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私は新明解国語辞典の定義が好きなのでその前提で記載すると、
芸術はあくまで作者の活動やその結果(表現したかったモノの結果)であり、他者の評価とは無関係。
他人が認めなければ芸術ではない、と言う考え方がそもそも違う。
これは新明解以外の辞書でもだいたいこんな定義。

逆に小説は明確に作者と読者が存在している。
作者の役割は、虚構の世界をあたかも現実の世界であるかのように読者を誘い込むことを目的とした散文学を創作する人。
読者は、(小説として)描出された人物像などから各自それぞれの印象を描きつつ、読み進み、独自の想像世界を構築して楽しむ人。
その点ではAIが生成した散文学であっても、読者がその世界観に引き込まれればそれは小説だし、
人が頑張って書こうが読み手が存在しなければそれは芸術作品かも知れないが小説ではない。

一方で、AIが生成した作品が嫌い、気持ち悪い、むかつくと言うのはこれとは別ベクトルの話だと思う。
淡々とした言い回しが気持ち悪い、「ありがとう」と言う2語に救われた(英語だとThank you.)みたいな、あくまで文体としての不快感が根底にあると思う。
  • 投稿者: 退会済み
  • 2026年 08月05日 21時03分
管理
感想ありがとうございます。
あくまでも「AI生成むかつく→理由探そう」からの私理論だったので、確かに辞書の定義とはかなり外れちゃいますね。
ただ一つ思ったのが、「作者の活動」という定義なら、人間限定のものなんだろうか? いや、単にAIとか想定していないだけなんでしょうけど。

私の場合、ちょっと極端な話ですが。
じゃあ象が描いた絵は芸術なの? 宇宙人は? 幽霊…は信じていないけど、無意識化で描いた絵は? など、そういうところまで説明できる物差しが欲しいなあと思って、色々考えてました。

あとは、「AIが生成した散文学であっても、世界観に引き込まれれば小説だ」という意見は賛成です。というより、私は何によって作られたかは、あまり気にしていませんから。
白状すると、AIと人間の作品を見分ける自信もありません。

ただ、読む人がいないと小説ではない、というのは悲しいな。
このサイト内でも、読まれないと嘆く作者さんは多いですから。「お前の作品は読まれないから小説ではない」という言葉はきつい。
(なろうやろうさんにそういう意図はないと思うのですが)

面白い意見、ありがとうございました。
私がAI作品をあんまし好まない理由。

文体がみんな一緒で読み口が同じすぎて飽きた! あと内容が薄いのが多い!

逆にAIでも後で作者さんが手を入れていたり、文体が気にならないくらい魅力があるとあんまし気にならない。
AIに丸投げしないであくまでもツールとして使ってるなら平気って感じなのかなぁ? 自分でもよー分からん。
感想ありがとうございます。
よくわからないなりに理由を考察しちゃってる気持ち、わかります。
AIだから気に入らないというには、最近のAIと人間って区別付きにくくなってる気がします。
悲しいような、悔しいような。

ところで、ちょっと質問いいでしょうか?
人間でも、いわゆる「なろう系」は特に、同じような文体、展開になりやすいと思うんですが。それについても同じような感想を抱くんでしょうか?

私は、「似た設定は多いけど、人間が書くとやっぱりどこか尖った部分があるなあ」という感じです。つまり、違うなって思っちゃいます。
うまく説明できないのですが、どこか一か所くらいは個性を出そうと、変に尖った部分ができる感じ。
ただ、それが良いものばかりとは限らないんですけど。
AI論争っていつも何かおかしい方向へ行ってるなと思うのですが、そもそもは好きか嫌いかなだけなような気がします。芸術だって究極論はそうだと思っていますし。
ただ、仰っている芸術と作品は違うというところは分かります。
AI生成って過去の積み重ねなので、新しいもの、ではないのですよね。芸術作品って、工芸品とかも含まれるのでこれも一概には言えませんが、自分がどう表現したいかを積み上げていくものなので、AIだと仰る通りAIフィルタがかかってしまって、どこか不完全になると思います。AIは最終人間が整えないと、確実にどこかで見たような……になってしまうので、AIには本来できない分野ではあると思います。

小説に当てはめるのであれば、よほど壁打ちを念入りにするか、最終確認の人間が自分の文章に書き変えるか……なのですけれど、今のここの3つの区分で言えば、この辺りが分けられていないので、結局はどんなAI作品をも読みたくない方にはまったく無意味になっているのだろうな、と思っています。除外できるのは直接使用だけで、補助利用は表にも出ませんから。資料をどこまでAIに頼るかもこだわる方はこだわりますし。
直接利用など、ほぼ自筆(数行だけAIの文章を貼り付けたなど)~9割AI生成文になりますからね。また間接利用も本当に一部だけの方向性を尋ねただけであれば、ほぼ自筆でしょうし……。
SNSをしていないのでその論争がどういう方向のものなのか分かりませんが、全部AI生成でないのであれば、小説で言うAI生成論争って、何をもってAI生成とするかが、個々で違うので、ほんとうに意味があるのかなと思ってしまいます。
感想ありがとうございます。
好きか嫌いかというシンプルな観点で語るのは好きです。わかりやすいし。
ただ、他人の「好き」に文句をつけてくる方々は困りますね。せめて自分がそうならないように気を付けないとなー、とは思ってるんですが。

ところで「今のここの3つの区分」というやつは、小説家になろうのAI使用区分のことでいいでしょうか? その前提で話しますね。

確かにある程度の区分けはしてあるけど、それぞれけっこう曖昧なんですよね。
ちなみに私もAI間接利用はしていますが、本文には使っていません。基本的に知識をカバーしてもらってる感じ。
昔と違ってすごく助かってるのは、辞書で調べにくいことがすぐ出てくるところです。(例えばこの季節のカリフォルニア、夕方6時ってもう暗い? とか)

そういえばこれもSNSでの話ですが、「AIを使っている証明はできても、使っていない証明って難しいよね」という意見を見ました。たしかに。
作品以外のことで色々心乱されるのは、悲しいものですよね。
お互い頑張りましょう。

すいません、誤読してましたね。
AIの話とか心底どうでも良いので、読み飛ばしてました。
真面目に反論をすると「万人受けする作品以外は芸術じゃない? なら、私にとって全く面白くなかったあなたの小説は、(私にとって)芸術じゃないですよ」ということになりますが、よろしいか?

というか、小説が"芸術"とか、気取りすぎだろ……と思わなくもないですが、まあ良いです。

で。
あなたは「他人に芸術を押し付けるつもりはない」みたいな態度のつもりかも知れませんけど、「私はあれを芸術とは思えない」というのは十分他人を貶す言葉ですよ?
例えるなら、
愛する我が子が河原で拾った石をテープで画用紙に貼り付けたのを、よく知りもしない他人が「これは芸術じゃない」と言われるようなものです。
正直「知らねーやつは黙ってろ」と思いますよね?
現代アートが好きな私としては、少なからずそう感じました。

私が一番気にしているのは、よくわからないものを小馬鹿にしているような態度です。
ちゃんと調べて、その上で「芸術じゃない!」と言うなら、理解出来ます。
腹は立ちますけど。
でもあなたのそれは、そうですらないように感じます。
  • 投稿者: お名前
  • 2026年 08月03日 22時45分
お返事ありがとうございます。
こちらこそ煽り返して申し訳ありませんでした。
正直に申し上げて、めちゃくちゃ嬉しいです。こうして真摯に議論してもらえるなら、自分の中にない考えも受け取れるので、大歓迎です。

まず、「私にとって全く面白くなかったあなたの小説は、(私にとって)芸術じゃないですよ」というのは、私は反論しませんし、出来ません。
私は「芸術性は受け取り手によって違う」という考えなので、その感想も受け入れます。
もちろん「ぐぬぬ、悔しい」とある程度の反論はすると思うのですが、相手が読んでから批評する以上、作り手としては受け入れなければならない部分だと思っています。

そもそも私自身、自分の感想にいちゃもんつけられたくないですからね。この姿勢は曲げたくありません。
(ここを曲げると、”明らかに”不快なものを見せて炎上だけでインプレを稼ぐような相手に対し、「それは芸術じゃないだろ!」って批判もできなくなりますし)

私は、作品を公開する以上、作品が第一だと思っています。全てとはいいません、第一です。
なので作品に現れない部分、説明していない部分を読み取れないことについて、受け取り手のせいにするのは反対です。それは発信者が気をつかうべきことです。

ただ、あなたの怒りもわかります。
「理解するけど、腹は立つ」という言葉は、私としても一番胸に刺さりました。
好きなものをバカにされたら腹が立つ。これは当然です。その上で、相手の考えも尊重してくれてる。
確かにこちらの言い方も、不躾すぎたと思います。すみません。

そして、あなたの感想を読んで、新たに思ったことがあります。
「理解できないのは発信者のせいだという理論で、よく知らないものの芸術性をゼロにしてよいのか?」ということですね。確かにこれは極端だったなと、今では思います。
そちらが引っかかったのも、そこじゃないかと思うのですが。

芸術性は受け取り手によって変わる。あなたの思う素晴らしさと、私の思う素晴らしさは違う。これは当然だと思います。
では「じゃあ普遍的、絶対的な芸術性はないのか」という部分に、私はまだ答えが出せません。
せっかく返事をくれたのに、こちらの結論を濁して申し訳ないのですが、今の気持ちを正直に書くと、以上になります。

最後になりましたが、返事を書きに戻ってきてくれてありがとうございました。
こうして意見を交わせて本当に良かったと思います。
なるほど昨今某SNSで繰り広げられるお気持ち論争に似てる気もしますね
私はこれが気に入らない!
というのでは正当性の補強が足りない
自己肯定感の為に何とか賛同を得ようと
女性は~男性は~こんなに多くの人が~そう言っているもん!
みたいに話を大きくしがち、みたいな奴。

今回のAIについても似たようなものなのかも?
結局芸術というものには何処までも受け取る側の感性というものが付いて回って
「私は」これは芸術ではない「と思う」、という事は普通にあり得るんだけど
何故か括弧をすっ飛ばして断じてしまいがちというか。
  • 投稿者: 海村
  • 2026年 08月03日 09時14分
感想ありがとうございます。
お気持ち論争、マジメにやるならわりと好きなんですけどねw
ちゃんとした議論になっているかといわれると、なかなかね。

芸術はたしかに、受け手に依存するところがかなりあるとは思います。
ただ、相手に依らない、普遍的な(絶対的な?)芸術はないのかと問われると、「うーん、あるような気もする」と迷っちゃう部分もあるんですよね。
カッコを飛ばす方がそこまで深く考えてるのかは別として、ですが。

そんなこと言われたら、もっとそこらへん深く考えたくなっちゃうじゃないですかー。
まあどんな感想もウエルカムですので、私としては新しい考えが入ってくればいいなあと思っています。
現代アートを理解できないのは、背景となる情報を知らないからです。
生で見たところで、わからない人には一生わからないですよw

ただ「あれを芸術とは思えない」とまで言ってしまうのは……
それはライトノベルを読んで「あれを小説とは思えない」って言ってる老害と何も変わらないような気がします。

まあ、誰がどう思おうと、その人の自由なので好きにしたら良いですけどね。
  • 投稿者: お名前
  • 2026年 08月03日 08時04分
感想ありがとうございます。

背景となる情報を知らないと理解できないことがダメだ、と理解できないのは、エッセイをちゃんと読んでいないからです。
それをせずに議論したところで、他人には一生わかってもらえないですよw

冗談はさておき、ガリバー旅行記の例を出したじゃないですか。背景を隠すのは悪いことじゃない。だけど、それを知らないと楽しめないものを「作品」というのは、引っかかる。
スターゲイジーパイを見て、バカにして笑っている子供と何も変わらない気がします。

煽り気味に書いてしまいましたが、あなたにはあなたの芸術がある。私にもある。
そこを強制されるのはまっぴらごめんなのです。
自由なので好きにしてくれというスタンスには、賛成です。
よかったらまた遊びにきてください。
じゃあ手のない人がAIと対話しながら絵を描いたら、それは芸術じゃないの?

  • 投稿者: 通りすがり
  • 2026年 08月03日 07時37分
感想ありがとうございます。
まず初めに、「芸術ではない」というのは、極端な言い方だったかもしれません。「芸術としての純度が落ちる」とした方が良かったかも。
白か黒かではなく、グラデーションのイメージで説明すべきだったなと。

と、それを踏まえてですが、それでも私は、「手のない人がAIと対話しながら絵を描いたら、芸術性は落ちる」と言います。
というより、手がない人がAIで描くのと、手がある人がAIで描くのとには、差はないと思うんですよね。
じゃあ例えば口で書けばいいのかというと、そういうことでもありません。
私が気にしているのは、「作品はどうか」「製作の過程はどうか」であって、それに至る理由については、まったく論じていません。

もしあなたが「それなら障碍者が芸術を作れないじゃないか」という疑問を投げたかったのであれば、私は「それは違う」と言います。
私は、作品の出来について、製作者の努力や苦労を入れるべきではないと思っています。
例えば私は日本語話者ですが、頑張ってフランス語を学んでも、拙い小説しか書けないでしょう。それを「頑張ったから高い評価をしてくれ」とは言えません。

ただ、それはそれとして、製作者の努力や、製作者との関係性も報われるべきだとも思います。
(本文中に、子供が石を貼り付けた作品についての例があります)
人によって、作品の価値は違ってくると考えています。手のない人がAIで描いた絵が、あなたにとって意味のある作品なら、それを応援していけばいいんじゃないかな。
長くなってごめんね。また何かあれば、いつでもどうぞ。
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