感想一覧
▽感想を書く感想絞り込み
[良い点]
どうも、こんにちは。裏第十五回の感想です。
お芝居らしいセリフの掛け合い、素敵です。
舞台をイメージすると、動きやキャラクターがはっきりしてきますね。
[気になる点]
ところどころ、「小説」が混じっているような……。
セリフの途中にト書きを入れるとき、
カボス「……(横目でレモンを見やりながら)相変わらずだな」
のように、マルカッコを使うという手もありますよ。
あと、初めの場転(回想シーンに移るところ)が分かりづらかったです。
[一言]
私の好きな「戯曲」という形式を取り上げてくださり、ありがとうございます。
戯曲は基本的に上演を意識して書かれますが、戯曲自体が立派な文芸作品なんです。
特に日本では、「戯曲」という名前がついているくらいですから。
中には、イプセンの『ペール・ギュント』など、レーゼドラマという上演向きではない戯曲もあったりするので、もしご興味あれば。
長文失礼しました。
どうも、こんにちは。裏第十五回の感想です。
お芝居らしいセリフの掛け合い、素敵です。
舞台をイメージすると、動きやキャラクターがはっきりしてきますね。
[気になる点]
ところどころ、「小説」が混じっているような……。
セリフの途中にト書きを入れるとき、
カボス「……(横目でレモンを見やりながら)相変わらずだな」
のように、マルカッコを使うという手もありますよ。
あと、初めの場転(回想シーンに移るところ)が分かりづらかったです。
[一言]
私の好きな「戯曲」という形式を取り上げてくださり、ありがとうございます。
戯曲は基本的に上演を意識して書かれますが、戯曲自体が立派な文芸作品なんです。
特に日本では、「戯曲」という名前がついているくらいですから。
中には、イプセンの『ペール・ギュント』など、レーゼドラマという上演向きではない戯曲もあったりするので、もしご興味あれば。
長文失礼しました。
檸檬さん、はじめまして。古寺猫子です。
裏第15回の私の作品にご感想を頂き、とっても嬉しいです。
現実に見た景色を文章化しようとすると、自然とああいう形になりました。
舞台で上演されると、皆のにぎやかさがよりストレートに伝わって楽しそうですね。
ほほう、戯曲にもいろいろ作法があるんですね。台詞の中に動作を入れると、動作しながらしゃべっている感じが出ていいですね。次は台詞にいっぱい入れてみます。
回想シーンに変わるところは、頭の中で何が起こっているか整理しないといけないから、書き表すのが難しいですね。
戯曲は面白いですね。まるでお芝居を観ているような感じが出ますね。
イプセンさんのも、いつか読んでみたいです。
図書館にあるかしら。
こちらこそ、熱心に読んで頂きありがとうございました。
また、お会いできたら嬉しいです。
裏第15回の私の作品にご感想を頂き、とっても嬉しいです。
現実に見た景色を文章化しようとすると、自然とああいう形になりました。
舞台で上演されると、皆のにぎやかさがよりストレートに伝わって楽しそうですね。
ほほう、戯曲にもいろいろ作法があるんですね。台詞の中に動作を入れると、動作しながらしゃべっている感じが出ていいですね。次は台詞にいっぱい入れてみます。
回想シーンに変わるところは、頭の中で何が起こっているか整理しないといけないから、書き表すのが難しいですね。
戯曲は面白いですね。まるでお芝居を観ているような感じが出ますね。
イプセンさんのも、いつか読んでみたいです。
図書館にあるかしら。
こちらこそ、熱心に読んで頂きありがとうございました。
また、お会いできたら嬉しいです。
- Kobito
- 2017年 09月12日 19時55分
[一言]
こんにちは。感想、ではないですが。
私はお芝居が好きなので、戯曲というものをよく書きます。
戯曲とはつまり、お芝居の脚本で、「ト書き」と「セリフ」で成り立っています。
『まさに世界の終わり』というフランスの戯曲が顕著ですが、ほとんどト書きがなく、大部分がセリフで成り立っているものもあります。
小説の書き方を客観的に見ようとするなら、一度戯曲を書いてみるのもいいかもしれません。
そうすると、会話文と地の文というものが、よくわかってくるのではないかと。
ちなみに私は、小説というメディアの魅力は、梶井基次郎のような主観的な、また絵画的なものを書くのに適していることと、比較的自由に場所を変えられることだと思っています。
こんにちは。感想、ではないですが。
私はお芝居が好きなので、戯曲というものをよく書きます。
戯曲とはつまり、お芝居の脚本で、「ト書き」と「セリフ」で成り立っています。
『まさに世界の終わり』というフランスの戯曲が顕著ですが、ほとんどト書きがなく、大部分がセリフで成り立っているものもあります。
小説の書き方を客観的に見ようとするなら、一度戯曲を書いてみるのもいいかもしれません。
そうすると、会話文と地の文というものが、よくわかってくるのではないかと。
ちなみに私は、小説というメディアの魅力は、梶井基次郎のような主観的な、また絵画的なものを書くのに適していることと、比較的自由に場所を変えられることだと思っています。
こんにちは。
戯曲は書いた事が無いですが、演劇用の台本は書いた事があります。台本では、会話文の中で情景の説明をしなければいけない個所も出て来るので、小説とはまた違った難しさがありますね。
会話文と地の文を分けて考えるという私の性質は、元々持っている性格や、資質から生じているのではないかという気がします。
地の文に表れている現象と、会話文の持つ虚飾性の不一致を、意識しているからかもしれません。
会話文と地の文を両方主観的に書くなら、両者の差は無くなるかもしれないですね。
戯曲は書いた事が無いですが、演劇用の台本は書いた事があります。台本では、会話文の中で情景の説明をしなければいけない個所も出て来るので、小説とはまた違った難しさがありますね。
会話文と地の文を分けて考えるという私の性質は、元々持っている性格や、資質から生じているのではないかという気がします。
地の文に表れている現象と、会話文の持つ虚飾性の不一致を、意識しているからかもしれません。
会話文と地の文を両方主観的に書くなら、両者の差は無くなるかもしれないですね。
- Kobito
- 2017年 09月05日 15時27分
[一言]
タイトルか~
私の場合、書きはじめに先ず、『』をタイトルの所にいれまして、
書きはじめるわけです。
そうして、書けた内容を、見直しながら
〔主題〕をタイトルにすべく、関連語〔なるべく簡潔な〕を
考えるって感じかな?
タイトルが先に決まってると、自由に描けないタイプですね。のらりくらりと、各駅停車で 脳内にほとばしる言葉を手繰り寄せながら書いて行きますから脱線、脱線、です。
読み返して、しっくりくる言葉が自然に湧いてくる。
そんな感じです。
因みに、ビートルズの『ノルウェイの森(Norwegian Wood)』という曲は、実はもともとは違うタイトルだったらしいですよ。
この曲は当初、"Isn't it good,knowing she would"(彼女がやらせてくれるってわかっているのは素敵だよね)となるはずだったけど、下品なためかボツとなり、語呂が似ているという理由だけでNorwegian Wood(=knowing she would)になったそうです。
有名になればなったで、好きなタイトルがつけられないのも
不自由ですね。
タイトルか~
私の場合、書きはじめに先ず、『』をタイトルの所にいれまして、
書きはじめるわけです。
そうして、書けた内容を、見直しながら
〔主題〕をタイトルにすべく、関連語〔なるべく簡潔な〕を
考えるって感じかな?
タイトルが先に決まってると、自由に描けないタイプですね。のらりくらりと、各駅停車で 脳内にほとばしる言葉を手繰り寄せながら書いて行きますから脱線、脱線、です。
読み返して、しっくりくる言葉が自然に湧いてくる。
そんな感じです。
因みに、ビートルズの『ノルウェイの森(Norwegian Wood)』という曲は、実はもともとは違うタイトルだったらしいですよ。
この曲は当初、"Isn't it good,knowing she would"(彼女がやらせてくれるってわかっているのは素敵だよね)となるはずだったけど、下品なためかボツとなり、語呂が似ているという理由だけでNorwegian Wood(=knowing she would)になったそうです。
有名になればなったで、好きなタイトルがつけられないのも
不自由ですね。
詩織さんは題名を最初に決めないんですね。
人によって色々な書き方があるものです。
題名の勢いを借りずに書ける、というのは、筆力の為せる業かもしれません。
ノルウェーの森は、そういう逸話があるんですね。
性的なニュアンスのある曲は、放送禁止になる恐れがあるから、作る側もけっこう気を使っていたようです。
ただ、同じころに、サイケブームやヒッピーブームが起こって、性的で挑戦的な音楽やファッションが若者に好まれる傾向が出てきます。
ビートルズは割と大人しめですが、同時代のミュージシャンは次第により刺激の強い作品を作るようになって行きます。
↑ロックの歴史番外編。
人によって色々な書き方があるものです。
題名の勢いを借りずに書ける、というのは、筆力の為せる業かもしれません。
ノルウェーの森は、そういう逸話があるんですね。
性的なニュアンスのある曲は、放送禁止になる恐れがあるから、作る側もけっこう気を使っていたようです。
ただ、同じころに、サイケブームやヒッピーブームが起こって、性的で挑戦的な音楽やファッションが若者に好まれる傾向が出てきます。
ビートルズは割と大人しめですが、同時代のミュージシャンは次第により刺激の強い作品を作るようになって行きます。
↑ロックの歴史番外編。
- Kobito
- 2017年 08月22日 23時06分
[良い点]
私の場合、題名は比較的早い段階で決めてしまいます。
そして、時によって題名に引き摺られることもあります。
題名を終盤になって決定するとき、話の芯がずれてゆく、そんな不安を感じます。
題名は顔
そのことについては異論はありません。しかし、ことさら化粧したり整形したりと見てくれを整えることが苦手なので、地味な題名を選んでいるようです。
だって、顔で誘って中味がトホホだと、余計に恥ずかしいですから。
そういう意味から、無意味に長い題名を嫌悪します。
スパッと決められないのかい? と、言いたいですね。
パパッと閃いた単語をメモしておいて、ブツブツ独り言を呟きながら考えるのも楽しい時間ですが、そんなことはないですか?
私は、下手でもかまわないから、自分が考えた題名をつけます。これも頑固な自己主張。
話が自己主張なら、題名は、家紋かもしれませんよ。
考えを深めるに、とてもふさわしい話題だと思います。
多くの人が考えを深めてくれるといいですね。
私の場合、題名は比較的早い段階で決めてしまいます。
そして、時によって題名に引き摺られることもあります。
題名を終盤になって決定するとき、話の芯がずれてゆく、そんな不安を感じます。
題名は顔
そのことについては異論はありません。しかし、ことさら化粧したり整形したりと見てくれを整えることが苦手なので、地味な題名を選んでいるようです。
だって、顔で誘って中味がトホホだと、余計に恥ずかしいですから。
そういう意味から、無意味に長い題名を嫌悪します。
スパッと決められないのかい? と、言いたいですね。
パパッと閃いた単語をメモしておいて、ブツブツ独り言を呟きながら考えるのも楽しい時間ですが、そんなことはないですか?
私は、下手でもかまわないから、自分が考えた題名をつけます。これも頑固な自己主張。
話が自己主張なら、題名は、家紋かもしれませんよ。
考えを深めるに、とてもふさわしい話題だと思います。
多くの人が考えを深めてくれるといいですね。
題名というのは、特に文芸作品においては、重要性が高い部分ですよね。
書き手も読み手も、作品を書いたり読んだりする上で、そこからかなりの影響を受けます。
齋藤さんが地味な題名を選ぶというのは、正直で良いと思います。
題名の選び方にも、書き手の性格や人柄が出ます。
読み手は、それを見抜きます。
だから、良い題名だから良いわけではなくて、自分の性格に合っている題名を選んだ方が、読み手から見ても自然に感じてもらえます。
良さそうな単語とか題名の候補をメモしておく事は時々あります。
忘れっぽいから、良い題名を思いついても、メモする物が無くて、後で思い出せなくなるという事もけっこうあります。
題名が家紋というのも面白いですね。まだ誰もやっていない試みかも。^^
こういう創作に関する身近なテーマで考えを述べていると、読んだ人も自分なりに賛同したり反論したりして、その思いを創作に反映させることができますからね。
創作意欲の刺激という点でも、効用があればと思っています。
書き手も読み手も、作品を書いたり読んだりする上で、そこからかなりの影響を受けます。
齋藤さんが地味な題名を選ぶというのは、正直で良いと思います。
題名の選び方にも、書き手の性格や人柄が出ます。
読み手は、それを見抜きます。
だから、良い題名だから良いわけではなくて、自分の性格に合っている題名を選んだ方が、読み手から見ても自然に感じてもらえます。
良さそうな単語とか題名の候補をメモしておく事は時々あります。
忘れっぽいから、良い題名を思いついても、メモする物が無くて、後で思い出せなくなるという事もけっこうあります。
題名が家紋というのも面白いですね。まだ誰もやっていない試みかも。^^
こういう創作に関する身近なテーマで考えを述べていると、読んだ人も自分なりに賛同したり反論したりして、その思いを創作に反映させることができますからね。
創作意欲の刺激という点でも、効用があればと思っています。
- Kobito
- 2017年 08月21日 20時58分
[一言]
先ほどの感想欄、一部訂正します。
『見張り塔からずっと』→『見張塔からずっと』
ディランの曲の方はこちらの表記でしたね。
訳者片桐ユズル氏への尊敬が足りてませんでした。
先ほどの感想欄、一部訂正します。
『見張り塔からずっと』→『見張塔からずっと』
ディランの曲の方はこちらの表記でしたね。
訳者片桐ユズル氏への尊敬が足りてませんでした。
そうですね。
小説は送り仮名をつけてます。
一文字だけ変えて、法的な問題を回避しようとしているのだと思いますが、それはつまり、盗用だと自覚している、という事ですからね。あまりカッコいいものではありません。
小説は送り仮名をつけてます。
一文字だけ変えて、法的な問題を回避しようとしているのだと思いますが、それはつまり、盗用だと自覚している、という事ですからね。あまりカッコいいものではありません。
- Kobito
- 2017年 08月21日 17時28分
[一言]
こんにちは。第14回を拝読しました。その感想です。
まず、
『見張り塔からずっと』は、私の大好きな曲(詩)。同名の小説があったとは、驚きです。
以下、少しばかり、別の立場の意見を述べさせてもらいます。ご容赦ください。
題名をそっくり頂戴してしまう手法についてですが、
私はそういうものを見ると、逆に潔いと感じます。「他作品に対する尊敬の欠如」ではなく、逆に「尊敬の塊」だと思うのです。作者の思惑が「面倒だから借りてしまえ」というものならともかく、色々と考えたうえで、あえて「そのまま借りる」ということを決断したのなら、安易な題名とはいえません。そういった形でのオリジナリティの犠牲は、素敵だとすら思えます。
逆に、オリジナリティを入れようとして下手にモジってしまうと、オマージュというよりパロディ(あるいはパクリ)という印象になってしまい、逆に「バカにしてるのか」と思ってしまいます。文章を引用する際の「同一性」への配慮に似た感情かもしれません(ちなみに、私の投稿小説にも、絵画の題名をそのまま拝借したものがあります)。
「作品の内容を端的に表す」という意味で、素晴らしい題名をつけるなあ、と思う作家がいます。
『ゴールデンスランバー』の著者、伊坂幸太郎氏です。
彼の小説は、題名を読んだだけではどのようなものを扱っている小説なのか、わからないものが多いです。要は、謎めいているのです。だからこそ、中身を知りたくて手にとってしまいます。そして、読んでみて初めて、「作品の内容を端的に表す」題名だったということに気づくのです(小説内での小さなエピソードや曲名が、実はその小説の核心であったりするのです。伊坂氏はそういった象徴を使うのが巧い)。
Kobito さまにはいつも肯定的な感想をいただいているので、反論のようなことを書くのは少し迷いましたが、書かせていただきました。温かい目でお読みいただければ(?)幸いです。
こんにちは。第14回を拝読しました。その感想です。
まず、
『見張り塔からずっと』は、私の大好きな曲(詩)。同名の小説があったとは、驚きです。
以下、少しばかり、別の立場の意見を述べさせてもらいます。ご容赦ください。
題名をそっくり頂戴してしまう手法についてですが、
私はそういうものを見ると、逆に潔いと感じます。「他作品に対する尊敬の欠如」ではなく、逆に「尊敬の塊」だと思うのです。作者の思惑が「面倒だから借りてしまえ」というものならともかく、色々と考えたうえで、あえて「そのまま借りる」ということを決断したのなら、安易な題名とはいえません。そういった形でのオリジナリティの犠牲は、素敵だとすら思えます。
逆に、オリジナリティを入れようとして下手にモジってしまうと、オマージュというよりパロディ(あるいはパクリ)という印象になってしまい、逆に「バカにしてるのか」と思ってしまいます。文章を引用する際の「同一性」への配慮に似た感情かもしれません(ちなみに、私の投稿小説にも、絵画の題名をそのまま拝借したものがあります)。
「作品の内容を端的に表す」という意味で、素晴らしい題名をつけるなあ、と思う作家がいます。
『ゴールデンスランバー』の著者、伊坂幸太郎氏です。
彼の小説は、題名を読んだだけではどのようなものを扱っている小説なのか、わからないものが多いです。要は、謎めいているのです。だからこそ、中身を知りたくて手にとってしまいます。そして、読んでみて初めて、「作品の内容を端的に表す」題名だったということに気づくのです(小説内での小さなエピソードや曲名が、実はその小説の核心であったりするのです。伊坂氏はそういった象徴を使うのが巧い)。
Kobito さまにはいつも肯定的な感想をいただいているので、反論のようなことを書くのは少し迷いましたが、書かせていただきました。温かい目でお読みいただければ(?)幸いです。
読んで頂けて嬉しいです。
他者の論考に対して、異なった意見を持つというのは、ごく健全な事なので、ご遠慮なさらずに、どうぞ自由にご意見を述べて下さい。
そのご意見に対して、私も自分の考えを述べる形になりますが、それも健全な議論であり、論考の交換の楽しみでもあるので、こういう考えもあるのだな、と思って読んで頂ければと思います。
見張塔からずっとは、ボブ・ディランの代表曲ですよね。小説は、重松清さんの作品です。
好きなものを真似する、というのは、創作の現場でよくあることです。
どこまでが許されてどこまでが許されないか、というのは、個人の感覚の幅広さや、法的な基準のあいまいさもあって、定めるのが困難ではありますが、少なくとも、オリジナルと瓜二つのものを用いるのは、『盗用』です。
どんなにオマージュだとか、尊敬の念だとか、作中のエピソードに題名が上手く絡んでいると言ってその行為を美化し、正当化したとしても、オリジナルからの『盗用』であるという事実は厳然としてあるのです。
オリジナルのタイトルが、大して印象に残らないありきたりなものであれば、瓜二つの題名をつけたとしても『盗用』という強い言葉で責められることはありません。
問題は、オリジナルの作者の創意工夫が込められた名タイトルを使って、「題名の印象深さ」や「オリジナルの知名度を利用して作品に箔を付ける」という効果を得ている、という事です。
オリジナルのタイトルを下手にもじったらパロディになる、というなら、その書き手はその程度の書き手なのでしょう。
真に達者で誠実な書き手なら、『盗用』にならないように配慮しながら、オマージュと呼ぶにふさわしいタイトルを創造する事ができるはずです。
それが、オリジナルを尊ぶべき創作者としての勝負どころではないでしょうか。
他者の論考に対して、異なった意見を持つというのは、ごく健全な事なので、ご遠慮なさらずに、どうぞ自由にご意見を述べて下さい。
そのご意見に対して、私も自分の考えを述べる形になりますが、それも健全な議論であり、論考の交換の楽しみでもあるので、こういう考えもあるのだな、と思って読んで頂ければと思います。
見張塔からずっとは、ボブ・ディランの代表曲ですよね。小説は、重松清さんの作品です。
好きなものを真似する、というのは、創作の現場でよくあることです。
どこまでが許されてどこまでが許されないか、というのは、個人の感覚の幅広さや、法的な基準のあいまいさもあって、定めるのが困難ではありますが、少なくとも、オリジナルと瓜二つのものを用いるのは、『盗用』です。
どんなにオマージュだとか、尊敬の念だとか、作中のエピソードに題名が上手く絡んでいると言ってその行為を美化し、正当化したとしても、オリジナルからの『盗用』であるという事実は厳然としてあるのです。
オリジナルのタイトルが、大して印象に残らないありきたりなものであれば、瓜二つの題名をつけたとしても『盗用』という強い言葉で責められることはありません。
問題は、オリジナルの作者の創意工夫が込められた名タイトルを使って、「題名の印象深さ」や「オリジナルの知名度を利用して作品に箔を付ける」という効果を得ている、という事です。
オリジナルのタイトルを下手にもじったらパロディになる、というなら、その書き手はその程度の書き手なのでしょう。
真に達者で誠実な書き手なら、『盗用』にならないように配慮しながら、オマージュと呼ぶにふさわしいタイトルを創造する事ができるはずです。
それが、オリジナルを尊ぶべき創作者としての勝負どころではないでしょうか。
- Kobito
- 2017年 08月21日 17時17分
[一言]
薔薇の花の楽しみ方も色々あって、
花を1年通して、見えるように手入れすることも出来るし、
〔その場合、消毒は欠かせない作業で]
花ばかりやなく、
花びらのジャムや、ローズヒップのお茶を楽しみたい場合は、
極力、農薬を使わないようにします。
剪定の時期や、カットする部位も違ってきます。
作業・映像・香り・気象・四季・音・感覚・記憶・知識…
ありとあらゆるものが、想像の扉を開けます。
物語は、どうでなくてはならない
___と、いう事はないかと思いました。
Kobitoさんの音を意識した「詩」が、
貴方にしか書けないように、
薔薇の花の楽しみ方も色々あって、
花を1年通して、見えるように手入れすることも出来るし、
〔その場合、消毒は欠かせない作業で]
花ばかりやなく、
花びらのジャムや、ローズヒップのお茶を楽しみたい場合は、
極力、農薬を使わないようにします。
剪定の時期や、カットする部位も違ってきます。
作業・映像・香り・気象・四季・音・感覚・記憶・知識…
ありとあらゆるものが、想像の扉を開けます。
物語は、どうでなくてはならない
___と、いう事はないかと思いました。
Kobitoさんの音を意識した「詩」が、
貴方にしか書けないように、
花の育て方、花の映え方、花の利用方法、花の一生、花の望み、色んな角度から、花が楽しめるように、創作も、色んな方向から見る事ができれば、いっそう豊かに楽しめるだろうな、と思います。
そして、もし楽しみ方が限定されていたとしても、その人が満足なら、それはそれで良いのだ、とも思います。
人が楽しんでいる姿を見るのは、嬉しいものですからね。
自分の創作については、美意識が確固としてあるので、それを上手く表せるようになりたいです。
私にしか書けない詩と言ってくれて、ありがとう。
そして、もし楽しみ方が限定されていたとしても、その人が満足なら、それはそれで良いのだ、とも思います。
人が楽しんでいる姿を見るのは、嬉しいものですからね。
自分の創作については、美意識が確固としてあるので、それを上手く表せるようになりたいです。
私にしか書けない詩と言ってくれて、ありがとう。
- Kobito
- 2017年 08月10日 00時35分
[一言]
音と意味は分かちがたく言葉そのものです。意味を持たない言葉はなく、その意味で言葉とは意味をどうしても含みます。音を持たない言葉はなく、音は感情を呼び、含み、感情とはつまり意味を持ち、言葉は感情を呼び、意味を含み、流れる声として内部へ響くことを止めない。やがて奔流となって溢れ出したその声を掬う行為こそを、わたしは詩作だと感じています。
音と意味は分かちがたく言葉そのものです。意味を持たない言葉はなく、その意味で言葉とは意味をどうしても含みます。音を持たない言葉はなく、音は感情を呼び、含み、感情とはつまり意味を持ち、言葉は感情を呼び、意味を含み、流れる声として内部へ響くことを止めない。やがて奔流となって溢れ出したその声を掬う行為こそを、わたしは詩作だと感じています。
『音』と『意味』をすべての言葉が持っている(厳密には意味を持たない言葉はありますが)からといって、その単なる羅列が胸を打つような美しさを生み出すことはありません。
『音』というのは、単に聴こえる、という意味だけではなく、リズム、響き、イントネーションから来るメロディーという『音楽的』な意味も含みます。コラムでは、『音楽的』な部分の効用について論じています。
『意味』についても、意味を持たない言葉があるという点を論旨にしているのではなく、
>言葉の意味がどうであれ、リズムと響きが優れていれば、読み手を感動させることができる
という言葉の性質の一面を論じているのです。
蠍座の黒猫さんにとっての詩作というのは、そういう行為なんですね。読んでいて勢いを感じます。
『音』というのは、単に聴こえる、という意味だけではなく、リズム、響き、イントネーションから来るメロディーという『音楽的』な意味も含みます。コラムでは、『音楽的』な部分の効用について論じています。
『意味』についても、意味を持たない言葉があるという点を論旨にしているのではなく、
>言葉の意味がどうであれ、リズムと響きが優れていれば、読み手を感動させることができる
という言葉の性質の一面を論じているのです。
蠍座の黒猫さんにとっての詩作というのは、そういう行為なんですね。読んでいて勢いを感じます。
- Kobito
- 2017年 08月04日 17時01分
[一言]
「カーニバルがはじまるよ~♪」
どこから来たのか、不思議な洋装の男が来ました。
「こんな田舎でカーニバル?」
と、みんな思ったけど
その男といっしょに
歩くだけで楽しくて
どうぶつの子どもたちは
ゾロゾロ、ゾロゾロついて行きました。
なあんてね、
嬉しそうに笑う猫
楽しそうにおどける蛙
心配そうなリス、、、
物語が、始まりそうな絵ですね♪
わたしには技法とか、難しいことはわからないけれど
湧き上がる高揚が「詩」を生むんじゃないかと思う。
おやすみなさい♪
「カーニバルがはじまるよ~♪」
どこから来たのか、不思議な洋装の男が来ました。
「こんな田舎でカーニバル?」
と、みんな思ったけど
その男といっしょに
歩くだけで楽しくて
どうぶつの子どもたちは
ゾロゾロ、ゾロゾロついて行きました。
なあんてね、
嬉しそうに笑う猫
楽しそうにおどける蛙
心配そうなリス、、、
物語が、始まりそうな絵ですね♪
わたしには技法とか、難しいことはわからないけれど
湧き上がる高揚が「詩」を生むんじゃないかと思う。
おやすみなさい♪
詩織さんは、あの挿絵からそんな豊かな空想を羽ばたかせたんですね。
不思議な洋装の男を、みんなが好きでついて歩く様子、想像すると嬉しくなります。
湧き上がる高揚は、詩の源泉ですね。
それと、子供のつぶやきのような、大人の発想を越えた不思議な魅力のある言葉も、詩の原点だと思います。
おやすみなさい♬
不思議な洋装の男を、みんなが好きでついて歩く様子、想像すると嬉しくなります。
湧き上がる高揚は、詩の源泉ですね。
それと、子供のつぶやきのような、大人の発想を越えた不思議な魅力のある言葉も、詩の原点だと思います。
おやすみなさい♬
- Kobito
- 2017年 08月03日 00時22分
[一言]
宮沢賢治作品の独特な世界観の形成には『詩心』が影響していたのですね...!作家が「音楽的な感動」と「意味による感動」のどちらを重視しているのかを見ていくとその人の本質が見えてきそうです。『詩心』は『絵心』と同じように、その人の持って生まれた感性なのかもしれないと思いました(^^)
挿絵の宮沢賢治の水彩画も味わい深くて素敵です(*^^*)
宮沢賢治作品の独特な世界観の形成には『詩心』が影響していたのですね...!作家が「音楽的な感動」と「意味による感動」のどちらを重視しているのかを見ていくとその人の本質が見えてきそうです。『詩心』は『絵心』と同じように、その人の持って生まれた感性なのかもしれないと思いました(^^)
挿絵の宮沢賢治の水彩画も味わい深くて素敵です(*^^*)
- 投稿者: 退会済み
- 2017年 08月02日 12時04分
管理
宮沢賢治は、詩心を基礎にした作家です。作家の本質を見るには、「音楽的な感動」を好むか、「意味による感動」を好むかを見れば、おおよそのところ(その作家の美意識や性格など)が分かるように思います。
たんたんさんの言う通り、『詩心』や『絵心』は、生まれ持った感性の部分が大きいですね。人生経験で培われる部分もあるけど、それ以前の部分もあると思います。
挿絵の水彩画の賢治さんも、楽しんでもらえて嬉しいです。^^
たんたんさんの言う通り、『詩心』や『絵心』は、生まれ持った感性の部分が大きいですね。人生経験で培われる部分もあるけど、それ以前の部分もあると思います。
挿絵の水彩画の賢治さんも、楽しんでもらえて嬉しいです。^^
- Kobito
- 2017年 08月02日 17時49分
― 感想を書く ―