感想一覧
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[良い点]
アジア各国の宗教事情についてよくまとめられていてとても興味深かったです。
[一言]
ただ儒教が世界でも珍しい「国策宗教」的な色彩が強いという指摘についてはやや疑問です。
科挙制度が発達した宋代以降の朱子学ならそうでしょうが、儒教は本来漢民族の習俗から生まれたもので庶民から完全に乖離したものではないように思います。
そもそも国策宗教というのは日本の仏教やヨーロッパのキリスト教と王権神授説などむしろ多かれ少なかれたいていの宗教にみられるもののようにも思います。
最近道教についてネットでたまたま見たのですが、道教は日本の神道のように仏教や儒教の教えを取り入れているそうなんです。
つまり儒教を信奉する重臣層の中にさえ、自宅に帰ると密かに道教や仏教を個人的祈りの対象とする人が多かったと伝えられているというのは、単純に日本人が神社にお参りして、さらにお寺にも参拝するようなものと考えるのが正しいようなんです。
道教には世界はすべて法則に従って動いていて、正しい法則にしたがえばうまくいくという考えがあるそうで、孔子の儒教も、韓非子の法家思想も元はこの道教の思想から来たものだそうです。
つまり中国人の思想はすべて道教にあるというのが実態だそうです。
アジア各国の宗教事情についてよくまとめられていてとても興味深かったです。
[一言]
ただ儒教が世界でも珍しい「国策宗教」的な色彩が強いという指摘についてはやや疑問です。
科挙制度が発達した宋代以降の朱子学ならそうでしょうが、儒教は本来漢民族の習俗から生まれたもので庶民から完全に乖離したものではないように思います。
そもそも国策宗教というのは日本の仏教やヨーロッパのキリスト教と王権神授説などむしろ多かれ少なかれたいていの宗教にみられるもののようにも思います。
最近道教についてネットでたまたま見たのですが、道教は日本の神道のように仏教や儒教の教えを取り入れているそうなんです。
つまり儒教を信奉する重臣層の中にさえ、自宅に帰ると密かに道教や仏教を個人的祈りの対象とする人が多かったと伝えられているというのは、単純に日本人が神社にお参りして、さらにお寺にも参拝するようなものと考えるのが正しいようなんです。
道教には世界はすべて法則に従って動いていて、正しい法則にしたがえばうまくいくという考えがあるそうで、孔子の儒教も、韓非子の法家思想も元はこの道教の思想から来たものだそうです。
つまり中国人の思想はすべて道教にあるというのが実態だそうです。
エピソード64
ベルトラン様
明確な種々のご指摘に感謝申し上げます。
冒頭の儒教に関してのご指摘には、後半に触れさせて頂きますが、
『道教には世界はすべて法則に従って動いていて、正しい法則にしたがえばうまくいくという考えがあるそうで、孔子の儒教も、韓非子の法家思想も元はこの道教の思想から来たものだそうです。』
とのご指摘は、実に正鵠を射て射るような気がします。
しかしながら、『道教』の長い歴史を未だ十分に理解していない現状では、正確に記述出来そうもありませんガ、是非今後の参考にさせて頂きたいと思っております。
その第一の原因は、台湾やアジア各地の華僑が信奉する道教と同じ活動が中国で観られなくなっている傾向があるからでもあります。
『ただ儒教が世界でも珍しい「国策宗教」的な色彩が強いという指摘についてはやや疑問です。』
のご指摘にお答えするには、今後、相当のお時間を頂く必要を感じております。この表現が適当か相当迷ったのですが、時間を掛けた多面的な議論の為にも、一度、記述してみるのも良いかと判断して記載いたした次第です。
その背景には、中国知識人の「公私」分離の実例を指摘した明清時代の文章を昔読んだ記憶はあったのですが、出典をメモしなかった経緯があり、付記出来ませんでした。
御礼とお詫びまで!
河井正博
明確な種々のご指摘に感謝申し上げます。
冒頭の儒教に関してのご指摘には、後半に触れさせて頂きますが、
『道教には世界はすべて法則に従って動いていて、正しい法則にしたがえばうまくいくという考えがあるそうで、孔子の儒教も、韓非子の法家思想も元はこの道教の思想から来たものだそうです。』
とのご指摘は、実に正鵠を射て射るような気がします。
しかしながら、『道教』の長い歴史を未だ十分に理解していない現状では、正確に記述出来そうもありませんガ、是非今後の参考にさせて頂きたいと思っております。
その第一の原因は、台湾やアジア各地の華僑が信奉する道教と同じ活動が中国で観られなくなっている傾向があるからでもあります。
『ただ儒教が世界でも珍しい「国策宗教」的な色彩が強いという指摘についてはやや疑問です。』
のご指摘にお答えするには、今後、相当のお時間を頂く必要を感じております。この表現が適当か相当迷ったのですが、時間を掛けた多面的な議論の為にも、一度、記述してみるのも良いかと判断して記載いたした次第です。
その背景には、中国知識人の「公私」分離の実例を指摘した明清時代の文章を昔読んだ記憶はあったのですが、出典をメモしなかった経緯があり、付記出来ませんでした。
御礼とお詫びまで!
河井正博
- 想房・河井正博
- 2021年 10月08日 17時25分
[良い点]
河井さま
いつも広範な時間と空間を跨いだお話を,よくぞまとめられるものだと拝見しております。
とても勉強になります,特に明代以降のイスラム世界も含んだ部分は,実際に海外でお仕事をしていないと,こういう考えは出来ないと感服です。
[気になる点]
>儒教を信奉する重臣層の中にさえ、自宅に帰ると密かに道教や仏教を
>個人的祈りの対象とする人が多かったと伝えられている
これは中国の士大夫は,公には儒教の徒で,道,仏は私的な信仰という意味なのでしょうか?
お書きのように儒教は士大夫のものであるのは疑問の余地はありません。
また空海が「三教指帰」を書き,儒,道,仏の三教を比較検討したのもその通りなのですが,中国の儒を宗教と捉えるのは,私は違和感があります。 儒はイデオロギーなのですよね。
だから士大夫のものですし,それを李朝以降で継いでしまった半島がイデオロギーに満ちた視点でしか物事をとらえられないという困った状態も,私達は現在体験しております。
あそこまで行けば,確かに世俗法を越えた儒教法が存在するというのも納得してしまうのですが,この状態は日本統治時代に市民平等を言って,日本が消えたら全員:両班になっていたという異常事態の結果な気がします。そういう意味では半島が特殊な例な気がします。
[一言]
唐代でも道と仏は,時の皇帝の意向で,どちらかを優先していたり,並立だったり。
これも李朝に継がれて,仏教は衰退,かといって道が栄えるのでもない。
そういう意味では,宗教の点でも半島は特異な存在ですね。
そしてその原因は,明治維新で四民平等と神仏分離の宗教改革をやった日本にあるのではと思いつつあります。もう少し整理しておきますので,お会い出来た時のお楽しみに。
河井さま
いつも広範な時間と空間を跨いだお話を,よくぞまとめられるものだと拝見しております。
とても勉強になります,特に明代以降のイスラム世界も含んだ部分は,実際に海外でお仕事をしていないと,こういう考えは出来ないと感服です。
[気になる点]
>儒教を信奉する重臣層の中にさえ、自宅に帰ると密かに道教や仏教を
>個人的祈りの対象とする人が多かったと伝えられている
これは中国の士大夫は,公には儒教の徒で,道,仏は私的な信仰という意味なのでしょうか?
お書きのように儒教は士大夫のものであるのは疑問の余地はありません。
また空海が「三教指帰」を書き,儒,道,仏の三教を比較検討したのもその通りなのですが,中国の儒を宗教と捉えるのは,私は違和感があります。 儒はイデオロギーなのですよね。
だから士大夫のものですし,それを李朝以降で継いでしまった半島がイデオロギーに満ちた視点でしか物事をとらえられないという困った状態も,私達は現在体験しております。
あそこまで行けば,確かに世俗法を越えた儒教法が存在するというのも納得してしまうのですが,この状態は日本統治時代に市民平等を言って,日本が消えたら全員:両班になっていたという異常事態の結果な気がします。そういう意味では半島が特殊な例な気がします。
[一言]
唐代でも道と仏は,時の皇帝の意向で,どちらかを優先していたり,並立だったり。
これも李朝に継がれて,仏教は衰退,かといって道が栄えるのでもない。
そういう意味では,宗教の点でも半島は特異な存在ですね。
そしてその原因は,明治維新で四民平等と神仏分離の宗教改革をやった日本にあるのではと思いつつあります。もう少し整理しておきますので,お会い出来た時のお楽しみに。
エピソード64
[良い点]
ずいぶんと教えられる事が多かったです。
>中華王朝の弱点は、それだけではなかった。中国四千年の歴史を振り返った時、
>西欧世界のように近隣に自分と比肩する「大文明」が一度も存在することがなかった
これは言われてみれば,その通りですね。気づきませんでした。 元は世界の超大国なのですが,隣の草原から起こり東では中国を飲み込み,西では欧州まで達する。
これだけが例外とも言えますが,中華=漢民族と考えれば異なります。
そういう意味では清も漢民族の国ではありませんが,中華文明の僕である事を自ら射止めているから広い意味の中華なのでしょうね。 この流れは,現代中国にも共通していて,現在の共産党は「中国は他民族国家」だと教えております。
結局,その清が,決勝戦になっていきなり世界で抗争を繰り広げてきた強国とやりあい,蚕食されつつ近代化を迎えた。 そういう意味では宋代などは科学先進国で,ロケット砲だの連射式の銃,手榴弾,大型帆船に航海術などもあり,天文学も進んでいたのに,結局 近隣に強国がいないから不要な技術は発展せずに消えてしまいました。
この時を考えれば,この時点で世界を征服しようという考えを皇帝が持たなかったのが西欧との違いであり,イスラム教のような巨大宗教圏との争いが無かった事も相違点なのですね。
日本の儒教の受容:忠で上書きというのは,仰る通りですね。
外国人と歌舞伎「伽羅先代萩」を見た時に,我が子を殺して「でかしゃった」なのかと疑問を出されました。これは現代人にも受け入れられないものではありますが。まさに親子の情を忠で上書き。 儒学における忠は「三度諫止して主君が聞き入れなければ去る」のが士大夫の姿。 判っていて諫止しないのは不忠だが,諫めて聞き入れなければ,去らねば身の危険があるから,その時は我が身を保つのが道。
これは戦国期までは日本でも当然の忠であって,北畠親房は後醍醐天皇を何度も批判しており,歴代の天皇でも行動に問題があったから(天下の為に)廃位されるのは当然と「神皇正統記」に書いています。(陽成院を藤原基経が廃した事)
という事は,こういう普通の忠が変異したのは江戸期になってからであって,昨今では皇国教育が行われた短い期間だと判ります。
ずいぶんと教えられる事が多かったです。
>中華王朝の弱点は、それだけではなかった。中国四千年の歴史を振り返った時、
>西欧世界のように近隣に自分と比肩する「大文明」が一度も存在することがなかった
これは言われてみれば,その通りですね。気づきませんでした。 元は世界の超大国なのですが,隣の草原から起こり東では中国を飲み込み,西では欧州まで達する。
これだけが例外とも言えますが,中華=漢民族と考えれば異なります。
そういう意味では清も漢民族の国ではありませんが,中華文明の僕である事を自ら射止めているから広い意味の中華なのでしょうね。 この流れは,現代中国にも共通していて,現在の共産党は「中国は他民族国家」だと教えております。
結局,その清が,決勝戦になっていきなり世界で抗争を繰り広げてきた強国とやりあい,蚕食されつつ近代化を迎えた。 そういう意味では宋代などは科学先進国で,ロケット砲だの連射式の銃,手榴弾,大型帆船に航海術などもあり,天文学も進んでいたのに,結局 近隣に強国がいないから不要な技術は発展せずに消えてしまいました。
この時を考えれば,この時点で世界を征服しようという考えを皇帝が持たなかったのが西欧との違いであり,イスラム教のような巨大宗教圏との争いが無かった事も相違点なのですね。
日本の儒教の受容:忠で上書きというのは,仰る通りですね。
外国人と歌舞伎「伽羅先代萩」を見た時に,我が子を殺して「でかしゃった」なのかと疑問を出されました。これは現代人にも受け入れられないものではありますが。まさに親子の情を忠で上書き。 儒学における忠は「三度諫止して主君が聞き入れなければ去る」のが士大夫の姿。 判っていて諫止しないのは不忠だが,諫めて聞き入れなければ,去らねば身の危険があるから,その時は我が身を保つのが道。
これは戦国期までは日本でも当然の忠であって,北畠親房は後醍醐天皇を何度も批判しており,歴代の天皇でも行動に問題があったから(天下の為に)廃位されるのは当然と「神皇正統記」に書いています。(陽成院を藤原基経が廃した事)
という事は,こういう普通の忠が変異したのは江戸期になってからであって,昨今では皇国教育が行われた短い期間だと判ります。
エピソード62
五反田猫様
いつも思うのですが、日本史全体に対しては、五反田猫さんの方が小生よりもはるかに造詣が深くいらっしゃるようでいつも読みながら感動しております。
「伽羅先代萩」にしても「神皇正統記」にしても、若いころ通り一遍触れただけで、五反田猫さんのようにしっかりと理解していないのが実態です。
また、
『この時を考えれば,この時点で世界を征服しようという考えを皇帝が持たなかったのが西欧との違いであり,イスラム教のような巨大宗教圏との争いが無かった事も相違点なのですね。』
この点に関しては、イスラム圏との文化的接触の機会も少ない上、モンゴルに続く戦闘の可能性も「ティムール」の陣没により永久に失われてしまいました。
その結果は、ご指摘のように『巨大宗教圏との争い』が全く起きなかったことです。
それなのに、中華王朝は長くても二百数十年で滅亡する不思議さについてもいまだに理解できないでいる現状です。
これからも基礎的な勉強を続けていくつもりですので、どうぞ宜しくお願い致します。
河井正博
いつも思うのですが、日本史全体に対しては、五反田猫さんの方が小生よりもはるかに造詣が深くいらっしゃるようでいつも読みながら感動しております。
「伽羅先代萩」にしても「神皇正統記」にしても、若いころ通り一遍触れただけで、五反田猫さんのようにしっかりと理解していないのが実態です。
また、
『この時を考えれば,この時点で世界を征服しようという考えを皇帝が持たなかったのが西欧との違いであり,イスラム教のような巨大宗教圏との争いが無かった事も相違点なのですね。』
この点に関しては、イスラム圏との文化的接触の機会も少ない上、モンゴルに続く戦闘の可能性も「ティムール」の陣没により永久に失われてしまいました。
その結果は、ご指摘のように『巨大宗教圏との争い』が全く起きなかったことです。
それなのに、中華王朝は長くても二百数十年で滅亡する不思議さについてもいまだに理解できないでいる現状です。
これからも基礎的な勉強を続けていくつもりですので、どうぞ宜しくお願い致します。
河井正博
- 想房・河井正博
- 2021年 09月02日 09時57分
[良い点]
河井さま いつも興味深い話題と,深い洞察を有難うございます。
前回のシューマッハは,私には難解でしたが,今回は判り易かったです。
61話
中国の儒教は,宋学(朱子学)により大きく変わりましたよね。
異民族に支配されるという儒教が重視する秩序と相反する状態を,どう折り合いをつけるかという問題に対して,それを更に厳しい現実:三田渡の盟約,大清皇帝功徳碑で上書きされた朝鮮王朝の支配層のトラウマは深く,それが朱子学を更に現実離れの方向に向かわせたように思います。
特に,宗主国である中華が,その異民族の清となり,皇帝として仰ぐ事になった。
結局,自分達こそ,本当の儒学の継承者であり,中華なのだという考えはとても甘美です。
なぜなら自己満足の世界には,誰も立ち入れないから。
仏教の排斥は,仏の前の平等は不都合ですから,判る気ががします。
両班だろうが悪い行いをすれば,奴婢に生まれ変わるとでも言われたらなおさら。
そういう点では,日本の幕末に盛り上がった廃仏とは根本が異なり,輸入の「唐心」を廃し「やまとごころ」に返るというのは,他国起源の儒教を自分のものと言い張るよりは,オリジナリティがあるとは思えます。とは言え,唐心が無ければ思想も哲学も成り立たないのは,ほかならぬ本居宣長自身が,はからずも証明してしまったのですけれど。
河井さま いつも興味深い話題と,深い洞察を有難うございます。
前回のシューマッハは,私には難解でしたが,今回は判り易かったです。
61話
中国の儒教は,宋学(朱子学)により大きく変わりましたよね。
異民族に支配されるという儒教が重視する秩序と相反する状態を,どう折り合いをつけるかという問題に対して,それを更に厳しい現実:三田渡の盟約,大清皇帝功徳碑で上書きされた朝鮮王朝の支配層のトラウマは深く,それが朱子学を更に現実離れの方向に向かわせたように思います。
特に,宗主国である中華が,その異民族の清となり,皇帝として仰ぐ事になった。
結局,自分達こそ,本当の儒学の継承者であり,中華なのだという考えはとても甘美です。
なぜなら自己満足の世界には,誰も立ち入れないから。
仏教の排斥は,仏の前の平等は不都合ですから,判る気ががします。
両班だろうが悪い行いをすれば,奴婢に生まれ変わるとでも言われたらなおさら。
そういう点では,日本の幕末に盛り上がった廃仏とは根本が異なり,輸入の「唐心」を廃し「やまとごころ」に返るというのは,他国起源の儒教を自分のものと言い張るよりは,オリジナリティがあるとは思えます。とは言え,唐心が無ければ思想も哲学も成り立たないのは,ほかならぬ本居宣長自身が,はからずも証明してしまったのですけれど。
エピソード61
五反田猫様
私以上の明確なご指摘と分析力にいつもながら感動しながら拝見致しました。
『特に,宗主国である中華が,その異民族の清となり,皇帝として仰ぐ事になった。
結局,自分達こそ,本当の儒学の継承者であり,中華なのだという考えはとても甘美です。
なぜなら自己満足の世界には,誰も立ち入れないから。』
この点は、実は一度は我々日本人について別の視点から分析してみたいテーマであり、調査中の課題です。
『他国起源の儒教を自分のものと言い張るよりは,オリジナリティがあるとは思えます。とは言え,唐心が無ければ思想も哲学も成り立たないのは,ほかならぬ本居宣長自身が,はからずも証明してしまったのですけれど。』
日本文化の独自性については、常々悩む課題で、調べれば調べるほど、混とんとして整理できなかった経験をアメリカでの共同研究時代に感じました。
ご指摘のように、中国哲学と日本古来の歴史の双方を完全に理解する能力は小生には無さそうです。
しかし、それでも、アジア三か国の民族性と思考の歴史については、これからも勉強して行きたいと思っております。
御礼まで!
河井正博
私以上の明確なご指摘と分析力にいつもながら感動しながら拝見致しました。
『特に,宗主国である中華が,その異民族の清となり,皇帝として仰ぐ事になった。
結局,自分達こそ,本当の儒学の継承者であり,中華なのだという考えはとても甘美です。
なぜなら自己満足の世界には,誰も立ち入れないから。』
この点は、実は一度は我々日本人について別の視点から分析してみたいテーマであり、調査中の課題です。
『他国起源の儒教を自分のものと言い張るよりは,オリジナリティがあるとは思えます。とは言え,唐心が無ければ思想も哲学も成り立たないのは,ほかならぬ本居宣長自身が,はからずも証明してしまったのですけれど。』
日本文化の独自性については、常々悩む課題で、調べれば調べるほど、混とんとして整理できなかった経験をアメリカでの共同研究時代に感じました。
ご指摘のように、中国哲学と日本古来の歴史の双方を完全に理解する能力は小生には無さそうです。
しかし、それでも、アジア三か国の民族性と思考の歴史については、これからも勉強して行きたいと思っております。
御礼まで!
河井正博
- 想房・河井正博
- 2021年 09月02日 09時37分
[良い点]
河井さま いつも興味深い掘り下げと考察を有難うございます。
ご指摘の通り、儒教といいつつも、中国、朝鮮半島、日本で、捉え方が違いますね。
ここでいう儒教とは、社会規範というだけでなく社会そのものに影響を与える思想という意味です。
中国の場合には、周辺異民族の征服後 それを取り込むための文治システムでもあります。
中国の場合には皇帝と士大夫身分制はありますが、「王侯将相、寧ぞ種有らんや。」(史記:陳勝伝)の考えは未だに一貫しており、人々は自分のチャンスを信じており社会には流動性があり、それが社会の活性化にもつながっています。
朝鮮半島は、儒教を取り入れたが故に、固定的社会。 それがお書きのように地主=士大夫という身分固定につながっております。現代でも韓国社会では相手との相対的な位置関係が重要、外国人の私はその事でずいぶんと困惑しました。そして儒教の血族主義面が強くなり、同姓婚禁止、会った事が無くても同姓ならば支援が必須という血族社会。
同族は助け合うのは必須ですが、その中での上下関係やマウントも厳しい。
日本の場合は輸入により文化を取り入れるというバッファがあり、不適合なものは取り入れず、良いものは勝手に改良する。 科挙も宦官も取り入れず、儒教は倫理規範としてのみ。
血族主義は、皇室のみに限定、源平藤橘というアバウトなブランドはあるが、相互互助し義務はなく、紳士録程度の意味。
[気になる点]
日本の身分の流動性や、平等の原点は不思議で、まだ推定の段階ですが江戸期の心学には明白にあり、それには西欧の影響もあるような気がします。
時代を遡っても、半島のように高貴な身分に逆らえない訳でもなく、鎌倉期の時点で「帝(後鳥羽院)の御謀反」も「後醍醐天皇」も、世間から批判され敗北しております。
かといって中国のように「王侯将相、寧ぞ種有らんや。」と王朝がバタバタ倒れる事は無く、皇室は力がなくても倒さないという不思議な不文律が続いております。
[一言]
コロナが落ち着いたら、そのあたりをじっくり議論できると嬉しいです。
河井さま いつも興味深い掘り下げと考察を有難うございます。
ご指摘の通り、儒教といいつつも、中国、朝鮮半島、日本で、捉え方が違いますね。
ここでいう儒教とは、社会規範というだけでなく社会そのものに影響を与える思想という意味です。
中国の場合には、周辺異民族の征服後 それを取り込むための文治システムでもあります。
中国の場合には皇帝と士大夫身分制はありますが、「王侯将相、寧ぞ種有らんや。」(史記:陳勝伝)の考えは未だに一貫しており、人々は自分のチャンスを信じており社会には流動性があり、それが社会の活性化にもつながっています。
朝鮮半島は、儒教を取り入れたが故に、固定的社会。 それがお書きのように地主=士大夫という身分固定につながっております。現代でも韓国社会では相手との相対的な位置関係が重要、外国人の私はその事でずいぶんと困惑しました。そして儒教の血族主義面が強くなり、同姓婚禁止、会った事が無くても同姓ならば支援が必須という血族社会。
同族は助け合うのは必須ですが、その中での上下関係やマウントも厳しい。
日本の場合は輸入により文化を取り入れるというバッファがあり、不適合なものは取り入れず、良いものは勝手に改良する。 科挙も宦官も取り入れず、儒教は倫理規範としてのみ。
血族主義は、皇室のみに限定、源平藤橘というアバウトなブランドはあるが、相互互助し義務はなく、紳士録程度の意味。
[気になる点]
日本の身分の流動性や、平等の原点は不思議で、まだ推定の段階ですが江戸期の心学には明白にあり、それには西欧の影響もあるような気がします。
時代を遡っても、半島のように高貴な身分に逆らえない訳でもなく、鎌倉期の時点で「帝(後鳥羽院)の御謀反」も「後醍醐天皇」も、世間から批判され敗北しております。
かといって中国のように「王侯将相、寧ぞ種有らんや。」と王朝がバタバタ倒れる事は無く、皇室は力がなくても倒さないという不思議な不文律が続いております。
[一言]
コロナが落ち着いたら、そのあたりをじっくり議論できると嬉しいです。
エピソード59
五反田猫様
いつもながらの的確なご批評と数々のご指摘、有り難く拝読させて頂きました。
『「王侯将相、寧ぞ種有らんや。」(史記:陳勝伝)の考えは未だに一貫しており、人々は自分のチャンスを信じており社会には流動性があり、それが社会の活性化にもつながっています』
の考え方は、歴史を通じて現代の中国にも繋がっている気がしております。
『現代でも韓国社会では相手との相対的な位置関係が重要、外国人の私はその事でずいぶんと困惑しました』
との実体験に基づいたご感想に小生も賛同申し上げます。ソウルを含めて何度か韓国にも行きましたし、韓国人とも商売上の交鈔を重ねて苦労いたしました。
『日本の場合は輸入により文化を取り入れるというバッファがあり、不適合なものは取り入れず、良いものは勝手に改良する。 科挙も宦官も取り入れず、儒教は倫理規範としてのみ』
当に、その通りだと思います。海を隔てた文化との接触が今日の日本を生んだのかも知れません。
『日本の身分の流動性や、平等の原点は不思議で(以下略)』
の疑問につきましては、未だに方向性のある思考に行き着いておりませんので、将来的に勉強が進んだ段階で、お話しできればと思っております。
コロナ対策も徐々には進行しているようですので、秋にはお会いできるのではと希望を持っております。
ご厚情の御礼まで!
河井正博
いつもながらの的確なご批評と数々のご指摘、有り難く拝読させて頂きました。
『「王侯将相、寧ぞ種有らんや。」(史記:陳勝伝)の考えは未だに一貫しており、人々は自分のチャンスを信じており社会には流動性があり、それが社会の活性化にもつながっています』
の考え方は、歴史を通じて現代の中国にも繋がっている気がしております。
『現代でも韓国社会では相手との相対的な位置関係が重要、外国人の私はその事でずいぶんと困惑しました』
との実体験に基づいたご感想に小生も賛同申し上げます。ソウルを含めて何度か韓国にも行きましたし、韓国人とも商売上の交鈔を重ねて苦労いたしました。
『日本の場合は輸入により文化を取り入れるというバッファがあり、不適合なものは取り入れず、良いものは勝手に改良する。 科挙も宦官も取り入れず、儒教は倫理規範としてのみ』
当に、その通りだと思います。海を隔てた文化との接触が今日の日本を生んだのかも知れません。
『日本の身分の流動性や、平等の原点は不思議で(以下略)』
の疑問につきましては、未だに方向性のある思考に行き着いておりませんので、将来的に勉強が進んだ段階で、お話しできればと思っております。
コロナ対策も徐々には進行しているようですので、秋にはお会いできるのではと希望を持っております。
ご厚情の御礼まで!
河井正博
- 想房・河井正博
- 2021年 06月25日 14時45分
[良い点]
河井さま
明と琉球の関係とは、初めて知る事が多く、大変勉強になりました。
特に三山時代の中山王と、第一尚氏王統の立てた尚 巴志王は、同性だったこともあり、中山が統一したように勘違いして覚えておりました(恥ずかしい)
記事を拝読して良く判りましたし、何よりも対明貿易での優遇を継続するには、琉球王朝の継続性が必要だったのですね。
朱元璋の猜疑心が、かえって可憐な南海の王国への厚遇になったというのは、さすがのご指摘と感銘しました。 あの猜疑心は、皇族、貴族、官僚の殺戮につながった印象が大きいのですが、権力に無関係な庶民や諸外国は平和を謳歌、視点を広くとれば収まる御代だったことは事実なのですね。 歴史は当時の読書階級が書くことから記録にのみとらわれると、印象操作に巻き込まれてしまうと反省いたしました。
[気になる点]
大琉球というのも意味深い単語で、面積が大きな台湾が小琉球なのですよね。
現在では「大琉球主義」というと、台湾と沖縄で生存権確立という政治理念でもあり、そのような政治から独立した自由経済圏を作ろうという概念でもあります。
栄枯盛衰の言葉通り、現在は、大琉球よりも小琉球の方が経済的にも強く、IT分野では日本よりも優れているのが歴史の変遷を感じさせます。
[一言]
これからも独特の視点での切込みと掘り下げ、楽しみにしております。
河井さま
明と琉球の関係とは、初めて知る事が多く、大変勉強になりました。
特に三山時代の中山王と、第一尚氏王統の立てた尚 巴志王は、同性だったこともあり、中山が統一したように勘違いして覚えておりました(恥ずかしい)
記事を拝読して良く判りましたし、何よりも対明貿易での優遇を継続するには、琉球王朝の継続性が必要だったのですね。
朱元璋の猜疑心が、かえって可憐な南海の王国への厚遇になったというのは、さすがのご指摘と感銘しました。 あの猜疑心は、皇族、貴族、官僚の殺戮につながった印象が大きいのですが、権力に無関係な庶民や諸外国は平和を謳歌、視点を広くとれば収まる御代だったことは事実なのですね。 歴史は当時の読書階級が書くことから記録にのみとらわれると、印象操作に巻き込まれてしまうと反省いたしました。
[気になる点]
大琉球というのも意味深い単語で、面積が大きな台湾が小琉球なのですよね。
現在では「大琉球主義」というと、台湾と沖縄で生存権確立という政治理念でもあり、そのような政治から独立した自由経済圏を作ろうという概念でもあります。
栄枯盛衰の言葉通り、現在は、大琉球よりも小琉球の方が経済的にも強く、IT分野では日本よりも優れているのが歴史の変遷を感じさせます。
[一言]
これからも独特の視点での切込みと掘り下げ、楽しみにしております。
エピソード55
五反田猫様
琉球王国に関しては勉強不足で十分に理解していない領域も多く、察度王に限定して記述させて頂きました。
洪武帝に関しては、馬皇后との信頼関係も一度掘り起こしたいとは思っているのですが、第三代の永楽帝が馬皇后の実子でないこともあって、残っている正確な資料が少ないようです。
ご指摘の「大琉球」に関しては、14~15世紀の琉球で触れたいとは思っているのですが、当分、能力不足の故に難しそうです。
しかし、16世紀後半になると琉球はポルトガルの強引な武力の前に衰退する運命にあり、誠に残念な気がしております。
ご教示のように、今日の台湾の隆盛を思う時、『歴史の変遷を感じます』のお言葉が身に沁みます。
次稿では朝鮮の苦悩に触れたいと思っておりますので、相当、暗い話になりそうですので、予めお詫びいたして置きます。
御礼まで!
河井正博
琉球王国に関しては勉強不足で十分に理解していない領域も多く、察度王に限定して記述させて頂きました。
洪武帝に関しては、馬皇后との信頼関係も一度掘り起こしたいとは思っているのですが、第三代の永楽帝が馬皇后の実子でないこともあって、残っている正確な資料が少ないようです。
ご指摘の「大琉球」に関しては、14~15世紀の琉球で触れたいとは思っているのですが、当分、能力不足の故に難しそうです。
しかし、16世紀後半になると琉球はポルトガルの強引な武力の前に衰退する運命にあり、誠に残念な気がしております。
ご教示のように、今日の台湾の隆盛を思う時、『歴史の変遷を感じます』のお言葉が身に沁みます。
次稿では朝鮮の苦悩に触れたいと思っておりますので、相当、暗い話になりそうですので、予めお詫びいたして置きます。
御礼まで!
河井正博
- 想房・河井正博
- 2021年 03月03日 15時31分
[良い点]
相変わらず興味深い内容でした。
中国の皇帝は世界史で見ても特異な存在ですね。
[気になる点]
ただ始皇帝の秦王朝の統治については実際より悪く歴史書に記されている疑惑があるんですよね。
たとえば秦の法では犯罪者の身長が一定以下の場合処罰を軽減する規定があるそうで、これは現在の少年法のようなものと考えられ、秦の法はただ厳しいだけでもなかったかもしれないそうです。
始皇帝の時代はまだ各地の地域の独自性が強く、また中国最初の皇帝であるがゆえに過去の先例を参考にしずらかったことが秦王朝が短命に終わった大きな原因のように思います。
[一言]
足利尊氏については南北朝の動乱を完全に収めることができず、恩賞に不満がある武士が南朝に寝返るということが考えられたため、恩賞をばらまいたのは仕方なかったように思います。
鎌倉幕府の滅亡については奥州での訴訟において当事者双方から幕府の有力者長崎氏が賄賂を受け取りきちんとした裁きを行えなかったことで幕府に対する信頼が失われたことと、鎌倉時代末期の不景気を解決できなかったことが大きな原因だそうです。
後醍醐天皇が幕府滅亡後に大内裏の再建を行ったのも公共工事による景気対策の理由もあったとか。
建武の新政の失政とされる政策は結果的に失敗に終わっただけで、おおむねきちんとした理由があって行われたようです。
そういった意味では後醍醐天皇は非常に運が悪かったという方が正しいといえます。
相変わらず興味深い内容でした。
中国の皇帝は世界史で見ても特異な存在ですね。
[気になる点]
ただ始皇帝の秦王朝の統治については実際より悪く歴史書に記されている疑惑があるんですよね。
たとえば秦の法では犯罪者の身長が一定以下の場合処罰を軽減する規定があるそうで、これは現在の少年法のようなものと考えられ、秦の法はただ厳しいだけでもなかったかもしれないそうです。
始皇帝の時代はまだ各地の地域の独自性が強く、また中国最初の皇帝であるがゆえに過去の先例を参考にしずらかったことが秦王朝が短命に終わった大きな原因のように思います。
[一言]
足利尊氏については南北朝の動乱を完全に収めることができず、恩賞に不満がある武士が南朝に寝返るということが考えられたため、恩賞をばらまいたのは仕方なかったように思います。
鎌倉幕府の滅亡については奥州での訴訟において当事者双方から幕府の有力者長崎氏が賄賂を受け取りきちんとした裁きを行えなかったことで幕府に対する信頼が失われたことと、鎌倉時代末期の不景気を解決できなかったことが大きな原因だそうです。
後醍醐天皇が幕府滅亡後に大内裏の再建を行ったのも公共工事による景気対策の理由もあったとか。
建武の新政の失政とされる政策は結果的に失敗に終わっただけで、おおむねきちんとした理由があって行われたようです。
そういった意味では後醍醐天皇は非常に運が悪かったという方が正しいといえます。
エピソード54
ベルトラン様
相変わらず、多面的で鋭いご指摘、有り難く拝見致しました。
確かに、前王朝の敗者は、次の征服王朝の史書では、コテンパンに書かれる例が多いと思います。始皇帝も、その方向から見るとかわいそうな印象もありますね!
日本史に関しては、ベルトランさんの方がお詳しそうですね!
確かに、長崎氏の専横は目に余ったようですし、得宗家被官同士の勢力争いも鎌倉時代最末期にはひどかったようです。
経済的に見ると源平合戦の頃の関西方面の日照りも酷かったようですが、鎌倉末期の景気悪化も強烈だった気がします。
是非、ここら辺も適時、ご教示頂ければ幸いです。
後醍醐天皇の周辺に関しては、知識不足で十分に記述する自信が今のところありません。
ご厚情の御礼まで!
河井正博
相変わらず、多面的で鋭いご指摘、有り難く拝見致しました。
確かに、前王朝の敗者は、次の征服王朝の史書では、コテンパンに書かれる例が多いと思います。始皇帝も、その方向から見るとかわいそうな印象もありますね!
日本史に関しては、ベルトランさんの方がお詳しそうですね!
確かに、長崎氏の専横は目に余ったようですし、得宗家被官同士の勢力争いも鎌倉時代最末期にはひどかったようです。
経済的に見ると源平合戦の頃の関西方面の日照りも酷かったようですが、鎌倉末期の景気悪化も強烈だった気がします。
是非、ここら辺も適時、ご教示頂ければ幸いです。
後醍醐天皇の周辺に関しては、知識不足で十分に記述する自信が今のところありません。
ご厚情の御礼まで!
河井正博
- 想房・河井正博
- 2021年 02月17日 07時05分
[良い点]
いつも深い考察のお話しを有難うございます。
ご指摘で良く判りましたが、中国の皇帝は世界史の中でも特異な存在ですね。
欧州のように神の代理人により認められるものでもなく、皇帝として立つことが天による選択だという、ある意味結果による自己証明のような存在にも思えます。
そういう点では朱元璋は、歴代皇帝の中でも一番低い身分:口減らしされた乞食坊主であり、そのコンプレックスが、晩年の人を信じられない大虐殺につながった気がします。
特に、文書における文字制限:「光」「禿」「僧」、加えて同音の「道」、「生」に至っては、パラノイヤとしか思えません。
なぜこういう存在が許されるかと言えば、秦への陳勝の反乱「王侯将相寧んぞ種あらんや」。
誰でもノミネートできる(残るは唯一人だけだが)という革命が許容された世界だからなのでしょうね。
[気になる点]
北条高時も気になる存在です。 北条家がなぜ倒れたかというのは明確な理由がないように思えます。 というより北条政権(神奈川県知事がトップ)というもの自体が特異な体制だったのかもしれません。
[一言]
日本の天皇は、中華皇帝の制度をまねながら、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の挫折をもって、大きく変質しましたね。 まさに和の存在である文芸を尤もとする権力皆無。
制度上のトップが権力を持たず、実力TOPが総どりをしない事が、体制交代のショックを和らげるというショックアブソーバになっている気がします。
いつも深い考察のお話しを有難うございます。
ご指摘で良く判りましたが、中国の皇帝は世界史の中でも特異な存在ですね。
欧州のように神の代理人により認められるものでもなく、皇帝として立つことが天による選択だという、ある意味結果による自己証明のような存在にも思えます。
そういう点では朱元璋は、歴代皇帝の中でも一番低い身分:口減らしされた乞食坊主であり、そのコンプレックスが、晩年の人を信じられない大虐殺につながった気がします。
特に、文書における文字制限:「光」「禿」「僧」、加えて同音の「道」、「生」に至っては、パラノイヤとしか思えません。
なぜこういう存在が許されるかと言えば、秦への陳勝の反乱「王侯将相寧んぞ種あらんや」。
誰でもノミネートできる(残るは唯一人だけだが)という革命が許容された世界だからなのでしょうね。
[気になる点]
北条高時も気になる存在です。 北条家がなぜ倒れたかというのは明確な理由がないように思えます。 というより北条政権(神奈川県知事がトップ)というもの自体が特異な体制だったのかもしれません。
[一言]
日本の天皇は、中華皇帝の制度をまねながら、後鳥羽上皇と後醍醐天皇の挫折をもって、大きく変質しましたね。 まさに和の存在である文芸を尤もとする権力皆無。
制度上のトップが権力を持たず、実力TOPが総どりをしない事が、体制交代のショックを和らげるというショックアブソーバになっている気がします。
エピソード54
五反田猫様
明確な種々のご指摘を拝見して、色々と反省しております。
おっしゃるように、もう少し多面的な考察が朱元璋には必要な人物だったのですが、紙面の関係で、趣旨に余分な部分を全て削除した関係で、さみしい内容になってしまいました。
何れ機会をみて書いてみたいと思っております。
『北条家がなぜ倒れたかというのは明確な理由がないように思えます』
とのご指摘も、日本史では重要な謎解明が必要な一つだと思っておりますが、日本史と近代史に関しては、小生よりも博識の方が多いので、萎縮して触れることが出来ない状態です。
日本の天皇制に関しても、同様で、特に、『後醍醐天皇』の場合、朱子学をご自分の都合の良い面だけで尊重されているので、朱子学を純粋に理解していた楠木正成とは精神的に大きな差をお持ちの方だと思っております。
そのせいもあって、特に書きにくい印象です。
文末の、
『制度上のトップが権力を持たず、実力TOPが総どりをしない事が、体制交代のショックを和らげるというショックアブソーバになっている気がします』
は、私自身がこれから勉強しなければ成らないテーマだと痛感しておりますが、『東アジアの歴史散歩』で何処まで触れられるのか、心許ない限りです。
いつもながらのご厚情に感謝して!
河井正博
明確な種々のご指摘を拝見して、色々と反省しております。
おっしゃるように、もう少し多面的な考察が朱元璋には必要な人物だったのですが、紙面の関係で、趣旨に余分な部分を全て削除した関係で、さみしい内容になってしまいました。
何れ機会をみて書いてみたいと思っております。
『北条家がなぜ倒れたかというのは明確な理由がないように思えます』
とのご指摘も、日本史では重要な謎解明が必要な一つだと思っておりますが、日本史と近代史に関しては、小生よりも博識の方が多いので、萎縮して触れることが出来ない状態です。
日本の天皇制に関しても、同様で、特に、『後醍醐天皇』の場合、朱子学をご自分の都合の良い面だけで尊重されているので、朱子学を純粋に理解していた楠木正成とは精神的に大きな差をお持ちの方だと思っております。
そのせいもあって、特に書きにくい印象です。
文末の、
『制度上のトップが権力を持たず、実力TOPが総どりをしない事が、体制交代のショックを和らげるというショックアブソーバになっている気がします』
は、私自身がこれから勉強しなければ成らないテーマだと痛感しておりますが、『東アジアの歴史散歩』で何処まで触れられるのか、心許ない限りです。
いつもながらのご厚情に感謝して!
河井正博
- 想房・河井正博
- 2021年 02月16日 11時45分
[気になる点]
少し気になる点として、始皇帝についてはプラス面を強調する一方で、信長や秀吉についてはマイナス面を強調しているような気がします。
信長は謀反を起こした弟や松永久秀を許したり意外と寛大な部分もありますし、豊臣秀吉が暴走したのは晩年で、それを言うなら始皇帝の晩年だって問題が指摘されています。
また始皇帝の秦王朝も結局織田家や豊臣家と同じく短期政権に終わりましたし。
始皇帝の業績がのちの王朝に引き継がれた点については、たとえば豊臣秀吉だって兵農分離や刀狩りや貫高制から石高制への移行や太閤検地など多くの秀吉の業績はのちの徳川幕府に受け継がれていますし。
少し気になる点として、始皇帝についてはプラス面を強調する一方で、信長や秀吉についてはマイナス面を強調しているような気がします。
信長は謀反を起こした弟や松永久秀を許したり意外と寛大な部分もありますし、豊臣秀吉が暴走したのは晩年で、それを言うなら始皇帝の晩年だって問題が指摘されています。
また始皇帝の秦王朝も結局織田家や豊臣家と同じく短期政権に終わりましたし。
始皇帝の業績がのちの王朝に引き継がれた点については、たとえば豊臣秀吉だって兵農分離や刀狩りや貫高制から石高制への移行や太閤検地など多くの秀吉の業績はのちの徳川幕府に受け継がれていますし。
エピソード53
ベルトラン様
何時も平衡感覚に優れたご指摘に驚かされます。
大局的にはベルトランさんのおっしゃるとおりだと思います。絶対的な権力者は、超現実主義者の傾向があり、その点では、指摘頂いた問題点に関しては、その通りだと思います。
我々もそうですが、先人達の失敗を是正した部分修正の上に立って生きているような気がしております。
その点を考慮しながら、始皇帝の壮大な構想と問題点をピックアップしてみたかったのですが、筆力不足でした。お詫び申し上げます。
ご指摘に対する御礼まで。
河井正博
何時も平衡感覚に優れたご指摘に驚かされます。
大局的にはベルトランさんのおっしゃるとおりだと思います。絶対的な権力者は、超現実主義者の傾向があり、その点では、指摘頂いた問題点に関しては、その通りだと思います。
我々もそうですが、先人達の失敗を是正した部分修正の上に立って生きているような気がしております。
その点を考慮しながら、始皇帝の壮大な構想と問題点をピックアップしてみたかったのですが、筆力不足でした。お詫び申し上げます。
ご指摘に対する御礼まで。
河井正博
- 想房・河井正博
- 2021年 01月26日 07時10分
[良い点]
河井さま
いつも興味深い話題をありがとうございます。
以前は、共産党は農民反乱を持ち上げたので水滸伝のドラマに一生懸命でした。
今の中国政府は秦の始皇帝を持ち上げていますね。政府系映画や歴史ドラマでも、予算をつぎ込んで歴史劇がずいぶんと出来ています。
「一つの中国」というスローガンには、非常にあっているのでしょうね。
お書きのように、万里の長城は防御という以上に、中華という空間を規定。
従来 国ごとに異なった文字や度量衡、通貨の統一、はては車幅と道路の整備という流通革命、そして何よりも法家の導入による法律による管理。 大帝国の歴史では、こうした革命は少しづつ進むのですが、秦の不思議さは、それが非常に短い間に整備して運用した点です。
まるで転生者がいてチート知識を運用したのかと思うほど、凄い発展です。
[一言]
本来は中国人というのは、個性が強いから法による規制を嫌う。(他の国でも同じでしょうけれど) だからこそ、秦帝国は一代で滅び、「法は三つ」と簡略化した漢が興り長く天下を保ちました。 この法を嫌う事は現代中国にも通じて、だからこそ現代チャイナでも始皇帝による功の部分:領土確定、各種規定の統一の功績を一生懸命宣伝するのでしょうね。
以前に北京電視台による始皇帝の歴史ドラマを見ましたが、功の部分強調があって、帝国の滅亡の理由ははっきりさせずに阿房宮炎上シーンにナレーションで「度量衡や文字の統一等はその後中華世界の繁栄に大きく貢献したのでアール」みたいな感じでした。
河井さま
いつも興味深い話題をありがとうございます。
以前は、共産党は農民反乱を持ち上げたので水滸伝のドラマに一生懸命でした。
今の中国政府は秦の始皇帝を持ち上げていますね。政府系映画や歴史ドラマでも、予算をつぎ込んで歴史劇がずいぶんと出来ています。
「一つの中国」というスローガンには、非常にあっているのでしょうね。
お書きのように、万里の長城は防御という以上に、中華という空間を規定。
従来 国ごとに異なった文字や度量衡、通貨の統一、はては車幅と道路の整備という流通革命、そして何よりも法家の導入による法律による管理。 大帝国の歴史では、こうした革命は少しづつ進むのですが、秦の不思議さは、それが非常に短い間に整備して運用した点です。
まるで転生者がいてチート知識を運用したのかと思うほど、凄い発展です。
[一言]
本来は中国人というのは、個性が強いから法による規制を嫌う。(他の国でも同じでしょうけれど) だからこそ、秦帝国は一代で滅び、「法は三つ」と簡略化した漢が興り長く天下を保ちました。 この法を嫌う事は現代中国にも通じて、だからこそ現代チャイナでも始皇帝による功の部分:領土確定、各種規定の統一の功績を一生懸命宣伝するのでしょうね。
以前に北京電視台による始皇帝の歴史ドラマを見ましたが、功の部分強調があって、帝国の滅亡の理由ははっきりさせずに阿房宮炎上シーンにナレーションで「度量衡や文字の統一等はその後中華世界の繁栄に大きく貢献したのでアール」みたいな感じでした。
エピソード53
五反田猫様
何時もながらの素早いご批評、有り難く拝読致しました。
始皇帝と中国共産党の関係に付きましては、書きたい部分もなくはなかったのですが、近代史と現代史に関しては、小生、不得手なものですから遠慮させて頂きまして、五反田猫さんにお譲りしたいと常々考えております。
孔子にしても中国共産党は文化大革命時点では、大批判の対象でしたが、今日では世界中に「孔子学園」を鋭意建設中のようですね!
始皇帝に関しては、もう少し多面的に書きたかったのですが、資料が史記の始皇帝本紀くらいしかないものですから、不十分な感想文になってしまったことをお詫びします。
ご指摘の
『この法を嫌う事は現代中国にも通じて』
の部分に関しましては、通史的な部分で、もしかしたら今後採り上げる機会があるかも知れません。
ご厚情に感謝申し上げて、御礼まで。
河井正博
何時もながらの素早いご批評、有り難く拝読致しました。
始皇帝と中国共産党の関係に付きましては、書きたい部分もなくはなかったのですが、近代史と現代史に関しては、小生、不得手なものですから遠慮させて頂きまして、五反田猫さんにお譲りしたいと常々考えております。
孔子にしても中国共産党は文化大革命時点では、大批判の対象でしたが、今日では世界中に「孔子学園」を鋭意建設中のようですね!
始皇帝に関しては、もう少し多面的に書きたかったのですが、資料が史記の始皇帝本紀くらいしかないものですから、不十分な感想文になってしまったことをお詫びします。
ご指摘の
『この法を嫌う事は現代中国にも通じて』
の部分に関しましては、通史的な部分で、もしかしたら今後採り上げる機会があるかも知れません。
ご厚情に感謝申し上げて、御礼まで。
河井正博
- 想房・河井正博
- 2021年 01月25日 14時55分
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