感想一覧

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 ご作品、興味深く読ませていただきました。

 戦争について被害だけを語り、自国が加害側でもあった事実から目を逸らしてはいけないという主張には、私も重要な部分があると思います。

 ただ、ここでは「罪」「責任」「罰」を切り分ける必要があるように感じました。

 罪とは、本人の行為や不作為、加害への関与に対してなされる評価です。責任には、直接的な加害責任だけでなく、政治的責任、組織的責任、後世へ事実を伝えて再発を防ぐ責任など、複数の段階があります。そして罰は、本来なら誰がどのような罪を犯したのかを確認したうえで、その程度に応じて科されるものです。

 そのため、日本という国家が侵略や戦争を行ったことと、非戦闘員が無差別に被害を受けたことは、両立して語れると思います。国家が加害者であったからといって、そこに属する国民全員が同じ罪を負うわけではありません。特に、政治への影響力を持たない子供や、反対する自由を奪われていた人まで、国家の罪を理由に罰してよいとはならないでしょう。

 また、被害として受けた苦痛を「報い」や「罰」と表現すると、結果的に集団への懲罰を正当化する論理にもつながりかねません。戦争による被害は、罪を裁くために適正な手続きで科された罰ではなく、戦争によって生じた被害として捉える方がよいように思います。

 一方で、被害者であったことを理由に、自国の加害責任まで消えるわけでもありません。

 日本は加害国であり、同時に多くの民間人が戦争被害者でもあった。その二つをどちらか一方へ単純化せず、国家、指導者、軍、協力者、一般市民、反対者、子供など、それぞれの立場と責任の程度を分けて考える必要があるのでしょう。

 罪を均等に背負わせるのではなく、誰にどのような責任があったのかを見極める。そして後世を生きる私たちは、過去の罪そのものではなく、その事実を理解し、同じ構造を繰り返さない責任を負う。

 私としては、そのように考えました。
  • 投稿者: 天秤座
  • 男性
  • 2026年 07月27日 16時54分
 感想ありがとうございます。
 そしてご意見ご尤もです。
 ただそれでもそれぞれ立場に応じた責任というものが大小の違いはあれあるわけで、その中で被害者としての補償を求めるのであれば同様に加害者としての罪もまた背負うべきであるというのが私の考えであり、真の当事者たちが失われていく中で次世代がそれを継承していくというのであれば恨みごとや都合の好いことばかりではあってはならないと思うんですよね。そしてそれが平和のための政治というのであればなおのこと。被害者には赦し、加害者には贖罪の気持ちがあってこそ争いは終結に向かうものと思われます。
 要はお互いの思いやりなんですよね、平和と共存というものは。
 過去を長々と引き摺らず、共に歩む未来を考えること、そんな世の中であってほしいですよね。
 ──って、他人事ではなく現在を生きる我々の現実ですけど。(笑)
 国を戦争に駆り立てたのは、マスメディアに扇動された民意だった。という説もアリ。
 無能な国民による民主主義はいつも悲劇しか残さない(ひどい)。

 それでもあえて指導者に責任を問うなら、負けるような戦争をするなと。
 やるなら勝てるようにやれと(ひどい)。

 米国は新型爆弾による本土爆撃で降伏勧告して終戦という結末を描いて、開戦当初からそれに向かって一貫した戦略で戦っていたのに対し、日本は自分からケンカ売っておきながら終戦に向けた見通しを持たず無駄に戦力を消耗し続けた。

 戦争はいろんな解釈できるけど、負けるような戦い方しかできなかった罪は問えるのかなと(ひどい)。
 そして、戦争と侵略で建国したあの国にだけは文句を言われる筋合いは無いと(ひどい)。
 正にそれ。
 結局のところ負けたのが悪いにしか焦点が当たってない気がするんですよね。
 やったからやり返された、またはそこまでしなければ止めなければならないことをやったから、それらの因果から目を逸らしたままでは平和教育も戯言以上に質の悪い害悪となりそうな気がしていけません。
 責任者にそれを背負わせることによる当事者意識の喪失が反省を奪ったといったところでしょうか。
 ──って、私も日本人であるだけにこうして笑う資格があるかと言われると困りますけど。
 こんな歴史がなればこの句も普通に暑さが辛いという俳句で済んでいたんですけどね。(苦笑)
最初の詩。熱中症で倒れたのか、夾竹桃を口にしたのか、それとも涼んでいるのか、全く別の要因なのか、判らんなあ(・ω・)
まあ、そういう事か。

って、その二行しか詩ジャンル部分がないよ!?
  • 投稿者: 笹門 優
  • 50歳~59歳 男性
  • 2026年 07月26日 09時47分
 まあ、そうなんですよね。
 熱中症が気になる暑さから別の話へ飛躍してしまいました。
 それもこれも夾竹桃のせい。(笑)
勝是官 敗是賊 

ソレだけのハナシですね(苦笑) 

言い換えて、 

「勝てば解放、敗ければ侵略」 

と、すれば分かりやすくなりますか。 
  • 投稿者: 漉緒
  • 2026年 07月26日 08時52分
 まあ、政治的にはそうなるのでしょうけどできればそこに責任を感じてほしいといいますか……。
 勝敗よりもその目的、あくまでも暴力的手段は手段。だからこそその是非から目を背けてはならない。
 己が正義と信じて疑わないからこそ、そこから外れたものに悪を感じる。況してや己の罪を背負う免罪符的な存在があればなお。
 勝てば官軍負ければ賊軍、これも将という旗頭があってこそ。果たして真の悪は将なのか兵なのかが疑問です。
 将は討たれど兵は逃亡が許される。というか将を差し出せば手柄となりますし?
 そういう意味では兵こそ強か。(苦笑)
今となってはまだマシかもですけども、日本がしてきた悪事は棚に上げて、されたことへの愚痴や文句だけしか言わないのって、全てとは言わないですが、今の世の中の人間の考え方の大半になってきてる気はします。

勝ったものが正義になっていく世の中に完全になってしまったら、もうやりたい放題ですね。かといって、負けたほうばかりを擁護し過ぎるのもまたおかしい。犯罪者を守り過ぎる日本がそうな気はします。犯罪者に甘いから、また出てきて犯罪繰り返して、泣く人が出てくるのにね。
何ごともほどほどなのかなと、思いますね。
 まあ、なんというか、上に責任者を戴く弊害でしょうかね。上の彼らが責任を受け負い、罰を引き受けることで下の者は自身が無罪であると勘違いする、だからこその断罪への怨みごと。
 戦争に限ったことではないですけど、当事者意識がないからこそ、不平不満や歪んだ正義感が生じるんですよね。自体を俯瞰的に見れば解ることでもそこから目を逸らせば判らない。
 まあ、背負うに重過ぎる罪であるからこそそうしたくなるわけではありますけど、だからこそ一人に背負わせてはならない。過去の過ちと向き合い未来に活かすこと、それこそが反省というものなのでしょう。
 そしてそれを以て社会と共存を図ろうとする努力、これがあってこそ赦しを得られる条件であると私は考えております。
 自分や周りの人間が大事ならば社会とも共存しませんとね。そうでないと汚名と責任を背負う代表者も浮かばれないというものです。(苦笑)
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