やめろとかいうエッセイがソレだな。
内容確認したら平和でヌクヌクの生活が物価上がって出来なくなるからやめろとか書いてあるし、アレにポイント入れたやつらも人として終わってんだろ。
こういう意見も感想欄閉じてたらそのエッセイに書けないから、感想見て読む人がネームバリューで内容掴めないままポイントがポイントを呼ぶだけの構造になってランクインしてる。
あの作者も知っててやってんだろアレ、チーム未来の選挙応援とかと同じ類だから、感想欄空いてても虚偽突いたら感想削除されるだけ。
だからそういう作者は感想欄が空いてても閉じてても同じだよ。
- 投稿者: 納得した!
- 2026年 06月29日 20時21分
納得した!さんが指摘している投稿に関しては、私は未読なので何とも言えませんが、何かを主張するのであれば、反論込みで議論すべきというのが私のスタンスです。
自分ひとりの思考で捉えられる世界は非常に狭いので、それを補強するという意味でも感想欄は必要です。
そこで発生するのが共感であろうが、衝突であろうが、他者の心を揺さぶるのを意図して書かれているのがエッセイなので、そんなつもりはないというのなら、日記でも書いておけという話になります。
自分ひとりの思考で捉えられる世界は非常に狭いので、それを補強するという意味でも感想欄は必要です。
そこで発生するのが共感であろうが、衝突であろうが、他者の心を揺さぶるのを意図して書かれているのがエッセイなので、そんなつもりはないというのなら、日記でも書いておけという話になります。
- エンゲブラ
- 2026年 06月29日 20時26分
>詩としても語るに値しないもの
その通り! だから詩では価値ないくせにエッセイなら読まれると思って投稿したのがジャンル詐欺だと思った。
その通り! だから詩では価値ないくせにエッセイなら読まれると思って投稿したのがジャンル詐欺だと思った。
- 投稿者: 通りすがり
- 2026年 06月29日 19時54分
素人投稿者に、道義を問うだけ無駄でもあるのですが、当人がそれを問うような形の文を書き、感想欄を閉じてやがったので、テメコラーでした。
もちろん詩でもなんでもなく、「その他」ででも投稿せいやと。
もちろん詩でもなんでもなく、「その他」ででも投稿せいやと。
- エンゲブラ
- 2026年 06月29日 20時22分
これで感想欄閉じられてたらめっちゃ面白かった
やっぱそれが「正解」ですよね。笑いとしては(苦笑)。
ただ当方、普段から非ログインユーザーにも感想欄を開くというスタンスでやってるものでして…(歯切れわるいな
ただ当方、普段から非ログインユーザーにも感想欄を開くというスタンスでやってるものでして…(歯切れわるいな
- エンゲブラ
- 2026年 06月29日 17時08分
それはジャンル詐欺だと思ってる、詩と間違ってるんじゃないのかね。
論文調でも詩になるし、要は論文風の”思ったこと言っただけ”詩なんじゃないかと。
論文調でも詩になるし、要は論文風の”思ったこと言っただけ”詩なんじゃないかと。
- 投稿者: 通りすがり
- 2026年 06月29日 07時58分
なるほど 詩なのだとすれば、あとは受け取り手側におまかせで
意見論評は不要であると
だとすれば、借り物の言葉だけで書かれたその詩は、詩としても語るに値しないものなのかもしれません。
意見論評は不要であると
だとすれば、借り物の言葉だけで書かれたその詩は、詩としても語るに値しないものなのかもしれません。
- エンゲブラ
- 2026年 06月29日 08時35分
閉じてるってことは自覚があるんでしょうけど。
もしくはこう考えたんですかね→「まっとうな意見を言うと、罵倒されることもあるから、コメ欄を閉じようっと」って。
おかしな意見に反論や批判をすると、逆恨みで罵倒や粘着されることもありますよ。
そりゃあみんな無難なコメしかしなくなりますよね。
私もたまに感想で凸したろかと思うときありますけど、まあ止めてます(笑)
もしくはこう考えたんですかね→「まっとうな意見を言うと、罵倒されることもあるから、コメ欄を閉じようっと」って。
おかしな意見に反論や批判をすると、逆恨みで罵倒や粘着されることもありますよ。
そりゃあみんな無難なコメしかしなくなりますよね。
私もたまに感想で凸したろかと思うときありますけど、まあ止めてます(笑)
個人的には、感想欄を閉じている投稿者は、たとえ素人だとしても小説家や表現者とは言えないなと考えています。批評なき作品は、存在しないのと同義なので。
しかも、その投稿作品そのものが批評であった分、何を書こうがそれは批評には価しないと自分で自分の投稿に烙印を押すようなもの。超人気作家で全部の感想に返事出来ないとかならまだしも、もともと大して読まれもしないのに、何やってんだと。
しかも、その投稿作品そのものが批評であった分、何を書こうがそれは批評には価しないと自分で自分の投稿に烙印を押すようなもの。超人気作家で全部の感想に返事出来ないとかならまだしも、もともと大して読まれもしないのに、何やってんだと。
- エンゲブラ
- 2026年 06月29日 07時45分
とても興味深く読ませていただきました。
まあ、ハウス栽培者だと思いましょう。純粋培養でないと怖くて出荷できないのでしょうから。他人の意見は必要ない。
確かに書くだけなら、チラシの裏に書けばいいと昔から言いますが。
感想を書いてもらうのは良いことだと思いますけどね。まあ、確かに忌憚ない意見は厳しくて読みたくないのも分かりますけど。
まあ、ハウス栽培者だと思いましょう。純粋培養でないと怖くて出荷できないのでしょうから。他人の意見は必要ない。
確かに書くだけなら、チラシの裏に書けばいいと昔から言いますが。
感想を書いてもらうのは良いことだと思いますけどね。まあ、確かに忌憚ない意見は厳しくて読みたくないのも分かりますけど。
感想ありがとうございます。
ウェブ投稿におけるエッセイは、読者のコメントによって完成するというのが、私個人の発想です。
読者の感想が合っている、合っていないではなく、その光が当たることによって、本文が補強されるという性質を持つからです。
そして、私がイラっときたエッセイは、その読者を勉強が足りないとし、罵倒しながら、最後にはその反論のスペースすら潰すという姑息な手段をとっていたので唖然。
投げっぱなしの暴論という自覚がおそらく本人にも潜在的にあるのかもしれませんが、それでインテリを気取っているところが、非常に鼻につき、こんな文章を書いてしまいました。
お目汚し申し訳ありません。
ウェブ投稿におけるエッセイは、読者のコメントによって完成するというのが、私個人の発想です。
読者の感想が合っている、合っていないではなく、その光が当たることによって、本文が補強されるという性質を持つからです。
そして、私がイラっときたエッセイは、その読者を勉強が足りないとし、罵倒しながら、最後にはその反論のスペースすら潰すという姑息な手段をとっていたので唖然。
投げっぱなしの暴論という自覚がおそらく本人にも潜在的にあるのかもしれませんが、それでインテリを気取っているところが、非常に鼻につき、こんな文章を書いてしまいました。
お目汚し申し訳ありません。
- エンゲブラ
- 2026年 06月28日 09時11分
エッセイに限らずですが、感想欄が閉じられているのはキツイです。感想欄が閉じられていたら、そこまで熱心に読まなかったのになって思うこともあります。
とはいえ、作家の人とか有名人のエッセイは、そもそも感想を送るという文化すらないため感想欄が閉じられているというのも、「ま、それはそれでありかもしれないな」とも思えています。
個人のエッセイ投稿サイトと、出版物で全然違うことではあるのですが。元々のエッセイといえば、そんな意味合いもあったかなと。
昔読んでいた有名人のエッセイ本とかで、たまに、
「え?それは違うんじゃね?」と思う内容があっても、どこにも言える場所がなくて経過。
本来のエッセイってそんなものといえば、そんなものかもしれません。
とはいえ、作家の人とか有名人のエッセイは、そもそも感想を送るという文化すらないため感想欄が閉じられているというのも、「ま、それはそれでありかもしれないな」とも思えています。
個人のエッセイ投稿サイトと、出版物で全然違うことではあるのですが。元々のエッセイといえば、そんな意味合いもあったかなと。
昔読んでいた有名人のエッセイ本とかで、たまに、
「え?それは違うんじゃね?」と思う内容があっても、どこにも言える場所がなくて経過。
本来のエッセイってそんなものといえば、そんなものかもしれません。
これ私が読んだエッセイの性質上、感想欄を閉じるという行為自体が絶対許されない内容のエッセイだったんですよ。だから間違いなく、感想欄があるものとして読み進め、最後の閉じられていたので、思わずブッコロという気分になり、このエッセイです。
有名人のエッセイ本は、もともとオナニーとして書かれているのが前提なので、ツッコミもしませんが、うーん。
有名人のエッセイ本は、もともとオナニーとして書かれているのが前提なので、ツッコミもしませんが、うーん。
- エンゲブラ
- 2026年 06月28日 09時07分
カウンターエッセイ書いたらええがな
少なく無い数のカウンターエッセイの実例があるで
まー、人気咲く者サマのエッセイにカウンター書くとイ言者ファンネルが飛んで来たり、外部サイトで晒されたりするがなー
少なく無い数のカウンターエッセイの実例があるで
まー、人気咲く者サマのエッセイにカウンター書くとイ言者ファンネルが飛んで来たり、外部サイトで晒されたりするがなー
そういえば、以前、あるエッセイを読み、直接そのエッセイには言及せず「俺ならこう考えるけどな」というのを投稿したことがありました。
その時もどういう関係なのか分からない第三者のおじさんから、まったく本質でもテーマとも関係のない罵倒を受けた覚えがあります。「お前は他人の気持ちが分からんのかー!」と、他人の気持ちがまったく理解できない、空気読めないおじさんとしても有名だったユーザーに。
今回、私がツッコミを入れたかったのは、自画自賛のオナニー展開をしていた自称・賢いつもりのひとのエッセイだったので、感想欄を閉じていることに唖然。エッセイの内容と照らし合わせてもバカじゃねーのと。
ただ、その時点でバカが確定しているので、バカに対しカウンターもする必要もないと判断し、今回は愚痴だけとしました。
その時もどういう関係なのか分からない第三者のおじさんから、まったく本質でもテーマとも関係のない罵倒を受けた覚えがあります。「お前は他人の気持ちが分からんのかー!」と、他人の気持ちがまったく理解できない、空気読めないおじさんとしても有名だったユーザーに。
今回、私がツッコミを入れたかったのは、自画自賛のオナニー展開をしていた自称・賢いつもりのひとのエッセイだったので、感想欄を閉じていることに唖然。エッセイの内容と照らし合わせてもバカじゃねーのと。
ただ、その時点でバカが確定しているので、バカに対しカウンターもする必要もないと判断し、今回は愚痴だけとしました。
- エンゲブラ
- 2026年 06月27日 22時12分
そんな事を言いつつ、ここの感想欄が閉じてるっていうオチなのかなと思ったらちゃんと開かれててちょっと面白かったです。
うわっ、そっちのが面白かったかも!笑
怒りで書いたため、そのギャグは思いつきませんでした。脱帽。
怒りで書いたため、そのギャグは思いつきませんでした。脱帽。
- エンゲブラ
- 2026年 06月27日 13時15分
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