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[一言]
仮に逃げなくても何も出来なかったとは思いますが、何もしなかったのと、出来なかったのでは天と地の違いが有る事も事実。この時代で出来る事は灌漑設備の充実と栄養状態の改善で基礎体力と抵抗力を上げるぐらい。土木技術、農業技術の知識の無いおっさんに出来る事は有るのだろうか。
この時代の坊主は官僧は資格制ですが貴族の子弟が数多く入門して俗世の関係が幅を利かせる様になったとかで、相変わらずだったようです。
遥晃が会ったのは偶々真面目な僧だっただけ。もしくは遥晃は復活の術が無いから呪殺を行わないと、噂を綱紀粛正に利用した高僧が居たから今回の活動に繋がったかもしれません。

イザナギが根の国から帰った後に境界を確定して履物と衣服を捨て身を清めている。神話を見ると古代から疫病対策はある程度、確立していたように感じます。
  • 投稿者: 粗笊
  • 2016年 04月25日 21時20分
一人称の強みですね。
何もできなかったかも知れないし、対策も見当違いな方向に行ったかも知れないから、動けてたところでってのはあると思います。
一番重要なのは遥晃の意志の変化で、大膳大夫が失脚して自身も昇進を望んでいなかった現状をどう変えるかが問題でした。
これで少しずつ近づけると思います。

貴族の後継者から外れたのが出家していたみたいですね。
それでも子供も作るし、長男が死んでしまったときとかは後継者として家に戻ったりしてたらしいです。

調べてみると、飛鳥時代や奈良時代の方が衛生管理がよかったり栄養状態もいいみたいです。
もしかしたら遣唐使を廃止して貴族が知識もないままのさばったせいで文明が一時後退した時期なのかもしれません。

神話に関して言えば、古事記や日本書紀は700年代前半で編纂されていますし、それ以前の歴史書も紛失()や焼却()されているので、白鳳時代の衛生管理水準を元に創作された物だと思っています。

それこそ、編纂に当たった藤原不比等が天皇(特に藤原家)に都合のいいように物語を作ったのではないかという説が一番しっくりきます。
[一言]
この頃の京の坊さんは真面目だったのに
戦国時代の坊さんたちの酒池肉林の淫行ぶりときたら

本当にこのお坊さんたちの子孫なのかしら(´・ω・`)
  • 投稿者: 退会済み
  • 2016年 04月25日 19時47分
管理
この頃の僧侶も貴族と繋がり、お酒や薬の製造販売の権利をもらっていました。
更に平安京へ遷都する以前には政治にも関与していて、それを避けるために平安京では寺社を排除しています。
都の中には国営の東寺、西寺のみ。小さな寄り合い所が点在するだけで寺院はほとんどありませんでした。
700年代の道鏡なんかは天皇になりかけたりしましたしね。

一部の有志が頑張ってくれたという方が正しいでしょう。
それでも、まだ末法の世まで100年ありますし、鎌倉以降の僧に比べれば仏の教えは残っているかもしれません。
[一言]
タカユキさんの感想で天然痘に触れていることで思い出した種痘についての豆知識をば。
予防接種の元祖である種痘ですが、これって100%安全ではなく、幼い子供(大体10才未満)には副作用があるらしいです。
要は、免疫機構がまだ幼くて十分ではない事から来るのでしょう。
  • 投稿者: 退会済み
  • 2016年 04月25日 19時01分
管理
調べてみましたが、牛痘にも毒性があって発症することがあるみたいですね。
それでも発症率は0.001%以下なので、天然痘に比べるとよほどましではあるのですが。

現代でも小児麻痺の生ワクチンで副作用が出ていますが、どう捉えるかですよね。
俯瞰で見ればごく一部で起こるだけと取れるけど、当事者になってしまうととても苦しいものがありますし、心中を察することもできません。
[一言]
都の防疫は多くの犠牲は出たけど何とか抑えた。
家族の無事も確認した遥晃の最後の一言・・・
政治の世界に飛び込むのか・・・!
ありがとうございます。
駆け足ですが一旦の区切りまですすめました。
少しずつ進めていきます
[一言]
漢方薬の薬草知識がなくても、中国に渡来してたり、貿易している人たちなら漢方薬の存在しってるからどんな効能あるのか暇な時に坊さんや商人にききにいったりしたら?(´・ω・`)
人を助ける手段がもっとほしいって動機も十分だし
積極的に漢方薬探ししてもいいとおもうけど
  • 投稿者: 退会済み
  • 2016年 04月25日 11時05分
管理
薬の普及はこの時代がどうだったのか調べてみます。
基本、史実を逸脱した内政は起こさないよう考えてはいます。
現状では、仕事上時間を束縛されていることや都の外に自由に出ることができないなど、庶民の行動がかなり制限されていることも足枷になっています。

坊さんはいいかもしれませんね。
以前ご指摘頂いた浄蔵という和尚は薬の知識を持っていたらしいですし、因幡の国司と知り合い、庶民を同等に扱う平等なお寺を建てる努力をしてもいいかもしれません。

今後は舞台を変えて活躍していくつもりですが……おっとげふんげふん。
あまり詳しく書けませんが多方面に話を広げると収拾が付かなくなると思うので徹底的に話を掘り下げることは難しいかもしれません。
話の途中で小出しにして、作品の外で妄想が広がるような作りには努力していこうと思います。
ご指摘頂だき、ありがとうございます。
[一言]
平安時代の疫病

 平安時代は、王朝貴族が政権を握り優雅な社会情勢がイメージとして浮かびますが、実際は毎年のように異常気象や疫病の流行が繰り返されていました。なかでもそれまでに藤原一族が次々と罹患し命を落としていった天然痘(痘瘡)は、全国的な大流行を繰り返していました。中央政府は限られた地方の流行であれば食料などをふるまうなどの対策が立てられますが、全国的な広がりとなると、医療はもちろん公衆衛生的な施策をすることは不可能で、神仏に頼ることしかできませんでした。
 また861年における赤痢の流行は病名が記録に残っています。赤痢にはアメーバ赤痢という寄生虫が原因で発症するものと、赤痢菌が原因の細菌性赤痢がありますが、多くは細菌性赤痢だったのでしょう。食物や水から消化管に感染する食中毒で、高熱、激しい腹痛、下痢、血便が続きます。京やその周辺の村で大流行し、多くの子供が亡くなったといいます。

 冬季になると、高熱と咳が続く咳逆(しはぶき)という一種の流行性感冒がたびたび流行しました。インフルエンザだったかも知れません。おびただしい数の死者があり、1011年には時の一条天皇が32歳でこの「しはぶき」により亡くなったことが平安後期の歴史書「大鏡」に記されています。
 その他のウイルス性疾患としては麻疹の流行もたびたび発生しました。なお麻疹を「はしか」と称するようになったのは鎌倉時代になってからのことです。平安時代で記録に残る大流行は歴史書「扶桑略記」などによると1077年で、白河天皇やその皇后が麻疹に罹患し、多くの皇族や公家が死亡したそうです。
 これらの病気は現在ではあらかたの正体が判りますが、当時はこれに対して例えば高熱や下痢による脱水に対して十分な水分を与えるなどの医療法は考えられていなかったようです。薬物療法についても抗菌薬などはもちろん存在しませんが、漢方薬など当時からあった薬物が使用された記録はありません。やはり加持・祈祷という治療法しか考えられなかったのでしょう。


史実でもほんとに赤痢が流行しててワロタ(´・ω・`)
薬がなくても、大量の綺麗な水を飲ませて、漢方薬を処方すればなんとか治りそうだね(´・ω・`)
この時代って漢方薬は手に入るみたいだし。

8世紀前半には伝来しているシナモン、葛根、芍薬、生姜、ナツメ、甘草とか採取して集めたり、朝鮮人参とか輸入して栽培したり、熊の胆とか藤原さんに調達してもらったり、なんかいろいろできそうね
漢方薬自体はもう貿易で流通してるみたいだし、漢方薬扱ってる薬師の人や渡来人から薬草の種類を藤原さんの力つかって無理やり聞き出せば現代知識がなくても山野から自分で薬を調達できる。

雨乞いの一応は科学的にやる方法があるみたいです
山に登り爆竹や太鼓を叩いてやる雨乞いはよく雨が降るみたいです。
雨乞いの仕組み、まず朝など気温が変化する時に湖などがある山か高い山に登ります。
山の頂上付近は雲の素となる水蒸気が発生するので、その場所でたき火をして煙をだし水蒸気と結合させ雲にします。
その時に結合しやすくする為に爆竹や太鼓などを叩き空気を大きく振動させると雨雲になるそうです。
後はこの雨雲が村に行き雨が降るわけです。

他に、単にたき火をして祈るだけという雨乞いもありますが、確率は低いですが同じ様に雲となって雨が降る事もあるそうです。

ただ、どの雨乞いも何処でもいい訳ではなく、雲が発生しやすい場所でやっています。
  • 投稿者: 退会済み
  • 2016年 04月24日 23時49分
管理
薬は高価ですからね。
すぐに集めて処方って言うのは実現できそうにないですね。
季節も冬ですし。
ほぼ、自然治癒に任せるしかないと思います。

葛とか、にんにくとかはある設定ですので、その辺は使いますが、漢方までいくと主人公自身知識がありません。

雨乞いはどうですかね。特定の場所に降らせることができない以上、デモンストレーションの域は出なかったんじゃないかと思います。
その方法があったとしても、本当に降ったすげーくらいにしか使えなかったかと。

そうなると、雨が降りそうな日を見計らって雨乞いするのと大差ないかなとも思っています。
[一言]
よもや息子の吉平が病に・・・
色々な思考が遥晃の脳裏をよぎる・・・!
地獄の釜の蓋を閉じれるのはあんたしかいないんだ!!!
今だ!エターナルヒール(錯乱)!
遥晃の取った選択がこれでよかったのか、不安はありますがこのまま突っ切ります

[一言]
昨日の段階で症状が出たのだと、屋敷全員が罹患者と見て良く隔離した所で手遅れなので、隔離発言は今更感が有ります。
症状を見ると赤痢ではなく、発疹チフスの可能性も有り、虱対策で案外何とかなるかもしれませんが、発症者がゴロゴロ出ている状態で考えられる筈もないですね。
どのみち、後の叩き台にする為に症状や流行状態、対処法は記録にしておくべき。
  • 投稿者: 粗笊
  • 2016年 04月24日 17時15分
血便で考えられるのは腸チフスとサルモネラですかね。

家庭内での二次感染が40%程というので、こんな感じになりました。
次でまとめれそうなのでばつっと切っちゃいますね。
[一言]
あ・・・これ仁しぇんしぇいと同じように自分もかかるフラグたったような
ですよね。
どう展開を考えてもそうなっちゃいました。
もう、下手に意識せずに突っ走っちゃいます。
[一言]
疫病の対策は感染地を隔離する事。治療法が確立していない時代だと感染源を隔離して、感染拡大を防ぐ以外にないです。イザナミ、イザナギの離婚騒動は考えてみると疫病対策患者の症状を聞き、対策は神話の例を上げ患者を隔離ですかね。
田坂村と原因が出来たお陰で、遥晃が余計な事を言わなければ安泰ですがどうなるか。
消毒は加熱殺菌、糞尿、死骸の隔離が原則、その徹底となると…都一の術者と噂される程度の下級役人で出来る権限を超えている。
  • 投稿者: 粗笊
  • 2016年 04月24日 08時53分
病気の感染の怖さを知っていることと、この時代の衛生認識の甘さから遥晃は怖じ気付いてしまってますからね。
都合よく現れた旅の僧侶に丸投げして事なきを得ようとしたんですが梨花さん達の危険が危ない状況になりました。

赤痢は1日~5日の潜伏期間がありますからね。今から限界を越えた対策を取れてもどこまで広がるかわかりません。

この章では、平和な時代の日本人には到底経験することのできない戦闘、大火、パンデミックを臨場感溢れる描写で表現したかったのですが、なかなかにうまくいきませんでした。

遥晃はまだ逃げていますよ。
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