感想一覧
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[一言]
攻める姿勢、瑞々しい感性は幾つになっても持てる物だと思います。
自分が師と、尊敬する小説家さんがいらっしゃいますが、その方は40を遥かに超えていらっしゃいますが、常人では出てこない発想や表現をされて居ましたから。
その方が書かれた、
「シリアナを花瓶代わりにして、花を挿すアイデア」、
なんて、自分の若い時代でも欠片すら浮かびませんでしたから……。
――実年齢より、感性を老いさせない事が大切なのかもですね。
ふと、そんな事を思い出しました。
攻める姿勢、瑞々しい感性は幾つになっても持てる物だと思います。
自分が師と、尊敬する小説家さんがいらっしゃいますが、その方は40を遥かに超えていらっしゃいますが、常人では出てこない発想や表現をされて居ましたから。
その方が書かれた、
「シリアナを花瓶代わりにして、花を挿すアイデア」、
なんて、自分の若い時代でも欠片すら浮かびませんでしたから……。
――実年齢より、感性を老いさせない事が大切なのかもですね。
ふと、そんな事を思い出しました。
エピソード1021
ご感想ありがとうございます。
確かに攻める姿勢と瑞々しい感性はいくつになっても持てると思います。
ただ、それを若い頃から継続して持っている方と、お年を召してから身につけようとする方では、難易度が桁違いだと思います。
「六十の手習い」で小説を書き始めた方にはなかなか難しいのではないでしょうか。
「継続は力なり」とも言いますし。
四十代になってから始めた方は、不断の努力で身につけてほしいところです。
確かに攻める姿勢と瑞々しい感性はいくつになっても持てると思います。
ただ、それを若い頃から継続して持っている方と、お年を召してから身につけようとする方では、難易度が桁違いだと思います。
「六十の手習い」で小説を書き始めた方にはなかなか難しいのではないでしょうか。
「継続は力なり」とも言いますし。
四十代になってから始めた方は、不断の努力で身につけてほしいところです。
- カイ.智水
- 2019年 12月01日 18時04分
[一言]
私はラノベの流行には余り意味がないものだと思っています。
何故ならラノベの流行はあるタイミングで注目を集めベストセラーとなった作品で比較的世界観の模倣しやすい作品の劣化コピーの量産現象だと云う認識だからです。
その根拠として「魔法科~劣等生」の世界観設定を模倣した作品はまず見かけないのに対して「ソードアート~」の世界観を一部でも模倣した作品はよく見かけるという事が挙げられます。
その原因として前者は世界観が非常に複雑で多岐に渡る知識が必要なためテンプレート化し難く、後者は印象的な部分に関して比較的容易にテンプレート化が容易な事が考えられます。
読者としてはどちらも興味深く楽しめる作品で作家さんの都合はどうでも良いのですから。
そして流行の先駆けとなった作品以降に出版された類似世界観を踏襲した作品は一部を除き、殆どの作品が根底となる世界観を理解していないために時間と労力の無駄、金を出してまで読む気になれないモノとなっています。
そもそもラノベの根底原則は「アーサー王物語」、その原点である「ギルガメッシュ叙事詩」から踏襲されている何か特別な境遇の主人公、そして超越者から授けられる特別な剣(チート)を使い強大な敵、困難に立ち向かうという構図ですから。
それは人が死ぬ死なない、スローライフ系であろうがなかろうが関係なく盛り込んでおかないと味噌の入っていない名前だけの味噌汁みたいなモノになってしまいます。
その原則部分だけで構成された物語の代表作が実は桃太郎です。
あの意味不明で動機不明の行動の物語が現代まで愛されているのは桃から生まれたという特別な境遇と吉備団子という特別なアイテム、そして絶対悪としての鬼の存在、それを討伐する行為。全てが原則に則って構成されているのです。
おそらくラノベで冒険する場合はこの原則を理解した上で何処まで独自解釈のアレンジが出来るかに掛かっていると私は考えます。
コラムで述べられいるように、バラエティー番組のように大多数の視聴者を無視し、声だけは大きい心正しい一部の狂人に忖度したりせず、読者をしっかりと見据える勇気が必要でしょうけれど。
私としては「気に入らない存在」に対して最終的にザマーを繰り返すのがラノベだと考えています。
嘘か本当か知りませんがキューバでは宇宙戦艦ヤマトの登場人物の名前、沖田艦長をカストロ、主人公本人か兄の名前をチェ・ゲバラ 、デスラーだかドメルをオバマとかに変えて放映したらバカウケして大ヒットしたとかなんとか・・。
私はラノベの流行には余り意味がないものだと思っています。
何故ならラノベの流行はあるタイミングで注目を集めベストセラーとなった作品で比較的世界観の模倣しやすい作品の劣化コピーの量産現象だと云う認識だからです。
その根拠として「魔法科~劣等生」の世界観設定を模倣した作品はまず見かけないのに対して「ソードアート~」の世界観を一部でも模倣した作品はよく見かけるという事が挙げられます。
その原因として前者は世界観が非常に複雑で多岐に渡る知識が必要なためテンプレート化し難く、後者は印象的な部分に関して比較的容易にテンプレート化が容易な事が考えられます。
読者としてはどちらも興味深く楽しめる作品で作家さんの都合はどうでも良いのですから。
そして流行の先駆けとなった作品以降に出版された類似世界観を踏襲した作品は一部を除き、殆どの作品が根底となる世界観を理解していないために時間と労力の無駄、金を出してまで読む気になれないモノとなっています。
そもそもラノベの根底原則は「アーサー王物語」、その原点である「ギルガメッシュ叙事詩」から踏襲されている何か特別な境遇の主人公、そして超越者から授けられる特別な剣(チート)を使い強大な敵、困難に立ち向かうという構図ですから。
それは人が死ぬ死なない、スローライフ系であろうがなかろうが関係なく盛り込んでおかないと味噌の入っていない名前だけの味噌汁みたいなモノになってしまいます。
その原則部分だけで構成された物語の代表作が実は桃太郎です。
あの意味不明で動機不明の行動の物語が現代まで愛されているのは桃から生まれたという特別な境遇と吉備団子という特別なアイテム、そして絶対悪としての鬼の存在、それを討伐する行為。全てが原則に則って構成されているのです。
おそらくラノベで冒険する場合はこの原則を理解した上で何処まで独自解釈のアレンジが出来るかに掛かっていると私は考えます。
コラムで述べられいるように、バラエティー番組のように大多数の視聴者を無視し、声だけは大きい心正しい一部の狂人に忖度したりせず、読者をしっかりと見据える勇気が必要でしょうけれど。
私としては「気に入らない存在」に対して最終的にザマーを繰り返すのがラノベだと考えています。
嘘か本当か知りませんがキューバでは宇宙戦艦ヤマトの登場人物の名前、沖田艦長をカストロ、主人公本人か兄の名前をチェ・ゲバラ 、デスラーだかドメルをオバマとかに変えて放映したらバカウケして大ヒットしたとかなんとか・・。
ご感想ありがとうございます。
御返事が遅れて申し訳ございません。数が多くなったためさばききれなくなっていました。
『アーサー王物語』『ギルガメシュ叙事詩』は、すべての異世界ファンタジーの祖であるJ.R.R.トールキン氏が各地の伝承などを交えて再構成して創り上げた「剣と魔法のファンタジー」の上に立っていますよね。
映画三部作が大ヒットした『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』などは、最近の異世界ファンタジーにも大きな影響を与えたと思います。
日本人は『桃太郎』の話を幼い頃から聞いていますから、そのテンプレートも作りやすいのでしょうか。
テンプレートは必ず「独自解釈」が存在しないと、劣化コピーにしかなりませんよね。
『宇宙戦艦ヤマト』については初耳でした。
沖田艦長がカストロ、古代進か古代守がチェ・ゲバラ、戦う相手がオバマ。
確かにウケそうな設定ですね。
キューバはオバマが対立を解消したはずなのですが、それでもアメリカ大統領としてのオバマは好きではないのかな。今ならトランプ大統領のほうがハマっていそうですが、見た目的にはドメルかな。
御返事が遅れて申し訳ございません。数が多くなったためさばききれなくなっていました。
『アーサー王物語』『ギルガメシュ叙事詩』は、すべての異世界ファンタジーの祖であるJ.R.R.トールキン氏が各地の伝承などを交えて再構成して創り上げた「剣と魔法のファンタジー」の上に立っていますよね。
映画三部作が大ヒットした『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』などは、最近の異世界ファンタジーにも大きな影響を与えたと思います。
日本人は『桃太郎』の話を幼い頃から聞いていますから、そのテンプレートも作りやすいのでしょうか。
テンプレートは必ず「独自解釈」が存在しないと、劣化コピーにしかなりませんよね。
『宇宙戦艦ヤマト』については初耳でした。
沖田艦長がカストロ、古代進か古代守がチェ・ゲバラ、戦う相手がオバマ。
確かにウケそうな設定ですね。
キューバはオバマが対立を解消したはずなのですが、それでもアメリカ大統領としてのオバマは好きではないのかな。今ならトランプ大統領のほうがハマっていそうですが、見た目的にはドメルかな。
- カイ.智水
- 2019年 12月08日 19時50分
[一言]
文学小説とラノベ、違いはあるのでしょうか?
私にはどちらも読み手を楽しませるナニかしらの共感を与えるという目的では違いはないように思えます。
文学小説の方が相対的に人生観が深いと主張される方も居られますが文学小説もラノベも作品と作者よるとしか思えません。
文学小説、特に名作に分類されるモノは権威のある人間に評価、要するにその人の趣味に合致したから名作として扱われているとしか思えません。
爆発的人気の誇るラノベを完結させる事が困難で、ある意味、勇気がいる事なのは理解できます。
何年も連載、続刊を書き続けている作品は間違いなく質が落ちていると感じます。原因は作者自身の感性が年齢と共に変化してしまった。そして読者自身の感性も加齢と共に変化してしまった事が考えられます。
そして作者自身も執筆に苦痛を感じているような気がします。
それは意外と文章の流れやストーリーの展開の雰囲気から伝わってきますから。
ネット小説の場合は投稿間隔に現れます。そして毎日連載される方の中には1日でも休めば、多分、今後、二度と投稿は行われないだろうなという危うさで連載を続けている方もいるようです。
連載期間が長くなればなるほど作品開始時の感性からかけ離れ作品にその作品のコンセプトに合わなくなる前に完結させるさせるべきだと考えます。
最近、久々に続編が刊行された創竜伝を読んでその事を強く感じました。
文学小説とラノベ、違いはあるのでしょうか?
私にはどちらも読み手を楽しませるナニかしらの共感を与えるという目的では違いはないように思えます。
文学小説の方が相対的に人生観が深いと主張される方も居られますが文学小説もラノベも作品と作者よるとしか思えません。
文学小説、特に名作に分類されるモノは権威のある人間に評価、要するにその人の趣味に合致したから名作として扱われているとしか思えません。
爆発的人気の誇るラノベを完結させる事が困難で、ある意味、勇気がいる事なのは理解できます。
何年も連載、続刊を書き続けている作品は間違いなく質が落ちていると感じます。原因は作者自身の感性が年齢と共に変化してしまった。そして読者自身の感性も加齢と共に変化してしまった事が考えられます。
そして作者自身も執筆に苦痛を感じているような気がします。
それは意外と文章の流れやストーリーの展開の雰囲気から伝わってきますから。
ネット小説の場合は投稿間隔に現れます。そして毎日連載される方の中には1日でも休めば、多分、今後、二度と投稿は行われないだろうなという危うさで連載を続けている方もいるようです。
連載期間が長くなればなるほど作品開始時の感性からかけ離れ作品にその作品のコンセプトに合わなくなる前に完結させるさせるべきだと考えます。
最近、久々に続編が刊行された創竜伝を読んでその事を強く感じました。
ご感想ありがとうございます。
文学小説は基本的に芥川龍之介賞の対象となる小説雑誌五誌に掲載された作品を言いますね。
ライトノベルはライトノベルのレーベルから出版された作品を指していることが多い。
つまり出版社レーベルによる違いなのではないでしょうか。
そして出版社レーベルによって独特のカラーがあり、それが文学小説とライトノベルを分けているのではないでしょうか。
ライトノベルを書きながら文学小説・大衆小説を書いたのは、冲方丁氏と西尾維新氏が挙げられますね。
逆に文学小説からライトノベルを書いた書き手というのはいないように思えます。ライトノベルを格下に見ているのかもしれません。
連載については仰るとおり、勢いと構想がしっかりしているうちに書き終えてしまうほうがよいですね。
田中芳樹氏は十年二十年と続巻を書かない時期がありましたから、なおさらそう感じるのかもしれません。
『タイタニア』も『アルスラーン戦記』も続巻はかなり空きましたからね。両方ともすでに完結していますけれども。
連載を始めたら、いつかは終わらせなければなりません。未完のまま死んでしまうと読み手は途方に暮れてしまいます。栗本薫氏『グイン・サーガ』のように、次代の書き手が引き継いで連載を続ける方法もあります。ですがやはり栗本薫氏でなければ書けない展開や完結のさせ方があったはずなのです。
だからこそ、連載を始めたら生きているうちに完結していただきたいものです。
文学小説は基本的に芥川龍之介賞の対象となる小説雑誌五誌に掲載された作品を言いますね。
ライトノベルはライトノベルのレーベルから出版された作品を指していることが多い。
つまり出版社レーベルによる違いなのではないでしょうか。
そして出版社レーベルによって独特のカラーがあり、それが文学小説とライトノベルを分けているのではないでしょうか。
ライトノベルを書きながら文学小説・大衆小説を書いたのは、冲方丁氏と西尾維新氏が挙げられますね。
逆に文学小説からライトノベルを書いた書き手というのはいないように思えます。ライトノベルを格下に見ているのかもしれません。
連載については仰るとおり、勢いと構想がしっかりしているうちに書き終えてしまうほうがよいですね。
田中芳樹氏は十年二十年と続巻を書かない時期がありましたから、なおさらそう感じるのかもしれません。
『タイタニア』も『アルスラーン戦記』も続巻はかなり空きましたからね。両方ともすでに完結していますけれども。
連載を始めたら、いつかは終わらせなければなりません。未完のまま死んでしまうと読み手は途方に暮れてしまいます。栗本薫氏『グイン・サーガ』のように、次代の書き手が引き継いで連載を続ける方法もあります。ですがやはり栗本薫氏でなければ書けない展開や完結のさせ方があったはずなのです。
だからこそ、連載を始めたら生きているうちに完結していただきたいものです。
- カイ.智水
- 2019年 11月28日 17時08分
[一言]
「ソードアート・オンライン」から確かにファンタジーに数値化されたステータスそしてスキルという新しい要素が加わりましたね。私自身はファンタジーの定義が変わったとは思わないのですが。強いて云うなら戦略シミュレーション一辺倒だった世界にアクションゲーム的、FPS的要素が加わった程度の認識です。
命掛けで緊迫感のある戦闘シーンは夢枕獏氏や菊池秀行氏なんかが沢山書かれておりますので新鮮さはあまりありません。
「ソードアート~」が一番優れている点は数値化されたステータスはあくまでもゲームの中だけで多少、リアルにも影響がある可能性を示唆する程度に収めている点だと思います。そしてゲームの世界と現実世界を混同せずに線引きして書いている点です。
後発のリアルと混同されている作品の多くは強化された筋力や神経が日常生活に及ぼす影響を失念し、読者に細かいところはスルーを要求してる所が非常に頂けません。
「ソードアート~」が指し示されたジャンルが本当に定着するかどうかはこの作品がどれだけ綺麗に纏め上げられて完結出来るかに掛かっていると思います。
「ソードアート・オンライン」から確かにファンタジーに数値化されたステータスそしてスキルという新しい要素が加わりましたね。私自身はファンタジーの定義が変わったとは思わないのですが。強いて云うなら戦略シミュレーション一辺倒だった世界にアクションゲーム的、FPS的要素が加わった程度の認識です。
命掛けで緊迫感のある戦闘シーンは夢枕獏氏や菊池秀行氏なんかが沢山書かれておりますので新鮮さはあまりありません。
「ソードアート~」が一番優れている点は数値化されたステータスはあくまでもゲームの中だけで多少、リアルにも影響がある可能性を示唆する程度に収めている点だと思います。そしてゲームの世界と現実世界を混同せずに線引きして書いている点です。
後発のリアルと混同されている作品の多くは強化された筋力や神経が日常生活に及ぼす影響を失念し、読者に細かいところはスルーを要求してる所が非常に頂けません。
「ソードアート~」が指し示されたジャンルが本当に定着するかどうかはこの作品がどれだけ綺麗に纏め上げられて完結出来るかに掛かっていると思います。
ご感想ありがとうございます。
『ソードアート・オンライン』はライトノベルのマイルストーンになりました。
ステータスやスキルなどはそれまでTRPGリプレイの世界でのみ用いられていたところに、ファンタジー小説で成立させた稀有な存在といえます。
命懸けで緊迫感のある戦闘シーンそれ自体は栗本薫氏『グイン・サーガ』にも見られますし、私が好きな『アーサー王伝説』でもありますから、人類普遍の魅力なのかもしれません。
人間は危機管理を想像力で増大させて生き延びてきた種族ですので、命が懸かっていると認識すれば、自然とのめり込むのかもしれませんね。この危機感を放っておいたらどうなるのか。そこから解決策をあれこれと模索し始める。そして小説ではその解法のひとつが示されて、読み手に経験知を与えているように思えます。
『ソードアート・オンライン』は現在『プログレッシブ』が進んでいますから、本編の進行が止まっています。どのように完結するのかはとても興味深いですね。
渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』のように連載をスパッと終える決断も必要かもしれません。前日譚ばかりを書かないで、本編を進めて欲しいというのは田中芳樹氏『銀河英雄伝説』のような状況でもありますね。
『ソードアート・オンライン』はライトノベルのマイルストーンになりました。
ステータスやスキルなどはそれまでTRPGリプレイの世界でのみ用いられていたところに、ファンタジー小説で成立させた稀有な存在といえます。
命懸けで緊迫感のある戦闘シーンそれ自体は栗本薫氏『グイン・サーガ』にも見られますし、私が好きな『アーサー王伝説』でもありますから、人類普遍の魅力なのかもしれません。
人間は危機管理を想像力で増大させて生き延びてきた種族ですので、命が懸かっていると認識すれば、自然とのめり込むのかもしれませんね。この危機感を放っておいたらどうなるのか。そこから解決策をあれこれと模索し始める。そして小説ではその解法のひとつが示されて、読み手に経験知を与えているように思えます。
『ソードアート・オンライン』は現在『プログレッシブ』が進んでいますから、本編の進行が止まっています。どのように完結するのかはとても興味深いですね。
渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』のように連載をスパッと終える決断も必要かもしれません。前日譚ばかりを書かないで、本編を進めて欲しいというのは田中芳樹氏『銀河英雄伝説』のような状況でもありますね。
- カイ.智水
- 2019年 11月26日 10時33分
[一言]
笑い、は難しいですね。
泣かせる、ならある程度テンプレは存在すると思いますが、笑いは人によりツボが違いますからね。
カイさんも書いていたように、プロですら手こずりますもん。それに、やり過ぎたり狙い過ぎたりすれば滑稽にもなります。
想定した読者の年代によっても、変わってきますよね。
今回のコラムのテーマ、本当に難しい。
でも、これを読んで腑に落ちた事がひとつありました。
それは、自分が『なろう小説』で苦手と感じた作品の共通点です。鬱展開に対して、喜怒哀楽の『喜』や『楽』の描写が余りにも少ないんです。
バランスは大事ですね。
笑い、は難しいですね。
泣かせる、ならある程度テンプレは存在すると思いますが、笑いは人によりツボが違いますからね。
カイさんも書いていたように、プロですら手こずりますもん。それに、やり過ぎたり狙い過ぎたりすれば滑稽にもなります。
想定した読者の年代によっても、変わってきますよね。
今回のコラムのテーマ、本当に難しい。
でも、これを読んで腑に落ちた事がひとつありました。
それは、自分が『なろう小説』で苦手と感じた作品の共通点です。鬱展開に対して、喜怒哀楽の『喜』や『楽』の描写が余りにも少ないんです。
バランスは大事ですね。
- 投稿者: 退会済み
- 男性
- 2019年 11月24日 03時11分
管理
エピソード1014
ご感想ありがとうございます。
「笑い」をとる、「笑わせる」のは本当に難しいです。
とくに「今この場面で読み手を笑わせよう」と思えば、どう書けばよいのかわかりません。おそらく誰もが思い浮かばないでしょう。
よほど場数を踏んだプロの書き手か、素人の偶然でも起きないかぎり、「今笑わせる」ことはできない。
「なろう小説」で喜怒哀楽の「喜楽」がないと、読み続けられませんね。
とくに物語が始まったのに、いっこうに楽しめないし嬉しくもならない。これでは読み続けるのが苦痛以外のなにものでもありません。
「泣かせる」ことは誰でもできます。愛着を覚えたキャラを殺すなり犯罪被害に遭わせるなりすればよいのですから。
ネガティブを書くならポジティブも書いてバランスをとる。これができていればスラスラと読めるんですよね。
でもシリアスな物語を得意とする方は「笑いのツボ」を心得ていないことが多いんです。そういう作品はトップランカーになっても「紙の書籍」化は遠いと感じています。読んでいて「楽しめるか」という点で次巻を買ってもらえるかが決まるからです。
渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』は「ラブコメ」だから人気が出たのであって、人付き合いが苦手な者同士が単にシリアスな恋愛をしているだけでは人気なんて出ません。
だから少しでも笑ったネタをメモ帳などに書き留めていき、パターンをできるだけ増やしていくのがよいと思います。
そしてその「少しでも笑えるネタ」を繰り返して「予定調和」で笑わせるのです。
ダチョウ倶楽部の「アツアツおでん」や「熱湯風呂」なども「予定調和」で笑えますよね。
「笑い」をとる、「笑わせる」のは本当に難しいです。
とくに「今この場面で読み手を笑わせよう」と思えば、どう書けばよいのかわかりません。おそらく誰もが思い浮かばないでしょう。
よほど場数を踏んだプロの書き手か、素人の偶然でも起きないかぎり、「今笑わせる」ことはできない。
「なろう小説」で喜怒哀楽の「喜楽」がないと、読み続けられませんね。
とくに物語が始まったのに、いっこうに楽しめないし嬉しくもならない。これでは読み続けるのが苦痛以外のなにものでもありません。
「泣かせる」ことは誰でもできます。愛着を覚えたキャラを殺すなり犯罪被害に遭わせるなりすればよいのですから。
ネガティブを書くならポジティブも書いてバランスをとる。これができていればスラスラと読めるんですよね。
でもシリアスな物語を得意とする方は「笑いのツボ」を心得ていないことが多いんです。そういう作品はトップランカーになっても「紙の書籍」化は遠いと感じています。読んでいて「楽しめるか」という点で次巻を買ってもらえるかが決まるからです。
渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』は「ラブコメ」だから人気が出たのであって、人付き合いが苦手な者同士が単にシリアスな恋愛をしているだけでは人気なんて出ません。
だから少しでも笑ったネタをメモ帳などに書き留めていき、パターンをできるだけ増やしていくのがよいと思います。
そしてその「少しでも笑えるネタ」を繰り返して「予定調和」で笑わせるのです。
ダチョウ倶楽部の「アツアツおでん」や「熱湯風呂」なども「予定調和」で笑えますよね。
- カイ.智水
- 2019年 11月24日 17時48分
[一言]
単位の創作について揚げ足を取るようで申し訳ありませんが見目響きの良い創作単位は既に出尽くしているような気がします。有名所ではファルサングやメルドでしょうか?
殆どが長さの単位、重さの単位を創作されるあまり見かけず温度に至っては見たことがありません。
そして完全な創作は滅多になく大抵、外国のローカル単位を捩ったモノです。
私的には、単位は雰囲気を出せれば良いのかな程度の認識です。文明レベルが19世紀末から20世紀初頭の日本をモデルにした創作世界では尺貫法で単位を表現されていた作家さんも居られましたし。
単位の創作で一番怖いのは他の作品と被る事ですね。ナニを云われるかわかったものではありませんし。
単位の創作について揚げ足を取るようで申し訳ありませんが見目響きの良い創作単位は既に出尽くしているような気がします。有名所ではファルサングやメルドでしょうか?
殆どが長さの単位、重さの単位を創作されるあまり見かけず温度に至っては見たことがありません。
そして完全な創作は滅多になく大抵、外国のローカル単位を捩ったモノです。
私的には、単位は雰囲気を出せれば良いのかな程度の認識です。文明レベルが19世紀末から20世紀初頭の日本をモデルにした創作世界では尺貫法で単位を表現されていた作家さんも居られましたし。
単位の創作で一番怖いのは他の作品と被る事ですね。ナニを云われるかわかったものではありませんし。
ご感想ありがとうございます。
ご指摘のとおり、創作単位は出尽くしているかもしれません。これまで世に出たファンタジー小説、SF小説は千を超えているはずですからね。
外国のローカル単位をもじる類いだとかぶる可能性はさらに高くなるでしょう。
ですが、少なくとも「ファンタジー世界で、現実世界の単位がそのまま使われるのは間違い」なのは確かです。
「他の作品とかぶらない」ことを重視するなら、「Google」などで検索をかければよいと思います。有名作品の単位なら、たいていヒットするはずです。
まぁファンタジーは「異世界の雰囲気に浸れればそれでよい」と思います。現実世界と地続きではせっかくの「異世界」が台無しです。
極論すると「異世界感を出せればなんでもよい」のかもしれませんね。
ご指摘のとおり、創作単位は出尽くしているかもしれません。これまで世に出たファンタジー小説、SF小説は千を超えているはずですからね。
外国のローカル単位をもじる類いだとかぶる可能性はさらに高くなるでしょう。
ですが、少なくとも「ファンタジー世界で、現実世界の単位がそのまま使われるのは間違い」なのは確かです。
「他の作品とかぶらない」ことを重視するなら、「Google」などで検索をかければよいと思います。有名作品の単位なら、たいていヒットするはずです。
まぁファンタジーは「異世界の雰囲気に浸れればそれでよい」と思います。現実世界と地続きではせっかくの「異世界」が台無しです。
極論すると「異世界感を出せればなんでもよい」のかもしれませんね。
- カイ.智水
- 2019年 11月23日 16時50分
[一言]
主人公を動かす、その目的は読者の心を掴むという事だけではないような気がします。私が思うには、主人公が作中世界において意志を持って生きている存在であることの印象付けることが本来の目的ではないかと。その結果、読者が感情移入し易くなるのだと考えます。
そこを履き違えると、感情移入の困難な人格の主人公を一生懸命、動かしてしまって読者の心を掴むどころか逆にどん引きされる結果になるかもしれません。
主人公を動かす、その目的は読者の心を掴むという事だけではないような気がします。私が思うには、主人公が作中世界において意志を持って生きている存在であることの印象付けることが本来の目的ではないかと。その結果、読者が感情移入し易くなるのだと考えます。
そこを履き違えると、感情移入の困難な人格の主人公を一生懸命、動かしてしまって読者の心を掴むどころか逆にどん引きされる結果になるかもしれません。
ご感想ありがとうございます。
感情移入については心理学の面からも考えたほうがよさそうですね。
あいにく今は「面白さ」について考えている最中なので、手元に心理学関連の書籍がありません。
ひと段落ついたら、いくつか心理学の書籍を当たってみたいと思います。
感情移入については心理学の面からも考えたほうがよさそうですね。
あいにく今は「面白さ」について考えている最中なので、手元に心理学関連の書籍がありません。
ひと段落ついたら、いくつか心理学の書籍を当たってみたいと思います。
- カイ.智水
- 2019年 11月17日 17時08分
[一言]
ネット小説の良いところは、読者の反応が直ぐ分かるだけでなく、態々、賞に応募したり出版社に持ち込んだりしなくても無料で評価してくれる所もでしょうね。なんせ出版社の人が気を使って言わないような事も気にせずに言ってくれますからね。少なくともプロの作家に必要なメンタルが有るかどうかは判断できると思います。
ネット小説の良いところは、読者の反応が直ぐ分かるだけでなく、態々、賞に応募したり出版社に持ち込んだりしなくても無料で評価してくれる所もでしょうね。なんせ出版社の人が気を使って言わないような事も気にせずに言ってくれますからね。少なくともプロの作家に必要なメンタルが有るかどうかは判断できると思います。
ご感想ありがとうございます。
確かに多くの読み手がタダで評価してくれますよね。
ですが、箸にも棒にもかからない作品には、どんなに悪くても評価は付かないんです。
それは「評価にすらあたわない」と思われてしまうからかもしれません。
程よくランキングに入っているときは、好意的な評価が増えます。
ランキング上位になると、かなり手厳しい評価をされますよね。
知名度の高い作品は、それだけで手厳しい評価が集まりやすい。それほど知名度のない作品は、そういう物語が好きな方が読むので好意的な評価しか残らない。そもそもの閲覧数が少ない作品は評価するのも煩わしい。
だからランキングを駆け上がっていくと、書き手は厳しい駄目出しに晒されます。
それを克服したり無視したりしながら、連載を続けていくことになるでしょう。
プロの書き手は物語自体、担当編集さんと二人三脚で作りますから、展開で駄目出しはされないと思います。代わりに物語をきちんと表現できているかの駄目出しはかなり出てくるでしょう。
いずれにせよ、批判に晒されても書き続けられるだけのメンタルがないと、プロは難しいですよね。
確かに多くの読み手がタダで評価してくれますよね。
ですが、箸にも棒にもかからない作品には、どんなに悪くても評価は付かないんです。
それは「評価にすらあたわない」と思われてしまうからかもしれません。
程よくランキングに入っているときは、好意的な評価が増えます。
ランキング上位になると、かなり手厳しい評価をされますよね。
知名度の高い作品は、それだけで手厳しい評価が集まりやすい。それほど知名度のない作品は、そういう物語が好きな方が読むので好意的な評価しか残らない。そもそもの閲覧数が少ない作品は評価するのも煩わしい。
だからランキングを駆け上がっていくと、書き手は厳しい駄目出しに晒されます。
それを克服したり無視したりしながら、連載を続けていくことになるでしょう。
プロの書き手は物語自体、担当編集さんと二人三脚で作りますから、展開で駄目出しはされないと思います。代わりに物語をきちんと表現できているかの駄目出しはかなり出てくるでしょう。
いずれにせよ、批判に晒されても書き続けられるだけのメンタルがないと、プロは難しいですよね。
- カイ.智水
- 2019年 11月15日 14時15分
[一言]
参考文献はなんですか?
参考文献はなんですか?
- 投稿者: 山川
- 2019年 11月12日 01時41分
ご感想ありがとうございます。
「これひとつ」という参考文献はありません。
本コラムの執筆前から含めて、世にある「文章の書き方」「小説の書き方」「物語の作り方」といった書籍を、おそらく二百冊以上は読んできたと思います。関連書籍も含めれば書籍代は100万円をかるく超えていますので。
古くは三島由紀夫氏『文章読本』『小説読本』から、椛島忠夫氏『文章構成法』『文章表現法』、本多勝一氏『日本語の作文技術』、冲方丁氏『ライトノベルの書き方』、榎本秋氏『ライトノベル作家になる』など、とにかく新しい書籍を読んだら、都度知識と照合して「よりよいほう」を選んでいます。
今でも「文章の書き方」「小説の書き方」「物語の作り方」関連の書籍が出てはそれを買って体内で情報を研ぎ澄ませています。
本コラムは、それら膨大な書籍のエッセンスを取り出したものです。
『小説家になろう』へ投稿している『兵法の要点』と作り方は同じです。
とにかく読めるだけ読む。そして記憶に残るもの、残したいものを箇条書きでまとめておき、そこへ私の経験を交えて一話を書いています。
ですので、本コラムは「文法」について書いてあるところ、「文章表現」について書いてあるところ、「物語創り」について書いてあるところのように、ある程度まとめてあります。
これらが一冊の書籍でまとまって出版されていたら、私も「これが参考文献です」と言えるのですが。
ですので、これまで出版されてきた書籍すべてが参考文献です。と述べるにとどめます。
「これひとつ」という参考文献はありません。
本コラムの執筆前から含めて、世にある「文章の書き方」「小説の書き方」「物語の作り方」といった書籍を、おそらく二百冊以上は読んできたと思います。関連書籍も含めれば書籍代は100万円をかるく超えていますので。
古くは三島由紀夫氏『文章読本』『小説読本』から、椛島忠夫氏『文章構成法』『文章表現法』、本多勝一氏『日本語の作文技術』、冲方丁氏『ライトノベルの書き方』、榎本秋氏『ライトノベル作家になる』など、とにかく新しい書籍を読んだら、都度知識と照合して「よりよいほう」を選んでいます。
今でも「文章の書き方」「小説の書き方」「物語の作り方」関連の書籍が出てはそれを買って体内で情報を研ぎ澄ませています。
本コラムは、それら膨大な書籍のエッセンスを取り出したものです。
『小説家になろう』へ投稿している『兵法の要点』と作り方は同じです。
とにかく読めるだけ読む。そして記憶に残るもの、残したいものを箇条書きでまとめておき、そこへ私の経験を交えて一話を書いています。
ですので、本コラムは「文法」について書いてあるところ、「文章表現」について書いてあるところ、「物語創り」について書いてあるところのように、ある程度まとめてあります。
これらが一冊の書籍でまとまって出版されていたら、私も「これが参考文献です」と言えるのですが。
ですので、これまで出版されてきた書籍すべてが参考文献です。と述べるにとどめます。
- カイ.智水
- 2019年 11月13日 17時10分
[一言]
1000越えおめでとう御座います。この事実こそコラムのネタとなっている多岐に渡る様々な知識の成果ではないでしょうか。
そして幅広い知識を持つだけでなく複数の知識を結び付け考察できると云うことは素晴らしい事に感じます。
私は村上春樹氏がノーベル文学賞が取れない理由について、精々、彼の作品傾向が大江健三郎氏と違ってプロレタリアート、赤いインテリを満足させる要素に欠ける為、ぐらいにしか考えていませんでしたから尚更そう思います。
世の中には霊感作家とか呼ばれるような方々もおられるようですが、それは意識して知識をリンクさせることが苦手なだけでで、ある日突然、リンクに成功する類いの人種だと認識しています。尤も本当に何かを受信している場合でも、それなりの知識が無ければ受信した内容を理解する事は出来ないと思います。
まして、それを小説に落とすとなるとなおさら必要となることは想像に堅くないですね。
1000越えおめでとう御座います。この事実こそコラムのネタとなっている多岐に渡る様々な知識の成果ではないでしょうか。
そして幅広い知識を持つだけでなく複数の知識を結び付け考察できると云うことは素晴らしい事に感じます。
私は村上春樹氏がノーベル文学賞が取れない理由について、精々、彼の作品傾向が大江健三郎氏と違ってプロレタリアート、赤いインテリを満足させる要素に欠ける為、ぐらいにしか考えていませんでしたから尚更そう思います。
世の中には霊感作家とか呼ばれるような方々もおられるようですが、それは意識して知識をリンクさせることが苦手なだけでで、ある日突然、リンクに成功する類いの人種だと認識しています。尤も本当に何かを受信している場合でも、それなりの知識が無ければ受信した内容を理解する事は出来ないと思います。
まして、それを小説に落とすとなるとなおさら必要となることは想像に堅くないですね。
ご感想ありがとうございます。
1,000本ノックのつもりではなかったのですが、結果的に1,000本ノックになってしまいました。
これからしばらく「面白さ」ってなんだろう、という篇を始めようと思っています。
小説の面白さって、多岐にわたりますよね。その中で根源を探れるようなコラムにしたいですね。
霊感作家がおられるなら、それこそ夏目漱石氏でも降霊して作品を書いたら文学賞制覇できそうですよね。
そんなものが本当にあるのならですが。
でもそういう作家って知識はあるんですよね。使い方を知らないだけで。
普通の書き手も、知識はあるけど欠片も表現できない方が多いと思います。
1,000本ノックのつもりではなかったのですが、結果的に1,000本ノックになってしまいました。
これからしばらく「面白さ」ってなんだろう、という篇を始めようと思っています。
小説の面白さって、多岐にわたりますよね。その中で根源を探れるようなコラムにしたいですね。
霊感作家がおられるなら、それこそ夏目漱石氏でも降霊して作品を書いたら文学賞制覇できそうですよね。
そんなものが本当にあるのならですが。
でもそういう作家って知識はあるんですよね。使い方を知らないだけで。
普通の書き手も、知識はあるけど欠片も表現できない方が多いと思います。
- カイ.智水
- 2019年 11月11日 22時10分
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